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Day1 15:05 ~Side by ルキ~
「こうして街を警邏するのも久しぶりだね、ルキくん」
「そうだね。ここのところは、マナの怪異の討伐任務が多かったからね」
セントラル西エリア。噴水へと続く大通りを、二人、肩を並べて進んでいく。
殺人事件が立て続いているとは言え、街の雰囲気は変わらない。
通りを行き交う、老若男女入り乱れた様々な人たちの会話。出店の店主たちの客を呼び込む威勢の良い声。鳥や猫たちの鳴き声。馬車の車輪が石畳を回転する音。人々の足音。服の擦れる音……。
それらが混じり合い、けれどそれぞれの個性を失わず。一つの曲として奏でられたものこそ、この都市ミレニアムの喧騒なのである。
そしてそれは、決してうるさく耳障りではない。何故ならこの喧騒こそ、都市が平穏である証なのだから。
「アルフィナ隊長は『軽く巡回』と仰っていたけれど……それってどのくらいなのかな?」
「う~ん……夕暮れぐらいまでで良いと思うけれど、師匠に確かめてから来れば良かったかな――」
「――ねぇ、そこのカップルさん!」
「「カップルじゃありませんっ!」」
示し合わせたように重なった声に、噴水の淵にいた鳩が飛び立っていった。
「えっ、あっ、そうなの?随分仲良さそうだから……って、それ、GotHの制服か。なるほどな、二人はパートナー、ってわけか」
その溌剌とした声の主はというと――噴水の直ぐ近くに店を構える屋台の、男性の店主さんであった。
「うちに寄っていかない?安くするよ」
遠目に看板を見ると、屋台の名称であろう〈Foreign・ Love〉という文字が書かれている。店主さんの屋台は、どうやらホットドッグ専門店らしい。
「巡回の途中だけれど……そう言えば僕たち、お昼ご飯がまだだったね」
列車を降りて一路にGotHに向かい、その勢いのまま巡回へと赴いた。だから僕らは見事に、昼食をとるタイミングを逃していた。
昼食時を過ぎてもはやおやつの時間だけれども……小腹が空いているのもまた事実である。
「わたしはお腹が空いているかな。けど、ルキくんにお任せしますっ」
「わかった。それじゃあ決まりだね」
屋台に近づいていくと、店主さんの姿が目に入った。
店主さんはダークレッドの少し長めの髪を毛先の方で結び、右肩に垂らしている。瞳の色は藍色。白いシャツにエプロン姿というサッパリした格好だけれど、とこか小洒落た雰囲気を纏っている。それは、胸元にちらりと見えた、赤い結晶が埋め込まれたネックレスが要因なのかな。
「どうかした?」
「いいえ……2本お願いします」
「おうよ。本当は1本100asだが……せっかく寄ってくれたわけだし、2本100asで良いよ」
「えっ、本当ですか!?ありがとうございます!!」
ただでさえ100asと原価割れしていそうな価格なのに、そこからさらに半額だなんて。風貌から少し悪っぽい印象を受けたけれど、店主さんは気前の良い方らしい。
「ルキくん、わたしが払うよ?」
「良いよ。僕がもつから」
「えっ、でも……」
ティアナを説得するけれど、なかなかお財布を下げてはくれない。困ったな、こういう時はどうすれば――。
「――お嬢ちゃん、今日は少年の話を聞いてやりなよ。で、良いよな?」
「えっ、あっ、はい!」
頭を抱えていた僕に助け船を出してくれたのは、出会ったばかりの店主さんであった。そして店主さんの一声あって、ティアナがようやくお財布をしまってくれた。
店主さんにはとても感謝している。でも……ティアナは「少女」であると思うけれど、僕はもう、「少年」と呼ばれるような年齢ではないんだけれどな……。
それはともかくとして、会計を済ませることにしよう。
「それじゃあ100as、ちょうど頂いたぜ。出来るまで、そこの椅子にでも座っていてくれ」
店主さんが屋台から身を乗り出して指し示したのは、屋台の隣に置かれた簡素な丸椅子。錆びた金属が剥き出しになっていることから察するに、店主さんはこの屋台を長く続けていらっしゃるのだろうか。
店主さんは早速調理に取りかかっている。僕たちはお言葉に甘えて、座って待っていることにしよう。
