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Day1 22:27 ~Side by サイファ~
「あっぶねーなぁ……お嬢ちゃん、オレを殺すつもりか?」
「手加減はしましたよ。あなたを気絶させるつもりだったのですが」
黄緑色のセミロングの髪をなびかせながら、お嬢ちゃんは毅然と答えた。その表情は実に涼しいもので、自分がしでかした行為を一片たりとも悪いとは思っていないようである。
「適合者か」
お嬢ちゃんが両手で構える長い槍。その穂先に、マナの青白い光がこびりついている。それはすなわち――突風は穂先から発生した、換言すれば、突風は異能により生じたものだと言えるだろう。
「どうしてオレ目掛けて異能を放った?オレに何か恨みでもあるのか?」
「あなたに恨みがあるというわけではありません。ですが……あなたは善良な市民を四人も殺害した人非人です。報いを受ける覚悟をしていなかったのですか?」
なるほど、そういうことか。
この子もお姉ちゃんの絶叫を聞いたのだろう。そして現場に駆けつけたら、オレという不審者がその場にいた。だからお嬢ちゃんはオレのことを犯人だと勘違いし、異能により制圧しようとしたというわけか。
どうやらオレは、このお嬢ちゃんの誤解を解かなければならない立場にあるらしい。
「お嬢ちゃん、それは勘違いだ。タイミングが悪かったんだよ。このお姉ちゃんを殺したのも、他の被害者を殺害したのもオレじゃない。今し方逃げていったフード、そいつが犯人だ。ここまで来る間にすれちがいにならなかったか?」
「いいえ、誰も見かけませんでしたが……。嘘を吐いても無駄ですよ。私はそう簡単に、騙されませんから」
少女はむしろ警戒心を強め、オレのことをきっと睨んできた。このお嬢ちゃんは、なかなか頑固な子らしい。
不意に、雲に隠れていた月が姿を現し、お嬢ちゃんの姿を照らしだした。
黄緑色のセミロングの髪はゆるくふわっとしている。瞳の色は橙色で、少しつり目。小顔で、かわいい系というよりかきれい系の顔つき。スレンダーで、身長は150cmほど。
うん、今日は眼福なことが多い。昼の少女もかなりの美少女だったが、お嬢ちゃんもなかなかの上玉。でも、あの少女と比べるとお嬢ちゃんは少し年上……20代はいっているとみた。
「何ジロジロ見ているんですか?気持ち悪いのですが」
凝視はしていなかったと思うのだが、オレの視線が癪に障ったのだろう。お嬢ちゃんは眉根を寄せ、不快感を露わにしてきた。
綺麗な顔をしているが、目つきは鋭く威圧感がある。内心お嬢ちゃんに震え上がっている。
「わるい、わるい。でも、安心してくれよ。お嬢ちゃんは確かにべっぴんさんだと思うが、オレは年が離れた子を取って食ったりしないから」
「……あなたの趣味とか、心底興味ないのですが……こほん。それより、大人しくご同行願えますか?もしも抵抗するのであれば――」
「もう一度異能を使うこともやむなし、か?」
お嬢ちゃんは頷き肯定した。
どうしたものかねぇ。事情聴取のためになら交番まで同行しても良いんだが、このお嬢ちゃんはオレを犯人として連行しようとしている。
オレは犯人じゃないから、大人しく従うわけにはいかない。かといって従わなければ、異能で痛い目に合わせられるかもしれない。
なんとしてでもお嬢ちゃんに、オレが犯人じゃないと納得してもらわないといけないなぁ。
「何度も言うが、オレは犯人じゃない!」
身振り手振りを織り交ぜ、力強く訴えかける。
「往々にして犯人はそう言い逃れします」
しかしオレの努力は結実せず、お嬢ちゃんは取り合ってはくれない。
「確かにそうだな。自分が犯人だと認めるような、馬鹿正直な犯人はそういない。それじゃあ、教えて欲しいんだけれどさぁ……身の潔白を証明するには、どうすれば良いんだ?」
「犯人に対し、犯人ではないという証明の仕方を教えるとでも?」
「ははっ、手厳しいね……」
軽く冗談を交えて場を和ませようとしたが、少女は顔色一つ変えない。
こんなにも心を砕き、濡れ衣であると主張しているのに、お嬢ちゃんの心には一切届かない……オレのガラスのハートは、今にも壊れてしまいそうだ。
「なぁ……信じてくれよ。オレらがこうしている間にも、真犯人は悠々と逃走しているんだぜ。お嬢ちゃんは連続殺人事件の犯人が捕まえたいんだろ?んなら、今この時間がどれだけ無駄なのかわかってくれよ」
「そのようにあた……私の気を逸らしても、あなたのことを見逃したりしませんよ」
うん……?今、「あた」とか言わなかったか?
