10話 隠した想い2 〈アーネスト視点〉
そんなある日、リディへの気持ちが恋心だと分かる出来事が起こった。
リディがロジェやパトリシアと話し込んでいるときに、俺はリディの好きな花が咲いているのを見つけた。
そして、俺はそれを花冠にしてリディにプレゼントしようと思い、こっそり作っていた。
すると、花冠がほとんど完成しかけというところで、リディやパトリシアと話していたはずのロジェがやってきた。
「アーネスト! 何を作っているんだ?」
「リディの好きな花があったから、それで花冠を作っているんだよ」
「え! これリディの好きな花なのか? ちょっともらっていくね」
そう言うや否や、ロジェは咲いている花を数本持って、リディやパトリシアのところに走り出した。
「ちょっと、まっ……!」
言いかけた俺の声はロジェに届くことなく、ロジェはリディとパトリシアのいる場所にたどり着き、2人に花をプレゼントした。
すると、遠くからリディとパトリシアの喜ぶ声が聞こえてきた。
俺は自分があげて喜ばせるはずだったのに、そのプレゼントを横取りされた気分になり、ほとんど完成寸前だった花冠を地面に叩き付けた。
「……くそっ!」
完成しきってなかったせいか、強い衝撃で叩き付けられた花冠はところどころ綻び、とても人にはあげることのできない見た目になった。
「勉強や剣術で勝ったとしても、結局俺はこうやって大事な場面で負けるんだ」
そう独り言ちていると、後ろから声がかかった。
「アーネスト様っ!」
俺は聞こえるはずのない声が聞こえ、驚いて振り返った。
すると満面の笑みで話しかけてくるリディアがいた。
「リディア!? どうしてここに!?」
「どうしてって、アーネスト様を探しにっ……て、どうしたんですか!? アーネスト様!? なぜ泣いてるんですか?」
「俺が泣いてるだなんて、そんなこと」
そう言い頬を触ると、涙が手に触れ、ようやく自分が悔しさのあまり、泣いていることに気が付いた。
「アーネスト様、何が……ん? そこに落ちている花冠どうしたんですか?」
そう言い、リディアは俺の後ろに落ちている壊れた花冠に目を向けた。
――まずい! リディアに見せるわけにはいかない!
そう思って焦ったからか、涙はすぐに引っ込んだ。
「何を言っているんだ、リディ? 何もないよ」
そう言って、俺はリディから花冠が死角になるように隠そうとした。
しかし、リディアにそんな子供騙しは通用しなかった。
「嘘つかないでください! ちょっと失礼します!」
そう言って、リディアは俺を押しのけ、壊れた花冠を目の当たりにした。
「これって、私が好きな花で作った花冠じゃないですか?」
――もうこれは隠しきれないな……。
「ああ、そうだよ。リディアにあげようと思って作っていたんだけど、うまく作れなかったから――」
突然リディアは俺の言葉を遮った。
「本当のことは分かってますよ。 おかしいと思ったんです。ロジェ様が私の好きな花を知っているなんて。どうせ、アーネスト様が花冠を作っているのを見て、勝手に私たちに持ってきたんですね! それで、その出来事を知らないであろう私たちに、ロジェ様があげた後で自分があげるのが気まずかったんですよね?」
――何で分かったんだ!? それにしても、ばれていたのか……。なのにそれを必死に隠そうとして、俺は情けないな。
そう落ち込んでいると、リディは突然壊れた花冠をサッと拾って自身の頭に載せた。
「アーネスト様! この花冠、私に似合っていますか?」
「そんな壊れた花冠を被るんじゃない!」
「嫌です!」
「どうしてそんなことを言うんだ? 頼むから被らないでくれ」
――普段ならこんなことしないのに、リディはいったいどうしたんだ!?
