11話 とある噂
ロジェと婚約して3か月経ち、婚約者としての仲も少しずつ進展し、私は充実した生活を送っていた。
――私もロジェも忙しくて仕事の合間にしか会えないけれど、次会う日を楽しみに頑張りましょう!
ロジェは、王女宮の前に所属されていた治安部隊での引継ぎも終わり、王女宮の仕事だけに専念できそうだから、今までよりも会いやすくなると言っていた。
民家に侵入したり、馬車を襲ったりする盗賊団の事件に関する引継ぎって言っていたけど、そんな人たちがいなかったら、もっと早くから頻繁に会えたのにと思う。
――でも、捕まったなら良かったわ! こんな事件が起こらないためにも、もっと慈善活動に力を入れないといけないわね……。
「よし、じゃあ今から孤児院の子どもたちにプレゼントするハンカチに、刺繍をするとしましょうか! ポーラ手伝ってくれるかしら?」
「はい、お嬢様お手伝いたします」
「ありがとう! ポーラ」
「私は自分のしご……いえ、どういたしまして」
「ポーラが感謝の気持ちを素直に受け取るようになってくれて嬉しいわ!」
「もう! 私のことはからかわないでください。それよりも、今日はロジェリオ卿との話を聞かせていただきますよ」
――このポーラの目、何が何でも根こそぎ聞き取るつもりね。
結局私は、ここ3か月で変わっていった、ロジェとの関係性を話したのだった。
「――――それで、私が行ってみたいって言った、つい最近できたカフェのことを、ロジェが覚えていてくれたの。そしたらこないだ会ったとき、休みが取れたら一緒に行こうって誘ってくれて、明日そのカフェに行くことになったの!」
完全にのろけ話ばかりしてしまっている。
でも、刺繍は着々と進んでいるから良しとしよう。
「ようございました。お嬢様がこんなにもロジェリオ卿とうまくやっているのなら、私も安心しました。最近よからぬ噂を、ある筋のものから聞いたもので」
――ある筋って何!? それによからぬ噂……?
「よからぬ噂って、どんな噂なの?」
「いずれお嬢様のお耳に入るかもしれないので、先に伝えておきますね。少し覚悟をして聞いてください」
――覚悟して聞くような話? いったいどんな噂なのかしら?
何だか嫌な予感がする。
「分かったわ。聞かせて頂戴」
「はい、ではご報告いたします」
そう言うとポーラは話し出した。
「まず、噂の出処は王女宮です。そしてその噂の主は、ロジェリオ卿と、子爵令嬢のエイミー・コールデンという娘なのです」
「ロジェに関する噂なの? いったいその子爵令嬢とどんな噂が?」
戸惑いを隠せない私の質問に、ポーラは気まずそうに小さい声で答えた。
「実は……この2人が恋仲になっているという噂が、王女宮に縁のある貴族を中心にどんどん広がっているのです」
「こっ、恋仲ぁ!? そんな噂が広がっているの!? しかも、あのロジェがよりによって、恋愛スキャンダル!?」
思いもよらぬ噂の内容を知り、私は衝撃を隠せない。
「はい、左様でございます」
「ど、ど、どうして? それに、その令嬢はいったい何者なの? その、エイミー嬢だったかしら? その方と、ロジェの接点が全く分からないわ」
「エイミー嬢は、王女宮で働いている侍女だそうです。話を聞くに、エイミー嬢の御実家は相当金銭面で苦しんでおられるようで、エイミー嬢は出稼ぎのために、王女宮で働き出したらしいのです」
「彼女は、ロジェと同じ王女宮で勤務をしている方なのね」
ロジェは、王女付き騎士団の副隊長として働いる。
エイミー嬢は、王女付き侍女として働いている。
――ということは、同じ職場で話す機会も多い2人だから、そんな噂が王女宮から広まったのかしら?
けれど、王女宮で働いている侍女はエイミー嬢以外にもいるのに、なぜエイミー嬢との噂が広まったの……?
