第2話 非日常へ ―1―
Day2 12:21 ~Side by ルキ~
GotH本庁から歩いて10分。閑静な住宅街の外れに、一際異彩を放つ建物が見えた。
そのコンクリートが剥き出しの無骨な建物は、有刺鉄線が上部に取り付けられた金網のフェンスにより囲まれている。そして至る所に警備員の方たちが配備され、そこから脱走を試みる者はいないかと目を光らせている。
ここはセブルス監獄。ミレニアムで犯罪を起こした者たちが収監される、都市で最も危険な場所。現在、何千人単位の受刑者たちがここで刑期を過ごしている。
監獄に近づくにつれ人通りが減っていく。それもそのはずだ。監獄は厳重に警備されているとは言え、凶悪な人間が集う場所を安全だと思う人はいない。好き好んで危険な場所に足を運ぶ人は、きっと少数派であると思う。
どうして監獄がセントラルエリアにあるのかと、一度疑問に思って調べてみたことがあった。どうやらこの建物は、暫定的な犯罪者隔離施設となる予定だったらしい。けれど、なし崩し的に現在に至るまで、監獄として利用されることになってしまったらしい。
監獄をルーラルエリアへ移転する計画が、数年前から都市評議会で議論されている。しかし、何千人という受刑者をいかに護送するのかという問題、監獄建設予定地の住民らの反対も相まって、残念ながらその実現にこぎ着けていないのが現状である。
「お邪魔します」
正門を抜け、僕とティアナは非受刑者専用の入り口から監獄の中へ。
GotHのエントランスは、一般市民の方も来訪されることからかなり広めな造りになっているけれど、こちらは非常に小規模。受付があり、奥へと続く廊下があるだけ。歓談用の椅子や机もなければ、観葉植物の類いも置かれていない。物寂しさというよりか、どことなく不気味な雰囲気が漂っている。
「あなたは……GotH団員の方ですか?」
僕らに気が付き、受付の職員さんが声をかけて下さった。
「はい。GotH第一部隊所属ルキ・シャード、並びにティアナ・フーリエです。こちらの第四部隊隊長から、看守長様へと連絡をさせていただきました。ご確認のほどよろしくお願い申し上げます」
「確認します……はぁ……」
職員さんは大きな溜息を吐いてから、気怠げに受付名簿の確認を始めた。
人の目の前で溜息をつくのは失礼、それが公的な場であれば尚のこと。けれど職員さんはそれを理解した上で、わざと僕たちに聞こえるように溜息を吐いたのだと思う。
この居心地の悪さは、なにも今始まったことではない。正門の警備員さんには挨拶をしただけで舌打ちをされ、通りすがりの看守さんたちには敵意のこもった視線を向けられた。
お陰でティアナは、監獄に入ってからずっと縮こまってしょんぼりとしている。微かに震える彼女の肩をポンと叩き、彼女の目を見て頷き、「安心して」と伝える。
セブルス監獄に来れば僕たちが煙たがられるのは理解していたし、その覚悟もしていた。
僕たちGotHとセブルス監獄は、警察組織と刑事施設の関係。互いに別の組織であるとはいえ、密接な関係にあるのは言わずもがなだ。
しかし、GotHとセブルス監獄の組織仲は――最悪という言葉に尽きるだろう。
言い訳がましく聞こえるかも知れないけれど、これでもGotHはセブルス監獄と友好関係を築こうとはしている。けれどセブルス監獄側が、一方的にGotHを敵対視し続けているのだ。
セブルス監獄に勤務されている方たちがGotH団員を嫌う最大の理由は――「逆恨み」で間違いないと思う。というのは、セブルス監獄に勤務されている方は、GotH入団を失敗された方が多いのである。
GotHに入団する方法は、養成学校を一定の成績で卒業するか、一般試験に合格するかの二通りである。前者に比べ後者によって入団するのは難易度が桁違いに高く、例え合格したとしても実働部隊へ即配属されることはない。確か、一般試験を通過した人って……約50年GotHの歴史の中でも、たった百人程度しかいなかったんじゃないかな。
そういうわけで、GotHに入団する方法は、実質的には養成学校ルートのみとなっている。けれど、入団要件を満たせないまま卒業される方も当然でてくる。そのような方たちは、養成学校での授業が独自なものであることもあり、一般企業への就職も厳しいものとなっていた。
