第十四話 宝玉の光
エレベーターが止まらず地下まで落ちてしまう。だがそこには、古代の遺跡が眠っていた。
中央の広場の天秤を平等にし、先へ進む。
左の扉を進んだ先はそれなりに幅の広い通路になっていて、両端には水路が流れていた。水面は澱んでいないので、水は循環しているようだ。流れは奥へ続いている。
「こんな古そうな遺跡に未だに水の流れがあるなんてな。どれ程前に建てられたものかなんて分かるのか?」
「私だって詳しいことは知らないけど、神話大戦が勃発する前に古代人によって造られた建築物だろうから、だいたい三千年前だろうなってことくらいは言えるわね。」
「その、神話大戦ってのは?」
「相容れない神々の派閥が正面からぶつかったのよ。世界は九つに割れるわ、古代人は死滅するわ、神々自体も消滅するわと、とんでもない言い伝えはあるわ。でも、神話大戦の正確な情報は何も残ってないから推測の域はでないわね。」
三千年前に古代人の手によって造られた遺跡。例え滅びていたとしても、彼らの遺してきた物は残っていた。
なんて、歴史の余韻に浸りながら歩いていたら。
左の水路がぬめりだしたかと思うと、テニスボール大の核を持ったゲル状の何かがズルズルと這い出てきたではないか。想像していたよりも水々しいが、これは間違いなくスライムという奴だろう。
透明な体を流動的に動かし、水餅をこねるような音を立ててゆっくりと近づいてくる。
「アミカ、アイツはどうしたら……」
「えい。」
ぷち。
「え?」
対応を尋ねる前に戦闘?は終わった。
アミカの足が核を踏み抜いている。スライムだったものはすっかり解けてドロドロに固まってしまっている。
えっと。ス、スライムを倒したー。
今まで出くわした連中に比べて、なんと非力なモノか。
「ただの単核生物よ?確かに普通より大きかったとは思うけど。育ちが良かったのかしらね。」
「はぁ。」
「スライム、特に水棲の個体はいい軟膏になるのよ。傷口に塗れば多少は塞いでくれるわ。」
ポーチから取り出した瓶に小さなスプーンですくったゲルをギリギリまで詰めていく。カンカンとガラスと金属の当たる音が通路に響いている。
「今切り傷とかない?塗ってあげるから。」
「い、いや、大丈夫だ。」
スプーンをこっちに向けてくる。いや、ホントに大丈夫です。
その後、すぐに行き止まりに着いた。外周を水路が囲んでいる小さな円形の部屋だ。中央の広場と比べるとかなり狭い。
そして部屋の入り口の対面の壁には、天秤の時のように石碑が埋め込まれていた。
≪調和を志せし者に宝玉を≫
そう書かれた石碑の下部には、猛禽類の足のような物がみっつあり、真ん中の上向きに傾いた足に宝玉が嵌っていた。それは遺跡の壁と同じ蒼い光を煌々と放っていて、見る者の心を落ち着かせてくるようだ。
「調和の象徴、蒼玉」
「私が取ってもいい?」
「ああ。」
アミカが正面に立ち、宝玉に手を添える。がっちりと嵌る宝玉を力ずくで取る事は古代人も望んではいなかっただろう。とすれば。
真ん中の足を左右の足と同じ角度に合わせる。宝玉を摑んでいれば動くようだ。ゆっくりとゆっくりと傾きを合わせ、そして。
爪が開き、蒼玉が解放される。新たな持ち主を求めて降りたったのは、彼女の両手だった。
「やったわ。」
蒼玉が鼓動するかのように明滅する。すると、不思議なことに遺跡の壁の一部が凹み、その部分から現れた光源が眩しく光りだす。
「本格的に遺跡を起こしちゃったかしらね。」
「戻ったら何か変わってるかもしれない。」
「そうね。広場まで戻りましょう。」
小走りで戻ってきてみると、広場右側の瓦礫で塞がっていた扉が通れるようになっていた。固い扉が開く振動でうまく崩れてくれたようだ。
アイコンタクトをしてから光の灯った先へ進む。
右側の通路は反対側と違って、一部の壁が崩れて土が剥き出しになっていた。床にも土埃が積もっている。どうやらツリーの根が遺跡を突き破り、生まれた亀裂が時間と共に広がったようだ。
端の水路には流れがなく淀んでいる。壁から滲み出た水滴がポタポタと波紋を描いているだけだ。
薄暗さもあって、恐怖心を煽られる。
「何か、出そうだな。」
「多分、今もいるわよ。」
「おいおい、そんなこと言うと本当に出るかもしれな……」
「だから。いるわよ。足跡付いてるじゃない。」
「え?」
地面には確かに足跡が付いていた。小動物くらいの。
「さっきと違って生物がいるってこと。根が開けた隙間を伝ってね。」
「でも小動物くらいなら大丈夫そうだな。ミノケンタウロスみたいな事にはならないな。」
美味しく頂いた奴を例に出してみると、アミカは大きなため息を吐いた。
「ハーティ、あなた、もしかして洞穴ネズミに襲われたことないの?一頭で真っ直ぐ突っ込んでくるのよりも、数で囲まれる方がマズイに決まってるでしょ。」
