103話 参加者
とうとう、サラ王女主催のサロンの日がやって来た。本来であれば、文化人などを招くが主催者のサラ王女自身が文化人そのものである。そのため、あくまで今回は社交的交流の場としてのお茶会のようになるだろう。
私は3日間、いかにサラ王女の前で目立つことなく、ひっそりとその場で過ごすかの対策を考えに考え抜いた。その結果出た結論は、基本、聞かれたこと以外に自発的に喋らないというものだった。
――この作戦で、今回のサロンは乗り切りましょう……!
そんなことを考えていると、会場となる王宮の門に辿り着いた。門兵は馬車を確認し、ベルレアンの家の紋章を確認し馬車降り場まで通してくれた。そして、馬車から降りると、王宮で働く従者たちが案内のために待ってくれていた。
「リディア・ベルレアン侯爵令嬢ですね。お待ちしておりました。温室まで、ご案内させていただきます」
言われるがまま、侍従の案内に従って温室の前までやって来た。温室は他の王宮の建物からは少し離れた場所に位置している。そのため、王宮の温室は喧騒から離れられる、いわばオアシスのような場所だ。
しかし、今日に限ってはオアシスではない可能性が非常に高い。
「どうぞ、お入りください」
にっこりと微笑みながら伝えてくる従者に答えるように、私は意を決して温室に足を踏み入れた。
すると、円卓が用意されており、5席のうち2席にはすでにサラ王女とパトリシア王女が座っていた。そして、今回は女性のみのサロンとはいえ、サラ王女の後ろにはロイルから来ている男性の騎士が、パトリシア様の背後には王女宮の騎士が護衛として立っていた。
――他の招待客の中で、私が1番目ってわけね……。
次に来るのは誰かしら?
そう思いながら、私は2人に挨拶した。
「サラ王女、今日はお招きいただきありがとうございます。パトリシア様も、一緒に参加できて嬉しいです。お互い実りのある会になればと存じます。こちら、現在女性のあいだで人気になっているお店のアイシングカップケーキです。よろしければ、お受け取り下さい」
そう言って、すぐ近くに立っていた侍女に渡すと、サラ王女のところまで持って行ってくれた。とりあえず、手土産は人気どころにしようと考えていた。また、何を言われるか分からないため、とりあえず私なら3口で食べられる小ぶりで、繊細で美しいデザインのアイシングカップケーキを選んだというわけだ。
「あら、ありがとう。この国ではどんなものが流行になっているのか、さっそく見ものね。さっそく開けさせていただくわね」
同じ王女の立場であるパトリシア様から発されない、ちょっとした上から目線の言い方に少しモヤっとはするが、そんなことを気にしていてもキリがない。
――とにかく、手土産だけは正解であって……!
そう願いながら、サラ王女を見ると彼女は予想外の反応をした。
「か、かっかわいいじゃない……! こんなにかわいいのに食べられるの? 色とりどりで、どれもこれも素敵だわ! こんなケーキ初めてよ! 嬉しいわっ! リディア嬢っありが……! コホンッ。……ありがとう」
私は今この瞬間、サラ王女は二重人格なんじゃないかと疑った。あまりの変わりように、パトリシア様も驚いている。
――一瞬でいつもの顔には戻ったけど、あんなに笑顔のサラ王女は初めて見たわ。
絶世の美女のこの笑顔をが私に向けられる日が来るなんて……。
驚きすぎて一瞬フリーズしかけたが、急いで返事をした。
「喜んでいただけて、嬉しいです。味の方も評判ですので、食べる時もぜひお楽しみくださいね」
「そ、そうね。楽しみにしてるわっ」
またいつものサラ王女に戻ったが、ケーキをチラチラと見て、少し口角を上げている。
――良かった……!
手土産の関門は乗り越えた……!
