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Day3 23:02 ~Side by ルキ~
「――それでは失礼します、アルフィナ隊長」
僕たちが師匠の執務室に到着するのと時を同じくして、昨夜のライムグリーンの髪をした女性団員さんが部屋の中から出てきた。
「あっ、ルキ君にティアナさん。お疲れ様です」
彼女は橙色の瞳に僕たちを捉えると、ご丁寧に頭をぺこりと下げてくださった。
「お疲れ様です。えっと……」
GotHは千人規模の大所帯。僕が所属していた第四部隊と、現在所属している第一部隊の団員のみんなの名前は覚えているけれど……他部隊や事務部門に勤務されている団員については、ほとんどの方の名前を把握出来ていない。
そして目の前の彼女もその例外ではなかった。名前を呼ばれたからにはこちらも呼び返すべきだと思ったけれど、彼女の名前を知らないが為に言葉を詰まらせてしまう。
「アルフィナ隊長もお二人をお待ちのようですので、私はこれで失礼します。それでは」
改めて名前を訊ねようと口を開くよりも先に、女性団員さんはもう一度会釈をし、足早にこの場所を立ち去ってしまった。
ほんの僅かな時間しか顔を合わせていなかったけれど、女性団員さんの表情はどこか嬉々として心弾ませているように見えた。
「……それじゃあ入ろうか、ティアナ」
「うん。アルフィナ隊長をお待たせする訳にはいかないしね」
正面へと向き直り、執務室のドアを二回ノックする。
「ルキとティアナか?入れ」
「はい、師匠」
声が返ってくるのを待ってから、ハンドルを回して中へと入る。
いつもなら、師匠は部屋の奥にいるはずとデスクへと目を向けたが、現在そこには誰もいなかった。果たして何処にいるのだと部屋を見回すと、師匠は部屋の右側に置かれたソファに脚を組み座っていた。
「師匠……大丈夫ですか?」
「顔色が優れていらっしゃらないようにお見受けするのですが……」
僕だけでなくティアナもそのことに気が付いたようである。
師匠は普段から無愛想な表情をしているけれど、今の師匠の面持ちは疲労の色が強く滲んでいる。
それも当然なのだろう。度重なる激務、同じ隊長であったフィリップの件。「心中お察しします」と伝えることは、相手が師匠と言うこともあり口幅ったさを感じて憚られるけれど、師匠が肉体的な疲れのみならず心労もため込んで疲弊していることは明白であった。
「……余計なお世話だ。お前たちが心配する必要はない。さっさとそこに座れ」
こちらの気持ちも露知らず、当の本人である師匠は首を横に振って、「気にする必要はない」と鋭い視線で強く訴えかけてきた。
僕とティアナは顔を見合わせた。僕たちがあれこれ言ったところで、師匠が意思を曲げない意固地な性格なことは理解していた。よって、これ以上師匠に言葉をかけてもあまり意味がないだろうと渋々諦め、師匠の指示通りに反対側のソファに並んで座る。
「さて、何から話すか……。そうだな、まずはお前たちの事から話すか」
師匠は、角砂糖がぷかぷか浮かぶカップを傾け、角砂糖もろともコーヒーを口へ運んだ。
「――良くやった。現場指揮官としてのお前たちの指示出しには些か問題があったが、この世界は結果が全てだからな。褒めてやる」
その言葉を聞いて、ティアナは僕を向いてにっこり微笑んでくる。
「やったね、ルキくん!」
弾むような声で、ティアナは嬉しいという気持ちを包み隠しはしない。
けれど、僕は――師匠の言葉を素直に受け止めることが出来なかった。
「ルキくん……?」
「どうした、ルキ?アタシが賛辞を送るなど珍しいことだぞ。素直に喜べよ」
「……師匠、僕は――」
結果が全てであると言うのなら、確かに僕たちは師匠から与えられた任務を完遂したと言えるだろう。
アルフレッドさんの安全の確保、人質の解放、そして事件の犯人である蒼黒の双子の捕縛、あるいは――殺害。ああするしかなかったと自分に言い聞かせ続けたけれど、やっぱり最後の一つに関して未練がないと言えば嘘になる。
