第十一話 発火の竜
アミカと共にグランドウェイブツリーに訪れた颯は単独でアンブロシア女王に謁見することになった。
幾多もの星が銀河を瞬く空の下、地上から約1600m程の樹の幹の頂にこの宮殿は建っていた。
その場で俺は、女王アンブロシアに気圧され言葉を発せないでいた。相手の身分が高いからじゃない。言ってしまえばまさにこの世非ざるもの、異世界の存在ともいえる事象に気圧されている。
現実とは違うこの世界に訪れてから初めて味わう生物的な嫌悪であった。本能的に後ずさってしまうのも無理はないだろう。だって俺はあくまで普通の人間なんだから。
「そう私を嫌ってくれるな異界の者。いつ来たのだ?」
「どういうことで、御座いましょうか?」
「言葉の通り。」
そのままの意味で捉えるのならば、俺がこの世界の人間でないことを見抜いているということだ。そんなことがあり得るのだろうか。
初めての対面でそんな簡単に分かるはずがない。直感なのかブラフなのか、それとも……
未来視という術で覗いたのか。
だが今はその過程はどうでもいい。俺のことを異界の者と呼んだことが重要なのだ。これは恐らく俺以外にも同じような境遇の人間が存在したという証拠になるのではないか?ならば、ブラフに乗ってでもいいから何か情報を引き出した方がいいかもしれない。決して悪い方向には転ばない、と信じたい。
だがいきなり暴露するのも怖い。少し手の内を探ってからでも罰は当たらないだろう。
「そのような人間が実在するのですか?夢物語や空想の域を出るものとは思えません。」
「ふむ、話のひとつでも語ってみよう。世界を変革した流浪の侍の話だ。」
400年ほど昔、後に【風の侍】と謳われた一人の男が流れてきた。
その男はこの世界には存在しない「刀」とそれを扱う「術」を用い、老若男女問わず手を差し伸べていった。皆彼の人柄の良さに惹かれていくのも当然のことだった。
20年近い流浪の旅を終え、漸く腰を落ち着かせたのは都市国家だった頃のラペツェ。同時に開いた風祭道場には世界中から門下生が集った。
その後も着物や寿司、瓦といった不思議な衣食住の文化を浸透させていった。世界基準で考えればあまり流行らなかったものの、ラペツェでは帝国の一部となった今でも街中のいたるところに広がっている。
そして晩年に残した言葉が「飽食暖衣を大志とせよ」。何物も苦しまない世界を彼は望んでいた。
……と、一通り話を聞いて簡単に纏めてはみたが、どこからか現れて未知なる文化を広めるというだけでは変革というには少し物足りない気もする。
俺にとっては馴染みの文化を伝搬してくれていただけであり難いが。
「この話には続きがあるが……私の目的は達したのでな。」
「どういう意味です?」
「この世界には無かった名詞を言った時、お前の強張りが少し和らいだ。」
そんなところまで見抜かれていたのか。こちらが隠そうとすればするほど、ボロが出るのかもしれない。
「それにもうひとつ、私の中では確証がある。ここ数日は未来視が出来ておらん。」
「と、言いますと?」
「純度の高い異界の存在が私の運命に関わると未来が視えなくなる。本来は未来視のようになるはずだった運命が、異界の存在によって多少なりとも書き換えられることを意味している。」
つまり、今まで未来視に映っていなかった俺がアミカと共にこの場に訪れた時点でバレていたのか。
隠そうと必死になっていた自分が滑稽に思えてくるぞ。
「お前が今後どのような未来を創るかはお前自身だ。思うままに行動するといい。」
その時初めてアンブロシア女王は微笑んだ。その表情は目の形や口の角度までアミカとそっくりだった。
そのままの流れで感謝を伝えようとしたのだが、ふとアミカのことが気になってしまう。
今までも忘れていたわけではなかったのだが、どうしても緊張して気が回らなかった。