まぁ、良いや。今は、一刻も早くこの場を切り抜けるための手立てを考えなければならない。
こういう時こそ冷静になれ、オレ。オレが置かれた状況を細かく分析するんだ。
お嬢ちゃんはお姉ちゃんの絶叫を聞きつけ、この場までやってきた。そして現場にいたオレのことを、本気で犯人だと思い込んでいる。
でも、この場所はならず者の巣窟……。うん、そうだよな。他の場所ならまだしも、この場所でこんな状況……なにか引っかかるな。
それに、お嬢ちゃんが付けているGotHの腕章の色――ああ、少し見えてきたかも知れない。
ここは一つ、お嬢ちゃんに探りを入れてみるとするか。
「コホン……なぁ、お嬢ちゃん。一つ、確かめさせてくれ」
「なんですか?」
「お嬢ちゃんさ……いったい何者だ?」
お嬢ちゃんはオレの素っ頓狂な質問に呆気に取られ、それから顔をしかめてみせた。
これは、想定した通りの反応だ。
「この制服を見てわからないのですか?私はGotHの団員です」
お嬢ちゃんの発言には、間違いも嘘偽りもない。青を基調としたGotH制服。コート型のジャケットに、少し丈が短いのではと思うプリッツスカート。この都市の市民なら、誰だってそれがGotHの制服であることを知っている。
そしてお嬢ちゃんのそれが、俗に言うコスプレではないことは明らかだ。彼女の腕に巻かれた腕章の刺繍。あれは簡単に再現出来るものではない。
オレはナンセンスなことを訊いただろう。でも、これは――次の質問への布石でしかない。
「確かにお嬢ちゃんは立派なGotH団員だ。それを疑ってはいないよ。だからそれを前提として、オレがお嬢ちゃんに確かめたかったのは――お前にその権限があるか、そう訊いているんだよ」
声のトーンを落としたことで、オレが態度を変えたことはお嬢ちゃんに伝わったのだろう。お嬢ちゃんの涼しい顔に曇りが見えた。
「都市法はご存じですよね?第三部の第十二条にこうあります。『GotH団員は、対象が当該事件の犯人であると判断した場合、即座に身柄を拘束し、治安を維持することを認める。さらに対象が、抵抗の危険がある凶悪な犯人であった場合、異能を行使することも認められる』。あなたは四人も殺害したような危険人物。異能を発動したことにも、合理的な理由があります」
よくもまぁ、そんなお堅い条文をそらんじられることで。
あーでも、それもそうか。確かGotHの入団試験には、そういう論述試験もあったはずだし。
しかし――彼女の記憶している条文には、一つ重大な要素が抜け落ちている。
「『GotH団員は』、って言うけれどさ――それって、実働部隊の団員は、だろ?」
お嬢ちゃんが目を丸くした――図星といったところか。
今日出会った少年少女。二人がつけていた腕章の色は白。あれは第一部隊の証で、他四部隊もまた、それぞれ別の色をした腕章をつけている。
ということは、GotHの腕章の色は合計5つ――では、ないんだよなぁ。正解は合計6つ。
GotHには、実働部隊の他に、市民の相談窓口となる事務部門も併設されている。事務部門の団員の腕章は黒。そしてお嬢ちゃんが付けている腕章の色も――黒、だ。
どうしてオレが、GotH団員しか知らないような内部事情にまで精通しているか。お嬢ちゃんはそう思ったかも知れない。
答えは至ってシンプル。オレは一度、GotH初代団長である、剣老ギルヴァ・オルゼンの自伝を読んだことがあったからだ。あれは興味深いもので、ギルヴァの生い立ちからGotHの隊則まで、幅広い事柄が事細かに書かれていた。
そしてギルヴァが取り決めた腕章の色の豆知識が、こんな所で役立った……というわけだな。
「お前は実働部隊の団員じゃあない。事務部門所属のオフィスレディ、そうだろ?そんなお前に、異能をぶっ放す権限なんてありはしない。あの威力、これは歴とした殺人未遂だ」
「……っ。そうです、ね。確かに私は事務部門に勤めています。でも、そうだとしても……目の前に悪党がいるのですから、今回の件は是認されるはずです!」
事務部門であることを認めた上で、自分のしたことを正当化し始めたか。
