記憶の中の女
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故郷はどんな場所なのだろう?
暖かくて、優しくて、それでいて何処か懐かしくて。
僕にはそれがない。
引っ越しを続けた少年時代。
あるのは、様々な街の風景と、断片的な記憶だけ。
そんなパズルのピースを探すかのように。
私は懐かしい記憶が残る、この場所へと戻ってきた。
汽笛の音が、街に響く。
涼しげな太陽が、線路沿いの緑を照していた。
夏が終わり、秋が始まる9月1日。
祝日だったこの日、僕は休暇をとって山口県へと足を運んだ。
記憶の片隅にある駅は、着くまではぼんやりと古ぼけていた。
降り立った場所の景色は、随分と様変わりしていた。
高校3年間の記憶だけだからだろうか?
暖かみのあった、煉瓦で組まれたプラットフォーム。
人が切符や定期を確認する、改札。
駅前にぽつりと佇む、コンビニエンスストア。
全てが小綺麗になり、どこか懐かしくない気がした。
改札を潜ると、タクシーを拾った。
市内のある場所に向かうまでの道を、私は車窓から眺めていた。
「どちらから、いらっしゃったのですか?」
運転手からそう尋ねられたのは、駅から離れて少したってからだった。
「東京から。知人が亡くなったと聞きまして」
そうですか、と察した声で言葉を返されると、車はそれから静かに国道沿いを走り続けた。
「このあたりで大丈夫です」
ありがとうございます、と運転手に言葉を述べると、私は車を降りて目の前の階段を上り始めた。
この場所へ、こんな形でまた来ることになるとは思いもよらなかった。
もう少しすれば秋桜が咲くはずの道を越え、寺の境内の裏側へと向かった。
沢山の墓石の中で、彼の名を見つけるまでに時間は掛からなかった。
「少し遅れた夏休み、始めは君に声をかけるべきだと思ってね」
そういって、私は知人の墓に声をかけていた。
「谷郷、遅いじゃないか」
そういって、今でも君は私に声をかけてきそうだと思ってしまう。
「遅くなってすまない。これから、見て回ってくるよ」
そう彼に言葉をかけると、私は今来た道を逆に引き返した。
谷郷恭二こと私は、東京でルポライターをしている。
数年前、私は旅先でひょんなことからある事件を解決した。
それ以来そういった事案があると、こうして休みを利用して足を運び取材をしている。
先月、仕事場で高校時代の同級生の名を偶々ネットニュースで目にし、この地まで足を運んだ。
「国道246号線沿いで遺体で発見された。被害者の名前は、篠崎柳枝さん(30)」
実に12年ぶりのことだった。
しかし街は変わらない場所も多く、後に思い返すと最初に足を運んだ境内もそんな場所だったと思う。
篠崎は、血塗れで道路に横たわっていたらしい。
その事件は、週刊誌の記事に2頁ほど記載されていた。
「遺体には不審な点が多く、現在警察は…」
彼は簡単に事故で死ぬような奴じゃなかった。
だからこそ、その記事がゴシップだとは私にはとても思えなかったのだ。
墓には、綺麗な花と煙草が手向けられていた。
両方がまだ古くなっていなかったのを見て、私は昔住んでいた場所周辺へと足を運ぶことにした。