ストーカー
私は、今から風呂に入るところだ。
私は、脱衣に時間を要さない。
しかしながら、今日はなぜか無駄に時間を要した。
私はもう大人だ、一人の入浴も怖くない。
とっくの昔に幽霊への恐怖は克服している。
静かに扉を開き、明かりの灯った風呂場に入ると、かけ湯をし、まず体を洗う。
身体を洗い終わり、ここまで約3分を要した。
温かいお湯につま先から入り、じっくりと冷えた身体でその温もりを味わう。
肩まで浸かると、ふぅっ、と息をつき今日1日の仕事の疲れを流してもらう。
一番風呂は最高だ。
入れ立てで熱々の湯が肌を程よく刺激し、疲れた身体を労ってくれているみたいだ。
私は、この感覚が好きだ。
ゆっくりと伸びをし身体に熱を浸透させる。
プツッ――
突然、風呂場の照明が落ちた。
私は急な消灯に肩を跳ねさせ、同時に水飛沫を散らす。
慌てふためきつつも、次第に状況を把握し冷静になると、湯張りや呼び出しのボタンが光っていて真っ暗な状態ではないことを知る。
だが、あまりの暗さに私も少し鳥肌が立つ。
入浴中であったのに。
そして、更に落ち着きを取り戻し、明かりをつけようと湯船から上がり不思議に思った。
私は消した覚えがないのに、脱衣所の照明も消えている。
家には誰もいないはず。
体が冷えたのか、少し寒気がした。
いや、まさか……いや、大丈夫だ。
私は忘れっぽかったので、きっと忘れているだけ。
そう自身に言い聞かせて私は風呂場の扉を開ける。
その時も、何か違和感を感じた。
開ける時いつもより扉が軽かったような……。
脱衣所にある照明のスイッチを押したその時――
バタンッ
と、扉がひとりでに閉まった。
振り返ると風呂場の入り口が閉じられている。
照明は今私がつけた。
ええ、照明はついている。
でも、扉を私は開けっぱなしにしていた。
ええ、それが今、閉まっている。
バシャッ
風呂場の中で、水を流す音が響く。
私は顔面蒼白になり、その血の吸われたような顔色のまま勢いよく扉を開けたそこには――!
何者も存在していなかった。
私は怯える。
震える体で風呂場に足を踏み入れ、浴槽も確認する。
やはり何者も――
バシャッ、バシャッ、バシャッ、バシャッ、バシャッ
都合5回、水を流す音が室内に響く。
音がなる度に、私に少量の水が飛び散って、背筋が一瞬にして冷えていく。
振り返ると、何者もいない。
私は、とうとう怖くなって風呂場を退散しようと――
ぽちゃん
今度は、湯船に浸かる静かな音。
そして、広がる波紋を思わせる小さな波打つ音。
もう、もう振り返りたくない。
それでも私は振り返って、誰もいないことをまた確認。
もうだめだ、風呂場を出よう。
そう思い、さっき閉じた扉を――
ガッ、とひとりでに扉が開く。
気持ち悪い。
わざわざ開けてくれたような感覚でゾッとし、その扉の先へ行くことを躊躇する。
脱衣所の照明は消されたまま。
ぷつん
また、風呂場の照明が落ちる。
パニックに陥った。
とにかく急いで扉を閉めた。
何故その行動に出たのかは、わからない。
もう、おかしくなっていたのだろう。
がっ、とまた扉がひとりでに開き音を立てて閉まる。
混乱する頭。
暗い室内。
全てを見失う。
――――――――――
――――――――――。
「今日もいいお湯だった」
わたしはそう言って真っ暗な風呂場を後にした。