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その3


「きょうから、けんきゅうじょをつくります」

 紗由の突然の発表に、真里菜と奏子は驚いた。

「たんていじむしょ、やめちゃうの?」不安そうに尋ねる奏子。

「やめないよ。たんていじむしょは、だいじだからね」

「どうして、けんきゅうじょつくるの?」

 真里菜が聞くと、紗由は辺りをきょろきょろと見回した。今回は、秘密基地での秘密会議中ではなく、玄関横の太郎にエサをあげているところなので、いつもの大人たちはいない。いるのは、エサをあげるのを手伝っている和江ぐらいだ。


「とうさまがね、けんきゅうじょほしいんだって。あした、おたんじょうびだから、さゆがつくってあげるの。プレゼントだよ」

「おたんじょうびのプレゼントなんだあ。さゆちゃん、えらいねえ」奏子がニコニコ顔になる。

「さゆちゃんのとうさま、きっとよろこぶよ」真里菜も大きく頷く。

「まりりんは、セクシーけんきゅういんで、かなこちゃんは、おじょうさまけんきゅういんだよ」

「わあ、よかった。まりりん、またいっしょに、おしごとできるね」

 奏子が言うと、真里菜は手を腰に当てて言った。

「まあね。3にんは、ずっと、いっしょだもん」


「けんきゅうじょの、なまえはどうするの?」

「さいおんじりょういちけんきゅうじょ」

「とうさまのけんきゅうじょだものね。とうさまは、しょちょうさんなの?」

「ううん。しょちょうは、さゆだよ。とうさまはね“おにぎりのとくべつころん”」

「おにぎりとコロンなの? ごはんと、おかしは、いっしょにたべたら、ママにおこられるよ」真剣な表情で紗由を見つめる真里菜。

「うちもおこられる。でも、おいしそうなおしごとだねえ…」奏子が少しうらやましそうにいう。


「じいじがね、けんちゃんのかいしゃで、やってるんだって。たまぁに、かいぎしたり、いけんをいうんだよ」

「いいなあ、じいじせんせい…。かいぎのときに、おにぎりとコロンたべるんだね」さらに羨ましそうな口調になる奏子。

「じゃあ、けんきゅうは3にんでやるの?」

 真里菜が聞くと、紗由がこくんと頷いた。

「なに、けんきゅうするの?」

 奏子の問いに考え込む紗由と真里菜。


「紗由さま。玄関だとお外に秘密の会議が漏れてしまうかもしれませんよ。お部屋でなさったら、いかがですか」

 和江が声を掛けると、紗由は和江を見上げて言った。

「はい。そうします! まりりん、かなこちゃん、リビングいこう」

「うん!」

「じゃあね、かずえさん。ばいばい。たろちゃんも、ばいばい」

 紗由が和江に手を振ると、二人も同じように手を振り、リビングへと向かっていった。

「ねえ、かずえさんは、いつもおいしいおやつをつくってくれるから、おやつけんきゅういんにしようか」

 紗由の言葉に真里菜と奏子が賛成する。

「それがいいね!」


 3人の少女たちがリビングに入っていくまで、玄関先から見送っている和江の顔に、思わず笑みがこぼれた。

“でも、おにぎりの特別コロンて何かしら…?”


  *  *  *


「誕生日おめでとう、とうさま」

 今日は涼一のバースデーパーティーだ。席上では、龍が乾杯の音頭を取った。

「ありがとう…なんか照れるな、この歳でこんなふうにしてもらうなんて」

「龍と紗由がお祝いをしたいって言うから」うれしそうに微笑む周子。「それにほら、玲香さんが西園寺家に来てからの初イベントっていうのもあるし、風馬さんや澪さんも、普段静岡だから、そんなにお会いする機会がないでしょう」

「ありがとうございます」玲香と澪が続けて礼を言う。


 玲香が賢児のもとに嫁いでから、ちょうど1週間目の週末にあたる今日は、涼一の32回目の誕生日だった。

 賢児たちは仕事の都合で、披露宴後すぐには新婚旅行に出かけられなかったので、周子が気を利かせて、いつもの家での誕生パーティーよりも料理や演出に気合を入れてみたのだ。料理は高級ホテルからの取り寄せで、余興のために、あと30分ほどで出張マジシャンが到着する予定だ。

