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翠心のエルンスティア  作者: 緋吹 楓
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第五話 鮮血の矢

夜空の下でこれからの予定やら何やらを話し申した。

 これは夢なんだろうか。

 薄くもやのかかった世界がどこまでも続いている。

 進めるわけでもない、戻れるわけでもない、無限の闇。

 そんな場所で俺は母さんの声を聞いた。


ハヤテ、あなたには特別な力がある。」


 幼い頃、つまらないことでいじけていた時に母が囁いてくれた言葉。

 扉越しに背中で語ってくれた勇気の言霊。

 

「それは、人を支える力よ。」


 別になにも特別なことなんてないじゃないか。

 昔の俺はそう言っていた。でも今ならその言葉の重みが分かる気がする。

 人を支える力。

 それはとても扱いづらくて逃げ出してしまうこともあるけれど、いつか勇気の心となり、自身をも支えられるようになるだろう。

 

 母さんが生きている間に気がつけていたらどんなに良かったのだろう。

 もっと長い時を一緒に過ごせたのだろうか。

 俺は自分勝手な愚か者だった。


「そんなことないわ。あなたは生まれてきてくれてからずっと、孤独な私を支えてくれていたんだから……」


 ハッとうつむいていた顔をあげる。そんな言葉は初めて聞いた。

 光が訪れて世界を照らしていく中、母さんの姿を探す。

 

(母さん?どこにいるんだ?)


 その思いはどこにも届かない。

 闇と一緒に光に呑まれていく。


「さあ、朝よ。いってらっしゃい。」




 聞き覚えのない小鳥の囀りで目を覚ます。

 朝だ。太陽が木の葉の隙間から覗いてくる。

 ううっとうめき声を出しながら大あくびをする。

 両手をあげ、伸びをした時にスルスルと何かが体からずり落ちていく。

 これは確かアミカが着ていたパーカーだ。自然に溶け込む落ち着いた配色で、ところどころ刺繍が施されている。

 地面で寝ていた俺に掛けてくれたんだろうか。

 何だか良い匂いがする気が・・・やめておこう。

 風邪も引かず、温かく夜を過ごせたのはアミカのおかげだな。


 この不思議な世界に来てからアミカには助けてもらってばかりいる。

 だからいつか俺なりにやれることで支えられることがあるならば、いくらでも支えてやろうじゃないか。

 今は非力でもいつか大きな柱になることができればそれで、いいんだ。



 パーカーを持って立ち上がる。アミカはもう先に起きているのだろう、この周辺だけでも探してみよう。

 どこから探そうか考えていたとき、ある音が聞こえてきた。

 歌声だ。子守唄のような優しい音色。

 アミカが歌っているのだろうか。だが若干声質が違うし、もしかしたら別の人かもしれない。

 気付かれないよう落ち葉を避けながら近づいていく。


 もし別の人間がいるなら確認しておきたいし、何か情報が得られるかもしれない。

 そっと見るだけだ、ミノケンタウロスのように危険なことはない。

 音さえ立てなければ誰にも勘付かれていないはず、そう思っていた。

 


 まさか背後から何者かが迫ってきているなんて。

 声を出せないように口を塞がれるなんて。

 ふぐっと言う声が口から漏れる。

 く、ぐるしい……

 マズい、何とかして逃れなければ!


「私よ、一旦落ち着きなさいって。」


 もがく俺の耳元で囁いてきたのはアミカであった。

 濡れた髪が光を反射してキラキラしている。


「静かにして。アレとは余り関わりたくないから。」

「むぐぐぐぐ」

「ちょっと。声出さないでって言ってるでしょ。」


 音を立てないレベルで暴れ、アミカの手を退ける。

 むせる喉を抑えて深呼吸を挟む。

 あーちゃんと人類してる。


「あのな、鼻まで塞がれたらどうしようもないぞ。」

「あら、それはごめんなさい。」


 聞こえるくらいのため息を吐いてやりたいところだが、今だけは勘弁しておこう。

 嫌味を抱えるタイプでもないし。


 

 とにかく、パーカーを返そう。

 パパッと綺麗に折りたたんで手渡す。


「アミカ、わざわざ済まない。おかげで凍えずに済んだよ。」

「あなたって結構器用なのね。」


 家事を手伝って身についた癖なのだろう。

 立っていようが寝ていようがピチッとたたむことが出来るのだ。

 まあ、こんな異質な世界で役に立つかは知らないが。

 


「それで、アレっていったいなんなんだ?こんなところで歌ってるなんて。」

「あれはアリアドネよ。美しい音色で人をおびき寄せて糸で縛って動けなくしてから記憶を食らうの。」


 なんだそれ、滅茶苦茶怖いな。

 人の記憶を食べるなんてどうなってるんだ?

