スキル開示と女神の嘲笑
……なんともまぁ、冒険者ギルドというのは巨大な建物だった。しかしそれは宮殿や城のようなものではなく、酒場を可能な限り大きくしたような、喧騒の止まらない場所だった。
俺は挙動不信なまでに石造りの建物を眺めながら、これまた巨大な木製扉を押し開けた。
内装はというと、冒険者ギルドらしく大きな掲示板やカウンターがあった。そして、やはり外観通り酒場としての機能もあるのか、いくつも長テーブルが並び、昼間から騒いでいる筋肉の塊や甲冑もいた。
背中には鉄のハンマーや、馬鹿でかい剣が背負われていた。よくあんなもん持てるな。なんて感心してみる。酒飲むときぐらい武器を下ろせばいいのに。
「はへー。こりゃまぁ随分と……マジで異世界って感じだな。モンハンの集会所をでかくしたみたいな感じだな」
「なんですその例え?」
俺とイーリスが間抜けなやり取りをしていると、
「おーい! 君たちももしかして冒険者登録するのかい?」
背後から、これから冒険者始めますと言いたげに、爛々と瞳を輝かせる青年が声をかけてきた。イケメンの金髪で、俺より背が高く、筋肉もついていた。まぁ随分と女にモテそうな外見である。
だが嫉妬をあらわにするほど俺は子供じゃない。へらへらと笑いながら、俺は普通に受け答えをした。
「そうなんだよー。この子に勧められてね」
別に対抗心というわけではないが、俺はイーリスの頭を見せ付けるように撫でた。イーリスがこの状況を見て何を考えているか分かったもんじゃないが、特に文句を言う様子はないのでありがたい。
イケメン君は爽やかな笑顔を浮かべると、イーリスに歩み寄り、視線を彼女に合わせて挨拶した。
「へー可愛いね。僕はヴェーダ・クランベベリだ。君はなんて名前なんだい?」
名前が覚えられそうにないのでイケメン君で固定してしまおう。よろしくイケメン君。
俺が頭の中でそんなことを考えていると、イーリスは鋭い殺意の篭った双眸でイケメン君を睨み付けた。
「……子供扱いしないで」
おそらく視線を合わせられたのが気に食わなかったのだろう。ざまぁみろと思いつつも、可哀想だとも思う。
イケメン君が大層残念そうにアハハ……と乾いた笑いを発すると、
「あ、でもイーリス教の信仰者になるなら特別に許可しますよ?」
イーリスはさも当然の権利のようにそんなことを持ちかけた。いや、実際宗教勧誘は自由だと思うが。
イケメン君はイーリス教という言葉を聞いた瞬間、恐怖に目を見開いて、ゴホゴホとわざとらしい咳をし、この悲しいやり取りをなかったことにした。
「……ところで、よければ一緒に冒険者登録しないかい? 登録すると職業スキルとは別に、一人一人が特別なスキルを入手できるらしいよ」
詳しいことは分からないが、スキルというのを比較できるならば、まぁいい案件だろう。……スキルか。ゲームとは違って俺自身に宿るものだと考えると、心臓が高鳴っていくのが分かった。
「いいね! 一緒に登録しようぜ」
と、いうわけで俺たちはカウンターへ向かった。受付の人は何人かいたが、イケメン君は俺が何も言わずとも、一番美人さんのところへ向かった。……ふむ、こいつもしかしたら才能があるかもしれない。
その受付嬢は異世界らしく尖った耳に緑の髪、整った顔をしていた。世に言うエルフという奴か。だが、俺的イメージのエルフよりは快活な雰囲気がある。まぁ冷淡で会話しづらい奴より百倍いいか。
「すみませーん。冒険者登録したいんですけど」
イケメン君が率先して話しかけてくれたので、俺もそれに便乗する。すると受付嬢はビジネススマイルを寄越しながら、まぁ随分と慣れた様子で説明を始めた。