そんな喜びに浸っていると、入り口から新たな人物が入って来た。
「ごきげんよう。サラ王女、お待たせいたしました。このような貴重な機会にご招待下さりありがとうございます。御二方もお待たせいたしました。今日は皆で楽しみましょうね」
颯爽と入ってきて、完璧な礼儀作法ほ披露した人は、サイラス卿のお姉様のハイディ様だった。そして、ハイディ様も手土産を持ってきていた。
「今日のサロンはごく小規模だと聞いていましたので、こちらを持ってきました」
そう言って、侍女を通じ私たち3人それぞれに箱を差し出した。
――中に何が入っているのかしら?
「ハイディ……夫人と呼んでもよろしいかしら?」
「はい、夫は私の籍に入っておりますので、現時点ではそのようにお呼びいただければ幸いです」
「分かったわ。この箱だけど、開けてもよろしいかしら?」
「ぜひ、ご覧ください」
サラ王女が箱を開き、目を輝かせる。パトリシア様と私もサラ王女に倣うように箱を開けると、その中には美しい輝きを放つ、ルビーが嵌め込まれたブローチが入っていた。
「美しいです……」
つい、声が漏れ出てしまう程のルビーの輝きから、ルビーの中でも特に上級品であることが分かる。
「そのルビーは、私の管理する領地の鉱山から採れたルビーを加工したものなんです。他の宝石とも迷いましたが、サラ王女のお美しい髪色に合わせて、ルビーを選ばせていただきました。ぜひ今日お集りの記念として、皆様に受け取っていただければと存じます」
さすがベル公爵家、やることの規模が人並外れている。こんな高価なものを私までもらっても良いのかと思いながらお礼を告げる。
「ハイディ夫人、こんなにも美しいブローチをくださりありがとうございます」
「良いのよ。リディア嬢が気に入ってくれたなら良かったわ。サラ王女は、お気に召しましたでしょうか?」
そのハイディ夫人の言葉に合わせて、私もパトリシア様もサラ王女の方へと目を向けた。すると、サラ王女はそのブローチをおもむろに箱から取り出した。
「本当に綺麗……。ハイディ夫人、本当に気に入ったわ。今着けても良いかしら?」
「はいっ。サラ王女さえよろしければぜひお着けください」
そう言うと、サラ王女はウキウキした様子でブローチを着け、綺麗で可愛らしいわと独り言ちている。
――サラ王女は可愛いものが好きなのかしら?
初対面時のサラ王女からは想像もつかない反応に、人を一目で見抜くのは容易ではないのだと再確認する。そんなタイミングで新たに最後の一人が入って来た。
「お、遅れて申し訳ございません! お待たせいたした! ルイス伯爵家の、アリソン・ルイスと申します。今回はこのような機会にお招きに与り光栄でございます!」
遅れたと言っても定刻ぴったりである。まあ、定刻ぴったり過ぎるのもどうかと思うが、遅れてはいない。それよりも、アリソン嬢は女騎士であるためか、話し方がなかなかに印象的である。このアリソン嬢の勢いには、流石のサラ王女もある意味圧倒されていた。
「ア、アリソン嬢ね、今日はよろしくね。楽しい会にしましょう。……アリソン嬢は、パトリシア様のご紹介でしたよね?」
「はい、その通りです」
正直この人選はいったいどうなっているのかと思ったが、パトリシア様の紹介だったことが判明し、なおさら驚く。すると、パトリシア様はアリソン嬢を今回のサロンの招待者として推薦した理由を述べ始めた。
「アリソン嬢は女騎士として活躍していて、市民からの人気も高いんですよ。それに、騎士としての実力も備わっております。サラ王女も軍務関係のお仕事をされているということで、話が合うのではないかと思ったのです」
――そういうことだったのね。機密情報を話すわけじゃないのであれば、アリソン嬢は適切な人選ね。
最近、市民のあいだで徐々に人気が出てきているし、アリソン嬢がいるからと騎士を目指す女性が増えていると聞いたことがあるもの。
彼女の明るくてポジティブで情熱的な性格が、この人気に繋がっているような気がするわ。
納得の理由を聞き、サラ王女も理解したのだろう。嬉しそうに話し出した。
「あなた騎士なの?」
「はい、左様でございます」
「それなら、話が合いそうね! 楽しみだわ」
こうして、お互いへの紹介が終わり、話が始まった。