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翠心のエルンスティア  作者: 緋吹 楓
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第七話 棘の花

騎馬隊から逃げる手段を探す颯。

思いついた方法はダンボール滑りだった。

 受け身を取った肌に白枝のささくれが山ほど刺さっている。

 普段なら気にして一つ一つ取り除いているところだが、今はそう言ってられない。

 後ろから何十騎もの騎馬が迫ってきているのだ、落ち着けるはずがない。


 そばの木に手を付いてジクジク痛む足を動かす。

 今はなるべく、遠くに逃げなければ。

 問答無用で矢を放ってくる連中がまともな訳がない。


「はあぁぁ、はっはっはぁ」


 一心不乱に木々の間を走り抜ける。

 ここには舗装された道など無い。

 木の根は思いっきり地面から剥き出ているし、木と木の間隔だってマチマチだ。

 でも俺はあえて危険な場所を走った。

 そう、出来るだけ馬が入ってこられないように。




 走って、走って、転んで、起きて。

 上着が細枝に引っ掛かって破けていくけれど構っていられない。

 後ろを振り返らずに脱ぎ捨てていた。




 体力を使い果たして地面に倒れ込んだときには、もう蹄の音は聞こえなくなっていた。

 正直いつから追われてなかったのかなんて分からない。

 俺はただ恐怖から逃げていた。顔も知らない人間から向けられる生々しい殺意に怯えていたんだ。

 

 年輪が多い切り株にもたれかかる。

 激しい呼吸を続けていたせいで肺が痛い。

 今だって咳き込みを止められないでいる。

 


 アミカとはぐれてしまった。

 彼女がいなければ俺は何もすることができない。

 こんな訳の分からない場所で1人で行動できるはずがないだろう。

 俺は、俺はどうしたらいいんだ――


 木々の隙間から壁のような大樹が見えている。

 グランドウェイブツリー。アミカが向かおうとしていた場所。

 あそこにいけば、再びアミカと逢えるだろうか。

 地面に手を付いて立ち上がる。

 進むしか無い、歩むしか無い、あの樹に向かうしか無い。




 それから俺は棒のようになった両足で獣道を歩んでいた。

 どこを見ても白い木肌があるからか、迷いの森とは違って見通しはよかった。

 前後左右も大変分かりにくいが、見上げさえすれば目印がはっきりと見えるので助かってはいる。

 

 勿論上だけじゃなく、足元だって見て歩いている。でないといくらでも躓いてしまう。

 それでなくてもことろどころに薔薇のような赤い花が咲いている。綺麗なのはいいことなのだが、茎が棘だらけで刺さったら痛そうだ。


 少しだけ花のことが気になったので気分転換がてら観察しながら歩く。

 どれもこれも棘で守られているので安易に近づきたくはないが。

 そんな状態の花にも蝶が飛び込んでいるのだから、蜜は甘いに違いない。

 思わず喉を鳴らす。激しい呼吸で傷んだ喉を癒やしてくれそうな輝きだ。

 ちょっとでいい。ちょっとでも口に含めば精神的に落ち着けるんじゃないだろうか。

 足を止めて休むきっかけが欲しかった。ただそれだけだったのかもしれない。



 そんなフワフワとした状態で見つけた花には棘が付いていなかった。

 木々の隙間から漏れた光に照らされたそれは、まるで俺のために咲いた花のように思えた。

 それから漂う甘い香りには虫一匹近寄っていなかった。

 まるで人間の俺だけを誘っているような――

 休もう。少しだけでいい。蜜を舐めて気力を貰うことにしよう。

 疲れ切った体は迷うことなく赤い花に手を伸ばした。



 赤い花を手に取り茎から千切ろうとする。

 だがその茎は固く、折れることもない。


「なんだこれ、固っ……」


 踏ん張って勢いよく地面から引き抜こう、俺にはどうしても必要なんだ。


「ぐおっっらァ!」


 土に亀裂が走る。

 おいおい、どんだけ長い根っこなんだ。

 だが、全体重を掛けてしまえば。


 軽い地響きと共に引き抜くことに成功した!

