127話 指輪の契り
靴屋の後は、事前にアーネスト様が見定めていたというドレスショップに行くことになった。行ったことの無い店であったが、とても魅力的なドレスが豊富にある店だった。
――どれも素敵だわ……。
そんなことを思いながら見回していると、一際目を惹かれるドレスがあった。だが、今回はアーネスト様の選んだものを着る日だと気を持ち直し更衣室へと移動した。
――どんなドレスを選んだのかしら?
そんなことを思いながらドレスが来るのを待っていると、なんと先ほどのドレスが持ってこられたじゃないか。
――本当にアーネスト様の好み?
もっと違うタイプを選ぶって勝手に思ってたわ。
まさか、私が喜びそうなドレスを選んでる……って、流石にそれは考えすぎよね。
そうだとしたら逆にすごいけれど……。
そんなことを思いながら着替えたが、着替え終えた自身を鏡で見て驚いた。自分でも恐ろしいほどに、そのドレスを着た姿がしっくりきたからだ。いつもの私の雰囲気とは違うが、とても気に入った。
このドレスはスレンダータイプのドレスだ。繊細な刺繍が施され、その刺繍のデザインに合わせて本当に細かいダイヤが散りばめられており、計算され配置されている。星の如くキラキラと繊細な光を放つドレスだ。
クルクルと動く度に、キラッと光り輝き本当に美しい。すると、店員が声をかけてきた。
「お連れ様にお見せする前に、今日ご持参いただいた靴や小物もお付けしますか?」
「ええ、ぜひお願いしますっ!」
こうして、アーネスト様の全身コーディネートが完成した。そして、完全に着替え終わりアーネスト様が待っている場所へと足を進めると、アーネスト様が足音に気付き振り返った。
「どうでしょうか、アーネスト様?」
そう問いかけると、アーネスト様は頬を紅潮させ顔に花を咲かせた。
「とても綺麗だ。誰にも見せたくないくらい綺麗だよ。こんな魅力がまだ秘められていただなんて……」
これを皮切りに、様々な褒め言葉を延々とかけてくる。店を出た後もずっと言ってくるものだから、さすがに私も恥ずかしい。そのため、この空気をどうにかしようと私はアーネスト様に話しかけた。
「アーネスト様はプリンセスラインのドレスが好きそうだと思っていたので意外でした」
そう言うと、アーネスト様は笑いながら話し出した。
「何でそう思ったのか謎だが……リディが着ているならどのドレスも好きだ。プリンセスラインのドレスを着たリディももちろん可愛い。だけど、俺が一番好きなのはスレンダータイプだ」
――何でだろう?
「だって、こっちのドレスの方が抱き締めやすいだろう」
思いもよらぬ答えに、真剣に考えていた自分が少し恥ずかしくなる。
「何言ってるんですか。アーネスト様ったら!」
そう言葉を返すと、アーネスト様はまたかわいいなと言ってくる。空気を換える作戦は失敗に終わった。そのため、また新たな質問をアーネスト様に投げかけた。
「ドレスも着てコーディネートは完成したと思っていたんですが、次はどこに向かっているんですか?」
この問いに、アーネスト様は嬉しそうに笑った。
「仕上げだよ。次で最後だから楽しみにしてほしいな」
そう言ったかと思うと、アーネスト様は唐突にウィッグとサングラスを外した。いつものアーネスト様が突然現れた感覚になり、ドキッと胸が高鳴った。
そして、私も忘れていたと思いながら、つられるようにウィッグを外した。抜群の通気性だったため、いつも通りの髪がサラリと落ちてきた。
ポーラがウィッグを被るときに脱ぐことを配慮してくれていたのだろう。だが、前髪は綺麗な形で原型を留めていたことにはさすがに驚いた、そして、しばらくガタゴトと馬車に揺られながら、最後の目的地へと向かった。
しばらくすると、馬車が動きを止めた。どうやら目的地に着いたようだ。アーネスト様にエスコートされ外に出ると、あたりはまだ明るさを残しているが、ほんのりと薄暗くなっていた。薄らと星も輝きだし、月も見える、しかし、まだ空の端には夕日の色が残っていた。
そして目的地はというと、事前に来ることが分かっていたからだろう。灯りが付けられており、ここだけ別の世界として切り取られたかのごとく美しい光景が広がっていた。ここは初めて来る場所だった。
「アーネスト様、ここはどこですか?」
そうと尋ねると、アーネスト様は優しい顔つきで答えた、
「亡くなった祖母が俺に譲ってくれたんだよ。ほら、あっちを見てくれ」
歩きながらアーネスト様に言われた通りの方へと視線をやると、そこには美しい庭園があった。たくさんの花が咲いていたが、その庭園には一際目立つところがあった。
「アーネスト様……これって……」
そこには、私の好きな花が色とりどりに咲いていた。
「リディが好きな花だから、植えたんだ。この花は俺にとっても思い出深い花だからね」
そう言うと、アーネスト様は私の顔を覗き込むようにして微笑んだ。その瞬間、ふと、花冠を作ってくれた子どもの頃のアーネスト様のことを思い出した。懐かしい記憶に、自然と胸が温かくなる。
――アーネスト様はこの光景を見せたかったのね。
本当に心が落ち着くわ。最高よ。
嬉しく懐かしい気持ちで庭園を眺めていると、アーネスト様は突然ちょっと待ってくれと言うと、花の方を向いてガサゴソと手を動かし始めた。どうやら花冠を作っているようだ。
職人みたいな手つきね、なんて思っているとなんとアーネスト様は、約1分というとてつもなく早いスピードで花冠を作り終えた。すると、アーネスト様はスクっと立ち上がり私に向き直ると、花冠を頭にのせてくれた。
今日はウィッグを被るために髪飾りを着けていなかったから、恐らく花冠が華々しさを追加してくれたに違いない。
――あの日みたいにまたアーネスト様が花冠を作ってくれるなんて嬉しいわ!