「アミカはなぜ拘束されたのですか?しかも本人は抵抗しなかった。」
「それは自身の目で確かめるのがよいだろう。オリバー、アミカをここへ。」
「はっ。」
入り口のそばにいる武装したオリバーという男が宮殿から出ていった直後、入れ替わるように伝令が報告に訪れる。
「緊急の伝につき失礼致します。帝国軍が北東方面の森林部に放火した模様、乾燥した風がこちら側に吹いているので延焼による甚大な被害が予想されます。」
「ふむ、あまり時間はないようだな。」
少し慌てたようすでアンブロシア女王は立ち上がると、偶然かどうかはわからないがエレベーターが人を乗せてやってきた。だがその中からは猛獣のようなうなり声が響いていた。
「アミカ……?」
彼女は金属の鎖を何重にも巻き付けられ、腕と体をがっちりと固定されている。手首と足首には重しまで括り付けられている。先程までの俺ならば何してるんだ、ほどいてやってくれ、それ位の言葉は言えただろう。だが彼女の豹変した姿を見てそんなことを言えるほど馬鹿じゃない。
犬歯を剥き、充血した目を滾らせている。言葉にならない呻き声は鼓膜が裂けそうになる。今まで銃口の先にあった殺気は、彼女の全身からひしひしと伝わっていた。
アンブロシア女王とは違った恐怖を味わっている。下で別れるまで普通だったじゃないか。なのにどうしてこうなってしまったんだ?
「どうなってんだよ、アミカ!しっかりしろよ!」
「無駄だ。アミカには竜狩りの血が通っておる。目の前の竜を屠るまで気は静まらんだろう。」
「竜?竜なんてどこに……?」
バサッ。金箔が散りばめられた布が宙を舞う。まるで夜空に天の川ができたかのように。
だが、俺の目が惹きつけられたのは空ではなかった。アンブロシア女王が背中、白い素肌を晒していたのだ。
「私の身体には竜がいる。古代魔術【破壊と再生の火】を司り白樺之森を根城とする竜、白華竜が。その証が私の背中に彫られている。」
燃やされた森が星空を赤々と照らす。その光を受け、女王の紋章は輝き始めていた。
「竜を宿す私と、竜を狩るアミカは、言葉を交わすことが出来ない。」
そんな悲しい言葉を女王は顔を見せることなく語っていた。
「だが今は未来を変える可能性のあるお前がいる。お前がアミカを導いてやってはくれんか?」
「……引き受けました。」
もとからそのつもりだったとはいえ、女王からの頼みとは引くに引けなくなったな。
「名を聞こう。」
「中郷颯、ハーティと呼ばれています。」
「懐かしい発音だ。悠之介を思い出す。」
最後の方は独り言のような小さな声だったから聞きとることができなかった。
「ハーティ!ダリブルクに向かい、エルンとドワルグの同盟を締結してきなさい。」
女王が皮製の巻物を投げ渡してくる。恐らく女王である印が載っているのだろう。
「私が道筋を照らしましょう。その道に沿うも外れるもハーティ次第だ。」
返事を返す暇などない。アンブロシア女王の身体からは炎が溢れ、竜の翼を形成していた。
鞘から引き抜かれた刀には青い炎が纏っていた。
「さあ、お行きなさい!」
その声を聴いた俺は、気力を使い果たして項垂れたアミカをなんとかエレベーターに乗せ、手あたり次第やって唯一反応があった一番下の階層を選択したのだった。
どうも緋吹楓です。
読んでいただきありがとうございました。
はい、おばーちゃんの中には竜がいて、竜狩りの血が騒いじゃうから拘束されてたんですね。
折角の対面なのに、喋れないなんて物凄く悲しいですよね。
今回は伏線モリモリの助です。
自分でも何か忘れてないかドキドキです。
書くペース落ちちゃってるけど、春の陽気に当てられればまたバンバン書けると思います。
構成自体はもう決まってるので。
もしくは感想とかくだされば~やる気が~出るカモ~。
もちろん次回もですが、2020年も緋吹楓をよろしくお願いします!




