120話 罰と赦し
サラ王女が設けたいと言っていた謝罪の場だが、このあいだサラ王女から設ける日が決定したという手紙が届いた。公的には謝罪ではなく、交流を深める場という体裁での招待となっていた。
しかし、今回はいつも王城に向かうときとは違い、城から馬車が迎えに来ることになった。恐らく、謝罪の場に自分から出向かせるのではなく、サラ王女が連れ出して来てもらうという形を取ることで、サラ王女なりの誠意を見せているのだと思う。
今日が謝罪の場ということで、私は城から来た迎えの馬車に乗って、今まさに王城を向かっている。いつも城に行くときは、今日はどう対応しようと必死に考えていた。だが、今日はサラ王女からの謝罪と説明を聞く場なので、こちらがしておく事前対策はそんなにない。
そのため、いつもの気付けば着いていたということや、え? もうついてしまったの!? という焦りは一切なかった。その代わりに、サラ王女はいったいどんな話をするんだろうと思考を巡らせていた。
そして、いつもより体感時間が少し長い移動が終わり、誘導されるままサラ王女の謝罪の場へと足を進めた。ようやく目的の部屋に着いたというところで、その場にいた侍従が部屋の扉を開けてくれた。
扉の中に足を踏み入れると、サラ王女と騎士団長様はもちろんのこと、アーネスト様に加えエリック王子が既に来ていることが分かった。
「お待たせいたしました。リディア・ベルレアンただいま――」
挨拶をしようとしたところで、サラ王女が口を開いた。
「そんな仰々しい挨拶は無用よ。今日は来てくれてありがとう。さあ、そちらに座ってちょうだい」
そう言って、サラ王女は立ち上がると私を席に座るよう促した。その話し方と表情、声の柔らかさは、以前のサラ王女と比べると、もはや別人のようだ。いや、別人というよりはパトリシア様に対する話し方と、私に対する話し方が同じになったという方が正しいような気がする。
そんなことを考えていると、サラ王女は口を開いた。
「今日はこの場に来てくれてありがとう。アーネスト、リディア嬢、2人には相当嫌な思いをさせて、迷惑をかけたわ。本当にごめんなさい。それに、パーティーの日はリディア嬢に対して、してはいけないことをしてしまったわよね……」
そう言いながら、サラ王女は私の手元へと視線をやった。
「手の方は大丈夫?」
「はい。完治しております」
「っそう……良かった。でも、完治していたとしても私のしたことは、絶対にしてはいけないことだったわ。もう言い訳のしようもない。本当にごめんなさい」
そう言うと、美しい所作で騎士団長様とエリック王子と共にサラ王女が頭を下げた。しかし、頭を下げたきり、3人は一向に頭を上げようとしない。サラ王女と騎士団長様はまだしも、エリック王子まで頭を下げていると、胸が痛む。
「御三方、どうかお顔をお上げください」
その声掛けに応じて、エリック王子と騎士団長様は顔を上げたが、サラ王女は一向に顔を上げない。
「サラ王女もお顔を――」
そう言いかけたが、その言葉に被せるように私の隣に座っていたアーネスト様が、サラ様に声をかけた。
「サラ王女、頭を下げ続けていることが反省を表している、ということにはなりませんよ。リディが顔を上げてくださいと言っているんです。顔を上げてください」
意外とばっさり言い切る今日のアーネスト様は、いつも私が見ているアーネスト様とは少し違うモードだ、なんてそんなことを思った。すると、サラ王女はそのアーネスト様の発言に呼応するように顔を上げた。
やっと顔を上げてくれたと思いサラ王女の顔を見たところ、サラ王女はエキゾチックなその瞳から、大粒の涙を流していた。普段泣くことなんて想像できない女性の涙は、同じ女にも通用した。今の私が、まさにその状態だ。
嘘泣きだろと思いたいが、その表情が嘘泣きだとはとても信じられない。その涙を見て、本当に謝っているんだという気持ちだけは段違いに伝わってきた。だからこそ、そこまで反省して悪いと思えることをなぜしてしまったのか、意味が分からない。そして、ついその理由が気になってしまう。
「サラ王女、どうかお泣きにならないでください。今のサラ王女を見ていると、どうしてあのようなことをしたのかが、私には皆目見当もつきません。宜しければ、教えていただけませんか?」
そう問いかけた。すると、サラ王女は隣に座る騎士団長様からハンカチを受け取ると涙を拭き、口を開いた。
「実は――」
その言葉を皮切りに、サラ王女はどうしてこのようなことをするに至ったのかの経緯について、言っても良いのか? と言いたくなるほど詳らかに説明してくれた。ざっとまとめると、身分や立場ならではのしがらみと、それらから派生した痴話喧嘩に私たちを巻き込んでしまったということだった。
――うん、気持ちは分かります。
でも、それに私を巻き込んで欲しくはなかったです!
これが正直な今の気持ちだった。恋というのは人をどこまででも変えてしまうのだという証明が、今目の前にいるサラ様だとも思った。その気持ちも分からなくはないが、かなり自分本位だ。
本人は必死過ぎたのだろうが、サラ王女の今回の行動はアーネスト様との結婚が決まったとしても、最終的には誰も幸せにならなかったのではないかと思える。まさに、短絡の極みだ。
だが、もうそれも過ぎたこと。今回のようなことは、二度と起こらないだろう。水に流し許すまではいかなくとも、謝罪の意を受け取るくらいはしても良いのではないか。そう思っていると、アーネスト様がサラ王女に話しかけた。
「このことは、ロイルに帰り国王陛下にも報告いたしますか?」
すると、このアーネスト様の問いに対しては、エリック王子が反応した。
「父上には僕からきちんと報告いたします。姉上の報告では主観になってしまうので、身内だからと忖度はせず父上にありのままを話します」
どうやらこのエリック王子の答えに、アーネスト様は納得したらしい。エリック王子の方へ目をやると、それは良かったと答え私の方を見て、優しい口調で私だけに聞こえる声量で話しかけてきた。
「リディはどうしたい? 俺はロイル国王にこの出来事が伝わるのなら、この謝罪を受けようと思ってる。あの方は、適切な対応をしてくれるはずだ」
私もこのアーネスト様の意見には賛成だった。対応、それ即ち何らかの処分または処罰が下るということだ。ロイル国王と直接話したことはないから、実際にどんな人かは分からない。しかし、アーネスト様のその言葉と、エリック王子のような子どもがいるということが、ロイル国王の信用に繋がった。
――サラ王女は謝ってくれたし、質問も隠すことなく素直に教えてくれたわ。
エリック様が伝えるから、何らかの処分を科されるはず。
やった行いは許されないことだけれど、私たちが絶対に許さないと強硬な態度をとるのみで、贖罪する機会すら与えないのは今後の国同士としての関係性も考えて悪手よ。
予期せぬ形で禍根になるようなことになってもいけないわ。
良く取れば、謝罪を受けることで相手に貸しを作ったことになるから、国同士で何かあった時に優位に立ちやすくなるわ。
様々な考えを元に、私はアーネスト様の質問に答えた。