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117話 知っている〈エリック視点〉

 騎士団長は、そんな姉上の表情を知ってか知らずか、話を続ける。


「騎士爵をもらい、国を守った英雄として人々は私のことを讃えてくれました。しかし、結局のところ人々がどれだけ讃えてくれようと、人々は私を死神と呼ぶのです。こんな私が、あなたのような清廉な人と結婚して良い訳がありません。それに、私の二つ名のせいであなたに嫌な思いをさせたくない」


 そう言うと、騎士団長はガバッと顔を上げて姉上の顔をしっかりと捕らえ、姉上に伝わるようにと、切なげな表情で語りかけた。


「……私の当時の狂気は妻を亡くしたことがきっかけでした。私とサラ様の年の差は一回り以上あります。きっと私が先にこの世を去ります。そのとき、私はサラ様を1人にしてしまうことが耐えられません。私自身が配偶者を亡くし苦しんだからこそ、その苦しみはよく分かっております。そんな思いをサラ様にはさせたくありません」


 どこまでも姉上思いである。そのことが、痛いほどに僕にまで伝わってきた。きっと姉上も騎士団長がなぜ結婚しないか、本当の理由が理解出来ただろう。


 どうしてこんなことになる前に、2人でしっかり話し合わなかったのかとずっと思っていた。しかし、なぜ話をしてこなかったのかが今分かった。


 姉上は人々から話を聞き、騎士団長を子どもの頃からずっと尊敬していたという。そして、騎士団長に憧れ騎士団に乗り込み、今目の前にいる騎士団長に、幼い頃の姉上が剣を教えてくれと直談判したと聞いたことがある。その憧れにいつしか恋心も加わり、現在に至っているのだろう。


 恋心はともかく、騎士団長は自分が姉上の憧れの対象だと知っていた。だからこそ、姉上にとっての、騎士団長象を崩さないために、英雄という面を見せて死神と人々に畏怖される面を隠していたのだろう。


 しかし、結婚をすればその過去は嫌でも人々によって蒸し返される可能性がある。人々は死神に生かされ当時は讃えたが、姉上との結婚相手となると死神だと批判するかもしれない。騎士団長は、自身の二つ名のせいで姉上がこういった嫌な思いをすることを恐れているはずだ。


 そのうえ、騎士団長に婚歴があることや年齢が離れていることも、姉上自身や結婚を認めた王室の批判につながる恐れが無いわけではない。それに、結婚できたとしても自身が先に死ぬことで、姉上を悲しませることになるかもしれない。そういった可能性を避けるためにも、騎士団長は姉上との結婚を拒否し、姉上を期待させないために言葉で姉に自身の想いを伝えることはなかったのだ。


 身分が対等に近く、死神類の二つ名や婚歴が無く、自分ほど年齢差があるわけではない。それに加え周囲から誠実と言われるアーネスト殿下は、騎士団長が導き出した姉上の結婚相手の最適解だったのだろう。今日の話を聞くと、騎士団長がアーネスト殿下を推薦した理由がより良く分かった。


――ここまで言われて、姉上は大丈夫だろうか?

 もしかしたら受け止めきれないんじゃ……。


 そう思いながら姉上を見ると、姉上はスクっと立ち上がり対面に座っていた騎士団長の元へと足を進めた。そして、長椅子に座っていた騎士団長の隣に座ると、騎士団長のことを包みこむかのようにそっと抱きしめた。


「馬鹿ね。あなた、そんなことを考えていたの? 知ってたわ。全部。あなたが死神と言われていること。それに元平民ですって? だから何なの? そこも含めて今のあなたじゃない」


 そう言われた騎士団長は、姉上の言葉に反応し姉上の頭を見下ろした。


「知っているのならなぜ……。それにわざわざ私でなくとも――」


 そう言いかけて騎士団長だったが、姉上がその言葉を遮った。


「もう、いいから聞いて。戦いに犠牲はつきものよ。自国を守るためには、誰かがあなたの立場にならないといけなかったわ。そして、そのときその立場になったのがあなたというだけよ。それに、あなたは敵を倒しても殺してはいなかったことを私は知っているのよ」


――どういうことだ!?

 あんな言い方をするから、てっきり殺戮のかぎりをつくしたものかと……。


「あちらが降参した後、あの地域はロイルの一部になったわ。そのときあなたは、自分が倒した相手の治療費や、その地域の復興のために報奨金をすべて使ったわよね。それに、休みには必ず無償で治療や復興の手伝いをしていたことも知ってるわ」


 すると、騎士団長は驚きの表情を見せて言った。


「匿名だったのに、どうして……」


――匿名だったのか? 

 それなら、なぜ姉上はそんな情報まで知っているんだろうか?


