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駄女神イーリスと今度こそ 転生

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 よかった。服は着た状態で異世界とやらに転生したみたいだった。俺は異世界の大地に着地した直後、自らの服を一瞥した。


 前いた世界とは違い、いかにもファンタジーというか、マントにウエストポーチやら、鞘にしまわれた短剣など、なんだかコスプレみたいで少し恥ずかしくもある。だがこんな格好をとがめるものはいない。実にいい気分だ。


 東京のような狭苦しさは皆無で、深呼吸をして周囲を見渡せば、爽やかな青空と清々しいほどに緑々しい草原が広大に広がっているのが分かった。


「いやー! これ凄いな。半信半疑だったけどこれは凄い」


 俺が正直な感想を述べると、ネックレスから幼げな声が響いた。


「でしょ? 私にもっと感謝して、信仰すべきね。もっと褒めてもいいんだから。この世界はあなたがいた公害塗れのセンスのない世界と違って水は綺麗だし、近隣とのお付き合いもちゃんとしてるし、とにかく凄いんだから!」


「んで、街はどこにあるの?」


「こっから南に50キロ歩けば着くよ!」


「遠すぎるだろ。神になると距離感覚が馬鹿になるのか?」


 そもそもどこが南かも分からなかったが、なんとなく地平線の向こうを注視する。うん、見渡す限り草原だ。それに加えて、ポツポツと肩に水滴が掛かり始めた。


「うわ、雨か? 雲ひとつない快晴のはずな……の…………に――――!?」


 ここが剣と魔法のファンタジーな世界だということを忘れていた。雨かと思って視線を上に向けたとき、視界に映り込んだのは、だらだらと涎を垂らし牙を向ける巨大なトカゲの姿であった。


「どうしたの?」


 視界が黒く染まる刹那、無邪気な問いかけが耳に入ったが、俺は答える間もなく異世界の冒険を終了した。



「おかえりー!」


 異世界に行って一分足らずで、再び黒い空間に帰還した。イーリスがこちらを馬鹿にするような笑みを浮かべて挨拶をしてきたので、俺は問答無用で幼女の肩を掴んで訴えた。


「酷すぎるだろ! なんで街から50キロも離れた場所に! というかあんな化け物のすぐ近くに!」


 痛かった。牙が肩に食い込んで、食道を通過する過程で圧死だ。これだったらスコップで殴られて桜の木に埋められるほうが幾分マシな死に方に違いない。


「いや、わざとじゃないんだよ?」


 イーリスは栗色の髪をいじりながら、流し目でそう訴えた。額からは冷や汗が垂れていた。


「わざとかどうかはどうでもいいんだよ。ごめんなさいって涙目で! 上目遣いで言ってみたらどうなんだええ!? ミスしたらごめんなさいだろうがよぉ! あれだったらまだウデムシのほうがマシなんじゃねえかぁ?」


 こんなこと現実世界だったら絶対に言える台詞ではない。なんだか二度も死んでだいぶ吹っ切れた気がする。だが神相手に失礼過ぎたということを、次の瞬間理解した。


 イーリスは頬を赤らめて、うるうると大きな瞳を潤わせると、栗みたいな口をして言った。


「……ご、ごめんなさい。けど…………ウデムシよりはマシだと思いますよ。一度、体験してみれば分かると思います。はい」


 イーリスはこちらが何かを言う前に軽快に指を鳴らした。それから俺が再びこの空間に戻ってきたのは、約30分後のことである。


 卵から帰ってそのまま衰弱死するという壮絶な人生を遂げた人間はおそらく俺だけだろう。グレゴール・ザムザとも引けを取らない体験だ。俺がグロッキーになって黒い空間に胃液をぶちまけていると、イーリスが鼻で笑いながらこちらに歩み寄った。


「だ~から言ったじゃないですか~。分かりました? 確かに草原のど真ん中に送ったのは反省してますけど、あまり神に対して調子に乗ったことを…………」


「……邪神」


「はい? いまなんて?」


「邪神って広めてやる。人を冗談半分で虫にしやがって……どう考えても邪神の所業じゃねえか」


「え、それは……。こ、困る! 困ります! これ以上、私を邪神扱いする人が増えたら本当に闇堕ちしちゃいます! というかあなた以外で私を信仰してくれている人が片手で数えられるくらいしかいないんです! あなたが私を邪神認定したら本当にピンチなんです!」


 さきほど鼻で笑ってたのが嘘みたいに思えるほど、イーリスは態度を180度変えた。俺の脚にがしりとしがみ付くと、見た目相応の少女のように泣きじゃくり始めたのだ。


「あー! 泣くな泣くな! 壮絶な死に方をして泣きたいのは俺のほうだ!」


  いつのまにか信者としてカウントするのはやめてほしい。日本人だからそもそも神を信仰する感覚が分からないし、信仰するにしてももう少しきちんとした神をあがめたい。


「だってぇ! だってぇ……!!」


 イーリスは滝のように涙を流し、鼻水を垂らして顔を擦り付けてくる。やめろ。迷惑だ。


「とりあえず、今度は草原じゃなくて街で! 屋根の上とかじゃなくて普通の路地で! おーけー?」


 イーリスは嗚咽を漏らしながらこくこくと頷くと、


「……転生」


 と、小さな声で呟いた。直後、眩い光が全身を包み込む。これで3度目の転生が行われたのである。



 ――――三度の死を切り抜けると異世界であった。


 異世界の街の足元はアスファルトではなく石畳だった。


 街をすれ違うのは白けた顔をしたサラリーマンや、無骨な軽自動車ではなく、剣や杖を持ったいわゆる冒険者達やガラガラと音を鳴らしてのんびりと進んでいく馬車であった。


 街は四角いコンクリートが乱立して、淡々とした東京とは違い、洋風な、レンガや木材を使った建築物が緑を保ちつつ建てられていて、果物や武器などを売る人々や彼らと交渉する人達が活気を生み出していた。


「うぉ……すげえ」


「凄いでしょ? でもやっぱり同行しないと上手く転生ができなかったよ……」


 聞き覚えのある声がネックレスからではなく、背後から響いた。俺はすぐさま振り向くと、イーリスがその場に立っていた。


 黒い空間ではだぼだぼの服を着ていたが、どうやら小さいサイズのもあったらしく、今は体格に見合った大きさの服になっていた。もう泣き止んでいる様子で、今は喜ばしそうに歯を見せて笑っている。


「あれ? 神様が来て大丈夫なの?」


「うん。けれどこの状態だと神様パワーが使えないから、そこだけはよくない」


 なら平気じゃないか。どうせ本当に神様レベルのパワーがあるのは筋力ぐらいで、普通に転生させてくれないんだから。


 ……とは口にしないでおこう。機嫌を損ねるとろくな目に合わないと俺は命をもって学習した。


「そうか。大変だな。でも一緒に来てくれてうれしいよ」


「そうです? うれしいです? ならもっと信仰してください!」


「あーはいはい。祈りますプレイします。だから冒険者とかになるための場所に案内してくれ」


「仕方ないですねぇ……。迷えるウデム……じゃなくて、迷える子羊のために冒険者ギルドに案内してあげましょう! ついて来て下さい」


 幼女はそう言って小さな歩幅で大通りを進み始めた。なんだか幸先の悪いスタートだが、これでファンタジー生活が始まるわけだ。それに一応は可愛い幼女のオマケつき。


 俺は胸躍る期待の元、幼女女神の背中を追って、冒険者ギルドとやらに向かっていった。

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