102話 大量の手紙
眠ったからか、昨日よりも頭の中の整理が付いたような気がする。完全に頭が覚醒したそのとき、コンコンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「入ってちょうだい」
「失礼いたします。おはようございます、お嬢様。朝の御支度に参りました」
そう言ってポーラが部屋に入って来た。そして、入ってくるなり私の手を確認しに来た。
「まだ腫れはありますが、昨晩よりは腫れが引いて良かったです。手首のあざも数日で消えそうですね。それにしても、お嬢様に怪我をさせるだなんて、とんでもない愚か者が会場にいたんですね。きっと、死ぬまで後悔し続けることになるでしょう」
いつも基本的に真顔のポーラが、最後の方だけ少し笑顔になりそんな発言をするものだから、ちょっとぞわっとした。
「ポーラったら、そんなときだけ笑わないの。楽しいときに笑ってほしいわ」
「あいにく、生まれつきこのような顔なので……」
「そういう訳じゃないでしょう。まあ、ただ手首の怪我に関しては、アーネスト様たちがきちんと処理をしてくれたから安心よ」
そう言うと、ポーラは顔を少ししかめた。
「手首の怪我に関してはということは、手の怪我はまた違う誰かなのですか?」
つい口が滑ったと思ったが、嘘をついて誤魔化すことにした。
「こっちの怪我は、私の不注意というところよ。それにしても、腫れがマシになって良かったわ」
そう言った私に対し、何か言いたそうな顔をしながらもポーラはそれ以上怪我について言及することは無かった。そして、手当てをしてもらい、孤児院に関する資料作りを進めた。
「ふう。やっと計算が終わったわ。これから、支給物資の布製品の刺繍作業でもしようかしら……」
そんなことを呟いていると、本日2回目のノック音がした。
「ポーラです」
「入ってちょうだい」
そう言うと、ポーラが大量の手紙を持ってきた。
「どうしたの!? その手紙の量は……!?」
「本日お嬢様に届いたお手紙でございます」
「これ全部私の分なの!? 家族全員分ではなくて!? いや、それでも多いわ……」
想像もしていなかった量の手紙が届き、心当たりもなく驚くしかない。
――やっと書類とのにらめっこが終わったのに、今度はこっちを見ないといけないの?
今日は孤児院の作業は出来そうにないわね……。
「ここに手紙を置いてくれる?」
「はい、承知しました」
そう言うと、ポーラはどさっと机の上に手紙を置いた。どの手紙も、やけに封筒が豪華なデザインである。たまに慈善事業のことに関する手紙が来るため、様々な家門から手紙が来ることは良くある。
――こんなに同じ日に一気に届くなんて初めてすぎるけれど……。
一体どんな内容なのかしら? 何か問題があったの?
そんなことを考えながら、適当にその山の中から1通の手紙を手に取りその中身を読んだ。
「えーと、なになに。ご婚約の検討について……」
見てはいけない文字が書かれていると思った。いったん見ていないことにするとして、他の手紙を開く。
「こっちの内容は、えーと、ご婚約……」
その文字が見えた瞬間、急いで便箋を畳んだ。自然と冷や汗が出てくる。
「この手紙は封筒もシンプルだから、きっとそんなはずないわよね!」
そう願って開いたその手紙には、またも同じ文字が書かれていた。それ以降、心を無にしてすべての手紙に目を通した。その中には唯一、昨夜のことに関する処分について寛大なご配慮をと書かれているものがあったが、その手紙はお父様にそのまま渡すよう手配した。
「全部婚約に関する手紙じゃない……。今までこんなの本当に稀にしか届いたことがなかったのに……」
私は訳が分からず混乱していた。そんな私に、ポーラが話しかけてきた。
「今までお嬢様はデビュタント以来、ずっとロジェリオ様と行動を共にすることが多かったのです。そのため、多くの令息は家格の問題や、騎士団内の順位などの問題により、お嬢様に求婚できなかったと思われます。しかし、ロジェリオ様がいなくなり、まさにお嬢様は貴族令息の間で争奪戦の対象になっているのだと思われます」
ポーラの納得せざるを得ない説明に、頭が痛くなってくる。
「いきなり婚約なんて言われても、それよりアーネスト様が……。っ!」
――私今なんて言った!? アーネスト様が!?
何でそんなところでアーネスト様が出てくるのよ……!
昨日あんな男としてなんて言われなかったら、こんなこと考えもしなかったのに……!
そんな私の発言を聞い逃すわけもなく、耳聡いポーラは光を灯したような目をして話しかけてきた。
「アーネスト様がどうかされたのですか?」
その問いに対し、何と答えようか非常に迷う。
――どう説明しましょう。アーネスト様に言われた言葉を、そのままポーラに……。
いや、言えない! そんなこと言えないわ! 恥ずかしくて死んじゃう……。
「……言えないわ」
それだけ伝えると、恥ずかしさのあまりつい顔を手で覆ってしまう。恐らく私の顔は真っ赤になっているだろう。
「……お嬢様?」
珍しくポーラの困惑した声が聞こえる。
「今は……言えないの」
何とか伝えると、ポーラは何かを察したように話し出した。
「無理矢理聞き出すつもりは、毛頭ございませんよ。お嬢様にもプライベートな部分は必要ですから、詮索はいたしません。私も少々踏み込み過ぎました。申し訳ございません」
ポーラに謝罪され、ガバっと顔を上げた。
「あなたが悪いわけじゃないのよ。謝らないで。ポーラは色々と相談に乗ってくれる私の頼れる味方なのよ。こちらこそ、いつもありがとう」
そう言うと、ポーラは少し嬉しそうに微笑んだ。
「それにしても……この手紙を全部返信しないといけないわよね?」
「そうですね。全員お断りなら代筆いたしましょうか?」
「受けるにしても、断るにしても、直筆で書くわ。そのくらいの誠意は見せないと」
「左様ですか。では、作業のお手伝いをいたします」
「ありがとう」
こうして、一通一通返信の手紙を書き出してしばらくしたところ、部屋の扉がノックされた。
「ポーラ、見て来てもらっても良いかしら?」
「承知しました」
そう言ってポーラが扉の方へ行き、少し話をした後、机に戻って来た。
「何の用だったの?」
「なぜかご主人様のお手紙に紛れていた、お嬢様宛の手紙を届けてくださいました。送り主は……サラ・ロイル様ですね」
そう言われ、手紙を開くとサロンの招待状であることが分かった。
「サロンは温室であるみたい!」
「サロンが行われるのですね。日付はいつですか?」
そう言われ日付を見ると、3日後の日付が書かれていた。
「3日後に行うそうよ」
「では、それまでに用意すべきものがありましたら、何なりとお申し付けください」
そんな会話があってから、あっという間に3日後の、サラ王女主催のサロンの日がやって来た。