お嬢ちゃんは随分必死な様子だが、対するオレは冴え冴えとしている。お嬢ちゃんが実働部隊の団員ではないと確定した今、オレはとある事実が見え始めているのだから。
「……そろそろ、お喋りはやめにしましょう。お覚悟を」
少女が再び両手で槍を構え、その穂先をオレへと向けた。あとは彼女が異能の発動を思念したら――オレの上半身は吹き飛ぶだろう。
これ以上オレの独擅場が続くのは鬱陶しくて堪らない。だからもう、武力でもって強制的に終演としよう。そう考えをシフトした故の行動だろう。
だが――オレはもう、お嬢ちゃんを恐れたりしない。ここで下手に出たところで、酷い結末へ至ることは目に見えている。
ならばいっそ――殺されることも承知の上で、お嬢ちゃんを言い負かす他ないだろう。
「時間をくれ。オレの推理を聞いてくれよ」
あくまで抵抗の意思はないと表明するために、オレは両腕を高く上げる。
「誰があなたの推理なんか――」
「そうだな。お前がどうしてオレを犯人であると意固地になっているのか。オレはずっとその答えを探していた」
お嬢ちゃんに喋る隙を与えないように、のべつ幕なしに喋り続ける。
攻撃の手を緩めるつもりはない。それはすなわち、死を意味するのだから。
「お前は事務部門所属。そしてオレのことを犯人だと思い込んでいる。ということは、お前は事務部門の団員でありながら正義感が人一倍強い。そしてお前視点で大悪党であるオレを、異能を行使してでもとっ捕まえようとした。この事実におかしな点は一つも無い――」
「ええ、そうでしょう。私は正しいことをしたはず――」
「――わけねぇーだろ、ばぁぁぁ~~~かっっ!」
オレはお嬢ちゃんへの憎悪と怒りをこめ、侮辱の感情を包み隠さず叫んだ。
「危うく、疑問を抱かずスルーしようとしてしまったがさぁ……ここがどういう場所か、お前は理解していないようだな」
「ここは……セントラル北、あまり治安が良くない区画ですが……」
「そうだ。ミレニアムの中でも一、二を争うレベルで治安が悪い。言わばここは社会の掃きだめ、ならず者の巣窟だ。お前等GotHですら、ここには干渉しようとしない。本来一定間隔で置かれているはずの交番も、この区画にだけは存在しない」
「……あなたの発言の意図が掴めないのですが?」
「焦らず聞いてくれよ。お前さ、お姉ちゃんの絶叫を聞きつけてここまでやって来たんだろ?」
「はい、その通りです」
「確かに、お姉ちゃんの絶叫は大きかった。だが……流石にこの区画の外までは聞こえないボリュームだったはず。試しにやってみる?」
「…………いいえ、それは事実です」
どうやらお嬢ちゃんは、オレが何を言いたいのか勘づき始めたようだ。
「ということは、お前はお姉ちゃんが絶叫を上げた時点でこの区画にいた……それって、変だよなぁ?正規のGotH実働部隊の団員ですら来ない場所なのに、事務部門でしかないお前が居合わせたなんて」
「たまたま通りかかっただけです!」
「いいや、これは偶然じゃあない。お前が絶叫を聞いたときにこの場所にいたのは、必然の出来事だった。何故なら――お前はフードを追いかけてこの場所に辿り着いたから、違うか?」
お嬢ちゃんをぴしりと指さすと、彼女は黙りこくって俯いてしまった。
正直なところ、途中までの推理は確信があったのだが、最後の「お前は」のくだりは、かなり憶測を孕んでいた。だが……どうやらオレは賭けに勝ったようである。
「なぁ、何か言ってはくれないか?オレの推理が正しいのか、外れているのか」
ほくそ笑みながら、お嬢ちゃんの機嫌を伺う。
暴力ではお嬢ちゃんに勝てないだろうが、舌戦ならばオレに勝機があった。
なにせ、オレはお嬢ちゃんよりずっと長く生きていて、いくつもの修羅場を経験してきたのだから。
「……ふっ、ふふふっ………あはははははっ!」
「あっ……あん?お前、いきなりどうした?壊れちゃったのか?」
先程までの沈黙が嘘だったかのように、お嬢ちゃんは腹を揺すって哄笑しだした。
オレに全てを見透かされて気が動転したのか?いや、これはもしかして――!