そんなことを思っていると、アーネスト様が満足げに微笑み口を開いた。
「昔も今も本当によく似合っているよ。綺麗だ」
そう言われ、ついキュンと胸がときめく。そして、アーネスト様に話しかけた。
「ちょうど花を見て、花冠を作ってくれたアーネスト様を思い出していたんですよ。だから、本当に嬉しいです」
すると、私の話を聞いてアーネスト様は驚いた反応を示した。
「……覚えててくれたのか?」
「当たり前じゃないですか!あの日のことも、全てアーネスト様と一緒に過ごした日々は私にとって忘れることの無い大切な思い出です」
そう言いながらアーネスト様の手を見ると、1輪多めに花をとっていたようで、その花をアーネスト様の手からとった。そして、その1輪の花をアーネスト様の耳の上に差し込んだ。
「今日は本当に最高の1日です! コーディネートも花冠も、この庭園も、このデート自体最高のプレゼントです!」
今日のことを振り返ると、本当に楽しい一日だったと思う。それに、最後はこんな素敵なサプライズがあったのだ。嬉しくて喜びが込み上げてくる。
だが、こうして喜んでいる私にアーネスト様が告げてきた。
「今日のプレゼントはこれだけじゃないんだよ。少し目を閉じてくれるかな」
プレゼントがこれだけじゃないなんて、これ以上に何があるのだろうか。戸惑いながらも目を閉じると、突然左手を掴まれた。そして、指に何かが通る感覚がした。すると、アーネスト様が声をかけてきた。
「リディ、目、開けて良いよ」
そう言われ、そっと目を開けて自身の左手の薬指を見ると、そこにアーネスト様の目の色のように美しい宝石と、リングに沿うようにダイヤモンドが配置された美しい指輪がはまっていた。石の数は多いが、決して下品ではない、本当に繊細で美しいデザインだった。
「えっ……これは……」
あまりに驚き、ちゃんとした言葉が話せない。
――どうして突然指輪を……?
もしかして、これって婚約指輪っていうもの?
記憶を一生懸命辿り、昔本で読んで知った婚約指輪という結論に辿り着いた。しかし、この国には婚約指輪の文化は無い。だから、まさか自分がもらえるとは思ってなかった。
そして、時間が経つたびに今何が起こっているのかをようやく理解できた。そのため、アーネスト様に何とか話しかけた。
「これって、もしや……婚約指輪、ですか?」
そう言うと、アーネスト様は驚いた顔をした後笑顔になり口を開いた。
「リディには分かったのか! さすがリディだな! 俺はロイルに行って、婚約指輪なる文化があることを初めて知ったんだ。ロイルには婚約者に自分の目の色が入っている婚約指輪を贈る文化があるというから、その文化に則ってみたんだ!」
――だから、紫の宝石があったのね……!
本当にアーネスト様の目の色だったんだわ……。
「アーネスト様、嬉しいです! こんな素晴らしいプレゼント、本当にありがとうございます! こちらの紫の宝石はよく見かける紫の宝石とは違うようですが、何の宝石なのですか?」
そう尋ねると、アーネスト様は自慢げに口を開いた。
「それは、パープルダイヤモンドだよ」
私は耳を疑った。パープルダイヤモンドといえば、なかなか採れないと聞く。それに、、よくピンクダイヤモンドに近い色も多いから、こんなにもはっきりと紫の発色がある石は滅多にないと聞いたことがある。
――これが、あのパープルダイヤモンドなの!?
驚きのあまり、目が石に釘付けになる。こんな貴重なものが私の指にと思うと、別の意味でドキドキしてくる。
「リディ、気に入ってくれたか?」
少し心配そうに尋ねてくるアーネスト様に、私は喜びを伝えた。
「アーネスト様が下さったこの婚約指輪は、私の一番の宝物です。一生大事にいたします。本当に本当に嬉しいですっ……。アーネスト様、ありがとうございます……!」
話しているとつい想いが高まり、私はアーネスト様に抱き着いた。すると、アーネスト様も抱き締め返してくれる。なんて幸せなんだろう。婚約指輪も嬉しいが、こうして抱き締められていると、本当に幸せな気持ちになる。
しばらくし、そっと離れてアーネスト様に告げた。
「愛しております。アーネスト様……」
すると、今日一番の最高の笑顔になり嬉しそうに言葉を返してくれた。
「俺も愛してるよ、リディ。ずっとずっと愛してる……」
そして、互いに磁石で誘導されたかのように、自然と私たちの唇は重なった。