13話 出会いは突然に
「あ! ロジェ様、こんなところで会うなんて偶然ですね!」
声が聞こえた瞬間、ロジェがすっと立ち上がった。
「やあ! エイミー、君とここで会えるとは……! 奇遇だね。今日は仕事が休みなのか?」
「はい、そうなんです! まさかロジェ様と会えるなんて思っていなくて……」
一つにまとめたブロンドの髪を揺らしながら、かわいらしいこぼれんばかりの笑顔で、ロジェに近づき話しかけてきた女性……。
――今、ロジェはエイミーと言ったわね?
ということは、この女性が、例の噂のエイミー・コールデン子爵令嬢ね……。
初めて彼女に会ったけれど、とても笑顔のかわいらしい方だわ。
それにとても綺麗なエメラルドグリーンの目をしているわね。
私は噂の女性が突然目の前に現れたことに驚きすぎて、どうでもいい分析が止まらない。
しかし、彼らの口から紡がれた次の言葉で胸がざわつき、意識が現実に引き戻された。
「お休みの日にロジェ様に会えて、とっても嬉しいです! 他の人ならまだしも、ロジェ様と会うと知っていたら、もっとかわいい服を着てくるんだったわ」
「僕も会えて嬉しいよ。それにどの服を着ていても、エイミーはかわいいよ」
知らない人が聞けば、ただの同僚とは思えないような会話内容だ。
そのうえ、婚約者を目の前にしてするような会話ではない。
――ロジェが私以外の女性と、こんなに話すところを初めて見たわ……。
ニコニコと笑いながら、エイミー嬢と話をするロジェを見て驚きが隠せない。
――それも、信頼できる人にしか愛称呼びを許さないロジェが、私以外の女性に愛称呼びを許すなんて……。
しかも、ロジェの方もいつも女性を○○嬢としか呼ばないのに、エイミーと呼んでいるわ……!
それに、かわいいですって!? 確かに間違いではないけれど、ロジェは誰にでもそんなことを言っているの?
頭の中で様々な感情が錯綜している私を他所に、エイミーは頬を赤らめながらも、笑顔で嬉しそうに言葉を続けた。
「ロジェ様ったら! そんなことを言われたら、照れてしまいます。私はいいですけど、他の女性にそんなこと言ったら、みんなロジェ様に惚れてしまいますよ!」
――「私はいいですけど」ってどういうこと?
しかもそれを婚約者の前で言うなんて!
私は苛立ちを隠しながら、ちらりとロジェを見てみた。
――何よ……その表情は。
ロジェは、一瞬固まったが、慌てたように赤面し、嬉しそうに笑っていた。
昔からロジェは、人から煽てられることが多かったが、真に受けない性格のため、基本的に煽てられて赤面するようなことは無かった。
しかし、今のロジェの表情は、幼少期から一緒に育った私には見せたことのない表情だった。
――何だか嫌な予感がするわ……。
「そんなことないよ。本当のことを言っただけさ」
そう言ったかと思うと、こともあろうにロジェはエイミー嬢の頭を撫でた。
「ロジェ様に言われると、他の人に言われるのと違って、何だかドキドキしちゃいます!」
そう言った彼女は、先ほどよりも顔を赤らめながら、喜びつつも照れたように上目遣いでロジェを見ていた。
――今、何でわざわざ頭を撫でたの? しかも婚約者の前よ?
それに、エイミー嬢も何でこの状況を受け入れているの!?
私にとって不快極まりないこれまでの会話を聞き、胸のざわつきの理由に気付いた。
――少なくとも、彼女はロジェのことが好きなのね……。
それに、ロジェの方も恋心かは分からないけれど、何らかの特別な感情を抱いていることは間違いないわね。
間違いない、私の女の勘がそう言っている。
所詮、噂は噂と思っていたけれど、彼と彼女が「恋仲」という噂は、どうやら2人のコミュニケーションの取り方が原因で広まった噂のようだった。
ロジェは鈍感すぎるくらい鈍感人間だから全く気付いていないだろうが、これまでの会話を聞くに、彼女の方がロジェに限りなく恋心に近い、特別な想いを寄せていることは、誰でも察せるだろう。
それに、あんな表情を見せながら話すということは、ロジェも少なからず彼女に恋心なのかは別としても、特別な感情を抱いていることは、間違いないだろう。
――この2人の会話する様子が、恋仲のように見えたのね。
そう思うと同時に、噂だけでなく、今の状況自体にも憤りを感じる。
――なぜ彼女は、貴族なら誰しもが学ぶ最低限のルールを守らないのかしら?
この国では、位の高い者が位の低い者に声をかけて、初めて位の低い者が話すというルールがある。互いに親しくなれば、位が低い者から話しかけても良い。
けれど、話をするグループ内に初対面の人がいる場合は、いくら親しい人がグループ内にいたとしても、最低限の挨拶以外、位の低い者から話しかけることはご法度だ。
それに、未婚の女性が婚約者のいる男性に積極的に話しかけることも、マナー以前にルール違反とされている。
――彼女は未婚の子爵令嬢よね?
それに、ロジェには婚約者がいると知っているはずよ?
しかも、私も一緒にいるのに私には見向きもせず、最低限の挨拶以外の会話をし続けるだなんて……。
ロジェに夢中すぎて、私のことは眼中にないのかしら?
ふと周りを見渡してみると、他の貴族客は修羅場かというようにこちらを見ていた。
その反応を見るに、どうやら例の噂について知っている人が大半のようだ。
――困ったことになったわ。この出来事も、すぐに噂で広まりそうね。
せっかく、噂を一蹴するはずだったのに、これじゃ一蹴どころか、悪化するじゃない……!
いくら噂を自覚していないとはいえ、婚約者を前に親しげな2人を見て、私は辟易した。
それと同時に、私がいるのに何の配慮もないロジェにも、苛立ちを感じ始めていた。
けれど、そんな私の心境を知らない2人は、私を置いてけぼりに会話を続けた。
ついに、エイミーが出てきました。
次話も、エイミーターンです!