その6
「ねえ、すぐ切っちゃうんだよ。翔太はどう思う?」
龍は、華織から電話で、来週静岡に来たときに相談したいことがあると言われたのだが、その日は学校行事があるから行かれないと答えた。なのに華織は龍がしゃべろうとするのを遮るかのように、自分の言いたいことだけ言って電話を切ってしまったのだ。リダイアルしても、案の定、電話に出ることはなく、気分が収まらなかった龍は、翔太へ電話をかけていた。
「うーん。“命”さまって、何考えとるか、ようわからんとこあるしなあ」
他の人間がいるときは、互いに“君付け”で呼び合っているのだが、二人のときは呼び捨てだ。龍は、皆がいても呼び捨てでいいと言うのだが、玲香の立場もあるし、紗由を将来嫁にしたいと考えている翔太としては、“偉そうに思われたらあかん”という気遣いから、とりあえず公に呼び捨ては控えていた。
「だいたい、ずっと変だったと思わない? 誠さんと澪ちゃんが現れるまでは、機関の別宮にある、彼らが使っている水晶の波長を真似できる人を探して、盗聴…あ、電波妨害かな、しようって言ってた。紗由にそれができそうだってことになったら、紗由にやらせるって言ってたのに、何にも話が進んでないんだよ。
月に一回、皆でやると言ってた会議も、賢ちゃんたちの結婚でバタバタしてるからかなあ、結局、2回目までしかやってないしさ。それだって、澪ちゃんの病気はよくなったままだって話だけで、ほとんど終わっちゃっただろ。病気の具合は確かに心配だけどさ、澪ちゃんから情報集めるとか、いろいろできそうなのに、風馬叔父さんのアトリエのことばっかりやってて、おかしいよ」
「せやなあ。それでいきなり賢ちゃんと玲ちゃんが呼ばれるんやからなあ。わけわからんなあ」
「まあ…翔太に怒ってもしょうがないんだけどさ」
少し落ち着いて来たのか、少し気まずそうに言う龍。
「秘密で始めてたのかもしれへんな。でも、何でその辺、直接聞かんかったん?」
「…僕だけ仲間はずれだったら悔しいから」
「ガキ!」翔太が大声で笑う。
「なんだよ! 玲香ちゃんの結婚式で、わんわん泣いてた翔太に言われたくないね!」
「…ちいとばかし盛り上げただけや」痛いところを突かれ、気まずそうに下を向く翔太。
「紗由たちまで大泣きして、大変なことになってたよね」
「はたからは、カワイコちゃん3人が感動して泣いとる思うやろ。絵になるさかい、ええやん」翔太が口を尖らせる。
「翔太が玲香ちゃんのために泣くのはわかるよ。翔太が泣いてたから、紗由が泣くのもわかる。でもさあ、何で奏子ちゃんとまりりんが泣くのかな」
「まあ、あの辺になると、もらいゲロみたいなもんやないんか。俺もようわからんわ」
「玲香ちゃんのドレスにしがみついて泣いてる3人もさ、じいじが頭なでて慰めたら、あっという間に、じいじにしがみついて泣いてたよね」
「イケメンが目の前に来たら、おなごって、そないなもんや」
「賢ちゃんは賢ちゃんでさ、飛呂之さんと二人で盛り上がってたし」
「慣れない呼び方で照れるのはわかるけどなあ、ええ歳したおっさんとじいさんで、“お義父さん”“賢児くん”て、何度も呼び合われてもなあ…」思い出して、くすりと笑う翔太。
「なんか、ラブシーンみたいだったよね」
思わず笑い出す二人。
「まあ、“命”さまの考えてることは、明日になればわかるやろ。それより、あのじいさん、結婚式でちらっと見ただけやけど、あっちのほうが不気味な感じしたなあ。仮面ライダーの悪の親玉みたいだったやん」
「見た目で判断してたら、賢ちゃんなんか、マフィアの若親分になっちゃうよ」