「冒険者はモンスターの討伐や遺跡の探索を仕事とする人達の総称です。まぁでも結局は何でも屋みたいなものです。傭兵だってやりますし、土地を開拓するときにも求められたりします」
いいじゃないか。モンスターとの戦い。遺跡の探索。最初こそはメチャクチャ強そうなトカゲに初見殺しされたが、あれは冒険者じゃなくて一般人としての俺だ。こういう世界では肩書きが大事なのだ。うん。そうに違いない。
「冒険者にはメイジやウォーリア、アルケミストといった細かい職業があります。ですがこういった職業を総称して冒険者となるわけですね。ちなみに転職には手数料が掛かるのでご注意ください」
いいねいいね! ジョブかー。なるとしたら汗臭い戦士系よりも格好良く雷とか氷で攻撃する魔法使い系のジョブがいいな。
「ではこちらにお名前と身体的特徴、それと出身国をお願いしますね」
受付の子は華奢な手で羊皮紙を手渡した。そこには日本語でも英語でもない異世界言語が羅列されていたが、不思議と読むことができた。それに書けることもできる。転生したときに植えつけられたのだろうか。だが都合のいいことこの上ない。
俺は名前にコヅカ カイト、年齢17、髪の色は黒と順々に書いていき、国名のところで手を止めた。
「……イーリス。国はなんて書けばいい?」
「私が信仰されている数少ない場所がアエロブエヒューです」
舌を噛みそうな地名なのは、この際異世界だからということで諦めよう。
……そしてどうやら俺がイーリス信者になるのは確定事項のようだ。……く、表面的な信仰はしたとしても絶対内心では天照だとか恵比寿を信仰してやる。
俺は致し方なく出身国にアエロブエヒューと記名して、受付嬢に渡した。受付嬢はふむふむと俺たちの書いた書類を隅から隅まで見て行ったが、出身国辺りで明らかに顔を強張らせ、尖った耳をピクピクと動かしていた。
それでも受付の女性は仕事を全うするべく、気を取り直して免許証のようなものと針をこちらに渡した。
「そのカードに血を垂らせば皆様のステータスと、一人一人が持つ個人スキルと呼ばれるものが分かります。これはギルドの暗号で書かれますので、カードは血を与え次第こちらにご返却ください」
なるほど。血を垂らすための針か。俺は一人納得して、針を指に軽く刺した。尖った痛みが指から伝わるも、思ったより強くやらないと血が出てくれない。
「あれ……。血でないな……」
「チキン野郎ですね。ちょっと顔貸してください。血ぃ見させてあげますから」
イーリスが何か物騒なことを言ったかと思うと、俺は顔面に強烈な蹴りの一撃を受け、石畳の床に全身を強打した。
ぐわりと脳が揺らされ、視界が歪むも、壮絶な死を乗り越えた俺はまぁ許してもいい一撃かなと思い込みそうになる。
「……いや! 痛いわ馬鹿!」
「なら針ぐらいでびびらないでくださいよ。牙で肩貫かれたことあるわけですし、慣れたらどうです? イーリス信者は勇敢で、ワタシのためなら喜んで命をささげないと駄目です」
もう駄目だ。この駄目神の基準がおかしくなり始めている。
「死ぬのと比べたらどんな攻撃だってマシに決まってるじゃねえか……」
俺はぶつぶつと文句を言いつつ、口から溢れ出る血をカードに吸わせた。すると何も書かれていなかったはずのカードに、ぼんわりと古代文字みたいな謎めいた言語が浮かび上がった。
「では預かりますね」
受付嬢は緑髪と胸を揺らしながら、3人のカードを預かった。
「ではヴェーダ・クランベベリさんのステータスから説明しますね」
一瞬誰のことを言っているかわからなくなったが、イケメン君が意気込んで返事をしているので、おそらくイケメン君のことだろう。
