第十五話 使役
左の部屋で蒼玉を手に入れ、右の部屋へ向かう。
襲い掛かってきた巨大なネズミに対抗すべく、ハーティはゴーレムを使役しようとする。
ガロンガロンという太古からの駆動音が、ゴーレムの中央部にある核から聞こえ始める。その核は俺の胸ポケットのブローチと同じ翠色の光を鼓動させていた。それはさながら、無機物の心臓といえるだろう。
鼓動が安定していくと共に、崩れていた体が核を中心に形成されていく。四肢には関節が無いようで、バランスはお世辞にもいいとは言えないが、無事に立ち上がれたみたいで安心する。
あの巨大ネズミに対抗できればそれでいい。それにもしかしたらとんでもない力を秘めているのかもしれない。
しかし、ひとつ大きな問題があった。動かし方がわからないのである。
……アミカに聞いてみるか。
ネズミを食い止めている彼女の背中に話しかける。
「アミカ、これってどうやったら動くんだ?」
「知ってるなら私が起動してるわよ?」
まぁその通り。取り敢えず勘でもいいから探ってみよう。少なくとも駆動音はしているから生意気にもアイドリング状態なのは分かる。一番あり得そうなのはスイッチ?だがそんなものは付いていなかった。となればゴーレムではなく、俺側に制御するものがあるのか?
念じれば動いてくれるのか?ものは試しだ。
(動け!戦え!)
……………。
うんともすんともしない。念じ方が違ったりするのだろうか。
(前に進め!)
それでも動かない。他の方法って何かあったか?うーんと唸りながら思い出す。
そういえば、ゴーレムを起動した時に何故かブローチが光ってたな。よくわからないが、何かの拍子にブローチが変質したのかもしれない。
母がずっと身に着けていた代物とはいえ、元々ただのブローチには変わりなかったはずだ。それが光るだなんて不思議パワーが宿ったと考える以外何がある。少なくとも俺にはそうとしか思えない。そう感じたのだ、やってみなければ意味がない。
胸ポケットからブローチを取り出して、また同じように念じてみる。
≪前に進め!≫
するとどうだろうか、手のひらの中のブローチが淡く光りだしたかと思うと、ゴーレムが前に歩みだした。
「やった、動いたぞ!アミカ!」
「やるじゃな……あっ!」
一瞬気を逸らしたアミカの足が小さな瓦礫に引っかかってもつれる。隙を伺っていたネズミはここぞとばかりに飛び上がり、のしかかろうとしていた。
巨大なネズミを止める手段はひとつしかない。間に合ってくれ……!
≪奴を抑えろ!急げ!≫
そう念じると、ゴーレムは命令通り急ぎだす。関節の無い足の動きを合わせたかと思うと、ネズミが落ちてくるであろう地点にぎこちなく飛び掛かった。しかし、その予測地点には彼女がいる訳で。
「ちょ、ちょっと!」
マズいと思った時には体が動いていた。ヘッドスライディングのように飛び込み、背中で這うように逃げていた彼女の腕をギリギリのところで摑んで引き寄せる。
そしてそのままの勢いで地面を転げまわる。たまにぶつかる瓦礫が痛い。肘やら膝やらに破片が軽く食い込んだような痛みが走る。
勢いがなくなって止まった時には入り口近くの壁際にいた。さっきの地点から10メートルほども転がっていた。
立ち上がって砂埃を払いながら傷を確認したが、外装が少し破れただけで皮膚まで届いていない。グランドウェイブツリーで着替えた服が頑丈で助かった。
「ありがとう……助かったわ。」
「まさかゴーレムがあんな動きをするとは思わなかったんだ。すまない。」
「ううん、助けようとしてくれたんでしょ?気にしてないわ。」
転んだ体勢のアミカに手を貸して立ち上がらせる。そのときつい、勢いよく引っ張り過ぎたせいで彼女の身体が俺の胸に飛び込んでくる。
「ご、ごめんね。」
彼女の顔が少し赤くなる。その顔についつい俺までドキッとする。
っと、まだここも安全じゃないんだ。うつつを抜かしている場合じゃない。
先程までいた場所では大きな二つの塊が絡まりあっている。
さっきまでアミカを狙っていたネズミも、今はゴーレムに捕まって動けていない。
ゴーレムを使役するという石碑のお題もこなしたことだ。さっさと脱出するに限る。
「さぁ行こう。戻ったら先に進めるかもしれない。」
その言葉に彼女が頷いた時だった。ゴーレムに首を抑えつけられていた巨大ネズミが最後の力を振り絞るかのような大きい金切り声を部屋中に響き渡らせた。反響した音は亀裂だらけの天井を揺さぶり、崩落させんとしていた。
再びアミカの手を取り、入り口の部分まで退避したときには巨大な瓦礫がネズミとゴーレムを圧し潰していた。
「さっきまでとてつもなく危ない場所で戦っていたのね。生きた心地がしないわ。」
「自分の声で潰れたとはいえ、巨大ネズミを倒せたんだ。素直に喜ぼうじゃないか。」
なんて軽口を飛ばしていると。
部屋中の穴やら亀裂から無数の赤い点が浮かび上がってきた。
「なあ、あれってもしかして。」
「親玉の叫びに寄ってきたみたいね。」
一匹のギギギという鳴き声を皮切りに無数の小さなネズミがぞろぞろと湧き出してくる。
うおぉ、肌がゾワゾワする。
「逃げるわよ!急いで!」
アミカの声に従って走り出す。釣られて奴らも群れを成して、まるで洪水のような音を出して近づいてくる。怖い、怖すぎる。アミカが数で囲まれるほうがマズいと言っていたが、その通りだ。
奴らに取りつかれたらどうなるんだろうか?詳しいアミカ先生に聞いてみよう。
「骨も残らない!」
とても分かりやすい解説ありがとうございます。
無駄に声を掛けてる訳じゃない。こんな問答をしていなきゃ足がすくみそうなのだ。
広場の扉が見えてくる。あの扉なら奴らの猛攻を押しとどめられるかもしれない。
「向こう側に行ったらすぐに閉めるわよ!」
「分かった!」
二人して広場に飛び込み、今入ってきた扉を力いっぱいに閉めようとする。が、重すぎる。人が動かすようなもんじゃないだろこれ。
でもやるしかないんだ、両腕に力を込めて踏ん張れ!