 周子の張り切り具合に家族も同調し、皆正装でダイニングに集合していた。


「ねえ、龍からのプレゼント、開けたら、涼ちゃん」華織がワクワクした様子で言う。

 急かされて包みを開けた涼一は、声を上げた。

「マネークリップ、欲しかったんだよ。ちょうど前のが壊れちゃって。ありがとうな、龍」ドルチェ&ガッバーナのシルバーのマネークリップを掲げて眺める涼一。「でも、高かっただろう?」

「ううん。この前、瑞樹おじさんの会社でモデルのアルバイトしたときのお給料で買ったから、大丈夫だよ」

 瑞樹というのは、紗由と仲良しの真里菜の父親で、賢児の大学の同級生でもある。出版社で雑誌の編集をしており、龍が務めたのは、その会社の子供雑誌のモデルだった。


「モデルの子が急な熱で倒れちゃったらしくて、ピンチヒッターだったのよ」

「大地にやらせなかったの?」

 賢児が周子に尋ねた。大地というのは真里菜の兄だ。

「ええ…瑞樹さんが言うには、大地くんはフォーマルウェア向きの顔じゃないからって…」

 周子の言葉に、一同は大地の顔を思い浮かべた。おちゃらけながら笑っていることが多く、よく言えば、ほんわかしたその容貌は、確かにカジュアルウェア向きだ。

「大地くん、可愛いけど、まあ…冠婚はともかく、葬祭向きの顔じゃないわね」

 淡々と言う華織に、思わず笑い出す一同。


「そうか。せっかくのアルバイト代なのに、ありがとうな、龍」

 涼一は龍を抱き寄せると、頭をくしゃくしゃと撫でた。それを見ていた紗由が叫ぶ。

「さゆもあるよ、プレゼント!」

「さゆもかあ。うれしいなあ」

「はい!」

 紗由は丸めた画用紙にリボンをかけたものを涼一に差し出した。

 涼一がリボンを解いて画用紙を広げると、そこには涼一の顔が描かれ、その下に“おにぎりのとくべつころん”という文字が書かれていた。

「あら。上手に描けてるわね。そっくりよ」

「紗由、昨日ずっと頑張ってたんだよね」龍が言う。

「いそがしかったよ」ふう、と溜め息をつく紗由。

「この切れ長の瞳なんて、よく特徴が出てます」玲香も感心する。


「そうか。だから昨日は忙しくて動物園行けなかったんだな。上手に描いてくれてうれしいなあ。…字もだいぶ上手になったじゃないか。…ええと、“おにぎりのとくべつころん”…?」

