ジブのオオカミ
本名ではないが俺は何故かハカセと呼ばれている。
そんな俺だが今日はいつも通り放課後に図書室に来ていた。
「ハカセー」
小さい声で俺の名を呼ぶ声が聞こえたのでそちらを見るとそこには幼馴染の少女ユーリがいた。
「ねぇ、この授業の宿題なんだけどさ」
「少しは自分でやった方がいいんじゃないか?考えることも大事だぞ」
「えー、めんどくさいもーん」
「仕方ないな」
いつも通り軽く笑ってから教えてあげることにした。
「ハカセやっぱりすごーい!!!教え方も上手いよね!」
「別に普通の事だろ」
俺は放課後をいつものようにユーリに宿題を教えることで過ごした。
「ハカセって何でも知ってるよね!」
「何でもは知らない」
そう答えて俺は椅子に座って小説を読む。
しかしユーリはそんな俺を珍しく見つめていた。
「どうした?帰らないのか」
「ん、それでもいいんだけど、さ」
バツの悪そうな顔をして俺の横に座るユーリ。
何か話したそうなので続きを促すことにした。
「ジブのオオカミの話なんだけどさ」
そう言われて首をひねった。
「ジブのオオカミ?」
「うん。ジブのオオカミ」
初めて聞く言葉で意味が分からない。
オオカミはあのオオカミだろうがジブ?ジブって何だ?
それにのが付いてるのか?何だよそれ。
「悪いけど何だそれ?」
「えー?!ジブのオオカミ知らないの?!」
「知らないよ」
見たことも聞いたことも無い。
「あの大天才ハカセが知らないの?!幼稚園児でも知ってるよ?!」
「悪いが俺は知らない」
そう言いながら手持ちのスマホで検索してみた。
結果は何も出てこない。
「何も出てこないが、俺を騙そうとしていないか?」
「当たり前じゃん。だってジブのオオカミなんだから調べても出てこないよ」
「?????」
意味が分からない。
「あのなぁ、ふざけてるのか?調べて出てこないものを知ってるわけないだろ?」
「えー?話とか聞いたことないの?」
「ねーよ、帰る」
そう言って俺は読みかけの本をカバンに入れると立ち上がる。
「ハカセもう帰るの?なら私も帰る」
◇
帰り道でまた俺の頭を悩ませる出来事があった。
「あーらハカセ。ユーリを送ってくれたの?毎回毎回どうもね」
ユーリを家に送り届けたところ出てきた彼女の母親なのだが。
その彼女がこう言ったのだった。
「ジブのオオカミ悲しかったわねー」
!?
またそれなのか?!
「えー?でもあれは感動じゃなかった?」
「分かってないわねユーリは。あれは単純に悲愴のジブなのよ」
とか語り出す2人。
待てよ。2人とも俺をグルで騙そうとしていないか?
そんなことを思っていると
「ハカセはどう思う?ジブのオオカミについて」
そう聞いてくる彼女の母親。
「悪いけど俺はそれを知らない」
「えー?!知らないの?!ジブのオオカミ」
知らないって言ってるだろ。
「前のジブはね。ジブがついに出てきてオオカミを撃ち殺しちゃったんだよね」
「その前はねー。オオカミがジブを探し回ってたんだけど」
??????
2人の言っていることが理解できない。
オオカミというのはジブという人が飼っているペットか何かなのか?
「あーこの先どうなるんだろうねジブとオオカミは」
「今週もチェックしないといけないわねー」
そんなことを言いながら家の中に入っていった2人。
「ジブ、オオカミ………」
俺は呟いて家に帰ることにした。
悪い夢だ。2人揃って俺を騙そうとしているんだろう。
でも、役者顔負けの演技だったな。
本気で俺だけ知らないのか?と不安になってしまった。
家に帰ると妹が迎えに来た。
「ジブー!!!」
そう言いながら俺に飛びつてくる妹。
またそれかと思いながら俺は家に上がる。
「ねぇねぇ!ジブ!」
「単語で話さずに文章で話せ」
「ジブだもん!ジブだもん!」
「だからそのジブのオオカミって何なんだよ?」
「えー?!知らないの?!今小学校でもみんなジブの話してるよ?!ジブが実はイケメンだったってことも明かされてさ!」
やっと意味のある言葉を吐いたかと思えば新設定の登場だ。
ジブはどうやらイケメンらしい。
「それでね!ジブは同性愛者なんだって!」
あのさぁ?