「ニース兄弟のことをまだ後悔しているのか?」
瞬時に僕の迷いを言い当てられて、はっと俯いたまま目を大きく開いた。
流石だな、師匠は。僕の考えていることなど直ぐに見抜いてしまう。師匠に隠し事なんて、出来るわけがない。
「はい。怪異化したエリオをあの場で仕留めることは、自分たちが置かれた状況からして適切な判断であったと思います。でも……ニース兄弟は、本当に命を落とさねばならなかったのでしょうか?そのことが未だに割り切れないんです」
ニース兄弟は死ぬべきではなかった。例え二人に待っているのが暗い未来であっても、生きながらえるべきだった。
こんな風に考えてしまうのは、僕がGotH団員として未熟であるからなのだろうか。
「そうか……お前の言いたいことはわかった」
師匠はカップをテーブルに置き、ソファに両腕を広げる。そして一度深く溜息を吐いてから、諭すような視線を僕へと向けてきた。
「ルキ――それは後出しの同情に過ぎない」
「後出し……ですか?」
「ああ。お前は、ニース兄弟の置かれた状況を知り得たからそう思ったんだろ?確かにあいつらは可愛そうな兄弟だ。頼るツテが一切なく、一番大事な母親を人質に取られた。だが……ヤツらが市民を殺したのは事実。そして殺したのは、最終的には自分たちの意思だ」
「でっ、ですけれど……!僕は全てフィリップのせいだと思うんです。あの人が兄弟に接近しなければ、こんなことには――!」
「お前は優しいな、ルキ。でも――お前が思うほど、正義は万能じゃないし、優しいものではない」
師匠の言葉は、まるで筋の多い肉のようだった。いくら噛んでも噛みきれない。理解しようと反芻しても、僕の思考は拒絶反応を示す。
そしてこの感覚はつい最近もあった――今の師匠の言葉は、数日前にロイドが僕に言い放った言葉によく似ている。
「えっと……どういう意味ですか?」
答えに行き詰まってしまい、ついに恥ずかしげもなく師匠に訊ねた。しかし、師匠は首を横に振って答えてはくれなかった。
「今は頭の片隅に置いておけば良い。お前は間違ってはいない。けれどな、正義という尺度を過信し過ぎるな。それは簡単に移り変わる。正しさを貫こうとしているお前さえも、時に裏切……いや、縁起でもないことを言うべきではないか」
代わりに漠然としたヒントのような言葉を残し、師匠はそれ以上は語らなかった。
しんとして、執務室の外から雑音がハッキリ聞こえるようになった。どことなく重い空気が肩にのしかかってくる。
「あっ、えっ、えっと……アルフィナ隊長!シェルターの方もいろいろあったと小耳に挟んだのですが!」
その気怠い空気を吹き飛ばすように、ティアナが率先して会話の種を撒いてくれた。
「……確かに色々あった。到着した頃には全て決着がついてしまっていたがな」
ここに来る直前、エントランスで救助班の知り合いから大体の事は聞いていた。
師匠と救助班が現場に到着した頃には、否応なしにフィリップに従わされた第二部隊団員たちは気絶状態、そしてフィリップ本人はゲート目前で額から血を流して死亡していたらしい。
「あの、師匠。もしかして先程の女性団員さんが……ですか?」
「そうだ。あいつが例の女だ。この事件解決の立役者が三人いるとすれば、お前たち二人と、あの嘆かわしいが女だろうな」
あの女性団員さんはフィリップの悪意に気が付き、単身フィリップの元へ向かった。そして第二部隊団員たちを全て撃破し、フィリップをタイマンで見事打ち破ったと言うことになる。
「あの女のせいで実働部隊の面子が丸つぶれだ。余計な行動はするなと釘を刺しておいたのに、まんまとしてやられた」
「あはははっ……ですがアルフィナ隊長、あの方に感謝しなければなりませんね」
「もうさせられた。仕方なくだがな」
「仕方なくって、僕たちが来る前に何があったんですか、師匠?」
