14話 動き出した歯車
「そういえば、ロジェ様はどうしてこのカフェに来ているんですか?」
エイミー嬢がロジェに質問をした。
どうやら、騎士の彼なら絶対に自分から進んで入らないであろうカフェに、彼がいることが不思議だったらしい。
けれど、どう考えても私が一緒にいるのに、その質問は愚問だと思ってしまう。
おそらく、その場にいた誰もが疑問に思っただろう。
――流石のロジェも驚いているみたいね。
「僕がここにいるのは、婚約者のリディアとデートをしているからだよ。ねっ! リディ!」
彼に話を振られて、ようやく声を発する機会ができた。
「こんにちは、コールデン子爵令嬢。私、ロジェリオ卿の婚約者の、リディア・ベルレアン侯爵令嬢です。以後お見知りおきくださいませ」
サッと立ち上がり、エイミーに向って笑顔と優雅さを意識しながら一礼した。
そして、続けた。
「彼の言う通りデート中なんです。以前、私がここのカフェに行ってみたいと言ったことを覚えてくれていた彼が、今日のデートに誘ってくれて来たんです。あなたのことは噂に聞いたので、是非お会いしたかったんですよ」
――感情的にならず、笑顔で挨拶ができたわ!
少なくとも、彼女はロジェに好意を持っているようだったから可哀想ではあるけれど、これなら角を立てずに、うまく牽制出来たのではないかしら。
これくらいなら良いわよね!
そう思いながら、ふと彼女の顔を見ると、想像とは違う顔をしていた。
彼女は、先ほどまでの笑顔を一切無くし、急に怯えだし、口を震わせて言った。
「あ、いえ! そ、そんな……わわわわわたしっ……! すみませんっ……! まさかロジェさ……いえ! ロジェリオ卿がリディア嬢と一緒にいるとは思っておらず、大変失礼なことをしてしまいましたっ……! ごめんなさい! ごめんなさい!」
彼女は私に、大粒の涙を流しながら謝り出した。
「エイミー、どうして急に泣いて謝るんだい? 何もそこまで謝るようなことはしてないじゃないか」
「そうですわ、私が話し出した途端そのように泣かれると、他のお客様に私があなたを泣かせたと思われます。だからどうか、泣かないでください」
――どうしてそこまで泣くの?! こっちが泣きたいわ!
私、彼女を必要以上に怖がらせてしまったのかしら……?
予想外に泣きだした彼女を見て、私は焦った。
――けれど、愛する婚約者との仲を噂されている女性が、自分の婚約者を好いていることに気付いてしまったからには、今の私には、こうするしか対応のしようがないわ……。
それにしても、本当に私の存在に気付いていなかったの……?
またも、頭の中で焦りや苛立ちが入り混じってくる。
――色々思うところはあるけれど、ひとまず彼女を落ち着かせましょう。
まずは、泣き止んでもらうためにハンカチを渡さないと!
「こちらをお使いになって」
「これ、使って」
――ん? 声が被ったわ。
ちらりと横を見ると、同じタイミングでハンカチを差し出したロジェと、ぱちりと目が合った。
――何でロジェまで、ハンカチを出すの?!
けれど、同じタイミングだし、こんな状況なら普通出すわよね……。
けれどさすがに彼女も、この場では空気を読んで、私のハンカチを受け取るでしょう。
ふと視線を戻し彼女を見ると、彼女は泣きながらもしっかりと私を見ていた。
そして目が合った瞬間、今までよりもすごい勢いで泣きだした。
そして彼女は迷いなくハンカチを手に取った。
…………私のハンカチではなく、ロジェのハンカチを。
――え? 嘘でしょ? この場面でロジェのハンカチを受け取るの?
しかも、私がハンカチを差し出しているのも見ていたわよね?
あざといの? 天然なの? わざとなら、喧嘩でも売っているのかしら?
頭に血が上りかけたが、足音に気付きハッと我に返ると、彼女は店の外に向かって走り出していた。
よく見ると、彼女は胸元でロジェのハンカチを、ギュッと大事そうに握りしめているようだった。
そして店の出口で一度こちらを振り返った彼女は、ロジェを一瞬見つめ、すぐに店から飛び出していった。
そんな彼女を見て、私の胸もギュッと締め付けられるような気分になった。
ロジェを見ると、ロジェも驚き困ったような、複雑な面持ちをしていた。
そして、いたたまれない状況に追い込まれた私たちは、そのままカフェを出た。
――せっかくの楽しいデートだったのに、台無しだわ……。
私、腹は立ったけれど、泣かせるつもりはなかったのに……。
彼女も傷ついたかもしれないけれど、私のメンタルも、ある意味だいぶ傷つけられたわ。
カフェを出て2人で馬車に乗り込んだところで、ロジェに質問してみた。
「私、彼女をあんなにも泣かせるようなことを言ったかしら? 何か心当たりはある?」
「僕はリディが彼女を泣かせるようなことを言ったとは思えないけど……。彼女は僕しかいないと思って声をかけたのに、後でリディの存在に気付いて、戸惑ってしまったんだろう」
ロジェは困ったように、そう答えた。そして続けた。
「彼女はなかなか苦労人なんだ。もし今度会ったら、今回のことは大目に見て、妹みたいに仲良くしてやってよ。けど、あんなに泣くなんて心配だな」
そう言われても、彼女がロジェのことを「好き」ということに、迷いない確信を持ってしまった。
そんな今、彼女と仲良くなんて考えられない。
ましてや、妹のようにだなんて。
「善処するわ」
今の私は、彼にそう答えるのがやっとだった。
いつもだったら、楽しい会話が続くけれど、今日はもう喋る気力すら湧かない。
そうして、珍しく静寂に包まれた馬車に揺られ放心していると、いつの間にか家に着いていた。
これが私とエイミー・コールデン子爵令嬢の初対面となった。