15話 相談
「はぁ……」
――今日のデートはずっと楽しみにしていたのに、最悪な気分で終わったわ。
それに、ロジェはエイミー嬢の心配ばかりで、私の心配はしてくれなかった。
そのうえ、妹のように仲良くって、無理に決まってるじゃない。
家に帰った私は、ポーラに今日の出来事について、ことの顛末を説明した。
「まあ! では、エイミー嬢は泣きながらお店を出られたと……」
「そうなのよ。多分、今日の出来事のせいで、歪曲した噂がより広まってしまうわ」
そのことを考えただけで、頭が痛くなる。
「お嬢様、質問なのですが、エイミー嬢が話しかけてきた段階で、ロジェリオ卿は何の対処もしなかったということですね?」
「……ええ、そうよ」
「それは、あまりよろしくありませんね」
冷徹な声で、ポーラは呟いた。
私も今日のロジェに関しては、いくら鈍感だからと言っても許されない部分があったと思う。
けれど、今日のような場面で怒ったり不満を言ったりしたら、すぐに悋気する嫉妬深い女だと、嫌がられるかもしれないと思い、何も言えなかった。
「お嬢様は、ロジェリオ卿に今日のことについてご不満は伝えましたか?」
「多分私が気分を害しているのは、さすがにロジェも察していたと思うわ。でも、不満は何も言えなかったの。私たちのこの婚約は、私の片想いから始まった婚約でしょう? それなのに、ロジェが妹みたいに思っている子に関する不満を言ったら、嫌がられると思って何も言えなかったの」
私の発言を聞くや否や、ポーラは少し怒った様子で告げた。
「お嬢様、これからまた同じことがあっても、今日みたいに我慢して一人で落ち込むんですか?」
――今回だけならまだしも、また同じことがあったとき、嫌われたくないからとまた我慢するなんて無理よ。
「それは、無理だと思う……」
「無理だと思うじゃなくて、普通無理なんですよ! それに、ロジェリオ卿の妹のような存在? 笑わせないでください。本当の妹ならまだしも、ただの他人ですよ? そんな人のために、お嬢様が不必要に心を痛めることは間違っています」
ポーラの言葉に、ハッとさせられた。
――そうよ。あの子は、結局のところ他人よ。何でその人のせいで、こんなにも私が悩まないといけないの?
「まず、そもそもロジェリオ卿は婚約者がいるという自覚が足りないのです。鈍感とかそういう問題で済む話ではありません。悪いですが、一度はっきり言わないと、あのロジェリオ卿にはお嬢様の今のつらい感情は、ほとんど伝わりませんよ。」
――ポーラの言う通りだわ。一度はっきりさせておかないと。
「お嬢様は我慢せず、ありのままの感情をお伝えしたら良いんです。もしそれで、ロジェリオ卿がお嬢様の今の気持ちを理解してくれないのであれば、最悪の場合、ロジェリオ卿に対する見方を変えなければなりません」
――見方を変える……か。
できればそうなることは避けたいけれど、覚悟は必要ね。
「そうよね。話を聞いてくれてありがとう、ポーラ」
「いえいえ、お嬢様はお疲れのようですので、今日はこれにて失礼いたします」
そう言い残し、ポーラは部屋から出て行った。
――婚約して3か月経つけれど、こんなことで悩むなんて思っていなかったわ。
この3か月で、ロジェと婚約者としての距離は縮められていたと思う。
けれど婚約の日、ロジェは私に「恋愛対象として見ることが出来ているのかについては、正直まだ分からないけど、人としてリディが好き」と言っていた。
つまり、今現在ロジェが私をどう見ているのかが分からない。
考えただけで、少し涙が出てきた。
「はぁ、考え事が止まらないわ。こういうとき、5年前だったら必ずアーネスト様が相談に乗ってくれたのに……。そうだわ!」
私は急いで、ペンと便箋を取り出した。
――前回アーネスト様に手紙を送って、そろそろ3か月経つわ。
婚約報告の次に送るにはふさわしくない内容だけれど、ここは思い切ってアーネスト様に噂について相談しましょう!
――アーネスト様へ
お元気でお過ごしでしょうか?
実は相談したいことがあり、筆を執りました。
3か月前、ロジェと婚約したというお手紙を送りましたよね。
私もつい最近知ったのですが、そのお手紙を送って2か月後くらいから、貴族間である噂が流れているのです。
その噂というのが、ロジェが王女宮の侍女と恋仲だという噂なのです。
最初は、心無い誰かの悪戯で流された噂だと思っていました。
ですが、実際にロジェと噂の侍女の方が話をする場面に遭遇し、それは悪戯で流された噂ではなく、周りからそのように誤解されても仕方ない、2人のコミュニケーションの取り方や、距離感が原因だったと分かりました。
ここからが、相談の本題になります。
ロジェは噂の侍女の方に対して、妹のような存在だと言っているのですが、侍女の方はおそらくロジェに恋心を抱いていると思うのです。
普通の人ならまだしも、私を除いた男女関係では硬派なロジェだからこそ、互いに愛称で呼び合ったり、侍女の方にかわいいと言ったりする様子は、周りから恋仲だと誤解を受けても仕方ないものでした。
ですが、ロジェは私がいることを知った上で、そのような会話をするので、今のところ本当に妹のように思っているだけで、恋愛感情には至っていないと思います。
その一方で、彼女はロジェに恋心を抱いていると、勘ですが感じました。
彼女は途中まで私の存在に気付いていなかったのですが、気付いた途端、泣いて謝りながら立ち去っていきました。
その様子は何だか、ロジェの婚約者である私に、見られてはいけないところを見られたかのようでした。
この2人の様子や噂の影響で、私の中の結婚に対する不安感が少しずつ蓄積されています。
その不安を解消するため、ロジェに彼女とあまり親密にならないでと言いたい気持ちがあるのですが、それを言うことで婚約した途端に、悋気な女になったと思われるかもしれないと思うと、なかなかロジェに言いだせないのです。
侍女のポーラには、不満に思うことがあれば一度言った方が良いと言われました。
私もその通りだと思い、一度言おうとは思っていますが、それでもやはり心配なのです。
アーネスト様、私はロジェに今の気持ちをどのように伝えれば良いでしょうか?
こんなことでアーネスト様に相談するのは申し訳ないのですが、やはり一番信頼出来て相談しやすいのはアーネスト様だと思い、相談させていただきました。
お返事を下されば幸いです。
――私的すぎて申し訳ない相談だけど、アーネスト様にだからこそ、できる相談だわ。
この手紙を書き終わった途端、急に安心感が湧いてきて、いつの間にか眠っていた。
そして翌朝、アーネスト様に手紙を送った。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます!
次回、アーネスト視点です。