「あのね、さゆは、まりりんと、かなこちゃんといっしょに、さいおんじりょういちけんきゅうじょをつくったの」

「研究所?」

「とうさまが、自分の研究所を作るのが夢だって言ってたから、紗由はとうさまのために研究所を作ったんだよ」龍が説明する。

「紗由…」涙目になる涼一。

「でも、“おにぎりのとくべつころん”て何?」

 賢児が尋ねると、紗由が自信満々の様子で答えた。

「じいじと、おんなじにしてあげたの」

 紗由の答えに、皆よけいにわけがわからなくなる。


「“おにぎりのとくべつころん”は、どんなことをするの?」玲香が聞く。

「じいじはね、けんちゃんのかいしゃで、かいぎするの。いけんいうの」

「会社で会議をして、意見を言うのね」

「でも、おにぎりだから、ときどきなの」

「時々するお仕事なのね」

「…わかった! “特別顧問”だよ」

 賢児が叫ぶと、皆、首を縦に振りながら納得した。

「時々ということは…“お飾り”…とかでしょうか?」若干遠慮がちに言う玲香。

「なるほど!」保以外の人間が一斉に頷く。


「紗由、とうさまは、お飾りじゃなくて、本当に研究したいなあ」

 涼一が言うと、紗由は即座に却下した。

「けんきゅうは、さゆたちがするの」

 違う意味で涙目になっていく涼一の肩を、賢児が正面からポンポンと叩く。

「まあ特別顧問なら、好き勝手言えるから。大丈夫、大丈夫」

 賢児の言葉に、保が大きく咳払いをする。

「物の喩えだよ。…ところで、その研究所では何を研究してるわけ?」

 賢児が聞くと、紗由はじっと玲香の胸を見つめた。

「れいかちゃんの、おっぱい」

「え?」玲香が驚いて両手で胸を隠す。「あ、あの…」

「なにがはいってるか、しりたいの。まりりんも、かなこちゃんも、しりたいって。かなこちゃんは、あたまがぶつかったことがあったから、ぜったい、ましゅまろだっていうけど、さゆはね、まくらがはいってるとおもうの」

「ああ、低反発枕か」賢児がちらりと玲香を見る。


「でも、れいかちゃんのおっぱいは賢ちゃんのだから、さわれないし、けんきゅうができないの…」困った顔になる紗由。

「さ、紗由。もうちょっと、違うものを研究したらどうかしら?…ごめんなさい、玲香さん」周子が慌てて身を乗り出す。

「紗由、そっちは俺が研究しておくから、紗由は、じいじが何でモテるのかを研究しろ」

「そ、そうだな。そのほうがいいな」涼一も加勢する。

「かっこいいからだよ」やれやれと言わんばかりに涼一と賢児を見上げる紗由。

「かっこいいだけなら、兄貴だって龍だってかっこいいぞ」

「賢児さまもです」胸を押さえながら微笑む玲香。

「あの、風馬さんも…」

 澪が小声でつぶやくと、華織がちらっと躍太郎を見た。

「ここは、私も名前を言うところかしら…」


「かおだけじゃ、だめだって、まりりんがいってた。じいじは、しんしなのに、わるいおとこかもぉ、っておもわせるのが、いいんだって」

「なるほどねえ…」感心したように溜め息をつく周子。

「どうやら親父については、すでに研究済みのようだな…」

「おいおい。真里菜ちゃんは大丈夫なのか、そんなにおませで」

 保が言うと、紗由が反論する。

「おませじゃないよ! セクシーだよ!」

「…ああ、そうだったな。すまない」渋々詫びる保。


「紗由ちゃん、他にも研究テーマはあるの?」

「うん。あのね、このまえ、おやつがすくなかったの。なんでなのかをけんきゅうするの」

「日によって量が違うのかしら?」

 玲香が聞くと、龍が答えた。

「紗由がおいたすると減って、かあさまの機嫌のいい日は増えるんだ」

「それは不公平だから改善したほうがいいな。龍だけ、おやつの量を決める要因になってない」涼一が真面目な顔で異議を唱える。

「そう思うでしょう、とうさま」龍が訴えるような目で涼一を見つめる。「紗由ってば、この頃、そういう時に直接頭の中に話しかけてくるんだ。にいさまはたくさん、紗由はちょっと、って。…なんか食べててもおいしくないから、結局分けてあげるんだよ」


「うーん、それは困ったな。…周子、何とかならないのか」

「何とかって言うけど、体罰するわけにいかないし、口で何度か言っても聞かないようなら、おやつが減るくらいはしょうがないでしょう?…まあ、私の機嫌という要因は加えないようにしようと思いますけど」少し居心地悪そうに下を向く周子。

「考えてみれば、賢児と俺も、お袋から、そんなふうにされてきたしなあ…」涼一が考え込む。


「そうだわ。玲香さんの実家では、どうなの? 翔太くんは、その辺どうなのかしら」華織が玲香に尋ねる。

「ええと…翔太の場合はポイントカード制になってます」

「ポイントカード?」皆が一斉に首をかしげる。

「はい。プラスのカードとマイナスのカードがあって、鈴ちゃんたちに言われたことをちゃんと守れたら、プラスのカードに判子がもらえて、言うことが守れなかったときは、マイナスのカードに判子を押すんです。それらを相殺したポイントで賞品と交換できます。…50ポイントで岡埜堂の3色饅頭セットとか、そんな感じです」