 それって所謂……


「魔法とかなのか?」

「うーん、似たようなものはあるけどね。これは精神面に干渉するものだから奇術に分類されるわね。」

「要は火とか水とかは出せないけど、思考を読んだり幻を見せたり出来るってことか?」

「そのとおり。」


 成る程、分かった。気がする、だけかもしれない。

 そのうち嫌でも見ることになりそうだということは分かる。



 結局俺とアミカの意見が一致して、早々に立ち去ることに決めた。

 本当は少しだけでも目に留めておきたかったのだが、アミカが相当嫌がっていたので流されてしまった。

 彼女に従っていた方が長生きできると分かっているから逆らいはしない。


「日も昇ってきたし昼頃までに迷いの森を抜けましょ。」

「案内よろしく頼む。」

「頼まれましたわ。」


 ノリが良くて助かる。



 その後は危険な生物と出会うことはなく、問題なく森を抜けることができた。

 迷いの森は基本的に鬱蒼としていたからか、そこに広がる草原は広大に思えた。

 グランドウェイブツリーがある南の方角から吹いてくる風が辺りの茂みを踊らせていた。


「世界はこんなにも大きかったんだな……」


 息を呑む。建物がひとつたりとも建っていない平野などそう見られるものではない。

 勿論写真とかで見ていたとしても、実際に目に入れないと伝わらない雄大さがあった。


「いやあなた、本当にどこから来たのよ。」

「一言では言い表せないけど、敢えて言うなら忙しない場所、かな。」


 コンクリートジャングルという森に閉じ込もり、ひたすら働き続ける。

 そんな生活を送っていた俺はこの景色だけで開放感を味わえるのだ。


「はいはい、深呼吸もそのくらいにして行くわよ。あそこに見える街道沿いに進めばツリーまで行けるわ。」


 小さな丘の向こうにある砂道を指さしてそう言った。


「了解、先導頼む。」


 俺達はそのまま道に合流する形で草むらをかき分けていった。

 歩き慣れていない俺でも楽に進めることができる。

 恐らくそこまで背の高い草じゃ無かったからだろう。と思っていたのだが、前を進むアミカが歩きやすいようにしてくれていたからだった。

 

 

 何事もなく進めていたといえばそうだったが、躓いてしまうことが何度かあった。

 情けないことだが、その度にアミカに助けてもらっていた。

 街道にあと少し、というところでもそうだ。

 俺は地面に妙な感触を感じ、確認しようと見下ろした時にこけたのだ。


「ぐえっ」


 前に倒れたので自然と地面に手をつく。

 小石が落ちていなくて助かった。


「あと少しで歩きやすい場所に出るから頑張って。」


 エールを貰って再び立ち上がろうとする。が。

 足を引っ掛けたそれが目に入ってしまう。


「矢だ。アミカ、矢が落ちてるぞ。」


 手にとってみる。

 競技で使うような生易しいものではなく、生物の息の根を止める為に設計されたものだろう。

 矢先がキラリを光っている。鮮血を浴びて。


「これはエルンの対人用の矢ね。狩猟用の矢とは違うわ。」


 アミカに手渡と、それを細部まで観察し始めた。


「しかも付いてる血がまだ新しい・・・。」


 よくよく見てみれば他にも数本落ちている。

 見つけたものを全て拾いあげ、また観察する。


「斥候が装備しているサイズだわ。小規模な衝突でもあったのかしら。」


 ここで人同士が殺し合っていたのか。

 その光景を目にしていなくてもなんだか寒気がしてくる。

 そう、ここは日本みたいに平和じゃない。

 一歩間違えれば死んでしまうのだろう。


 そんな風に冷静に考えていたのだが、あるものを見つけてしまったことで見事に崩れ去った。

 草の間から飛び出ているぶらんとした腕。

 地面に滲み出す血だまり。

 ひとりの人間がそこで息絶えていた。

 


 死んでいる。瞳孔を開いたまま死んでいる。右肩から腰までを深々と切られて死んでいる。

 ……マズい。吐きそうだ。

 アミカも俺のようすに気がついたようで、駆け寄ってきた。


「エルンの斥候のひとりか。死んでしまったのね。」


 彼女はだらんとした遺体を地面にそっと置いた後、開いた瞼を閉じさせた。


「もしかしてあなた、殺された人を見るのは初めて?」


 ただただ頷く。


「ならよく覚えておいて。あなたも私もいつこうなるか分からないの。あなたが今までどれだけ幸福な世界で生きてきたかは知らないけれど、ここでは血が流れるの。人が死ぬの。これからもこうして私に付いてくるつもりならひとつ約束して。」


 アミカが立ち上がる。


他人ひとの死を恐れないで。自分自身が生き残ることを優先して。」

「じゃないと、心が保たなくなるわよ。」


 風だけが俺達の間を通り過ぎていく。

 こちらに向けられた背中には暗い影を忍ばせていた。

 両手をギュッと握りしめた彼女が沈黙を破る。


「ゴメン、言い過ぎたかもしれな――」

「立ち止まってたら、前には進めない。そう言いたいんだろ?」


 彼女が振り向く。


「……そうね。かっこつけて言おうとして失敗しちゃったのかな。えへへ。」


 俺も立ち上がり、彼女の前に立つ。


「さあ、行こう。アミカには大きな目的があるんだろ?」

「ハーティ、ありがとう。なんでだろ、私のほうが助けられた気がするわ。」


 アミカが優しく微笑む。

 うむ、やはり女の子は笑顔が一番だ。

 この笑顔をいつでも見られるような、そんな世界を強く願う。

 どうも緋吹 楓です。

 読んでいただきありがとうございました。


 今回は少し進展して森を抜けましたね。

「迷いの森やのに迷っとらんやないかーい」と思うかもしれませんが、まあその話はまた今度でね。


 みなさんは自然はお好きでしょうか。

 私はたまに行くなら大好きです。(住むのは勘弁)

 特に朝方の霧っぽい風景がたまらないですね。


 心が洗われる大自然はとっても素晴らしい。

 みなさんも休みの日に是非、森や山に行ってみてください。

 

 次回もよろしくおねがいします。


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