そう思いながら、花冠を取り返そうとした。
だが、リディは花冠を奪われまいと、手で花冠を頭に押さえつけながら質問してきた。
「だって、この花冠アーネスト様が私のために作ってくださったものですよね?」
「何で分かった……ってそれよりも早く被るのをやめるんだ」
「アーネスト様にしか教えていない、私が一番好きな花で作られた花冠ですよ? 気付かないわけないじゃないですか……。未完成でも失敗でも、アーネスト様が私のために作ってくれたってことが大事なんです! 作ってくれた思い出を、私の知らないところで無にしないでください!」
――こんなことを言われたら、何も言えなくなるじゃないか。
最近リディに関することになると、俺はどうやら様子がおかしい。
リディの言動一つで、楽しくなったり切なくなったりする。
リディがロジェと仲良くしていると、ロジェに嫉妬してしまう。
俺は、本当にどうにかなってしまいそうだ。
「リディ本当にお願いだ。新しい花冠を作るから、それを被って俺にその姿を見せてくれないか」
「……分かりました」
リディは少し間をおいて、そう答えてくれた。
リディの了承も取れたため、早く作らなければと、俺は無心になって新しい花冠を作った。
「さあ、できたよ」
そう言い、リディの頭に新しい花冠を被せると、即座にリディが後ろ手に隠していたものを、俺の頭に載せた。
「リディっ、何を載せてって……これは――」
「はい! 先ほどアーネスト様が作ってくれた花冠を補修しました。これはアーネスト様へ私から送るプレゼントです。すごくお似合いですよ! これで私とお揃いになりましたね!」
「リディ……リディもすごく似合ってるよ。ありがとう」
――リディはどうしてこうも俺の心を揺さぶるようなことをするんだ。
リディの健気な姿に胸が締め付けられる。
この感情は心の病なんかじゃない。
そうか……これが恋というやつか。
――ああ、俺はリディに恋をしていたんだな……。
そうしてこの日、俺はリディへの恋心を自覚した。
そう自覚するや否や、次の日から俺はリディに婚約するための準備を始めた。
そして、月日は経ち俺は15歳になってすぐ、リディの父親であるオーティス・ベルレアン侯爵に、リディと婚約し、将来リディが結婚適齢期に入ったら、リディを王太子妃として迎えたいと内々に伝えた。
ベルレアン侯爵は、リディが良ければもちろん構わないと了承してくれた。
だが、現実はそう甘くなかった。ベルレアン卿の許しが出てすぐに、俺は隣国へと留学しなければならなくなった。
いつ帰って来られるか先の見えない留学だったため、とてもリディに告白することが出来なかった。リディの性格上、告白を受け入れたら、俺が10年20年30年帰ってこなかったとしても、俺が隣国で死んだとしても絶対に誰とも結婚しないからだ。
――そんなことをリディにさせるわけにはいかない。
だから、俺はリディに自分の気持ちを告げることなく、リディを祖国に置いてきた。
だが――
「……なあ、ポール。俺は留学前リディに想いを伝えるべきだったか? あともう少しで平和条約が締結できそうって……。これで祖国に帰ってリディにプロポーズしようって……そう思っていたのに」
俺は項垂れてポールに尋ねた。
絶望的すぎて涙も出てこない。
「アーネスト殿下のあのときの判断は、決して間違っていなかったと思います。ですが、まさかこのタイミングで婚約するとは……」
「なあ、見たか? リディからの手紙には『アーネスト様との約束が私とロジェを引き寄せてくれたのだと思っています』と書かれていたんだ。ということは、俺は自分の愛する人を自分の言葉で別の男と引き合わせてしまったんだ……」
俺はポールに自虐した。
「この5年という期間、離れるには長すぎたんだよ」
「なんてことだ……。アーネスト殿下、お気を確かにしてください。2人はまだ婚約段階なので、もしかしたら婚約解消の可能性も……」
「じゃあ、なんだ? 2人を引き剥がすのか? 俺にはできない。どうやら、リディはロジェのことが好きらしい。いくらリディのことが好きでも、リディが頼れる相手として好いているのは俺じゃなくてロジェだ。こうして、リディが幸せに生きられるなら、潔く身を引くしかないだろうっ……!」
口では綺麗事を言うが、心の中はどす黒い感情でいっぱいになりそうだ。
「アーネスト殿下、もし、もしですよ、もしも仮にリディア嬢とロジェリオ卿が婚約破棄するかもしれないなら――」
「間違いなく俺がリディに求婚するに決まってるだろう!」
「それでこそ殿下です。では、そのもしもがあったとき、すぐに対応できるようにするためにも、平和条約締結の話はこのまま早く進めましょう」
そこで、俺は疑問に思った。
「なあ、ポール。君はさっきからなぜそうも、リディとロジェの婚約がうまくいかないときのことを考えるんだ?」
するとポールは、膝を突き項垂れた俺の手を取り立ち上がらせ、目を合わせて言った。
「殿下よりも10年以上生きている、私の大人の勘というやつですよ。それに、殿下はリディア嬢ばかり見ていましたが、私はロジェリオ卿のことも見ていましたからね」
――ん? どういうことだ? だが、まあいい。勘だろうと何だろうとポールの言う通り、万が一もしもがあったときのためにも、国民のためにも、平和条約を早く締結させよう。
俺がこのままここで燻っている訳にはいかない。締結はもうすぐ目の前だ。
ポールの言葉には意味の分からない部分もあったが、死にそうなくらい落ち込んでいた俺にとっては、平和条約をすぐにでも締結するための原動力にはなりそうだった。
「……ポール、返事を書くからペンを持ってきてくれ」
「こちらにあります」
渡されたペンで、俺はごく短い返信を書いた。
愛する人に送る手紙に、別の男との祝いの言葉を長々と書けるほどの度量は持ち合わせていなかったからだ。
――リディへ
おめでとう。君たちの婚約をお祝いするよ。
それだけ書いて、俺はリディアに返信した。
次話から、リディア視点に戻ります。