122話 それぞれの一歩
求婚書に受諾の旨の返信をしてからというもの、様々な進展があった。まずは、エリック王子やサラ王女が帰国したのだ。そして帰国後、パトリシア様とエリック王子の婚約の話が電撃的に決まった。
ただし、この2人の婚約はパトリシア様が成人年齢に達したときに初めて成立する婚約という形を取ることとなった。いくら隣国同士とはいえ距離もあるうえ、互いの立場を以てして気軽に行き来できるものではない。そのため、2人とも婚約までは基本的に文通生活を送ることになるという。
一方でサラ王女はというと、エリック王子の報告によりロイル王から大激怒されたということが判明した。その報告によると、国の命運が懸っている軍務の仕事をそれなりの立場で担っているサラ王女が、私情をこじらせ人を巻き込み傷つけたということが、王の逆鱗に触れた重大要素だったという。それも、他国のしかも王室関係者や高位貴族が相手ということも、甚大な外交問題に発展しかねないため、王の怒りが増幅する要因だったそうだ。
当たり前のことだ。そう思うのも無理はないだろう。仕事というのは、その職務を行うにあたり不適格な性格というのが、それぞれ存在する。
それで言うと、サラ王女のような性格の人に軍務の仕事を任せるのが不安だという王の意見には同意せざるを得ない。何なら、今回の件だけを見ると軍務問わず、責任が重い立場が特に向いていないと言われても仕方のないことであろう。
そしてその結果、王の逆鱗に触れたサラ王女はロイル国王に軍務の全ての仕事から解任されたらしく、また軍務以外の仕事についても、分不相応だと王が判断したものについては全て解任されたという。そのほか、サラ王女が持っている土地の半数以上と、貴金属などのほとんどを王に没収されたらしい。王女宮の予算も大幅に削減されたとのことだ。
結婚したいという気持ちは分かるし、結婚させてやりたいという父親としての気持ちはあるが、お前が結婚なんて人間性を治してからだと言われていたとエリック王子が手紙に綴っていた。そして、その手紙にはロイル王からの謝罪の手紙も同封されていた。
元々はロイル国王からの手紙として送ろうとしたらしいが、エリック王子がこの件を私たちが大っぴらにしなかったことと、私の性格を鑑みて、エリック王子から送った体をとったらしい。その手紙には、今回のサラ王女の行動について、未熟という言葉では済まされぬほどの堕落と書かれており、長々と丁寧に謝罪の言葉が記されていた。
人間性を治すためとしてサラ王女には謹慎処分が下ったとそうだが、騎士団長も同じく報告義務違反という名目で謹慎処分が下ったと言う。そして、謹慎期間中は絶対に2人が面会することは許されないそうだ。
また、謹慎が終わったとしても、騎士団長はその立場でありながら謹慎処分になったことで騎士団全体の名誉を損ねたという考えの元、世間に認められる功績をあげなければサラ王女には会わせないそうだ。それまでは、サラ王女から会いに行くことも認めず、会いに行く時間があるならば自己研鑽をしろと言っていると綴られていた。
少し可哀想という気持ちも湧いてくるが、自身の立場と影響力を考えず短絡的な思考で行った行動の代償は、それだけ大きかったということだろう。今回の行動によって起ったこの結果を、サラ王女や騎士団長自身も反省し受け入れ、自身の処遇に関しても納得しているとのことだった。
身内であれば庇いたくなる気持ちも分かる。しかし、娘だからといって処分しないという選択を取るのではなく、エリック王子同様、己の言動に対し責任を取らせるという手段を選んだロイル王は公平公正な人間なのだろうということが分かった。
このサラ王女の処遇に関して、アーネスト様はいかにもロイル国王らしいと言っていた。私自身は、正直ここまでするとは思っていなかった。これを機にサラ王女が反省を深め、騎士団長様と結ばれる日は来るのだろうか。
私がこんなことすることは絶対にない。そう言いたいが、この世において絶対はないということも分かっている。明日は我が身と肝に銘じよう、そう強く思った。
こうして怒涛の出来事が落ち着いたかと思ったが、私はまだ落ち着いてはいられない。アーネスト様との婚約が決まったからこそ、婚約宣誓書に署名するために両家の顔合わせをしなければならないのだ。
顔合わせと言っても今更な気もするが、婚約を公のものにするため、きちんと顔合わせはしなければならない。そのため、私は今日お父様とお母様と共に王室から遣わされた馬車に乗り、王室へとやって来ていた。