「それ、いいわ!」周子が叫ぶ。「ポイントカード、大好きなのよ」

「おまえが貯めるわけじゃないぞ」注意する涼一。

「家族みんなで持てばいいよ。かあさまの賞品はとうさまがあげればいいし」

「じゃあ、じいじのは、さゆがあげる!」

「そ、そうか。…うん、まあ、そういうのも悪くないか」つい顔をほころばせる保。

「紗由って、こういうところ上手よね」華織が躍太郎の耳元で囁く。

「そうだな。おまえが産んだのかと思うときがあるよ、実際」無表情に答える躍太郎。


「玲香ちゃん、ありがとう。これで紗由におやつ取られなくて済むよ」ニコニコ笑う龍。

「紗由。おやつは、いい子にしてれば減らないんだぞ。今度から、ポイント貯めれば、いいものもらえるかもしれないしな。よかったな」

 賢児が言うと、紗由は「うん!」と元気に返事をした。

「そうだわ、紗由。龍に“直接”呼びかけていたようだけど、おやつの話をするのに“その力”を使ったらダメよ」

 華織に注意されると、うつむく紗由。

「だめなら、やめる」

「これで龍も、おいしくおやつを食べられるな」躍太郎が微笑む。


「3にんで、あたまのなかで、おやつのおはなしするのはいい?」

「3人? 龍とおばあさまと3にんでってことか?」涼一が聞いた。

「ううん。まりりんと、かなこちゃん」

「奏子ちゃんはともかく、何で、まりりんもなの?」賢児が確認する。

「まりりんもおはなしできるよ」

「そうなの、伯母さん?」涼一が華織を見る。

「そうねえ。父親の瑞樹さんが訓練を積んだことがあるのかしらと思ったことは、あったけど…」

「訓練?」涼一と賢児が同時に尋ねる。


「僕が説明するよ、母さん」風馬が涼一たちのほうを見た。「“命”の血筋の傍系で、能力のある人間をピックアップして教育というか、訓練させることがあるんだ。“弐の位”としてね。あとは…稀なる能力が認められれば、一般人に行うこともある。医者や製薬関係者が多いかな」

「へえ…そんなことしてるんだ」驚く賢児。

「保伯父さんや紗由が機関から指名される可能性があると言ってたのは、そういう意味だよ」

「そうか。親父以降は傍系になるんだな。それに、宿のほうは能力値にかかわらず、直系の人間が跡を継ぐが、“命”のほうは、直系だけに限っていると弾切れになるかもしれないよな」涼一が言う。

「そういうことだよ。“命”の血筋の者が嫁いだ先で能力の高い子供を産むこともあるしね」


「でも、そういうケースが多ければ多かったで、継承争いっていうのかな、そんなことも起こりそうな気がするけど」

「いいところ突いてるわ、賢ちゃん」

「能力が一般人の目につくようだったら、そんなことも起きているだろうな」躍太郎が言う。

「でも、その心配はあまり要らないんだ。“命”の能力というのは、出現した時点で周囲に同等の能力者がいなければ、短期間で消えるんだよ。僕には理由はわからないけど」

 風馬が言うと華織が微笑んだ。


「たまに、傍系の家でも一度に複数の人間に力が出てくることもあるようだけど、そういうのをチェックして調整するのも機関の仕事なわけだから、まあ、抜かりはないってところなのかしらね」

