114話 知ってほしいこと
互いに気持ちが高ぶっているのが分かる。そんな時、アーネスト様は熱いまなざしで問いかけてきた。
「リディ……キスしても、良いか?」
「えっ……」
キスという言葉がアーネスト様の口から出てきたことが気恥ずかしくて、つい声が漏れてしまった。すると、そんな私の反応を見て、アーネスト様は焦った様子で話し出した。
「いや、婚約式までは待ったほうが良いよな! 驚かせてさせてごめん! つい今までの想いが溢れて……」
そう言っているアーネスト様に、私は答えた。
「……いいですよ」
「無理してないか? 本当にいいのか……?」
私は緊張しながらも、答えの代わりにアーネスト様を上目遣いで見つめ、頷いた。
すると、彼はそっと顔に手を滑らせ、輪郭を包みこむように優しく手を添え、顔を少し上に傾けた。徐々に彼の顔が近付いてくる。顔が近付くたびに、心臓がより早くなる。私はそっと目を閉じた。その瞬間、やわらかい感触が唇に触れた。
3秒くらいその感触が続いたかと思うと、彼は唇をそっと離した。私もそっと目を開いた。思ったよりも近い距離だった彼と目が合い、喜びとときめきが胸いっぱいに溢れた。
「……私の初めてのキスが、アーネスト様で良かったです」
「え……」
アーネスト様は、衝撃を受けたような表情をし、恐る恐る尋ねてきた。
「ロジェリオ、とは……」
「あの人と口付けしたことはありません。正真正銘、アーネスト様が私の初めての相手です。そんなこと聞いてくるなんて……もう黙ってください」
そう言って、ロジェリオとのキスについて聞いてきた仕返しとばかりに、私はアーネスト様の唇に人差し指を押し当てた。
「次のお仕置きは指じゃすみませんからね。あと今回は例外ですが、今後のキスは婚約式以降ですよ」
そう言うと、アーネスト様は顔を真っ赤にし呟いた。
「リディはどれだけ俺を惚れさせたら気が済むんだ。これがお仕置き……? かわいすぎだろう。分かったよ。それに婚約式と言わず結婚式以降、リディが良いと言うのなら制約なくいくらでもできるからな」
「もう……」
照れて顔を赤くしている私を見たアーネスト様は、喜びを噛み締めるように微笑み、ギュッと包み込むように抱き締めてきた。しばらく抱き合い、互いに落ち着きを取り戻し始めた頃、アーネスト様が天を仰ぐように上を向き、感慨深そうに口を開いた。
「これからはリディが俺の恋人、婚約者になるんだな。ああ、すぐにでも結婚したいよ」
私はアーネスト様の婚約者になるということは、ゆくゆくは結婚をするということになる。それはすなわち、私が王太子妃に、もっと先を言うなら王妃になるということを表している。このことについて、アーネスト様にきちんと話をする機会だと思い、アーネスト様に話しかけた。
「アーネスト様、そのことできちんとお話ししておきたいことがあります」
「え? 分かった、聞かせてくれ。何でも話してほしい」
アーネスト様は態勢を戻し、話を聞くためにきちんと身体がこちらを向くように座った。
「アーネスト様と婚約を経て結婚をしたら、私は王太子妃になります。そして、恐らく最終的には王妃になります。私はアーネスト様のことが好きです。しかし、アーネスト様のことが好きというだけで、婚約を決めたわけではありません。ゆくゆく王妃になるという覚悟もした上で、この婚約を承諾いたしました」
アーネスト様の息をのむ声が聞こえる。
「私はこの国が大好きです。だからこそ私は、この国の王妃として国民の平和と安寧の為に尽くす覚悟もしております。……私たちが恋愛結婚だという話はすぐに広められることでしょう。ならば、なおさら私がアーネスト様の足を引っ張るわけにはいきません」
この言葉に、アーネスト様が反応した。
「リディが俺の足を引っ張るなんてそんなわけない! 君は多岐にわたって様々なことを勉強してきたじゃないか。足を引っ張るどころか、あらゆる知識を持っているリディは、むしろ国を助け支える力だ」
何を言っているんだというような目でアーネスト様はこちらに訴えかけてくる。しかし、私は続けた。
