表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/21

その21


「結局さあ、玲香の言ってた方法をとったわけだよな。“総帥をおやめにならなければ、あなたはあと3ヵ月で…”って、それ、恫喝だろ」賢児が呆れたように言う。

「“3ヵ月”で終わりだなんて、誰も言ってなくてよ。勝手に勘違いしたのは向こう」口をすぼめる華織。

「前に保くんが言ってたな。中途半端な情報しかないと、人は勝手に補完するって。華織に責任はないよ」

 躍太郎が言うと、華織は鬼の首を取ったように賢児に言った。

「だいたい、総帥なんだから、自分の部下を使って、その内容が本当かどうか精査すればよかったのよ。そんなこともできないオバカさんなんだから、自業自得だわ」


「身もふたもない言い方だな。じゃあ、そもそもどうして、そんなオバカさんが総帥になっちゃったんだよ」

「加奈子さんが成長するまでのつなぎということだろうね。オバカさんのほうが都合がいいと大隅さんは考えたんだろう」

「でも、結果として、崩壊寸前まで行ってたんだから、大隅さんが一番のオバカさんかもしれないわ」

「絶好調だね、伯母さん」賢児が苦笑する。


「…でもさ、伯母さん。俺ね、よくわからないんだよ」

「何が?」

「疾人くんは、奏人おじさんが機関に殺されたと思っていて、復讐のために機関をつぶしたいと画策していたんだよね」

「ええ、そうよ」

「その“画策”の部分が、うまくイメージできないんだ。澪さんや“焔”から機関に関する情報を得ようとしたところまではわかるんだけど、その先、どうするわけ?

 石がなくて、俺同様“力”のない疾人くんには、自分で直接何ができるわけじゃない。

 澪さんに潜入させると言っても、いわくつきの彼女が、その場に乗り込んで指示するのは実際問題としては難しいんじゃないのかな。

 思念や文書、電話等では限界があるというか、組織をまとめていく上では何かを欠いているというか、現実的じゃない作戦にしか思えないんだよね。疾人くんは子どもの頃から、兄貴も顔負けなぐらい聡明だったのに…」

「人間には、相反する気持ちが同居することがある。澪さんと“焔”がそうだったように、疾人くんの中にも、“復讐”という考えをよしとせぬ“もうひとりの疾人くん”がいたことだろう。現実的な作戦であっては都合の悪い部分もあった」


「“もうひとりの疾人くん”というのは別人格ってこと?」

「いや、そこまでとは言わない。人の考え方は時に変わるものだということだよ」

「そうね。だって、敬愛するお父さんが、必死になって守ろうとしていたものなのよ、“機関”は。

 それを崩壊させることを、本当に奏人さんが望むだろうかと、気持ちは揺れたでしょうね」

「だから、それこそ身も蓋もない言い方になってしまうが、外から見る分には、機関に嫌な思い出があるもの同士、陰口で盛り上がっていたレベルのことでしかなかったわけだ」

「いや、そこまで言ってるわけじゃないけど…」


「でもね、疾人さんが機関の解体を強く望んでいるという状況は、“命”たちに恐怖を与えたわ。いつ自分たちも、彼の側に回るかわからない。実害が及ぶという意味でも、そういう精神状態に陥るという意味でもね」

「思念を読めるということは、楽しいことばかりじゃないからね」

「その思念の波が“命”内に伝播して、“命”の側が脆弱にならないように、まだ何も起きないうちに止めなくてはならなかったの」

「…それに、私のようには、なってほしくなかったからね」

「伯父さんのようにって?……あ…」

 躍太郎の言葉の意味に気づいて、気まずそうに下を向く賢児。


「私も疾人くんと同じように考えていた時期がある。機関や“命”の制度があるから、父は死ぬはめになった。そんなもの、なくなってしまえばいいんだとね。

 だが、自分の恋人は、まさしく“命”であって、死んだ父も彼女たちに懸命に仕えて来た。自分の能力もそのために与えられたものだ。そう簡単に整理のつくものじゃない」

「伯父さん…」

「我が家の能力者は、皆、何らかの形で一度は機関と“命”の制度を恨めしく思ったわ。私も保ちゃんも、天馬も風馬もそう。澪ちゃんも、誠さんもね」

「……」


 確かにそうだ。

 彼らは、自分たちがしてきた辛い思いを、疾人やその家族にさせたくなくて、静かに努力をしてきたのだ。賢児には絶句するしかなかった。

「疾人くんが、私の実家の事情を知っていて、私に相談に来ればよかったんだがな。なかなか、うまくはいかないものでね」優しく微笑む躍太郎。「まあ、そんなことになったら、華織が説教しまくって、別の意味でノイローゼになったかもしれないけどな」