「兄貴も俺も、よっぽど力がないんだな。こんなに大勢の能力者に囲まれてるのに、誰も力を見つけてくれないし…」

「いや、皆が見逃しているだけかもしれないぞ。…ていうか、けっこうな数がいないと、能力チェックって言っても難しそうだな」涼一が言う。

「だよね。それに能力者をチェックする側も、能力者だろう? そういう役目を担う機関の人間をどうやって養成してるのかとか、今まで考えたことなかったけど…」

「そこで、訓練された傍系能力者の出番というわけさ」躍太郎が言う。


「最終的なチェックは、“命”が伊勢に呼ばれたときに分担して行うから、体制としては、先生が弟子の仕事を最終チェックするネイルサロンみたいなものよ」

 華織の言葉に周子が反応する。

「私、この前、それをやっている駅前のサロンに行ってみましたわ。正規料金の半額以下なんですよ」

「あら、そうなの? じゃあ明日帰りにでも寄ってみようかしら。ねえ、澪さん」

「はい、お義母さま!」

「さゆもいく!」両手の指を広げてひらひらさせる紗由。

「紗由はまだ早いだろう」

 涼一が言うと周子が反論する。

「今どきは、子供用のメイクセットもあるのよ」

「まりりん、もってるよ」紗由が頷く。


「はあ…また、爪ぴかにされるのか」溜め息交じりの風馬。

「爪ぴかって?」賢児が聞く。

「母さんの影響で澪が面白がって僕の爪磨くんだよ」

「そうそう。お式の時、風馬さんの爪、すごくきれいでしたわ。指がお綺麗だから、そういうオシャレは映えますよねえ」玲香が言う。

「ありがとう…」苦笑いする風馬。


「で、話戻すけど、瑞樹が“弐の位”の教育を受けたというか、訓練を受けたことがあると、伯母さんは思ったことがあるんだね」再び賢児が聞いた。

「ええ。昔のことだけど…。あなたたちが、風馬たちや瑞樹さんたちと遊んでいたとき…ほら、いつも皆で遊んでいた池があったでしょう。賢ちゃんが池に落ちるような気がしたから、慌てて庭に行ったことがあったのよ。大人なら何てことない深さだけど、賢ちゃんはまだ紗由より小さかったし。そうしたら、瑞樹さんが賢ちゃんを池から遠ざけてたの」

「天馬も僕も、母さんから“直接”言われたから、遠ざけようとしたんだよ。でも、僕たちが動く前に、それに反応するように瑞樹くんが動いたんだ」

「全然、覚えてないや…。でも、瑞樹は俺と同い年だよ」

「だから、よけいに不自然に思ったのよ。3、4歳の男の子が遊んでいたのをピタリと止めて、あなたを池から遠ざけたんだもの。まるで私の声に直接反応したみたいにね」


「瑞樹くんは、そういう家の出だっけ?」涼一が聞く。

「久我家に婿に入る前の苗字は“山階”だから、華族系の名前じゃない…よね」

「確か、旧皇族に“山階”という名前があったかと思います」玲香が言う。

「旧皇族も、そういった血筋のひとつよ。機関側に属することが多いと思うけど」華織が答える。

「じゃあ、血筋的にも、もしかすると、もしかするわけだな…」涼一が賢児を見る。

「でも、瑞樹さんのほうは、ちゃんとした訓練をされているなら、特段問題はないわよね。今、どういう形で機関と関わっているかは確認しておいたほうがいいかと思うけど。それより、真里菜ちゃんだわ。彼女も、そうだということなのかしら…」


 周子が考え込むと、紗由が言った。

「あのね、だれもみてないとおもって、かなこちゃんと、あたまのなかでおはなししてたの。そしたら、まりりんが、ふたりはおはなししてないのに、おもってることがわかってるの、なんでなのってきくの」