「限られた情報だったのに、よくあたしがフードを追いかけていたなんて結論に辿り着いたわね」
「お前、なんか喋り方変わってない?」
「いいえ、むしろ逆よ。こっちがあたしの自然体。せっかく礼儀正しく接してあげていたのに、あんたはあたしを『お前』呼ばわりするんだもん……いい加減限界だったのよ」
あの礼儀正しく、物腰が柔らかかった可憐な乙女は化けの皮。今のぶっきらぼうな性格が彼女の素というわけか。
「それで、だ。今の推理が正しいなら、お前はオレが犯人じゃないと知っていたということになる。そうだろ?」
「そうね。それがどうかしたの?」
吹っ切れたかのように、お嬢ちゃんは小首をかしげた。
「どうしたのって……厚顔無恥にも程があるぜ。オレが犯人ではないと知った上で、どうしてオレに異能を放ったのかって訊いているんだよっ!」
「ふふっ、そうね……それは、面倒臭くなったから……かしら」
お嬢ちゃんはせせら笑いをしながら答えた。
「面倒臭く?」
「そう。やっとの思いでフードを見つけ出し、この区画に辿り着くまでず~っと追いかけ回していたのに……最後の最後で逃げられた。そして『ああ、もうフードを捕まえることが出来ない』と諦めかけたところに、あの悲鳴が聞こえた。そして現場へと向かったら、ちょうどあんたがいたの。あんたは察しが良いんだから、あとのことはわかるでしょ?」
オレが思っていたよりも、お嬢ちゃんは数倍外道としてのレベルが高いのかもしれない。オレも性格が良いとは言えないが、お嬢ちゃんに比べれば可愛く見えるレベルだろう。
お嬢ちゃんが、どうしてオレが犯人でないとわかった上で異能を放ったか。それは――オレに濡れ衣を着せるため、だ。
フードは三日経っても素性が掴めなかったほど、逃げ足の速さには定評がある。お嬢ちゃんが、いったいどうやってフードの居場所を掴んだのかは知らないが、それでも大変苦労したことだろう。だが、お嬢ちゃんはフードを逃がしてしまった。それまでの努力が水の泡になったのだ。
そんな辛い状況で、フードではないが如何にも怪しげな男が現場にいるのを目撃した。そこでお嬢ちゃんは悪知恵が働いたのだろう――フードのことは諦め、代わりにこの男を連続殺人事件の犯人としてでっち上げよう、と。
「オレに濡れ衣を着せてまで事件を解決しようだなんて……お前、いったい何が目的なんだ?」
「目的、ね。それは、あたしが助か……いえ、昇進するためよ」
「確か事務部門の団員は、二年勤務すれば実働部隊への昇進を許可される試験を受けられるんじゃなかったか?」
「よくそんな事を知っているわね。その通りよ。でも――」
「待てなかった、と」
お嬢ちゃんはどこか浮かない表情で頷いた。
「皮算用が過ぎると思うぜ。オレを犯人に仕立て上げるのに成功しても、フードは野放しのままだ。直ぐにボロが出る」
「確かに、フードは引き続き事件を起こすかもしれない。でも、それなら……事件がなかったことにすれば、犯人もいなくなるでしょ?」
まさか……明日から起こる事件をもみ消す、それに携わった団員すら始末するつもりなのか?
はっきり言ってお嬢ちゃんは――清々しいほどの畜生だ。呆れてものも言えないぜ。
自分がのし上がるために、他人を傷つけること……殺すことすら厭わない。そんなこと、人として当然許された行為ではない。
でも、本当にそうなのか――昇進するためだけに、人間はそこまでの非道を働けるのか?