先頭を走る一匹が広場に入らんとしたとき、ゴトンと何かがはまるような音がした。
どうやら間に合ったようだ。扉越しにネズミがぶつかってくる音がベチベチと聞こえる。
「だ、大丈夫なのか?」
「心配だし、もうちょっと塞いでおきましょ。」
ということで、もともとこの扉を塞いでいた瓦礫を閂代わりに押して置いておく。これで一安心してもいいんじゃないだろうか。
正直もうヘトヘトだが、今いるここもどこかに隙間が空いていて、ネズミの群れがなだれ込んでくるかわからない。逃げ場のない此処よりは先に進んだほうが得策だろう。
ということでまだ行っていない中央の一番大きな扉の前にやってきた。例のごとく石碑が傍の壁にある。
≪身に着けた技で扉を使役せよ≫
「使役ってことは、ゴーレムを動かしたように、扉も動かせってことか?」
ブローチを取り出してフレームに手を触れる。すると、ブローチの宝玉が淡い光を点滅させる。おそらくこれが接続完了の合図なのだろう。
≪開け≫
扉はヴンと一度力強く翠色に光ったあと、ゆっくりと開いていった。
「それどうやってるの?私には一切理解できていないのだけれど。」
「実は俺もよく解ってないんだ。ブローチがリモコンになってることぐらいだ。」
「確かそのブローチってお母様の形見ではなかった?」
「の、はずなんだがな……」
これを肌見離さず身に着けていた母さん。一体どこで手に入れたんだろうか。今となっては聞くことなどできないが、どちらにせよ俺もずっと着けていることになるだろう。
扉の向こうには広場と同じような空間があった。さっきと違う点は中央にある石碑の上に何かが飾られていることだ。それが何かかは近づいてみない事には分からない。
「なんだこれ?レンズ?」
ひとつのレンズにフレームが付いている。まるでモノクルのようだ。
しかし、何故こんなものがわざわざ飾られてるんだ?
「なぁ、モノクルって知ってるか?」
「帝国の貴族連中が気取って付けてそうな趣味の悪いアクセサリってイメージ。」
なかなか捻くれた想像だな。
どちらにせよ手に取って確かめてみよう。ただのモノクルがこんな遺跡にあるはずがない。きっと大層なものなのだろう。見た目は普通のモノクルって感じなんだがな。
試しにかけてみる。するとなんということだろうか、その物体について≪見たい≫と思うと、俺の理解できる範疇のデータが≪見える≫ようになったではないか。
「おお凄いぞ、あらゆる情報が見える。」
「例えばどんなの?人とかの情報も見れるの?」
ちらっと彼女の方を見る。
アミカさんのデータか。所持武器はライフル銃にナイフ、短刀。身長は163cmと。ふむふむ、えーと、ほほぉ。スリーサイズが、上から……
「何か邪な気配ね、もう私を見るのはやめなさい!」
ああ、邪魔されて途中までしか見れなかった。
「……ちなみにどんなのが見えたの?」
「お尻にホクロがあるってところは見えたぞ。」
「!!!」
顔が茹でだこのようになっアミカがそっぽを向く。
冗談のつもりで言ったんだが、本当だったらしい。
「もうそれで私を見るのは禁止。いいわね。」
「いや、ほんとはそんなものは見えてな……」
「い・い・わ・ね?」
ドスのきいた目で睨まれ、何度も首を振りって肯定する。
一番怖いのは巨大なネズミや群れたネズミでもなく、アミカだと思い知らされたときだった。
どうも緋吹楓です。
読んでいただきありがとうございました。
文字が書きたい気分になったので書いちゃいました。
おまたせしてすみません。
今回登場したモノクルはいわば「アナライズ」ですね。
対象の≪見たい≫と思ったものを可視化してくれます。
つまりハーティはアミカのスリーサイズを……
っとこれ以上はどこからか狙撃されそうなのでやめておきます。
次回もよろしくお願いします。