「アーネスト様は、きっとそのようなことを仰られると思っておりました。……政略結婚はある意味皆が納得できますが、恋愛結婚となると納得しない家門も存在するのが事実です。だからこそ、今以上に研鑽を深め、あなたとともに認められるような人物になりたいのです。そして、そうなるよう努めます。アーネスト様にも、このことは知っておいてほしかったのです。ただ好きだから結婚するのではなく、その覚悟も持ち合わせているということを」
アーネスト様にはあえてこのことを伝えておきたかった。彼はいつもリディは今のままで大丈夫と言うが、だから好きという理由だけで結婚しても問題ないとは思って欲しくなかったからだ。
すると、アーネスト様は自身と近い方の私の手に、その大きな手を重ねた。
「リディ、君の覚悟が……すごく伝わった。俺も、リディに見合える王になるよう努めるよ。そして、ともに国を支え築きあげていこう。好きと言うだけでは決められないこの婚約を受け入れてくれて、ありがとう。愛しているよ」
そう言うと、アーネスト様は重ねた手に少し力を入れ、私に真っ直ぐと視線を向けたまま口角を上げた。そして、言葉を続けた。
「婚約については、両親に報告しなければならないな。出来るだけ早い方が良いと思うが、リディの考えは?」
「もちろん、すぐに報告した方が良いと思います。ですが、サラ王女はどうしましょう? 先に解決した方が良いのではないでしょうか?」
そう言うと、アーネスト様はその意見に賛同した。
「リディの言う通りだ。善は急げという。今すぐ言いに行こう。今までは未確定だったから必要以上に強く言えなかったが、リディが婚約者になるんだ。もうサラ王女も、今までのような言動は出来なくなる。……行こう」
そう言われ、サラ王女がいるという区画に私たちは足を進めた。そして、その区画が見え始めたところで、思いもよらぬ光景が目に入ってきた。
――あれは、サラ王女とサロンの日にサラ王女の後ろに立っていた護衛の方!?
どどどどどうなってるの……!? は? え?
そこには、護衛の男性と時に口付けをしながら、楽しそうに微笑んでいるサラ王女の姿があった。
「ア、アーネスト様……私、見てはいけないものを見ているのでは……。夢で、しょうか……?」
「い、いや、夢じゃない。だが……俺も信じられない……」
想像を絶する光景に、思わず私たちの足は止まってしまった。真っ直ぐと2人を視界にとらえたまま、アーネスト様に尋ねた。
「ア、アーネスト様……あの方は?」
「ロイルの、騎士団長……だ」
2人はまだこちらに気付いていない様子だ。思わず驚きのあまり、ゆっくりとアーネスト様と目を見合わせる。
「サラ王女と騎士団長様の御関係は……?」
裏返りそうな声でアーネスト様に尋ねると、アーネスト様も困惑の表情で答えた。
「姫と臣下、または上司と部下のはず、だったが……。どういうことだ……?」
私だけでなく、アーネスト様も完全にこの状況を理解できていなかった。無理もない、サロンの日は、いっさいそんな様子をこの2人は見せていなかった。
「パトリシア様かエリック王子は、このことを知っているのでしょうか?」
「エリック王子は分からないが、パトリシアは知らないはずだ。2人はちょうど茶会をしている頃だろうから、今すぐ聞くわけにもいかないしな……」
――ん? 今サラッといったけど、パトリシア様お茶会に成功したのね!
じゃあ、後はもうエリック王子がどれだけ頑張るかが問題ね。
喜びや応援の気持ちは持っているが、正直今はそれどころじゃない。目の前の光景が衝撃的すぎるからだ。
目の前の光景がいったいどういう状況なのかが分からず、その場から動けないまま2人を見ていると、サラ王女が私たちの存在に気付いた。すると、サラ王女は私たちの方へと駆け寄ってきた。
補足)アーネストは、リディアがロジェリオとキスをしていると思っていたので、リディアにあるロジェリオの記憶を上書きしたいという独占欲で、キスをしました。仮にアーネストが最初から婚約者になっていたら、婚約式までは我慢しています。彼はそんな男です。