お嬢ちゃんは「あたしが助かる」と言いかけた。もしかして……昇進すると言うのは最終目標ではなく、あくまで何かの過程に過ぎないのか?お嬢ちゃんは何かよからぬ陰謀に巻き込まれていて、不本意ながらにも外道へと身をやつした。
人という生き物は愚かだ。自分のことが可愛くて、自分を守るためなら誰かを犠牲にすることも躊躇いはしない。
冷静に考えれば、自分の行いの誤りに気が付くはずだ。だが、大概そういう思考に陥った奴は、その誤りから抜け出すことが出来ない。追い込まれた奴は、思考が鈍化してしまう。
彼女がオレを嵌めようとしたことは許されたことではない。そしてオレがこのまま犯人として捕まり、フードが野放しになれば……彼女はフード以上の悪人になる。
けれども、それらは全て――未遂止まりだ。彼女の悪意は、まだ実行に移されていない。
ならば……まだ救いようがある。
「そろそろ終わりにしましょう。あんたと話していると、なんだか疲れるのよ。痛い目を見るか、素直に従うか。あんたはどちらを選ぶ?」
お嬢ちゃんの身体が青白い光を放ち始める。
大気中のマナをエネルギーに変えることで生じる光。その気になれば、彼女はいつでも突風を起こすことが出来るだろう。
オレに残された選択肢は、彼女のために濡れ衣を着てやるか、それとも彼女を仕留めてこの場を離れるか……いいや、オレに彼女を打ち倒す力なんてない。かと言って、フードがオレに対してしたような、とんずらこくための方策も存在しない。
この二択じゃあ、いずれにせよオレは平穏な明日を迎えることが出来ないだろう。
だから、オレは――第三の選択をする。
「一つ、取引といかないか?」
「……取引?」
オレから予想外の言葉が聞こえたからか、お嬢ちゃんのマナ発光が薄らいだ。
「オレに濡れ衣を着せるのをやめろ。その代わりに、オレはお前が異能を放ったことを不問にするし、GotHのお偉方にも報告しないでおいてやる。それと――お前がフードを捕まえるのを、オレが手伝う。どうだ、お前にとって破格の取引だろ?」
これは賭けだ。お嬢ちゃんが断れば、そこでお終い。
「お嬢ちゃん一人なら、もう二度とフードを見つけ出せないかもしれない。でも、二人で協力すれば、不可能も可能に変えられる。そしてフードを捕まえた暁には、お前は望みを叶えられるし、その手を汚すこともない」
けれど――オレはお嬢ちゃんが、聡明な判断を下してくれると信じている。お嬢ちゃんは、望んでこんなことをしているんじゃない。
オレが信じた人間は、正しい判断が出来るはずだから。
「……あんたが協力してくれる、ね。ふざけた提案よ。あたしはここであんたを拘束してしまえば、それで済む話なのに。でも……悪い提案ではないのかもしれないわね」
お嬢ちゃんの反応は――最高だとは言えないが、それでもオレにとっては十分だった。
「あんたが頭の回転が速いのは、こうして話していてよくわかった。それに、あんたはあたしの攻撃を避けたんだし、多少は――」
「捜査の過程でいざこざになっても、オレは戦力にならないからな。オレはお前に知恵を貸してやるだけだ。いざその時が来たら、オレはお前の背中に隠れる」
「女を盾にするつもり?情けない男ね」
「オレ、ただの一般市民なんだからな?戦闘力がなくて当然だから」
こうは言ったが、事務部門勤務のお嬢ちゃんに戦闘を丸投げするのも、本来はおかしな話であるわけだが。
「……いいわ。あんたの提案に乗って上げる」
「交渉成立、だな」
お嬢ちゃんは構えた槍を下ろし、ボタンを操作することでそれを30cmほどの長さへと折り畳んだ。
これでもう、あの突風の脅威に肝を冷やさなくて良い。一息ついても良いだろう。
とは言えこれは始まりに過ぎない。胸をなで下ろすにはまだ早い。
「じゃあ、これからどうする?さっそくフードの手がかりを探し始めるか?」
「いいえ。この現場をどうにかしないと、あたしが真っ先に犯人として疑われるわ」
ああ、確かに……壁に寄りかかるお姉ちゃんの隣に空いた丸い穴。多少なりとも工作をしないと、お嬢ちゃんが犯人と誤解されかねない。
いや、だからといって現場を荒らすことが許されるわけではないが、それは口にしないどいておこうか。
「あたしの方で、あのフードの正体を探ってみる。だから、明日の夕方……そうね、セントラル西の商店街。あそこで集合しましょう」
セントラル西の商店街と言えば、オレが屋台を出している噴水通りの近くだ。
「了解だ」
「わかっていると思うけれど、時間に遅れたり、もしも雲隠れしたら――」
「容赦なくオレに襲いかかるか?」
お嬢ちゃんはにこぉっと、満面の笑みをオレに見せた。肯定という意味合いなのだろう。
お嬢ちゃんは綺麗な子だ。そう笑みを見せてくれると、オレも胸が高鳴るってものなのだが……事情が事情だから、その笑みにはぞっとしてしまう。
「安心しろ。約束を違えるつもりはない」
深く溜息を吐きながら、オレはお嬢ちゃんの横を通り過ぎて行く。
ようやく、今日という長い一日を終えることが出来る。早くベッドに横になりたい。
「待って」
「うん?」
呼び止められて、一度お嬢ちゃんの方へと振り返る。
「あんたの名前、聞いていない」
確かに、オレもお嬢ちゃんの名前を知らなかった。
そう長い付き合いになるわけではないだろうが、互いに名前を知っておいて損はないだろう。
「オレはサイファだ。お前は?」
「あたしはエリゼ・ルナリス。明日は頼んだわよ――サイファ」
「おうよ――エリゼ」
The next is side by ルキ