そして、案内された部屋に行くと、ジェームズ陛下とベアトリクス王妃、私の未来の夫となるアーネスト様がいた。アーネスト様が自身の配偶者となると考えると、いまだにちょっと不思議な気持ちになる。だからなのか、こうして家族同士での顔合わせという今の状況に対し、無性に気持ちが落ち着かない。
「ベルレアン一家総出で、今日は王室まで来てくれてありがとう。リディア嬢、あなたとこういう形で会うことが出来て、本当に喜ばしいわ」
そう言いながら、アーネスト様のお母様であるベアトリクス王妃が出迎えの言葉をかけてくれた。この言葉に、ふとジュリアナ様の記憶が蘇り、少し、ほんの少し胸が苦しくなった。しかし、この苦しみは、マクラレン王室の人々やお父様とお母様の顔を見て、薄らいでいった。
「ベルレアン侯爵、夫人、私とリディア嬢との婚約を認めて下さり、誠にありがとうございます」
格式ばった話し方をするアーネスト様は緊張しているのだろう。いつもより、話をしているときに身体に力が入っているように感じた。すると、そんなアーネスト様に対し、お父様が微笑ましいという様子で、返事をした。
「アーネスト様、ロイルに行く前に私に会いに来たことを覚えていらっしゃいますか?」
その言葉に、アーネスト様はハッと目を見開いた。
「はい。今でも鮮明に覚えております」
そのアーネスト様の言葉を聞き、お父様は嬉しそうに話しを続けた。
「私もその当時のアーネスト様を鮮明に覚えておりますよ。このような場で言うには相応しくないことは重々承知しておりますが、聞いてほしいことがあります」
「はい、どういったことでしょうか?」
アーネスト様が不思議そうにお父様に問うた。私含め周りも皆お父様が何を言い出す気だろうと、発言に耳を傾けている。
「私は他の誰でもなく、リディアの結婚相手がアーネスト様になったということが本当に嬉しいのです。あの当時のアーネスト様を知っているからこそ、正直なところ本心ではリディアと結婚するのがアーネスト様であればと願っておりました。なので、本当に今回のことが嬉しいのです」
そう言うと、お父様は目に少し涙を浮かべている。婚約の話の段階で泣くだなんて早すぎやしないか。そう思うものの、お父様が私のことをそこまで考えてくれていたのかということと、当時のアーネスト様はこんなにもお父様の心を掴んでいたのかという喜びや驚きの感情に包まれていた。
そして、アーネスト様はこのお父様の言葉が本当に嬉しかったらしく、心の底からの笑顔を見せていた。そうかと思うと、姿勢を正し真剣な面持ちになり告げた。
「ベルレアン侯爵、夫人、私はリディア嬢と支え合いながら、真心と誠意をもって共に生きていくと誓います。私は必ずリディア嬢のことを幸せにいたします」
もはやプロポーズどころか、誓いの言葉とも言えそうなその言葉は、私の平常を一瞬にして乱した。私の顔はきっととんでもなく赤くなっているに違いない。アーネスト様はこの宣言後も真剣な面持ちである。
恥ずかしさと嬉しさが混在した状況でお父様を見ると、お父様は恋する乙女のような表情でアーネスト様を見て感動している。一方で、ジェームズ陛下は目をぱちくりとしながら、アーネスト様を見ていた。
――アーネスト様は、今日で完全にお父様の心を手に入れてしまったわね。
そう思っていると、ソプラノの笑い声が2人分聞こえてきた。顔を見合わせながら、お母様とベアトリクス陛下がおほほほと高笑いをしているというレベルで笑っていたのだ。
私のお母様が笑っているから言いづらそうにしていたが、あまりにも楽しそうに2人で顔を見合わせ笑い続けるお母様たちを見て、アーネスト様はとうとう口を開いた。
「母上、ベルレアン夫人、私は何かおかしなことを言いましたか?」
そう言うと、流石にお母様は笑いを堪えようと頑張っていたが、ベアトリクス陛下はより楽しそうに笑っていた。あまりにも笑い続けているから、ジェームズ陛下まで笑いだしてしまった。
私も照れていたが、ジェームズ陛下まで笑いだしてしまったものだから、つい笑みの方が勝ってしまった。
「ふふっ」
「リディまで!」
そう言うアーネスト様の困った顔を見るとさすがに可哀想になってくる。私はアーネスト様に素直な想いを告げた。
「……愛を感じたんですよ」
そう言うと、アーネスト様は当たり前じゃないかと微笑んだ。当たり前だと至極当然のように迷いなく言う彼は、私にはとても輝いて見えた。彼との未来には明るい光に包まれているような、そんな予感がした。
こうして、両家顔合わせで行われた婚約宣誓書の手続きは和やかなムードで終わり、ついに私とアーネスト様の婚約は国中の者が知ることとなった。