100話 客観〈アーネスト視点〉
エリック王子がリディをダンスに誘いに来た。
――またエリック王子だ。今の状況では助かったと言わざるを得ないな。
しかし、リディと踊るということで胸がもやもやする。
――エリック王子はリディが好きなのか?
ふとそんな考えも過ぎるが、考えすぎるとついリディ達を引き止めそうになる。
「――スト。アーネスト?」
呼ばれた自分の名前によって、意識が現実へと引き戻される。
「さあ、私たちも踊りに行きましょうか」
その声の主である母上は、何も気付いていないという素振りで俺はダンスフロアへと連れて行った。
「アーネスト、あなたサラ王女に2度目のダンスに誘われていたわよね?」
「……はい」
「あのね、想い人がサラ王女なら私も何も言うことは無いわ。だけど、他に想い人がいるのなら、その想い人以外の女性と何度も踊るのは良くないわ」
内心、そんなことは言われなくても分かっていると言いたい。だから、こんなにも断っているんじゃないかとも思う。
しかし、他者から見た俺の評価は、母と似たようなものなのかもしれないという自覚にも繋がった。
「一応、断りはしているのですが、周囲に誤解されないように以後気を付けます」
「ええ、そうしなさい。貴族女性を甘く見てはダメよ。すぐに噂は広まるの。そして、その内容は娯楽として楽しめるものであれば、嘘か本当かはどうでも良い。そういう世界よ」
――娯楽として……か。
泥沼三角関係なんて噂を出されたら堪ったものではないな。本当に気を引き締めて気を付けなければ。
母上とのダンス中は、常に小言や注意や忠告、警告が繰り返されていた。
そんななか、リディとエリック王子の様子が気になり、2人を探して見つけ出した。
――いた!
リディを見つけて嬉しくなったが、その横にいるのは俺ではなくエリック王子であるという現実に直面し、気分が沈む。そして、嫉妬の感情も込み上げてくる。
――随分と楽しそうに話しているじゃないか。
リディとエリック王子はあんなにも仲が良かったのか? 2人とも赤面していったいどんな話をしているんだ?
リディのことになると、気になることが多すぎて爆発しそうになる。
何でロジェリオの時はあそこまで我慢できたんだと、自分でも不思議に思うことさえある。まあ、そのときはロジェリオも俺にとって大事な幼馴染だったからだろうが。
母上の話を聞きながら、リディとエリック王子の様子も気にしつつダンスをしていると、あっという間に長いようで短いダンスの時間は終わった。
ダンスも終わり、母上を父上のところへ連れて行こうと思っていると、パトリシアがやって来た。そのため、母上は1人で戻ると言い、俺は互いの報告も兼ねてパトリシアと行動を共にすることにした。
人が多い場所であったため、とりあえず人が少ないところに2人で移動を開始したが、そのとき聞きたくもない言葉が聞こえてきた。
「先ほどのエリック王子とリディア嬢をご覧になりましたか? 私、本当にお似合いの2人だと思いました」
「分かりますわ。最初アーネスト王太子やサイラス卿とお似合いだと思っていましたが、エリック王子とも楽しそうでお似合いだと思いましたよ。何を話しているかは近付いても聞こえませんでしたが……」
「そうよね。隣国との仲を取り持つことを考えたら、別の意味でも本当にお似合いのお2人なのかもしれませんね」
「そうですね。おほほほほほほ」
――リディがエリック王子とお似合いだと?
こんな話パトリシアにこれ以上聞かせるわけにはいかない。
「パトリシア、少し離れよう」
「え、ええ。そうしましょう」
そう言うと、パトリシアは小走りほどまで速度を上げ目的の場所に移動した。
ようやく喧騒から逃れられた。そう思った矢先、後ろから俺らを呼ぶ声が聞こえた。
「アーネスト、パトリシア王女楽しんでいますか? 2人がここに来るのが見えたから、つい追いかけて来てしまいました」
そう言って、パトリシアににこっと微笑むサラ王女に、俺は顔には出さないがイラっとした。
だが、ここまでなら顔に出すことなく普通に対処することができた。
しかし、その後のサラ王女の発言により、その場は戦慄した空気に包まれた。
「うちのエリックとリディア嬢はお似合いだったわね。他の方々も言っているし、リディア嬢が私の【家族】になるなら大歓迎よ!」
――俺に言うのはまだ分かるが、どうしてまだ16歳のパトリシアの前でそんなことを言うんだ?
パトリシアの気持ちを知っているからこそ牽制しているのは分かるが、それはないだろう?
今、サラ王女がこのような発言をした意図は分かる。俺にリディを諦めさせること、そしてパトリシアとエリック王子が仮に結ばれた場合、俺がサラ王女と結ばれる可能性が0になるから、そうならないようにということだろう。
しかしその理由が分かったところで、エリック王子だけでなくサラ王女にも気に入られようと頑張っているパトリシアにはあんまりではないか怒りが湧いてくる。
俺はつい言い返しそうになったが、そんな時にふと近くを通った貴族の御夫人のたちの声が聞こえてきた。
「若い御令嬢たちはリディア嬢とエリック王子がお似合いと言っていますが、私たちはアーネスト様とお似合いと思いますよね?」
「ええ。先ほどのダンスの様子でもお似合いだと思いましたし、昔から仲の良さは噂になっておりましたものね」
「なんでも勝手に決めつけてはいけませんが、ここだけの話、ロジェリオ卿との婚約の話があるまで、てっきり内密にアーネスト様と婚約していると思っていたくらいですのよ?」
「私もそう思っておりましたわ! だって――」
この声は嵐のように去って行った。
俺とリディがお似合いと声が聞こえ、一瞬口元が緩みそうになるのをグッと堪えた。
そして、一ミリも顔色の変わらないサラ王女に言葉を返そうとしたところ、パトリシアの方が先にその口を開いた。
「実は……私もリディア嬢には【家族】になって欲しいと思っているんですよ! ね? お兄様?」
微笑みながら告げるパトリシアの家族発言に驚いたものの、気を取り直して冷静にサラ王女に言葉を紡いだ。
「ということです、サラ王女。私もパトリシアと同じ考えです」
その言葉を聞き、サラ王女は苦々しい気まずそうな顔をして、何とか言葉を捻り出すように喋った。
「そ、そうですか。ちょっと思い出したことがあるので席を外させて――」
そう言いかけたところで、声が聞こえてきた。
「今、お時間大丈夫でしょうか? 緊急の仕事のため予定よりも早く帰宅することになりましたので、ご挨拶に参りました」
その声の主はエヴァン卿であり、彼の背後にはリディとエリック王子がいた。