第四話 本気の目
ステーキ焼きます!
さーて、そろそろ頃合いだろう。
肉の焼けるいい匂いが辺りに広がってきた。
肉汁が滴る度にジュージューと火が唸る。
空腹にトドメをさしてくるようだ。
先程からアミカはずっと肉全体に火が通るように工夫していて、焼けてきた今は持参している胡椒のような香辛料で味を調えている。
野生的だがそれでいて肉を引き立てる方向を知っている。
これはただの丸焼きとは違う、れっきとした料理だ。
ここにはフライパンや鍋どころかコンロすらない。
森の中なんだから当たり前だろと言われればその通りなのだが、いつも便利さに頼って生きてきた俺にとってはこういった時の知恵が何一つない。
アミカと出会えて本当に良かったと思う。
「はい、できたわよ。熱いから気をつけて。」
大きな葉っぱの上に乗っけられた特大の骨付きステーキがボンと置かれる。
1キロくらいあるんじゃないか?豪快すぎるぞ。
中央部は太い骨が支えているから見た目よりは食べる箇所が小さいのかもしれないが。
見た目からも固そうな予感がするが、自らの歯だけで食いちぎれるだろうか。
まあなんにせよ食べてみないとわからない。
「じゃあお先に。いただきます。」
それを聞いた彼女は首をかしげていた。
ああ、そういえば食事の挨拶の習慣は日本以外では余り無いんだった。
昔読んだ本に載っていた気がする。
まあ難しい話は後だ後。
今は腹の虫を抑えるためにも、目の前のステーキを食らおう。
溢れてきたつばを飲み込み、骨を持ちながら口元に近づける。
肉本来の香りが鼻孔をくすぐる。
似ているので一番近いのは牛だろうか。
きっとミノケンタウロスのミノの部分なんだろう。
口を思い切り開けてかぶり付く。
瞬間、ジュワっと肉汁が噴水のように吹き出してなだれ込んでくる。
それはまるで肉を迎えるためのレッドカーペットで、噛み切ったものをスルスルと連れてくる。
解体した時はあんなに硬かったのに、今ではとろけている。
筋肉質のはずの肉はアミカの巧みな調理によって柔らかい霜降りのようになっていた。
シンプルでかつ旨味が引き立つ味わいに仕上がっている。
揺れ幅の大きい焚き火でよくここまでできるものだ。
空腹だったこともあり、俺は夢中で目の前の飯に食いついていた。
「まだ次が焼けてないから、ゆっくり食べててよ。」
アミカのそんな声も俺には届いていなかった。
飲み込めば飲み込むほど、腹の底から元気が溢れてくるのだ。
今食べてるヤツにぶつかられた箇所も、痛みがジワジワと引いていっている。
効能の話は本当だったんだ!
ミノケンタウロス美味ェ!最高だな!
あー食った食った。
さっきまで肉を支えていた太骨が3本も転がっている。
肉だけをこんなに食べることになるとは思いもしなかった。
お陰様で元気リンリンリン100%だ。
強いて言えばご飯が欲しかった。無理とは思うけれど。
「いやー美味しかった。助かったよ。」
「まさかここまで効き目があるとは思わなかったわ。先人の知恵も頼りになるものね。」
俺もそう思う。滋養強壮ってレベルじゃないぞ。
実はヤバい成分がはいってたり……?
いや、考えないでおこう。
昇っていく火の粉が夜空で塵になる。
星になれず散っていく。
その儚さをぼーっと見つめていた。
デザートを食べながら。
「どう?さっき集めてきたんだけど、お口に合うかしら?」
それは見た目はトウガラシみたいなうえに薄く白い毛が生えているゲテモノなのだが、一つ口に含んでみると、
「おお、甘酸っぱい。」
ラズベリーのような味がするのだ。種も平べったくてプチプチしている。
皮をむけば、いいジャムになりそうだ。
「ラビリンスベリーって言うのよ。なんでか人が迷いやすい場所に自生してるのよね。例えば今いるここ、迷いの森とか。」
「おいおいそれ大丈夫なのか?食べたら方向感覚が狂うとかなんじゃ。」
「たくさん食べてる私が迷わないんだから関係ないわよ。多分。」
まあ、それならいいが。
ミノケンタウロスの前例がある以上、どんな事が起きても驚かないぞ。
それでもつまんでしまうのは癖になる食感があるからなのだろう。
しかし、本当に夜空が綺麗だ。
あちこちに星の川が流れている。
いくつもの輝きは感動する俺を微かに照らしていた。
そしてそれは、胸ポケットに入れたままのブローチを光らせていた。
「そのポケットに入ってるの何?緑色っぽいの。」
「ん?ああ、これはだな。」
取り出したブローチを空に掲げる。
宝玉の中を光が屈折してキラキラと輝いている。
「母さんが肌見放さず付けてたモノなんだ。」
本当にそのとおりで、母さんはこれをどこへ行くにも付けていた。それがたとえ家の中であろうとも。
幼い頃の好奇心は抑えきれるものではない。
一度だけ寝ている隙を狙ってイタズラしようとしたことがあった。
それを知った母さんは、ずっと無言で怖かった記憶がある。