「いやぁ、最近物騒だよねぇ。三日連続で死体が発見されるなんてさ。もしかしたら今日の夜も、誰かが犠牲になるのかねぇ……」
店主さんが口にしたのは、今し方僕たちが師匠から請け負った事件についてであった。
こうして市民の方を心配させるなんて、GotHの一人として非常に申し訳なく思う。
「えっと……GotHとして早急な解決を目指しているのですが、なにぶん人手不足で……って、そんなこと理由になりませんよね……」
「いっ、いや、お二人さんを責めているわけじゃなくてだな……コホン。それよりさ、その腕章って確か……第一部隊、だっけ?お二人さん、めっちゃ花形じゃん。すっごいな!」
「あっ、あはははは……照れますね」
そう口に出されると……例えそれがお世辞であったとしても、嬉しい限りである。ティアナもどこか、嬉々とした表情を浮かべている様に見える。
第一部隊から第五部隊のどの部隊に所属しているかは、僕たちが肩にしている腕章の色で区別されている。第五部隊は緑、第四部隊は青……そして僕とティアナが付けている白の腕章こそ、第一部隊である証である。
さらに隊長クラスになると、刺繍の絵柄も変わっている。僕たちはGotHのエンブレムのみだけれど、隊長たちの腕章には鷲の絵柄も加筆されている。団長に関しては腕章のみならず、ペリースと呼ばれる片側のマントも装着している。
でも……この知識はGotH団員なら常識かもしれないけれど、市民の皆様はご存じないはず。もしかして店主さんは、GotH関係者だったり?
「ん……でも、そういや第一部隊って、今出払っているんじゃなかったっけ?」
「えっと、それは……わたしたち、込み入った事情がありまして……」
「込み入った事情、ね。お二人さんも若いのに大変なんだねぇ」
若いのにって、まるで他人ごとみたいに仰るけれど、店主さんも十分にお若い……年の頃なら二十代の前半ぐらいに見えるけれど。
それにしても、店主さんは手際が良い。こうして会話を続けていたのにかかわらず、もうホットドッグが完成したようだ。
「ほれ、どうぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたホットドッグは、フランスパンにソーセージを挟み、両端にケチャップとマスタードが添えられているという、極々シンプルな作り。それと、視覚的には確認出来ないけれど、漂う匂いからして……パンに薄くバターが塗られているのかもしれない。
紙に包まれたホットドッグを受け取って、席に戻りさっそくいただく。
「いただきます……あむっ。うん、これは――美味しいっ!」
フランスパンはセミハードで柔らかく、きめ細やかな食感。ソーセージはポーク。皮はパリッと、中のお肉はジューシーでボリューム感がある。そしてほんのり甘みのあるケチャップとピリリとしたマスタードが絶妙なマリアージュを成し、全体としての完成度を一段階も二段階も上げている。
これぞ王道。シンプル故に辿り着いた、ホットドッグの境地――!
「本当に美味しいね、ルキくん!」
「うん!あむ、あむ……ふうっ」
お腹が空いていたからというのもあったけれど、20cmほどあったホットドッグを瞬く間に食べ終えてしまった。
「ふっ、そんな美味しそうに食べてくれたら、店主冥利に尽きるね」
お世辞抜きで、今まで生きてきた中で一番美味しいホットドッグだった。
いや、ホットドッグの枠組みに限ってしまっては土俵が狭すぎる。これまで屋台で軽食を買うことはしばしばあったけれど、ここまで質の高い料理に行き着いたことは一度もなかった。
GotHから歩いて30分ほど。近くにこんな素晴らしい店があったなんて、もっと早くに気が付けば良かった。
「ごちそうさまです、店主さん」
「いやぁ、こっちこそわざわざ寄ってくれてありがとうな、お二人さん。お仕事頑張って!」
「はい、ありがとうございます!」
改めてお礼をする。
僕はきっと……再びこの屋台を訪れるのだろう。そんな予感が、僕の中で渦巻いている。
「また来てよ」
「――はい!」
お腹も満たされたことだし、巡回を引き続き頑張ろう!
The next is side by ホットドッグ屋店主