16話 作戦決行 〈アーネスト視点〉
「アーネスト様! リディア嬢から手紙が届きましたよ!」
コンコンコンコンッとノックの音が聞こえ、入るよう指示した途端、勢いよく良く入ってきた、ポールが言った。
「リディからの手紙と言ったか?」
「はい! リディア嬢からです」
「あ、ああ、そうか」
俺はリディからの手紙を受け取った。
いつもなら急いで手紙を開けて見るが、婚約報告以降初めての手紙だったため、俺は初めてリディからの手紙を開けることに躊躇いが生じた。
そんな俺の様子に気付いたポールが声をかけてきた。
「アーネスト殿下、開けないんですか? 大好きなリディア嬢からの手紙ですよ?」
「今までならそうだったさ。でも、婚約報告以降初めての手紙だから……な」
「まあ、割り切るまでには時間がかかるものですよね。でも、手紙の内容は今までのような、交換日記程度の内容じゃないんですか?」
――そうかもしれない、それならまだいいんだ。
嫌だがしかし……
「ロジェとの惚気話だったら、俺は立ち直れないかもしれない」
「ああ、そういうことですか。それなら、私が先にお読みして、大丈夫そうならアーネスト殿下にお見せしましょうか?」
そう言いながら、ポールは俺が持っているリディからの手紙に手を伸ばしてきた。
「リディからの手紙を、俺以外の人間に1番に見せるわけないだろ!」
リディからの手紙を他の人に先に見せるわけにはいかないという思いから、反射的に見ることを躊躇っていた手紙を開けた。
「流石、アーネスト殿下、男前ですね~」
そんなポールの声が聞こえてきた。
――何だか、ポールの掌の上で上手いこと転がされている気がするのは癪だが、見るしかないか……。
そして、俺は手紙を見て驚愕した。
――惚気どころか、貴族の未婚女性にとっては深刻な相談じゃないか!?
俺は、手紙を握りしめる手に力が入った。
「あいつ……リディが頼れる存在というから俺が黙って引き下がっていれば、リディを傷つけやがってっ……!」
「殿下、落ち着いてください! どうしたんですか? そんなに怒るなんて」
「あいつ……ロジェリオ・ライブリーは、俺の愛するリディと婚約したにもかかわらず、別の女と恋仲だと噂されているそうだ」
言葉にしただけでも、ロジェに対し激しい憤りが湧いてくる。
「え? 恋仲ですか!? しかも、婚約してまだ3か月ですよね!?」
「ああ、そうだ」
「ですが殿下、噂であって本当のことではないかもしれませんよ?」
ポールは俺を宥めるように話しかけてきた。
だが、俺の怒りは収まらない。
「リディと婚約した時点で、そんな噂が出てくること自体が罪なんだよ!」
「確かにそれはそうですが……ライブリー家やベルレアン家のことを良く思っていない貴族の罠では?」
「いや、それはない。リディが直接2人の話している様子を見て、恋仲と思われても仕方ないと思ったそうだ」
――王女宮の侍女が、ロジェに好意を持っていると周りが分かるというのに、ロジェはそれにも気付かずに、その侍女のことを妹のような存在だと抜かしているのか!?
「俺は、ロジェがまさかこんな恋愛沙汰でリディのことを傷つけるような男ではないと思っていたよ」
「……いや、よく考えてみればあり得ますよ」
突然ポールが驚きの一言を発した。
「どういうことだ?」
「私もまさかこんなタイミングでそんな噂が出るとは予想もしていませんでしたよ。ですが、考えてみてください。以前の婚約報告の手紙では、リディア嬢がロジェリオ卿のことを好きというお気持ちは分かりましたが、ロジェリオ卿がリディア嬢のことをどのように思っているかが全く分かりませんでしたよね?」
確かに言われてみればそうだったと思う。
「ああ、そうだったな」
「以前から思っていたのですが、ロジェリオ卿はリディア嬢のことを本気で妹と思っているように思えるのです。それこそ、位置付けは友達を超えて、家族だと思います」
「まあ、俺と違って、小さいころから常にずっと2人は一緒だったからな。だからこそ、リディとロジェは婚約したんだろう?」
「そこなんですよ! 殿下!」
――どういうことだ?
俺はポールに言われた情報を繋ぎ合わせて考えた。
そして一つの結論を導き出した。
――ああ、そういうことか。
「ポールの言わんとすることは分かった。つまり、ロジェはリディと距離が近すぎた余りに、リディのことを恋慕の情は一切ない、本当の家族の一員と思っているということだな」
「はい! そういうことです。ということはつまり、リディア嬢以外の特定の女性と距離が近くなれば、その女性のことは家族として見ていないため、恋愛に発展する可能性が大いにあるということです!」
ポールに言われ、確かに今までロジェはリディ以外の同年代の女性と接する機会が少なかった分、もし接することがあれば恋愛に発展してもおかしくはないと思えた。
「ちなみに、私が最後ロジェリオ卿に会ったのは5年前ですが、武術や剣術以外のことに対して、とてつもない鈍感人間だったので、その点が変わっていなければ、本人はこの噂の行動自体、無自覚でしょうね」
ポールに言われるまでもなく、俺もロジェは無自覚だと思った。
恐らくリディもロジェが無自覚だからこそ、言いだしづらいのだろうとも考えられた。
――無自覚ということは、これからより噂が悪化する可能性が高い。
少なくとも侍女の方が好意を持っているなら、リディが傷つく展開になることも想像できる。
「リディア嬢はアドバイスを求めてきていますが……殿下、今こそチャンスではないですか?」
ポールと考えていることが同じだったため、一瞬ドキリとした。
「この3か月で、ようやく内々に平和条約締結が決まったんだ。明日、即刻ロイルの陛下に公布申請して、リディが待っている俺らの国に帰るぞ!」
「はいっ! 殿下! そして……」
「ああ、ロジェがリディを泣かしたんだ。いくら俺の大好きな幼馴染とはいえ、ロジェがリディを蔑ろにして、よその女と恋仲と言われているなら、目には目を、歯には歯をだ」
――リディには悪いが、もう俺は、潔く身を引いたり、ロジェとリディの婚約を祝ったりしない。
「国に帰って、必ずリディを俺に惚れさせてみせる。絶対に、泣かせない。俺がリディを幸せにするんだ」
「よく言いました! これぞ殿下です! では、リディア嬢のお手紙には何と返しますか?」
――俺は2人の仲を応援したいわけではないが、一度ロジェにはリディがどんな気持ちでいるのかを分からせないといけないな。
「俺もリディの侍女が言うように、不満があれば一度全部言った方がいいと送ろうと思う」
「はい、それが無難ですね」
「あと、パトリシアにも帰国の手紙を書くから、リディの手紙と一緒に早馬で送ってくれ」
そう言いながら手紙を書き終え、俺はポールに2通の手紙を託した。
――いよいよ、作戦決行だ。
ついに、アーネストの帰国が決定しました!