 って、そんなに俺に力があったけか。

 不思議なこともあるもんだなー。

 小さな赤い花の根が生物のように動き出したことも含めて。

 逃げようとしたものの、足首に蔓が巻き付いてくる。

 そのままズルズルと引っ張られ、尻もちをつく。


 あ、これはマジでヤバい奴だ。

 馬鹿な俺はまんまと植物の罠にかかり、獲物になってしまったわけだ。

 さっきのも俺が引っ張り上げた訳じゃなくて花の方から這い上がってきただけだ。

 

 判断能力落ちてたなー。やらかした。こんな古典的な罠にかかってどうするんだ。

 なんて考えてる場合じゃない。

 腰に忍ばせていおいたアミカのナイフを抜き払い、思いっきり巻き付いた蔓を斬りつける。

 決死の切り込みは悪くなかったようで、スパッと裂くことができた。

 捌くことにしか使えないなんて思ってたけど、意外と役に立つもんだ。



 地面に手をついて勢いよく立ち上がる。

 逃げろ、それしかない。

 こんなモンスターにナイフ一本で立ち向かって勝てる訳がない。

 しかし怪物がそんなことを許すはずがない。

 2本の蔓が豪速球のように迫ってきたと思うと、今度は体を締め付けてきた!


「ぐっ、うあぁ」


 まるでマッチョがオレンジを握りつぶすように、俺も物凄い力で潰されそうになる。

 ギリギリと不穏な音が腕の方から聞こえてくる。

 骨が負荷に耐えられなくなってきているのだ。


「あが、が、くそ、くそォ!」


 左手に握りしめたアミカのナイフを振り回す。

 が、どれだけ試しても空振りに終わる。

 

『グルゥォォォォォォォォ』


 腹に響く怪物の低いうめき声。

 見た目は根っこの癖にどっからそんな声出してやがるんだ。

 その答えは口腔と思われる部分がガバッと開いたことで察した。

 緑色の外見からは想像も出来ない真紅の口内。

 固い芯のような棘がびっしりと敷き詰められており、食らいついたものを引き裂く見た目をしている。ドロドロとした唾液も滴らせており、大変気持ちが悪い。


「だ、誰か・・・」


 助けを呼ぼうとするも、首にも短いものが巻き付いて締め付けてくる。

 抵抗することも許されなくなっていく。

 アミカ――助けて――




 斬。




 突然、今までの圧迫感が一気になくなる。

 地面に勢いよく落とされ、受け身を取ることが出来なかった体には打撲のダメージを受ける。

 その後、本体から離れてなお首に巻き付いている蔓を毟り取る。


「はぁ、はぁ」

 

 落ち着いて深呼吸をしてから根っこの怪物の方を見ると。

 柄の長い武具(おそらく長巻)を片手にポニーテールの少女が立っているではないか。

 様々な方向から襲いかかる蔓を一振りで薙ぎ払っている。


『グゥォォ、グワワワワワワ!』


 腕とも呼べる蔓を切り裂かれて怒りを覚えたのだろう、本体の根の部分を攻撃に回してきた。

 頑丈な根をまともにくらえば、人間の骨なんて粉々になるだろう。

 しかし少女はそれを長巻で受け止めた。

 

 ガキン!


 刀身と根が擦れ合い、カチカチと音を立てる。

 相当な力のぶつかり合いだ。金属同士なら火花が散っていたんじゃないか。

 ガリッという音とともにその競り合いは終わる。

 根が真っ二つに裂けたのだ。

 彼女はそのまま怪物の懐に飛び込み、あちらこちらを舞うように切り裂いていった。

 

 これならやれる!そう思っていたのだが、背後から見ていた俺は怪物の微妙な動きに気がついた。

 先程切り裂かれ先の方を失った根が動き出したのだ。

 それは彼女からは死角になっていて、気づいていない。

 しかし俺にはそれを止める手段がない。それならば――


「後ろだ!背中に気をつけろ!」


 俺は乾ききった喉を奮い立たせて大きな声を上げた。

 少女の方も気づいてくれたようで、無事に対応したみたいだ。

 良かった、こんなことでも助けられることがあるんだ。

 何もできない訳じゃない。

 

 まだ戦いは続いているというのにそんな妙な安堵感を憶えてしまって、俺の意識は遠のいていった。

 どうも緋吹 楓です。

 読んでいただきありがとうございました。

 

 キャー!カニバルフラワーよ!食べられちゃうわ!

 というよりは長巻を扱う謎の少女の方が大事ですよね。


 本当はだいぶ後に出てくる予定だったんですけど、そうすると影が薄ーくなりそうなんで。

 ちょこっとだけ出てきてもらうことにしました。

 詳しい話は次話ですかね。


 次回もよろしくおねがいします。

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