「それでどうしたの?」

「まりりん、ないちゃったの。まりりんも、いっしょがいいって」

「奏子ちゃん経由で響子さんに手紙を渡したときにも、そんなことがあったわよね…」困った顔になる周子。

「じゃあ、いっしょにおはなししようって、かなこちゃんがいったの。やったら、まりりんもできたの」

「すごいな、まりりん」賢児が感心する。


「だからね、さゆが、おはなしするときのきまりを、かなこちゃんとまりりんに、ちゃんとおしえてるんだよ」少し威張ったように言う紗由。

「すごいわねえ、紗由ちゃん。それで…真里菜ちゃんのママやおばあちゃまは、そのこと知ってるの?」

「なかよしのひとでも、あたまのなかにおはなししたときに、おへんじしないひとには、いっちゃだめだよって、いっておいた」

「紗由、偉いなあ。僕は紗由の歳には、まだできなかったよ、そういうの」

 龍がほめると紗由はうれしそうに顔をくしゃくしゃにした。

「やくそくやぶったら、いっしょにあそべなくなるよっていったら、ぜったいにやくそくまもるって」

「あはは。そりゃあ守るな。まりりん、紗由のこと大好きだもんなあ」笑いながら賢児が頷く。

「まりりんは、かなこちゃんもだいすきだよ。3にんはずっと、いっしょなんだよ!」

「わかったわ、紗由。その件は、後でゆっくりお話しましょう。もう少し詳しく聞きたいし…」

 華織が言うと、紗由は元気に返事をした。


「なんだか、この一年位で関係者がどんどん増えていくよなあ」

 賢児が言うと、華織が少し顔を曇らせた。

「必要だから集まるのよ」

「それは、集まった人たちを必要とするような何かが起こるということですか?」

「ええ、そういうこと」玲香に向かって、にっこり微笑む華織。

「つまりさ…あ、いや…」

 組織がらみの何かなのかと尋ねようとして、賢児が口をつぐんだ。澪がいたため、気を遣ってのことだ。


「あの…すみません。お気を遣わせてしまって」澪が一同を見回して頭を下げた。「兄が数年前から言ってました。機関の在り様を根底から覆すようなことが起きると。それには“命”と“宿”の人間が大きな役割を果たすと」

「それは、具体的な危険を伴うようなことなのかしら?」周子が、龍と紗由をちらっと目で追いながら尋ねた。

「力を持っている人間がケガをするとか、命に関わるとか、そういうことはないと思うわ」

「でも、たとえば…」

 涼一が言いかけたのを、澪が遮った。

「一般の人たちを人質に取るような行為はできません。というか、途中で遮られます。…“焔”のように」

「…あのとき…彼女が紗由ちゃんたちを捕らえていたとしても、それ以上の危害は及ばなかったということなのかしら?」


 玲香が澪に尋ねると、華織が答えた。

「…物理的に彼女の手を止めることも可能だったわね。正直言えば、龍が遠隔で彼女の思念に入って混乱させて、阻止することもできたと思うわ」

「そうしなかった理由は?」涼一が尋ねる。

「奏子ちゃんが、私たちと“直接”会話するのが、あのとき初めてだったからよ。どのレベルまで話に参加できるかまではわからなかったし、会話するメンバーが一度に増えて混乱させると、それこそ子供は、驚いてどんな行動に出るかわからないわ。紗由が一緒だったから、紗由に任せたほうが安全だと思ったのよ」

「うん。紗由は、ちゃんとできて、すごかったよ」

 龍に再び褒められて、またうれしそうな顔になる紗由。

「できないことは、させないわ。紗由はある意味、龍よりも飲み込みが早いし」


「では、能力者同士の思念の読み合いと封じ合いが、水面下というか、頭の中で行われるのが先で、力を持たない者に影響を及ぼす事態までは、さほど考えなくていいということなんでしょうか。少なくとも現時点では、非能力者に害は及ばないと」

「大雑把に言えば、そういうことだわ、玲香さん」

「でも、伯母さんたちが頭の中でやってること、俺たちにはわからないしなあ…安全だと言われても実感しにくいよな」

「異変をキャッチしたら翔太くんをお呼びなさい。きっと“ぴかぴか”の色の変化を実況中継してくれると思うわ。あなたたちにも、ある程度のことはわかるでしょう」

「面白そうだな、それ」賢児が言う。


「それに、“命”の周囲の人間を傷つけるようなやり方をすれば、すぐに同じ事をされる可能性があるわ。一族や恋人などに害が及んで、将来的に“命”の出現率を減らすようなことをしたら、そもそもの目的というか、“命”を自由にすることができなくなるし」

「“命”の血筋を絶やすような真似はしない。“命”がいなくなったら、自由にもできないってわけか」賢児が頷く。


「それに、もっと簡単に言うなら、“弐の命”には事前にわかる、災いとして感知するわけだから、そんなことを仕掛けても無駄なのよ」

「なるほどね。じゃあ、紗由のお転婆はこの先も健在で、西園寺保探偵事務所と西園寺涼一研究所も安泰ということか」

 賢児が言うと皆が笑った。


  *  *  *


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