118話 吉日〈エリック視点〉
騎士団長は姉上を抱き締め、意を決した様子で口を開いた。
「ずっと、ずっとお慕いしておりましたっ……。私があなたに相応しくないと言い続けてきましたが、全て言い訳でしかなかった! 今日そのことを痛感しましたっ。私はこれからあなたに相応しい人間だと認められるよう、努力いたします。ずっと待たせてしまい、申し訳なかった……。サラ様、こんな私ですが、結婚してくださいますか?」
その言葉を聞き、姉上は信じられないというような表情をしながら、抱き締められたままうわーんと子どものように泣き出した。
「ううっ、するわ! あなたと結婚したいわ! ううっ、グス……本当にいいの?」
「結婚は2度としたくないと思っておりました。ですが、私はサラ様、あなたと、あなただから結婚したいのです」
「ほんとに、ううっ、ほんとう……?」
「はい、本当です。ずっと言えずにいました。……私もサラ様のことを愛しております」
「もう他の男と結婚しろなんて言わない……?」
「当たり前です。もうサラ様は私の誰よりも大切な人です。こんな、可愛い人を他の男にやるわけないっ……」
その言葉に、姉上はより涙を零し始めた。
――ふう、僕は用無しどころか、ただの邪魔ものだな。
今のところは1度出て行こう……。
「2人とも和解が出来て良かったです。これ以上はただの邪魔者になって姉上に怒られますので、僕は失礼しますね」
椅子から立ち上がり声をかけると、僕の存在を今頃思い出したかのように、2人揃って飛び退くように抱き合った身体を離した。すると、騎士団長が噛み締めるように声をかけてきた。
「エリック王子! 本当に、本当にありがとうございましたっ……」
そう言うと、騎士団長は立ち上がり深々と頭を下げた。そして、姉上も取り繕うように急いで涙を拭うと、僕に向き合うように座り直して口を開いた。
「エリック、あなたのおかげよ。グスッ……本当にありがとう。あなたが居なかったら、私、もう人として完全にダメになっていたわ。昨日もキツイ態度をとってごめんなさい……」
それを言うならと思い、今のタイミングで言うことではないと思いながらも、僕は姉上に言った。喜んでばかりいられる立場ではないことを痛感させるために、敢えて伝えることにしたのだ。
「昨日のことは気にしていません。今日もこのように解決して良かったと思っています。しかし、姉上のリディア嬢とアーネスト殿下への態度は解決しておりません。きちんと2人に謝罪をしてください。許してもらえなくてもです」
この言葉に対し、姉上は一気に暗い表情になり床に視線をやったが、再び立ち上がった僕の目を射貫くように見つめ、口を開いた。
「私のしたことは許されないことよ……。2人にもきちんと謝罪をするわ」
「はい、そうしてください。では、僕は失礼します」
そう言い残し、部屋を出た。迷った挙句、姉上にとって耳が痛くなるような雰囲気を壊すことを言ったが、後悔はしていない。
――だけど、姉上が騎士団長と和解出来て本当に良かった……。
騎士団長が、義兄になるのか。
なんだか、不思議な気分だ……。
そんなことを思いながら部屋を出る扉を開けると、目の間にパトリシア様がいた。
――なぜパトリシア様がここに!?
今日は何か特別良い日なのか……?
つい嬉しくなり、自分でも自然と口角が上がっていることが分かる。そして、嬉しさのあまりパトリシア様に声をかけた。
「パトリシア様とこんなところで会えるとは……! 今日は姉上に用事ですか?」
「いえっ……そういう訳では……」
気まずそうに眼を逸らしながらも、僕から逃げることなくパトリシア様が会話してくれたことに喜びを感じ、再び質問をした。
「では、どうしてここに?」
そう質問すると、パトリシア様は気まずそうに俯くと、小さい声で何かを言った。
「……ック……を……して……ま……た」
「すみません。上手く聞き取れなかったので、申し訳ないですがもう1度仰っていただいてもよろしいですか?」
パトリシア様の発言を1回で聞き取れなかった自分を情けなく思いながらも、パトリシア様に頼んだ。すると、カナリアのような可愛らしい声が今度ははっきりと聞き取れた。
「エリック様を探しておりました」
――何ということだ!
パトリシア様が僕を探していただと!?
「僕ですか!? 一体どういったご用件で……!」
そう質問を投げかけると、パトリシア様は耳を赤く染めながらなお俯いたまま言葉を続けた。
「エリック様がよろしければですが……明日一緒にお茶会をしたくお誘いに……」
嬉しすぎて信じられない。あのパトリシア様が自ら僕をお茶会に誘ってくれたのだ。もうそれだけで天にも昇りそうなほど嬉しさが込み上げてくる。
「パトリシア様とのお茶会ですか!?」
「は、はい……」
――やったぞ! パトリシア様と一緒に居られる滅多にない機会だ。
でもいや……待てよ……。
もしかしたら、今までみたいにリディア嬢も一緒なのか?
一緒なら一緒で同盟を組んでる分心強いが、リディア嬢がいるとパトリシア様は2人だけで話しだしてしまう……。
どうしたものか……。
そう思い、念のために確認の意味も込めて訊ねてみた。
「そのお茶会にリディア嬢は……」
そこまで言うと、パトリシア様はハッと顔を上げたかと思うと、一瞬にして再び下を向き早口で話し出した。
「ご、ごめんなさい……! 明日のお茶会にリディア様はいらっしゃらないんですっ。すみません! 私と2人だけなんて――」
僕はこの言葉を聞き逃さなかった。
「パトリシア様と2人きりですかッ!?」
僕は嬉しさのあまり、ついはしゃいだ様子でパトリシア様を遮って話してしまった。すると、パトリシア様もそんな僕の反応に驚いたのだろう。戸惑った様子で顔を上げた。
「は、はい……そうですが……」
この言葉に、僕の気持ちは一気に跳ね上がってしまった。
「嬉しいです! パトリシア様と色々話したかったんです! いや、リディア嬢が嫌だという訳ではないですよ。そうではなく、僕は1度きちんとパトリシア様と2人きりで話をしたかったんです! 本当に嬉しいです……!」
「ほんとう、ですか……?」
「当たり前じゃないですか……! 明日ですよね!? 絶対に行きます! 心の底から楽しみにしておりますっ」
僕は嬉しさのあまり、包み隠すことなくありのままの喜びの感情をパトリシア様に伝えた。すると、パトリシア様は耳だけでなく顔まで真っ赤になり早口で喋り始めた。
「そ、そそ、そうですか。では、明日エリック様の部屋に迎えを送ります。お待ちしております。それでは失礼しますっ……!」
そう言うと、パトリシア様は走り出しあっという間に消えていった。
――ああもう行ってしまった……。
そう思ったものの、今回はいつものただ残念に思うだけの気持ちとは違う。パトリシア様と次がつながったのだ。しかも、ずっと避けられていると感じていたパトリシア様側からの提案でだ。
こんな嬉しいことがあるだろうか。しかも、今日は誰も間に挟むことなく、短い時間ではあったがパトリシア様と話すことも出来た。
「ああ、なんて良い日なんだ……。もしかして、リディア嬢が何か言ってくれたのか? 取り敢えず、明日のために準備しないと!」
心を躍らせながら、僕は自室へと帰って行った。そして、次の日になり、パトリシア様の言っていた通り来た迎えの人に付いて行き、茶会の場へとやって来た。