 不思議に思っていると、姉上は笑い出した。


「ふふっ、あなたは気付いていなかったのね。私は仕事で軍の担当をしているから、あなた以外にも騎士たちとは頻繁に会話をするわ。そのときに、聞いたの。……あなたが戦った人々の子どもたちから。彼らは言っていたわ。あなたのように強く優しい騎士になりたくて、騎士を目指したと」


 姉上は騎士団長からそっと離れ、彼の手を取りその手を包み込むように握った。


「彼らはあなたに感謝をしていた。生きる希望をくれたのは他でもなくあなただと。死神だと人は言うけれど、あなたが死神と呼ばれる理由は、敵の血を流すことなく倒して、まるで魂を刈っている死神のようだからと聞いたわ。でも、あなたは誰も殺していない。無理矢理徴兵された戦いに殺される覚悟で行ったけれど、今命があるのはあなたのおかげだと彼らの両親からも聞いたわ。何なら、倒されたはずの彼らがあなたのことを救世主と言っているのよ」


 その事実に、騎士団長は茫然としたような顔をしている。


「彼らはあなたにその話はしていなかったようだけど、他でもない彼らがあなたを尊敬しているわ。それなのに、死神だから反対? そんなことを言う人たちはいないわ。それにいたとしても、私は気にしない。あなたが死神と言われる理由も、あなたの本当の優しさを知っているから」


 騎士団長は唇をぎゅっと噛み締めた。そんな騎士団長に姉上は話を続ける。


「それと、婚歴があることも私は気にしない。略奪愛というわけではないもの。あなたの亡くなった奥様にも敬意を払う。あなたが亡くなった奥様に愛を抱いていても、あなたのその気持ちを受け入れる覚悟もしているのよ」


 この姉上の発言を聞き、姉上なりに色々と亡くなった奥方のことを考えていたのだと初めて気付いた。僕は、ただひたすら姉上の話に耳を傾けていた。


「それに、再婚をしている男性はそれなりにいるのに、その人たちには皆何も言っていないわ。さすがにあなたに子どもがいれば反対するのも分かるけれど、そうじゃないならきっと反対する人も、私たちを見ていて次第に認めてくれるはずよ」


 そう言うと、姉上は騎士団長と目を合わせるように上を向いた。そして、泣きそうな顔で騎士団長に微笑みかけた。


「あとは、年齢。あなたは自分が先立つことを心配しているわね。確かにあなたが死んだら、きっと私は悲しみと苦しみに打ちひしがれるでしょうね……。でもそれよりもっとつらくて苦しいことは、想いが通じ合ったあなたと最後一緒に居られないことよ。それに、もしかしたら私が先立つ可能性もあるのよ? 人間いつ何があるか分からないわ。だから、あなたじゃなくて、もしかしたら私があなたを苦しめてしまうことになるかもしれない……」


 ここまで言うと、姉上の顔から完全に笑顔は消えた。その代わり、苦しそうに顔が歪みその目からは涙が溢れだした。


「それでも私は、あなたと、結婚したい……。 これが私のわがままだってことは、痛いくらいに分かってる! グスッ……あなたを好きになったあの日から、っずっと、あなたを恋い慕ってきたわ。でも、もうリミットが来てる。馬鹿な私でも分かる……。それに、あなたのことも、もうこれ以上、っ苦しめたくない……!」


 涙をボロボロと零しながら、すがるように騎士団長の右肩と上腕を掴み、気持ちを伝える姉上に、胸が張り裂けそうな気分になる。


「これが、最後よ。今日、あなたに断られたら、っあなたには一生求婚しないわ……! 本当に、私じゃダメ……? 王女としても、サラ・ロイルとしてもあなたとこの国を支えたい、グスッ、身分なんて関係ない。他の誰でもなく、私はあなたと共に生きたいの! ハリソン、私と結婚してちょうだい……グスッ……お願いよ……」


 いつもの凛とした声とは違い、弱弱しくも美しいその声で姉上は騎士団長に想いを告げた。すると、騎士団長が口を開いた。


「サラ様、あなたはいつも私を困らせ続けてきました。私はそのたびに、あなたへの想いをずっと堪え続けてきました。あなたがどれだけ私を惑わそうと、必死に耐え続けておりました。ですが、私の我慢ももう限界です……!」


 そう叫んだ瞬間、騎士団長が姉上を引き寄せると力強く抱きしめた。

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― 新着の感想 ―
話の主人公がこの2人とか、主人公の親友枠がこの2人とか、そういった関係値ならこの流れは「うんうん、すれ違ってたけど、ようやく結ばれるんだねっ!」という感動の話なのかもしれないけど、迷惑かけられた側から…
[一言] 騎士団長はエゴイストだよな 自分は相応しくないから、違う人を彼女の隣の席に座らせる為に 彼女の気持ちも王子の気持ちも全部犠牲にするつもりなんね つか自分から見て王女が絶世の美女かなんか…
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