「せやな。玲ちゃんなんか、誘拐された町娘みたいや」
笑いあう二人。
「まあ、とにかく、おばあさまが来いって言うんだから、行くことになるんだろうなあ」
「ほんじゃ、俺も空けとくわ。またな」
二人はとりあえず電話を切った。
* * *
「連絡は全部済んだよ、華織。哲也くんにも手伝いをお願いした」
「ありがとう、躍太郎さん。当分、週末は忙しくなりそうだわ」
華織はティーカップを手に取ると、テラスで壁紙のサンプルを広げている風馬と澪に目をやった。
「週末でなくても大忙しだろ。あの二人、人使いが荒いからなあ」
「あら。そんなこと言うけど、“宿”の仕事をしているときより、ずっと生き生きしてるわよ、躍太郎さんたら」華織がくすりと笑う。「賢ちゃんに会社を渡す前に戻ったみたいだわ」
「“宿”の仕事は使命、イマジカの仕事や風馬の手伝いは趣味だからな」躍太郎もにっこり笑う。
「賢ちゃんが聞いたら怒るわよ。300人の生活を背負っているのに趣味とは何事だって」
「人間の生活を背負うのは趣味の範囲でも、やりくりが付く。だが、神の生活は趣味では背負えない」
華織は、自分との生活はどちらなのかを聞いてみたかったが、結局口には出さず、「そうね」とだけ答えた。
「ちなみに、おまえとの生活は“宿命”というところかな」
穏やかに微笑む躍太郎に、華織は少し拗ねたように答える。
「あら。決まりごとだから、仕方なく、なのかしら」
「ああ。最高に幸せな決まりごとだよ。…それにしても、“石”が一堂に会するのは、随分久しぶりじゃないか」
「そうね。私が14の時だから、もう半世紀以上になるんだわ」華織は、嬉しそうに笑った後、昔を思い返して遠い目をした。
「まあ、正確には、“全部”なのかどうか、集まってみないことにはわからないわけだがな」
華織の指示で、躍太郎は西園寺家や高橋家をはじめ、関係者皆が集合するように声をかけていた。参加資格は、自分の“石”を持っていることだ。“命”の家に伝わる石、“宿”に伝わる石、個人的に“命”から買い与えられた“石”などが、それに当たる。
賢児、玲香、龍、翔太の4人は明日呼び寄せてあるので、今回躍太郎が連絡したのは、保、涼一、周子、紗由、風馬、澪、誠、飛呂之、鈴音、弦子といった親類縁者が10人、そして、四辻奏人の遺族5人だった。
「おそらく…“全部”にするために、“石”が必要な人間を呼び寄せるわ」
「なぜ最初から、その人間を呼ばないんだい?」
「皆の力の質を確認したいの」
「そんなもの、君ならすぐに読めるだろ」躍太郎が笑う。
「ごめんなさい。言い方が悪かったわ。皆の力の質を、皆に自分の目で確認してもらいたいのよ。誰がどれだけ確認できるか、それを互いに知ってもらうの」
「そうか…。これからのことを考えれば、必要なことだな」
腕組みをしながらテラスを見る躍太郎の後姿を、華織は幸せそうに見つめた。
* * *
以前、飛呂之が弦子のアトリエを訪れた時に喧嘩別れして以来、弦子は清流を訪れていなかったのだが、華織から自分にまで声が掛かったとあっては、飛呂之のところへ来ずにはいられなかった。
「兄さん、どう思う? 何で私まで呼ばれたのかしら。兄さんは跡取りとして受け継いだものがあるけど、私が持っている石なんて、香取に嫁ぐ前に父さんがくれた霰石ぐらいよ」
「ああ、別名アラゴナイトとか言うんだったな、確か」
「そうそう、それ。人間関係をスムースにするからとか言ってたけど、結局1年で別れちゃったし、あんまり役に立たなかったわよね」くすりと笑う弦子。「そんな石を“命”様にお見せして、何かの役に立つのかしら…」
「“命”様のお考えだからなあ…」
