牢屋
「暇だわ」
地下牢に連れて来られてからというものやることがない。
それに、ここに連れて来たクロディスから十字架のネックレスを没収された。
「ただ、実践しただけなのに……次に吸血鬼に出会ったらどうするの……」
そう言いながら、ポケットから二つ目の十字架のネックレスを取り出す。
「あっちの方が結構お気に入りだったのに。 また、作り直さなきゃ」
それをポケットにしまい、牢の中ではしたないが横になって目を瞑った。
そもそも、一人で地下牢に入れられているのがいけない。
他の生贄は数十人ずつ入れられているのに。
ここに連れて来られる前に暗い階段を下り、いくつかの地下牢の前を通って、奥に連れて来られた。
ユーリンがいるところは地下牢でも一番奥の牢屋だ。
クロディスがユーリンの奇行を考えた結果だった。
他の地下牢の前を通ると、中に入っていた人たちはユーリンを見て驚いたり、クロディスを見て恐怖に染まっていたりと様々だった。
その中の一人がユーリンを見て「にっ人形姫だ!」と叫んだのを聞いたクロディスが疑うようなジト目でこちらを見て「君は人形姫と呼ばれているのか?」と聞かれたので笑顔で「ええ。 私、人形のように大人しく微笑むだけだったので」と答えると、驚愕していた。
小声で「どこが……?」と言っているのが聞こえた。
クロディス、ずっと覚えてるからね。
そして、その言葉を聞いた他の人たちの中から小声で「もしかしたら、勇者様が助けてくれるかもしれない」なども聞こえたが、助けに来るはずがない。
私は婚約破棄をされたし、それに悪魔だと罵られた。
助けになど来ないだろう。
クロディスは「勇者」と呟いていたが……。
そもそも、人形姫と呼ばれていた理由は大人しいからではない、言われたことに従い、反論を言わないから操り人形の『人形姫』が由来だ。
まあ、感情も表に出していなかったのもあったけど。
「暇だわ……」
しかし、ユーリンが牢に入れられてからそれほど時間は経っていないはずなのだが、もう何時間も入れられた気分になる。
「誰か、来ないかしら?」
地下牢の灯りは牢屋一つ一つに一応ついてはいるが、炎の強さはそこまで強くはないので薄暗い。
牢の近くまできてもらわないと顔の判別は難しいが、シルエットでは大体分かる。
だから、ユーリンは気づいてしまったのだ。
見回りにきた看守がトカゲのような姿をしていると。
「ふふふふふふふふふ」
ユーリンの小さな笑い声は静かな地下牢に響き渡った。
手には小刀を持って。
そして、この後看守の叫び声も響き渡るなど誰も思っていなかった。
※※※
クロディスは事の詳細を報告するために上司とともに魔王の元に来ていた。
この場にいるのはクロディスと彼の上司、それに魔王に宰相、囚われていた魔族の二人、そして扉の前には騎士が二人立っているだけだ。
「主君、以上が報告となります」
クロディスの上司である魔族騎士、騎士団長であるトール・リッツは魔族の中でも変わっており、人間にも友好的な人物だ。
褐色の肌に、銀髪の短髪。
見た目も人間に近い。
違いと言えば耳が違っており、今は閉じてはいるが翼を持っているところだろうか。
ニカッと笑うと白い歯が光って人懐っこい印象があるが、これでも騎士団長を務めており、クロディスよりも大きい強い身体を持っている。
そして、彼は人を惹きつけるため、多勢の者に慕われている。
クロディスもトールのことを尊敬している。
魔族の中で彼に勝てるのは魔王ぐらいだろう。
それぐらい強いのだ。 クロディスでも勝てなかったのだ。
だが、彼は強いものが大好きで自分よりも強そうなものに勝負を挑んでいくということが多い。
クロディスもよく戦わされては負かされることが多い。
それに、よく魔王にも挑んでいるのだ。
今日も挑んだのか、所々怪我をしている。
それがなければ良い上司なのだが、そのツケを払わされるのはいつもクロディスだった。
彼はユーリンの国に一緒に攻め入ってはいないが詳細はクロディスから全て聞いていた。
そして、聞いたことを魔王に報告をしていた。
「ご苦労。 それにしても、姫が自ら生贄になり……ここに来てからそんな事をするとは……」
魔王の表情は硬くなっていた。
魔王の隣に立っている宰相も顔が硬くなっており、メガネをかけ直していた。
そう、クロディスはユーリンが自分でついてきたことも話し、この国に来た時の事も全てを話したのだ。それを大笑いしながら聞いていたトールは彼も魔王に全てを話したのだ。
だが、それに反応を示したのは宰相でもクロディスでとトールでもなく、人間の国に囚われていた二人の魔族だった。
クロディス達がユーリンの国に攻め入った大きな理由の一つだ。
彼らはある理由から人間に捕らえられてしまったのだ。
彼らが人間に捕らえられていなかったらクロディス達は攻め入ってはいなかった。
生贄として捕まえた人間を連れて来たのはある悪魔に必要だったために魔族を助けるついでに捕らえただけだった。
しかし、助けられた魔族の二人は捕らえた姫のことを聞いた瞬間に顔を青ざめ震えだしたのだ。
「お前ら、どうした?」
その様子を不思議に思ったトールは二人にそう聞いた。
話を聞く限り、変わってはいるがそんなに青ざめる必要はなかったはずだ。
それに、助けるのが早くまだ、何かをされる前だったために傷などの外傷もあまりない。
捕えられた時の話を少し聞いた時も震える事もなく、怒りだけが見て取れたはずなのだが、今の彼らを見ると恐怖に顔が染まっている。
人間に対しては怒り、『姫』という単語には恐怖していることに不思議だった。
「はっ発言してもよろしいでしょうか?」
捕らえた一人、名をジャンパー。
彼はなんとか振り絞った声でそういった。
それに対して魔王がうなづくのを確認した彼は一度唾をゴクリと飲み込み、意を決して話しだした。
捕らわれた二人が何を見たのかを。