そこで都市中央管理局は、入団要件を満たせないまま養成学校を卒業された方たちに対し、局が管轄するセブルス監獄への配属という受け皿を用意した。これはオーティスさんが局長になられてからのことで、この采配により多くの方が救済されることとなった。
けれど、望まぬセブルス監獄へ仕方なく勤務されている方が多いのも実状であった。その結果、セブルス監獄にはGotHを敵対するという一種の団結感が生まれてしまい、二つの組織仲は険悪なものになってしまった。
それに、僕は――ティアナや多くのGotH団員のように、養成学校の出身ではない。それに、一般試験を合格したわけでもない。僕はGotH団員からさえ異端視されても仕方がないのだから、セブルス監獄に勤務されている方から憎悪を向けられるのも当然のことなんだと思う。
「確認出来ました。看守長のライアンがお待ちです。奥の部屋へとお進み下さい」
「了解しました。行こう、ティアナ」
「うん」
色褪せたカーペットが敷かれた廊下を進んでいく。
日中であるのにカーテンは閉じられていて、なんだか湿気の多い空気。通路には紙くずなども落ちていて、とてもじゃないけれど綺麗な場所だとは言えないかな……。
「ティアナ、大丈夫?」
隣を歩くティアナに、今度は口頭で問いかける。
「うっ、うん。頑張らないとだもね。わたしたち、大事な役割を背負って来たんだから」
彼女の言う通りだ。僕たちは目的を持ってこの場所にやってきた――ロイド・サファーから、連続殺人事件に関する情報を引き出すという目的を。
ついに四日連続となってしまった事件。現場に「4」と書かれていた時点で、犯人は同一。これほどまでに日数が経過したのに、未だ犯人に関する情報は掴めていない。
だからこそ、同様の事件を過去に起こしたロイドの証言は重要になる。彼の情報が、もしかしたら犯人の特定にも繋がるかもしれない。
「ルキくん。手筈通り、だよね?」
受付の方に案内された部屋の前。ティアナが僕へと顔を向けた。
「そうならないことが最善なんだけれど……その時はよろしく頼んだよ、ティアナ」
僕の言葉に、ティアナは力強く「任せて」と両手を握りしめながら答えてくれた。これなら、僕も自分の役割に集中することが出来る。
師匠と一緒に念入りに準備したんだ。だから後は、それを実行に移すのみ――。
ステンレス製の扉を二回連続でノックする。
「失礼します」
「入ってください」
内側から、少し掠れ気味の男性の声が返ってきた。ドアノブを回し、僕たちは部屋の中へと入る。
途端に、タバコの臭いが鼻腔へと強烈に突き刺さる。ティアナは咳をするのをなんとか堪えたようだけれど……僕もこの場所に長居はしたくないかなぁ。どうもこの臭いは苦手だ。
「話はアルフィナ第四部隊隊長から伺っています。えっと……ロイドへの尋問にやって来た、で間違いないね?」
部屋の奥に、デスクに足を乗せて、タバコを吸う男性が見えた。この方こそ、セブルス監獄の看守長ライアン・ベイカーさんで間違いない。
「はい。ルキ・シャード、並びにティアナ・フーリエです」
「ルキ君か。確か君が、ロイドの尋問にあたるんだろ?ならティアナさん。君はその光景をオレらとモニター室で見る。それで良いな?」
「はい、お願いします。よろしくお願いします、ライアンさん」
ティアナがライアンさんへとお辞儀をするも、ライアンさんは右手に持つ資料に目を落としたままそれに気が付かない。
「ルキ君。二階へと上がり、右に曲がった突き当たりの部屋だ。その部屋が尋問室になっているから、そこで待機していてくれ。看守にロイドを独房から連れてくるよう指示しておく。あぁ、それと……時間は切らせてもらう。そうだな……10分だ。それを過ぎたら、強制的にロイドを部屋から連れ出す」
「了解しました」
ティアナに最後にもう一度だけアイコンタクトで合図を送り、部屋を後にする。ライアンさんの示してくれた尋問室までは、ほんの少し時間がかかることになりそうだ。
ここから先が本番だ。なんとしてでも、ロイドへの尋問を成功させなければならない。