「ヴェーダさんは力、知力、器用がAと非常に高いですねー。感知と魔力がCと普通くらいで、精神が若干低いDです。それと幸運が絶望的にありません。個人スキルは……【強敵殺し】ですね。効果は強い敵と戦うとき、魔力などが非常に高くなるみたいです。凄い強いスキルですよ!」
受付嬢は若干興奮気味にイケメン君に伝えた。この世界の中でもなかなかに強いスキルなのか、遠目で見ていた冒険者達が感嘆の声をあげている。
受付嬢は次に、イーリスのステータスを読み上げようとして、あまりにも驚きの内容だったのか、その声は途中で裏返った。
「イーリスさんのステータスは……器用と精神が異常に低くて、幸運がヴェーダさん以上に絶望的なのは気になりますが……それを覆すくらい凄いステータスですよ! 筋力と魔力がSSに、知力と感知がS!? もう上級職になれますよこれ!」
正直、あまり俺は驚かなかった。筋力がゴリラなのは身をもって体感したし、魔力もまぁ、神なのだからと納得できた。それよりも幸運絶望的という言葉が耳に響いた。
「個人スキルは……【戦神ノ鼓舞】効果はその場にいるだけで周囲の冒険者達全員の魔力や生命力を活性化させるみたいです! こんな凄いスキル初めて見ましたよ!? 一体何者なんですか!!」
周囲の人々は感嘆の声を超えて盛大な拍手を送った。イーリスは褒められたことが嬉しかったのかドヤ顔をして、ご機嫌に破顔している。うざ可愛い。けれど受付のお姉さん、この子は邪神イーリスですよ。
段々と周囲の期待が高まるなか、いよいよ俺のステータスが発表となった。
「カイトさんのステータスは……精神はまぁまぁ高いBですね。ただ筋力と魔力、器用、感知はD。あ、幸運はかなりいいですね。Sです」
なんともまぁパッとしないステータスである。精神が高いのは何度も死を乗り越えたからだったりしないだろうか。まぁ落ち込むのはまだ早い。
個人スキルが待っている。きっと勇者とか、竜殺しみたいな格好いいスキルがあるに違いない。
「個人スキルは…………3つ!? 初めて見ましたよこんなに個人スキルを持っている人なんて!」
おぉ! と冷めかけていた周囲が再びざわつき始めた。いいぞいいぞ。こっから俺の勇者の伝説が幕を開け――――。
「一個目が……【虫の心身】痛みに対する耐性ができるかわりに、他の人達から遠慮のない暴力を振るわれやすくなります」
受付嬢が哀れむような苦笑いを浮かべて、泣きたくなった。
なんだその糞スキル。そんなマゾ御用達みたいなスキルはいらない。というか虫相手だったら何したって構わないみたいなことを間接的に言うのはやめて差し上げろ。あと俺は虫じゃない。
……元ウデムシだが。まぁいい……。
あと2つ! あと2つもスキルがあるのだ。きっといいのが――――。
「二つ目が……【死神の寵愛】死にやすくなります」
受付嬢がもはやこちらと目線をあわそうとしてくれない。周囲の人達はいろんな意味でざわめき始め、イケメン君はなんとも言いがたい表情を浮かべていた。
笑いを堪えているのはイーリスただ一人である。
というかなんだ死にやすくなるって。幸運Sの根本を覆すようなゴミスキルじゃないか。もうそれスキルじゃなくて呪いだろ。
……そういえば、死神に気に入られたと言われたが、それと関係あるのだろうか。
いや、まだ俺が伝説になるチャンスはある! あと1個のスキルに全て賭ける! こい! 神スキル! もしくは女の子にモテやすくなるみたいなスキル!
「最後の一つは……【オンリーワン】あなたが与える攻撃はどんな攻撃も…………1ダメージ固定となりま……す」
なんだそのゴミスキル……。俺はとうとう堪えきれずガクリと膝をつき、イーリスがとうとう堪えきれずに腹を抱えて爆笑し始めた。
こうして女神の嘲笑が響き渡るなか、俺の冒険者生活は幕を開けた。