なるほど、俺の知ってるネズミより凶暴なんだな。
「俺にとって身近なネズミは、二人以上同時に存在してはいけないんだ。」
「何それ、変なネズミね。」
まあ、キャラクターのことなんだが。
それから暫く歩くと、反対側と同じような円形の部屋に着いた。薄暗かったせいか、こちらの方が距離的に遠く感じる。そして対面の壁に石碑。配置ですら調和がとれているようだ。
先程と同じ様に部屋に足を踏み入れる。その時、明らかに異様な空気に俺もアミカも顔を顰めた。
「なんだ、この、変な臭い……」
「ネズミの巣になっているのかしら。気をつけて。」
その言葉に頷いた時。唐突な金切り声が反響して鼓膜を震えさせる。反射的に耳を塞ごうとするが、その前にアミカから指示が飛んでくる。
「武器を構えて!」
彼女が鞘から抜いた短刀を取り出す。近接戦闘になると予測して銃は使わないようだ。
俺も同じく借りっぱなしにしているアミカのナイフを懐から取り出す。心許ないのはご愛敬。
「上だ!」
その黒い塊は天井の隙間から落ちてきた。ピンク色のしっぽを揺らし、赤い目を光らせ、灰色の不揃いな毛で身を包んだそれは巨大なネズミであった。
「なぁ、洞穴ネズミってのは、こんなに大きいものなのか?」
「そんな訳ないじゃない!」
ネズミは異常発達した体躯を見せつけるが如く立ち上がる。その姿から推測するに、体長は3mは超えているだろう。
赤く腫れた鼻をクンクンとさせてから、尖った歯を剥き出しにしてギギギギという咆哮を再び響き渡らせる。それだけで威圧されてしまいそうだ。
【視点変更→アミカ】
こんな化け物相手に正々堂々挑んだところでどうしようもない。先に仕掛けて少しでも有利な状態で戦闘したほうがいい。まずは懐に潜り込み、素早く割いてみる。
短刀をネズミの腹に滑らせる。割といい剣筋だったが、皮膚が硬すぎて切り傷程度にしかならなかったか。ドス黒い血が少し垂れただけ。それを確認したら予め想定していた退路を使って距離を取る。
一応弱点ではあったようで、腹を隠すように前脚を地面に着地させる。だが、その動作ですら予測済み。側面から後脚を狙って短刀を深々と突き刺す。
(よし、うまく刺さった!)
傷口から短刀を引き抜くと血も噴き出す。なかなか効果的に見えるがまだ油断ならない。ネズミの反撃に備えて再び距離を取りたいところだ。
でもそこまで時間を与えてくれる温い相手ではなかった。今までのどの動作よりも速く仕掛けてきた体当たりを避けることが出来ず、突き飛ばされる。幸い受け身は取れたものの、私の体勢は崩されてしまった。
なんとか立ち上がろうとするところに追い打ちの突進。地面を転がりながらなんとか回避する。
(怯むどころかまだまだ凶暴じゃない……!)
いまの装備じゃ足止めにしかならない。無理に倒すにしても時間が掛かり過ぎる。
それでも現状維持なら何とかできるかもしれない。
「ハーティ!今のうちに石碑まで!」
【視点変更→ハーティ】
「もうやってる!」
アミカが闘っている隙を付いて既に石碑の前まで来ていた。これの謎を解きさえすれば長居する理由はなくなる。
えーと、なんだ……?
≪宝玉の力を用い、古代魔導人形を使役せよ≫
ゴ、ゴーレム?そんなもの、どこにいるんだ?
辺りを見回してみてもボロボロでバラバラの鉄屑が端っこに転がっているだけだ。まさか、アレのことか?
巨大ネズミと格闘戦を繰り広げるアミカを横目で確認し、ゴーレムの側まで近寄る。
至近距離で見ると分かることがあった。タダの鉄屑ではなく、鉄の肉体がそれぞれの形を保ちながら崩れていると表現した方が合っている。刻が経ち過ぎて朽ちかけているようにも見えるが、間違いなくコイツはまだ生きている。
起動さえ出来れば、あのネズミに対抗が出来るかもしれない。でもどうやって?
鍵になっていそうな蒼玉はアミカが持っている。今彼女にそんな余裕はないだろう。でも、他に宝玉なんてあるだろうか?
いや、諦めるのはまだ早過ぎる。もしかしたら非常時の起動スイッチがあるかもしれない。弄り倒してたら何とかなってはくれないだろうか?
少しでもチャンスがあるならやってみるものだ。とにかく触れて、みて……?
その時、俺の胸元から光が漏れ出した。母の形見のブローチ、正確には中の宝玉が、翠色の光を発しながら鉄屑と共鳴しているのだ。
俺から距離を取って戦ってくれていたアミカも、理性など持ち合わせていないであろう巨大ネズミでも、共鳴する光に目を奪われている。
その光はみるみるうちに眩しくなり、視界を塞いでいった。
どうも緋吹楓です。
読んでいただきありがとうございました。
戦力的にめちゃくちゃ不安なコンビ(というか、ハーティまともに戦えない)です。前衛がいないのでアミカさん辛そうですね。
でもそろそろ彼も活躍できる、かも?
オンボロゴーレムに期待です。
次回もよろしくお願いします。