「その噂はいつから広まっているの?」
「約1か月前から広まっています」
「それなら、耳聡い貴族たちには完全に広まっているじゃない!」
婚約したばかりなのに、こんなにも醜聞が広がっているなんてたまったもんじゃない。
今まで浮いた話一つなく義理堅いと言われている男が、婚約者ができてから浮気したなんて、貴族にとって格好の餌食でしかないのに。
ロジェに限ってこんなことありえない……!
頭の中で色々考えている私に、ポーラは補足情報を加えた。
「ちなみになんですが、エイミー嬢が王女宮で働きだしたのは、お嬢様がロジェリオ卿と婚約する1か月前からだそうです。なので、エイミー嬢が王女宮で働きだした約3か月後から、どんどん噂が広まり出したようなのです」
――エイミー嬢が王女宮で働きだしたのは、ロジェが王女宮に異動になる約半月前のことね。2人が出会ってそれほど日が経ったわけではないのに、そんな噂が広まるなんておかしいわね?
ロジェとエイミー嬢の、そんな噂が広がるような出来事が王女宮であったのかしら?
「どうして、恋仲だと噂されているのかの詳細はないの?」
「あるにはあるのですが――」
「どんな内容か、早く聞かせて」
一度冷静になろうと思いながらも、冷静になりきれない私に、ポーラは淡々と告げた。
「エイミー嬢がロジェリオ卿にマントを渡し、それを受け取る様子を見た者がいました。それから、会うたび親密そうにお話をされているそうです。お互いに距離が近く、その……いわゆるボディータッチをしているとか」
――え? マントを渡していた? ロジェのマントなのかしら? でも、なぜそれならエイミー嬢が持っているの? それに私以外の女性と親密そうに話して、互いにボディータッチが多いってどういうこと? 何だか私の知らないロジェの話を聞いているみたいだわ……。
「ポーラのその情報は本当に確かなもの?」
「はい。間違いありません。ただ、私にこの話を伝えたくれた者が言うには、マントを渡していた時が、2人の初対面ではないようなんです。皆、初対面だと思っていたらしいのですが、2人の様子を見るに以前からの知り合いのようです」
――ロジェは仕事以外の休日は基本的に私と会っていたはずよ?
それなのに、2人が前から知り合いってどういうことかしら?
「ああ、それともう一つ。エイミー嬢は、王女宮の侍女の中で評判の良い侍女らしいです」
私は正直偏見でしかないが、気に入った男を誘惑して、仲間の侍女にも煙たがられているタイプの女性を想像していた。
だからこそ、意外過ぎて衝撃だった。
「どんな子なの?」
「御実家の経済環境が苦しくて、出稼ぎのために働いていることは先ほども言いましたよね?」
「覚えているわ」
「まず、家計のために頑張って働く御令嬢という点で好感度が高いようです。また、小動物のような雰囲気で、明るく健気で素直な性格で庇護欲がそそられると、今のところほとんどの侍女から好かれています」
――想像とは真逆のような子だったわ! それに性格もかなり良さげね。
「予想外のタイプだわ……」
「はい、私も初めて聞いた時、同じように思いました。この彼女の性格が原因か、噂を知っていても、彼女を咎める人がいないそうです。なので、本人はこの噂を知らないと思います」
――婚約者がいる男性と親密そうに話しているのに、誰も注意してあげないなんてそれもそれでどうかと思うけど……。
それに、その女性も女性だけど、本当の話ならロジェもロジェで大問題よ!
すぐになんとかしないと!
「そうなのね。ポーラ、教えてくれてありがとう。2人の噂については、これ以上できるだけ広まらないように、よろしく頼むわね。あと、引き続き何かあったら教えて頂戴」
「もちろんです、お嬢様。最善を尽くします」
こうして噂について知った私は、明日のデートで機会を見ながら、ロジェに探りを入れることに決めた。
ようやく、噂の話まで来ました。
ここまで読み進めてくださった皆様、本当にありがとうございます。
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