「あら、ずいぶんな言い方ね。そうなったら、なったで、自分で治せばいいじゃない。疾人ちゃん、精神科医なんだから」ぷいっと横を向く華織。

「伯母さん…それは、ちょっと」


「そんなことより、そろそろ出かけないと。玲香さんが会場で待ってるでしょう」

「そうだな。社長が遅刻じゃ、シャレにならん」

「じゃあ、行こうか」

 3人は社長室を出て、イベント会場へと向かった。


  *  *  *


 会場では、戦闘服の衣装に身を包んだ紗由が舞台中央に出てくると、客席から大きな拍手が沸き起こった。

 舞台の袖からは、悪役の子どもたちが、おもちゃの刀で紗由の扮する姫に切りかかろうとする。それを器用に避けながら、舞台をくるくると踊るように回る紗由。

 悪役の子どもたちが一通りやっつけられて、舞台上から姿を消すと、紗由はぐるりと会場を見渡した。

 そして、自分の持っていた刀を客席の右端のほうに向かって投げる紗由。


 その次の瞬間、黒の上下を着た男性がそれを受け取りながら、立ち上がった。

「今日のところは、この辺にしておこう。姫、またいずれ会おう」

 男性はそう言うと、席の傍の非常口から姿を消した。

「まてー!」

 紗由が叫びながら舞台を飛び降り、非常口のほうへ走ろうとするのを、進行係用のマイクの傍にいた高橋進が、慌てたように抑えて抱き上げる。

「姫。今日はお城へ戻りましょう。敵はまた、必ず現れます」

 高橋の言葉に、紗由はこくんと頷くと、高橋に抱っこされたまま、舞台の袖へと戻っていった。


「おい玲香、あんな演出あったか?」

「いえ…聞いてません。紗由ちゃんは舞台上の敵をやっつけたら、引っ込む手はずです」

「何で刀を投げたんだ?」

 首をかしげる二人の横で、翔太が小声で囁いた。

「カメラマンや…」

「え?」

「今逃げた黒尽くめ、名古屋のパーティーにいたカメラマンや。ぴかぴかが同じやもん…」

「森本さんだったよな。何で彼がここに…?」

「日下部さんの更迭があった後、あそこの雑誌のお仕事を辞められたって聞きましたけど」

「とにかく、紗由に話を聞こう」

 3人は慌てて舞台裏へと走った。


  *  *  *


「紗由、どうしたんだ、いったい…」

 心配そうに尋ねる賢児をよそに、紗由は持参したおやつの“うんこ”クッキーを頬張っていた。

「はい。しょうたくんのぶん」翔太にクッキーを1枚手渡す紗由。

「おお。もりもりな、うんこやなあ」

「社長、あまり叱らないであげてくださいね。子どもですもの、手順を忘れてしまうこともあります」

 高橋が言うと、賢児は今度は高橋のほうに言った。

「紗由の暴走を止めてくださって、ありがとうございます。助かりました」

「いいえ、そんなあ」高橋が嬉しそうに体をくねらせる。

「でも、あの男性も、どうしてあんな行動を取ったんだろう…」

「進子ちゃんもすごかったわ。すごいタイミングで紗由ちゃんに走り寄るんですもの」

「やあねえ、玲ちゃん。おかまは運動神経悪いって思い込んでなあい?」

「ちょっとだけ、そうかも」うふふと笑う玲香。


「なあ、紗由ちゃん。何であの人に刀投げたん?」

「わるいひとだから」

 それだけ言うと、紗由はむすっとして下を向いて黙ってしまった。

「わけ、わかんないなあ。あの人が何かしたのか?」

「へんなおまつりの、たぶらかす人だし」

“たぶらかすという言葉、やっぱり森本さんだわ”玲香が賢児のほうを見る。

「“変なお祭り”というのは、どういうことなんだ? ちゃんと説明しないとわからないぞ」

 賢児が優しく諭すが、紗由は黙ったままだ。

「…まあ、いいか。紗由、ほら、かあさまのところに行くぞ」

 賢児が言うと、紗由はむすっとしたまま立ち上がり、すたすたと歩き出した。

「進子ちゃん、どうもありがとう。お手数おかけしました。男の子の声、けっこうステキだったわ」

 玲香は高橋にぺこんと頭を下げ、賢児たちと控え室を後にした。


  *  *  *


 賢児たちが立ち去った後、大垣が息を切らせて部屋に駆け込んで来た。部屋に高橋しかいないのを確認すると、いったんドアの鍵を閉める大垣。

「さっきはありがとうございました。紗由さまたちは…?」

 大垣の問いに対して、高橋の声と口調が急に変わった。

「今、出て行ったよ。客は入場時にチェックしたんじゃなかったのか」

「すみません。途中、一度席をはずしました…」

「身重の玲香さまだっているんだ。これまで以上に気をつけないといけないだろ」

「申し訳ありません」深く頭を下げる大垣。


「あいつはまた紗由さまのところに現れると言った。紗由さまが“わるいひと”だと断言した以上、あの時の彼の言葉を鵜呑みにしている場合ではないな」

「紗由さまが、そんなことを…」

「おまけに紗由さまは、彼の正体に気づいているようだ。華織さまたちに、すぐに報告しておいてくれ」

「承知いたしました」

 高橋はそれだけ言うと控え室から出て行き、通りかかった塩谷に、いつもの口調で声をかけた。


「しーおちゃん。ねえねえ、どうだったあ。姫のキャラ、イケてるでしょう」

「うん。すごいカッコイイよ。変なおかまが作ったとは、とても思えない」

「もう。いじわるばっかり言うとね、加奈ちゃんに言いつけるからねっ!」

「そうやってさあ、人の一番弱いところに切り込んでいくのやめてよ。キッツイおかまは嫌われるよ」苦々しそうに言う塩谷。

「あーら、そんなこと言われたって、それがアタシの本領なんですものぉ」

 高橋は、けらけらと笑いながら、そう言うと、控え室から出てきて横を通り過ぎていく大垣に向かい、丁寧に会釈をした。


  *  *  *


肆ノ巻 終 続いて 番外編 二人の「しょうた」へ その後、伍ノ巻に続きます


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