「あいつは実働部隊に転属させろと要求してきてな。ったく……外部組は事務部門二年勤務の要件があるが、これだけの成果をあげたのだからそれを免除しろ、だと」
「師匠……まさか断ったんですか?」
「いいや、認めざるをえなかった……あの女が活躍したのは事実だからな。だが、アタシにそんな権限はないだろ?だから、人事の最高権限を持つジルヴァに話を取り付けるように約束させられた。はぁ……面倒くさ」
師匠は約束ごとが大の苦手。命令をすることは好きでも、誰かにこき使われることをこの上なく嫌っている。
それにしても……あの女性団員さんには驚かされてばかりだ。ディアブロ一家のアジトに乗り込んだことから始まり、隊長の一人であったフィリップに挑むなんて。胆力のみならず、その実力も並みの団員以上。同じGotH団員としては心強い味方ではあるけれど……ほんの少し恐ろしささえも感じてしまう。
「さて、最後に一つだけお前たちと確認しておきたいことがある」
師匠は改まって、脚を組み替えた。そして、僕とティアナへと交互に視線を向けてきた。
「フィリップを殺した黒装束の男。エリオ・ニースを怪異化させた謎の液体……この事件は完全に解決した訳ではないと言うことは理解しているな?」
その問いかけに、僕とティアナは揃って頷いた。
この事件は|蒼黒の双子(実行犯)と|フィリップ(教唆犯)の死亡により一応の決着はついている。しかし、疑問はいくつか残されたままなのもまた事実。
「エリオが使用した注射器は、師匠の指示通りオラクルに届けてきました。解析結果が出るまでは一週間以上かかるそうです」
「そうか。ならばお前たちの次の任務は、髑髏を――いや、そう急いでも仕方ないか。ルキ、ティアナ。取りあえず今日はお前たちも帰れ。追いかけっこで疲れただろ?」
「あはは……師匠ほどじゃないですけれど。ねっ、ティアナ」
「うん。アルフィナ隊長の方こそ、どうか今日はごゆっくりとお休みください」
「だから、アタシに気を遣うなと言っているだろ。お前たちに言われなくともそうする。明日からは……今日以上に大変だろうしな」
この事件がGotHに与えたダメージは計り知れない。第二部隊隊長の背反と死亡により、GotHをまとめることが出来るのは現状師匠のみ。明日からジルヴァ団長たちが帰還するまでのしばらくの間、師匠は第二部隊と第四部隊の全団員に指示を与えなければならない。
僕が出来ることは、師匠にかかる負担を少しでも和らげること。それがこの人の弟子である僕の役割。恩返しとまでは言えないけれど。
「それじゃあな、ルキ、ティアナ」
「おやすみなさい、師匠」
「お疲れ様です、アルフィナ隊長」
師匠に別れの言葉を告げて、僕たちは執務室を後にした。
「ルキくん、あのさ……」
部屋を出て間もなく、ティアナが僕の右肩をツンツンとつついてきた。
「どうしたの?」
振り返ると、ティアナはもじもじした様子で言葉を詰まらせていたが、ふと意を決した表情をしたかと思えば、真っ直ぐと青い視線で僕の瞳を捉えてきた。
「こうなっちゃった以上はさ、これからが大事だよね。わたしたちは期待されている、それに応えなければいけない。だから――一緒に頑張ろうね、ルキくん!」
それは彼女の優しさと実直なる思いが宿った言葉に思えた。
事件解決は終点ではない。僕たちの戦いはこれから先も続いていく。だからこそ気を抜かず、明日へと強く足を踏み出さなければならない。
「――うん!ティアナと一緒なら、何も怖くないよ」
彼女の直向きな言葉を正面から受け取り、そして負けじと力強く答えた。
あの頃から比べれば、僕は強くなったと確信していたけれど……僕はまだまだ未熟であるとこの三日間で痛感させられた。
けれど、僕は諦めないから。君の正義を信じて貫くだけだよ。
だから、どうか僕のことを見守っていて欲しい――シア。
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