12話 噂の片鱗
昨日、ポーラから聞いた噂のことを考えすぎて、ほとんど眠ることができなかった。
そして、気付けば朝が来ていた。
「お嬢様、起きてください。今日はロジェリオ卿とデートですよ」
「起きるも何も、ほとんど眠れてないわ。こんな顔で、ロジェとデートに行けるかしら?」
「何言っているんですか。行くんですよ! そして、噂なんて払拭してきてください!」
――そうよね、今日は顔なんて気にしていられない。一緒にロジェとデートして、噂を払拭するのよ! 噂の探りも入れないといけないわ。
「そうね、ポーラ! 貴族街の人たちに私とロジェの仲の良さを見せつけて、エイミー嬢との噂なんて、忘れさせるわ」
「お嬢様、その意気です。けれど、お嬢様は侯爵令嬢ですし、絶世の美貌の持ち主です。そのお顔のポテンシャルを生かさないのはもったいないので、今朝は私がスペシャルエステとメイクを施します。それで胸を張ってデートに行って、醜聞なんて蹴散らしてやってください」
そしていつものように、私に向かって親指を立てた。
――本当に頼りになる侍女を持てて幸せだわ。
「ありがとう、ポーラ! それじゃあ、よろしくお願いね」
「はい、お嬢様」
しばらくして、ポーラのおかげで完璧なデート武装ができた。
そのタイミングでちょうどロジェが迎えに来てくれた。
「ロジェ、おまたせ」
そう言い、ロジェの下まで駆け寄った。
「ああ、リディ。俺も迎えに来たばかりだから……って、今日のリディはいつにも増して本当にかわいいな!」
そう言って朗らかに笑いながら、ロジェが私の頭を撫でた。
「そんなこと言われたら照れるわ! さあ、馬車に乗って早く行きましょう」
私は照れて余裕がなくなっていることを隠すために、ロジェの背中を押し、馬車へ促した。
そして2人で馬車に乗り込んだ。
――狙ったわけでもなく、無自覚であんなことを言うなんて……恐ろしい男だわ。
けれど、さっきみたいに私に言ってくれるのに、あんな噂が流れるなんて、信じられないわ。
もしかして、他の女性にも無自覚で同じことを言っているのかしら?
でもそれなら、他の侍女との間でも噂が広まるはずだし……。
そう1人で考え込んでいると、ロジェが私に話しかけてきた。
「リディ」
「何かしら?」
「今から行くカフェ楽しみだね。できてすぐに、若い御令嬢を中心に人気になったらしいよ」
――ロジェが貴族の女性に人気のある店の情報を知っているなんて、意外だわ。
「やっぱり人気なのね! ロジェ、わざわざ調べてくれたの?」
すると、ロジェは少し苦笑いして言った。
「あー、実は僕が調べたというよりも、王女宮の侍女の子が教えてくれたんだ」
――もしかして、その侍女ってエイミー嬢のことじゃないかしら。
ここは、ちょっと探りを入れてみましょう。
「ロジェが、女性と業務以外の話をするなんて、珍しいわね」
「まあ、その子とは紆余曲折あって、他の女性と違って妹みたいな感覚でよく話すんだよ」
私は、私が婚約者になった途端、別の女性を妹ポジションとして扱うロジェに、何とも言えない嫌な気持ちになった。
そしてつい、ロジェに対し毒づいた。
「私と婚約したら、すぐに妹みたいな子を見つけたのね」
そういうと、ロジェはしまったというような顔をして、必死に弁明しだした。
「そういうわけじゃ……。リディとの方が圧倒的に僕との付き合いが長いじゃないか。僕が一番好きなのは、その子じゃなくてリディだよ」
この男はどうしてこうも無自覚に、私が喜んでしまうことを言うのだろうか。
こう言われると、悪い気はしない。だから、ロジェに対し毒づくのはやめた。
「わ、私もよ。ちょっと嫉妬してしまったみたい」
そう言うと、ロジェは嬉しそうに顔をほころばせた。
――自分から話題を出すなんて、やっぱりエイミー嬢とは何ともないのよね?
それにロジェ自体、噂のことなんて知らなさそうだし。
けれど、念のために一応聞いてみましょう。
「ところでロジェ、その妹みたいっていう子は何歳の子なの?」
「リディより2歳下の17歳だよ。今年デビュタントなんだ」
――私よりも年下なのね。どうりで、今までパーティーで会ったことがなかったわけだわ。
「今年がデビュタントの子なのね」
「そうだよ。その子がどうかした?」
――その子とロジェの噂を聞いたことを言うわけにはいかないわ。
どう切り返すべきかしら……? あっ、そうだわ!
「カフェの情報に詳しいから、同世代かと思って聞いてみたのよ!」
「ああ、そうだったんだね」
――あまり今問い詰めすぎたら怪しまれるから、このくらいにしておきましょう。
私がエイミー嬢について探りを入れるのをやめてから数分後、カフェに到着した。
カフェに入り、デザートのケーキが出てきて私は感動していた。
――こ、これはっ! なんて綺麗なの!? それに味も最高っ!
「綺麗でおしゃれなうえに、とっても美味しいわっ!」
「良かった! 僕もリディがそんなに喜んでくれるなら、誘った甲斐があったよ」
「誘ってくれてありがとう!」
「どういたしまして。僕もリディが喜ぶ顔を見ることが出来て大満足だよ。それにしても、子どもみたいにはしゃぐリディはかわいいね」
そういうと、いつもの癖のようにロジェは私の頭を撫でた。
――私はどうしてこんなにも優しいロジェに対して、一瞬でも疑心暗鬼になってしまったのかしら。
やっぱりロジェはロジェよ。そんな浮気なことするはずないわよね!
そう思い直しながら、私はケーキを食べ進め始めた。
すると、入り口のドアが開き、カランカランと音が鳴った。
そして、ドアが閉まった後、コツコツと足音が近づいてきた。
――あら? この辺りの席は全部埋まっているけれど、誰かと待ち合わせしているのかしら?
そう考えていると、すぐそこまで迫ってきた足音は私たちの近くで止まった。
そして、鈴を鳴らすような声で、足音の主である女性がロジェに話しかけてきた。
次回、ついにあの方の登場です。