正直、飛呂之自身も弦子と同意見だったが、そう言うのも憚られ、言葉を濁した。
「それとも、“石”があったからゴタゴタに巻き込まれずに済んだってことなのかしら」
弦子は、自分が家に戻ってから、元夫やその一族に起きた様々な災厄を思い出して、深く溜め息をついた。
「…そうだな」
「当時は、玲ちゃんの面倒を見なくちゃいけなくなったから、動揺したり、落ち込んでる暇もなかったけどね」
「…おまえには、大変な時に本当に世話になったな。ありがとう」
「いやだ、私が玲ちゃんの笑顔に救われたのよ。鈴ちゃんの健気さにもね」にっこりと微笑む弦子。
「そう言ってもらえると気が楽になるよ」
「でも、すごいタイミングだったわよね、あのときは。まるで私の戻りを待って、一連のことが起きたみたいだったわ」
飛呂之は、けらけらと笑う弦子の顔をハッとして見つめた。
「な、なによ、兄さん」
「…おまえを待っていた…いや、おまえは呼び戻されたのかもしれんな」
「え?」
「いや、何でもない。…まあとにかく、霰石でも磨いて待ってろ」
飛呂之はそう言うと、まるで子供の頃のように、弦子の額を指でピンと弾いた。
* * *
澪は、風馬が作った関係者の“石”リストをじっと眺めた。
「玲香さんのは何で空欄なの? 確か清流のご主人が姉妹が結婚するときに持たせた翡翠があるんじゃなかったかしら」
「別の“石”が来るから空けておけって、母さんが」
「別のもの? でも今回持ち寄るのは、家族や親族から与えられたものでしょう。お義母さまが何か用意するのかしら」
「いつもの通り、聞いてもちゃんと教えてくれないんだ。でも、僕が受け取らないっていうことは、緊迫した危機というわけじゃないだろうから、まあいいかな」
風馬も優れた予知能力があるが、日常生活ではセーブするような仕様になっている。正確に言えば、“命”見習い中の“弐の位”である風馬は、華織から制御を受けている状態だ。
「そういえば翔太くんは何を持ってくるのかしらね。まだ天珠は持てないわけだし…」
清流に伝わる“宿”の証の数々は、“七代目”が本当に当主になるまでは翔太のものにはならない。
「翔太くんのおばあちゃんが、翔太くんのために誠さんから買った石かな」
「タイタンルチル?…でもあれは、確かおばあさまが手元に持ってるはずよ」
「ああ、そうか。1週間450円でレンタルだな」
風馬がペロッと舌を出すと、澪がくすりと笑った。
「でも私、全部に対応しきれるかしら」
澪が少し心細そうな口調で風馬を見つめると、風馬は大丈夫だよと言いながら優しく微笑んだ。
* * *
躍太郎からの電話を切った疾人は、落ち着かなげにソファーの後ろを行ったり来たりしていた。その様子を見ていた響子が声を掛けても気がつかないようだ。
「疾人さん」
響子が彼の腕を取って呼びかけると、疾人はハッとしたように響子を見つめた。
「西園寺の小父様は何て?」
「華織小母様が“命”の血筋の関係者に話がしたいんだそうだ」
「それで、あなたが呼ばれたわけね」
「いや、それが全員なんだ。僕たちと母さんと翼と奏子の5人。父さんの跡継ぎのプレ精査でもするつもりだろうか。父さんのような“命”など、出るはずはないのに」
強い口調で言う疾人に、響子は少しおどけた様子で言った。
「あらあら。ずいぶんと大げさな集まりなのねえ」
「“宿”の関係者もということのようだよ。玲香さんのご実家も呼ばれている。君が呼ばれるのは当然と言えば当然だ。あるいは、翼たちの教育に関して、母親としての君に話があるということなのかもしれないしな。…ただ、子供たちはどうなんだろう。僕も含めて、父のような力は出ていないよな…」