知らないからそんなの。
だから何なんだよ一ミリも興味ないから
「でもいいよね!ジブとオオカミ!私は凄いいいパートナーだと思う!でも同性愛者って何?!」
「知らなくていい事だ」
「えー?!教えてよー!!!」
何でそのジブのオオカミとやらを知っていて同性愛者というものを知らないのだお前は。
そんなことを思いながら部屋に向かうがその途中で母親に引き止められた。
「ハカセ今日は外に食べに行くわよ」
「しんどいのだが」
もう疲れた。
右からも左からも上からも下からもジブジブジブジブとジブの嵐なのだから。
「文句言わないの」
それにしてもこの母親の口からはジブという言葉を聞いていない。
そういう事に安心感を覚えてる自分が嫌だった。
「ねぇ!ママ?!お兄ちゃんジブのオオカミ知らないんだって!」
とまた余計なことを言い出す妹。
「え?ジブのオオカミを知らないの?ハカセ」
「知らないよ」
そう言って部屋に戻ろうとしたが
「ちょっと待ちなさい今からジブについて話してあげるから」
そう言って俺を和室に連れていくと1時間くらいジブがいかに感動するかに付いて語られた。
しかしその内容については一切触れられなかった。
「まさかうちのハカセがジブのオオカミすら知らないだなんて恥ずかしいわ。今度からそんなこと言わないでよね」
と、そんな捨て台詞を残して出ていった母親。
待てよ。
今日初めて聞いた単語だ。
知ってるわけがないだろう。
そんなことを思いながらも俺はジブのオオカミについてとりあえず調べることにしたが、やはり何も出てこない。
その一方で時間だけがすぎて俺は車に乗って外食に向かうことになったその車内で
「ジブ」
「ジブだよね」
「すばらしきこのジブ」
等と訳の分からない会話が延々と繰り返される始末だった。
「ジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブ」
「ジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブジブ」
ついに壊れたのかジブとしか言わなくなってしまった。
というより内心気持ち悪さと底知れぬ不安を感じながら俺は必死に夢だ夢だ、と言い聞かせることにした。
しかし声は止まらない。
「ねぇ?!お兄ちゃんさっきから何で話さないの?!」
やっとまともな事を話したと思った隣に座っている妹、そっちに目をやったら
「お前、誰だ………」
信じられないものを見た。
そこにいたのはオオカミの被り物を被った屈強な男だった。
それを見てから慌てて車内を見回したが母親も父親も全く同じものになっていた。
そうしてから恐る恐る妹に視線を戻すとおぞましい声が聞こえる。
「ぉまぇもジブ」
何が起きたのか分からない。
でもそこで意識は途絶えた。
◇
目を覚ますとベッドの上だった。
汗で髪は濡れていてシャツもびっしょりだった。
「……悪い夢だ」
嫌に記憶に残っているが頭を振ることで忘れることにする。
いつも通りの朝食を済ませやっと帰ってきた日常に胸をなで下ろして俺は学校へ向かった。
放課後いつものように図書室に向かうと
「ハカセー」
ユーリがやってきた。
思えばこいつが始まりだったな。
そう思いながら俺は普通に話す彼女に鎌をかけてみることにした。
「なぁジブのオオカミだが」
「何それ?」
首を捻ってそう口にしたユーリ。
そうか。知らないのか。
それは良かった。
「いや、忘れてくれ」
「変なハカセー」
彼女は軽快に笑うと口を開いた。
「ね、ちょっときて」
そう言ってユーリは俺の手を引っ張って屋上に向かう。
「私こういうの夢だったんだ」
そう呟いたユーリ。
「何がだよ」
「もう、分かんないかな」
軽く笑って彼女は恥ずかしそうに俺の方を見た。
そして彼女は夕焼けを背に口を開く。
「私ね……そ、その……」
「何だよ」
続きを促す。
「私ね!ハカセの事……」
そうまで言われて俺はまさかと思いながも期待した。
だってこれってつまりそういうことだろ?
「わ、私!ハカセの事!」
俺が軽く瞳を閉じて開けたそこには
「ジブにしたぃとぉもってたょ」
あのオオカミの被り物をした男がいた。
いや、違う!
その手には
「ぐぁぁあぁあ!!!!」
斧が握られており俺はそれで殴られる。
伝えてくるのはこれが紛れもない現実であるという痛み。
痛さに目を閉じる。
「ぉまぇもジブだょ」
でも俺の意思と反して閉じていた目が開いた。
そこには、俺の視界を埋め尽くすほどのオオカミの男が立っていた。
終わり
蛇足編
死んだはずの俺だったがまたベッドの上に戻ってきた。
夢だったのだろうか?
分からない。
でもあの感覚はリアルだった。
肉を抉られ骨を砕かられる感覚だけは本物だったのだ。
恐怖で外に出る気力も無くなった俺は通販でオオカミの被り物を買った。
これを被っていれば奴らと同じようになれる。
敵だと認識されないはずだ。
ついでに斧も買った。
俺は夜にしか出歩かなくなった。
こんな被り物をして斧を持っていれば不審者に違いないからな。
だから夜に出かけることにしていた。
被り物を被って斧を持っていれば俺は奴らに紛れることが出来るのだから。
そして
「ジブのオオカミ」
と呟きながら歩くのだ。
そんな俺を見てオオカミの男たちは何故か逃げ惑う。
それを見て俺も最初は家に帰っていた。
何か違うのかもしれない、と思って。
だが、ある日の晩。俺はいつものように外の空気を吸うために出歩いていると。
1人の男が俺に指を指した。そして口を開く。
「あ、あれがジブのオオカミか」
と俺を指さして奴らはついに俺を仲間であることを認めたのだった。