勿論だがそれ以降は何もしていない。
冷たい目で見つめてくる母さんをもう見たくなかったのだ。
「まさしく形見ね。絶対に失くしちゃ駄目よ。」
「ああ。」
今度は胸ポケに直さずに首に掛ける。
これからは俺もずっと付けておこう。
鈴虫のような鳴き声が夜を引き立てるいい音楽になっている。
なんだかとても雰囲気がよい。
温かい火もだんだんと弱くなっていて、寝る時間が近づいているような気がした。
「どうしてあなたはここに来たの?」
彼女は辺りに落ちていた落ち葉をクルクルと回しながらそう言った。
「地図だけを頼りに迷いの森にやってくるなんてあり得ないもの。本当のことを教えて。」
「嘘は言ってないさ。地図に従ってたらブローチと同じ色に光る大きい切り株があったんだ。そんで夢中になって覗き込んでたら落ちちまったんだよ。」
客観的に見れば絶対に信じられない内容だが、事実なんだ。
ちょっと前までだったら俺自身も信じない。
常識が通じない世界があるなんて思いもしなかった。
「ここが日本とは思えないし、それどころか見たこと無いものでいっぱいなんだ。さっき食べたミノケンタウロスもそうなんだが、君のような容姿の人間も初めて見た。」
「それを真に受けるなら、あなたの元いた世界じゃ私達は淘汰されてるようね。」
「淘汰というよりは最初から存在してなかったんだ。多分。」
「不思議な世界ね。まるで帝国の出版してる絵本みたい。」
アミカはなんだか哀しげに呟いた。
帝国とやらを話に持ち込んでくるとはなにか原因があるのだろう。
そのくらいの事情なら聞いても問題ないだろう。
「その帝国ってのはどんな国なんだ?教えてくれないか。」
その問に若干くぐもりながらも答えてくれた。
「150年前、デラウ川沿いに造られた国。農民上がりのぽっと出の癖に今ではミューズ以外の種族を根絶やしにしようとしてる。奴らはウリス教を曲解して人類浄化とか名乗ってるらしいけど。」
つまりエゴでできた胸クソ悪い国家ってことだな。
アミカが銃を向けてきていた意味が分かってきた。
彼女からすれば俺は帝国の派遣した恐ろしいミューズだったのだろう。
警戒しない訳がない。
寧ろ即撃たずに助けてくれたことに感謝しなければ。
「私は帝国が憎い。幸せを奪ったミューズが憎い。だから私は撃つ。帝国を撃ち滅ぼす。」
天に掲げられた銃はその口元をキラリと光らせた。
「アスカローン。父さんが造った最高のライフル。これで全てを撃つ。」
その目は遥か遠くにいるであろう獲物を捉えていた。
「でも、ひとりでどうやって戦うんだ。流石に何か策はあるんだろ?」
「ええ、だからグランドウェイブツリーに行ってお祖母様に知恵を貰いに行くの。」
グランドウェイブツリーとはエルンが統治していて、ミューズ以外が統治する国では最も大きいらしい。
とてつもなく大きな木(ここからでも若干見える)を改装してそこを都市にしている。
白樺だけが生える森、ホワイトフォレストにそびえ立っているという。
何も聞いていないのにアミカはこのことを簡単に教えてくれた。
「迷いの森を抜ければ誰とも会わずに安全にたどり着けるって母さんから聞かされてたから。」
実際は俺が転がっていた訳だが。
まあそのことはもういい。
火も消えかかっているし、言いたいことは行っておこう。
「よかったら俺をその木まで連れてってくれないか。これから行くあてもないんだ。」
「もともとそのつもりだったけど、守衛の人が許してくれるかは分からないわよ。」
「そのときはそのときだ。見てないところで木登りしてやるさ。」
「エルンは眼がいいから撃ち落とされるわよ。」
フフッと彼女が笑う。
帝国の話をしている時は使命に縛られていて痛々しくも感じた。
こうして少しでも笑顔を作れるのなら、どんなことだってやってやろう。
なんだろうなこの気持ち。
よく分からんな。
ただ、少し甘酸っぱい感情だとは思う。
最後の火が静かに消える。
ササッと砂をかけたアミカは立ち上がる。
「じゃあそろそろ私は木の中で寝るわね。おやすみなさい。」
「お、おやすみ。」
自分も木に寄り添い、目を閉じる。
今日は本当にいろんなことがあった日だった。
ちょっと前までは夢であれと思っていたけれど。
今は夢であってくれるな、明日もここで目覚めてくれよと。
そんな願いを夜空に流れる星に打ち上げた。
どうも緋吹 楓です。
読んでいただきありがとうございました。
食レポ難しいっすねー。
現実の料理でもおいしい!しか言えないのに異世界の食べ物なんて分かるはずないですよー。
腹の虫を騒がせられるようなものを考えればいいんですかねー。
今回はアミカの使命が見えてきましたね。
彼女はこのあとどれだけ世界を変えられるのでしょうか。
これから煮物ですねー。
違った、見ものですねー。
次回もよろしくおねがいします。