疾人は自分に言い聞かせるかのように、ゆっくりと響子に答えた。
「え、ええ…」
響子は言葉を濁した。確かに亡くなった奏人のような力は、翼も奏子も持ってはいない。だが、2人ともタイプは違うが“力”の片鱗は見て取れる。
響子は幼い頃から“宿”の娘として、それなりに“命”たちに接する機会があったが、“命”の血筋である疾人は、逆に他の血筋の様子を知らない。だが、ここで子供たちへの見解を否定すると、ややこしい話になるかもしれないと思い、響子は話題をさりげなく変えた。
「うち以外だと、どなたが呼ばれているの?」
「西園寺家からは保先生、涼一、周子さん、紗由ちゃん、それから風馬くんと澪さん。一条家から誠くんだ。そして清流からは、玲香さんのお父さんとお姉さんと叔母さんらしい」
「…あら、賢児くんと玲香さん、龍くんは呼ばないのかしら。それに、清流って言ったら翔太くんがいなくちゃね」
「おまえ、何気に翔太くんがお気に入りだよな」疾人がくすりと笑う。
「だって会うたびに、お花くれたりするのよ。奏子にはね、龍くんにお花の種類をリクエストしてから持ってくるんだから」
「何でそこに龍くんが出てくるんだ?」
疾人は目ざとく問いただすが、その聞き方にジェラシーの片鱗を見て取った響子は、さりげなく翔太に話を向けた。
「あ…それは、ほら、翔太くんは本当に礼儀正しくていい子なのよ。玲香さんの立場まで気を遣ってるんでしょうね。龍くんに対しては一歩引いた感じっていうか、彼の意見をものすごく尊重するわけ」
「確かに、翔太くんはあの歳で、よくあんなに気遣いができるもんだと思うよ。まるで人の気持ちが見えるみたいだ。あの子にじっと見つめられると、少し父さんを思い出す」疾人も、翔太自体への評価は響子と同じらしく、頷きながら言った。「ん、待てよ……そうなのか? 彼はもしかして…?」
「さ、さあ。私にはそこまではわからないわ。でも、翼にも奏子にも、気を遣ってもらっているわ。力がどうこうと言うより、清流の方々の性質ということじゃないのかしら。華織おば様によれば、“宿”のお役目は、ごく最近まで返上していたんでしょう?」
「ああ、そうだったな」
「そう言えば、澪さんの体調はその後どうなのかしら。遠くなっちゃったということもあるけど、結婚後はクリニックにいらしてないわよね」
「電話カウンセリングは、まだしているよ。風馬くんからも週1で観察報告をもらってるし、今のところ病状は落ち着いている。彼女、瑞樹くんの雑誌のモデルのバイトもしているようだから、時々東京には来ているよ。何かあったら、連絡が来るだろう」
「風馬さんの愛の力は、あなたの心療内科医としての腕を上回ったのね。テレビでも大人気の四辻先生の上を行くなんて、大したもんだわ」
響子がおどけたように言うと、疾人の口元が少し緩む。
「いや、僕のテレビ受けは、あくまで父さんの息子だからだよ。それに、医者としての愛より、男としての愛のほうが、上に決まってるだろ」
「それもそうね。…それにしても、何だか毎週、周子さんたちとお会いすることになるわ。真里菜ちゃんの関係で、紗由ちゃんと奏子が名古屋に呼ばれたし」
「ああ。翼が“僕もハーモニカ上手だから名古屋に行ってもいいよ”って言ってた、あれだな」思わずくすりと笑う疾人。
「翼、がっかりしてたわね。オーケストラにはハーモニカがないって教えたら」
「ピアノくらい習わせておけばよかったかな」
「…ピアノもオーケストラには入ってないわよ」
響子が苦笑いすると、疾人は悔しそうに咳払いをした。
* * *




