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その20


「うーん。どうしようか…」紗由が腕組みをして呟く。

「いりぐちに、おっきいテレビがおかれてるねえ…」困った顔で見上げる真理奈。

「おもたくて、どかせないね。はいれないよねえ」溜め息をつく奏子。

「せっかく賢ちゃんのへやにはいれたのにねえ…」ため息をつく紗由。

「龍くんをよんだら、どうかな。きっと、龍くんなら、なんとかしてくれるとおもう」奏子が言う。

「だめだよ。にいさまは、いつもオイタしちゃいけないって、さゆのこと、しかるんだよ。こんなのバレたら、たいへんだよ」

「うーん…」

 3人は腕組みをして考えた。


  *  *  *


 疾人の一件が解決を見た後、西園寺家のお茶会は、西園寺保探偵事務所の秘密会議だけではなく、子どもたちへの“命”教育の場としても使われることになった。

 まずは子どもたちが興味を持ちやすい部分からということで、最初の講義は“石”を使ったものになり、誠と澪が講師を務め、龍がアシスタントをしていた。

 中央のテーブルには、華織が預かっていた、四辻家や一条家の宝石類が並べられ、もうひとつのテーブルには、それらにそっくりの石が置かれている。


「こっちのテーブルのは、偽物ってことなの?」玲香が驚いて龍を見る。

「そう。トラベルジュエリーっていうの、あるでしょ。あんな感じだよ」

「トラベルジュエリーって何や?」

「旅行に行くときに高価な宝石を持ち歩くのは危ないから、値段が安い人工宝石を持っていく場合があるのよ」

「ふーん。俺のワインみたいなもんか」

 翔太の言葉に、玲香は以前、翔太が飲んでいたロゼワインそっくりのソフトドリンクを思い出した。

「偽物っていえば偽物なんだけど、能力値の高いものはたくさんあるんだ。疾人おじ様の石なんて、すごくよく出来てるよ」龍が言う。

「あれは、ぴかぴかもきれいやしな。安いんなら、プレゼントあれでもええのんちゃうかって、思ってしまうわなあ」

「ダメだよ、翔太。紗由はそういうの見抜くの得意だよ」

「うへー。やっぱりきばって、清流を繁盛させなあかんなあ」ため息交じりの翔太。


「玲香さん、紗由たち見なかった?」涼一が玲香の後ろから声を掛けた。

「さっき、そこのソファーで…あれ?」代わりに答えた龍が、きょろきょろと辺りを探す。

「そういや、賢ちゃんもおらんな。賢ちゃんの部屋にテレビ見に行ったんかな」

「賢児さまなら、さっき書斎に行かれました」

「そうか。ありがとう。じゃあ賢児に聞いてみるよ」

 涼一は賢児に内線で連絡することにした。


「賢児、紗由たち知らないか?」

 母屋のリビングから離れの書斎に戻った賢児のところに、涼一から内線がかかってきた。

「いや、こっちには来てないと思うけど、ちょっと待って、下を見てくる」

「ああ、すまないな。さっきから見当たらないんだよ」


 賢児が二階から降りてリビングへ行くと、そこには難しい顔で腕組みをしながら、最近購入した大型テレビを見上げている紗由たちの姿があった。

「紗由、何してるの?」

「うわあ!」驚いて飛び上がる紗由。

「さゆちゃん、みつかっちゃったよ」

「にげようよ!」真理奈がくるりと後ろを向く。

「だーめ。3人とも、どうやって入ったんだ? 兄貴が心配して電話よこしたぞ。はい、奏子ちゃん、答えて」


「…ひみつきちの、ちょうさにきたんです」奏子が言う。

「賢ちゃん。このテレビどけて。じゃまではいれないよ!」怒ったように言う紗由。

「この後ろの壁に何かあるのか…?」

「はやくしないと、さゆたち、かえっちゃうよ!」

「帰っちゃえば?」

「だめだよ、そんなの。ちょうさにきたんだからね!」

「おまえ、言ってることがメチャクチャだぞ。でも、何かあるんだな、ここに。…ちょっと待って。兄貴に電話してからね」

 賢児が目の前の受話器を取り上げると、紗由がそれを奪って叫んだ。

「とうさま。さゆたちね、賢ちゃんにさらわれただけだから、しんぱいしないでね!」


「…おい」

「はやく、どけて」

「はいはい」

 賢児が渋々テレビを横にずらすと、紗由は壁紙の模様を丁寧に点検し始めた。少し立体的なリバティープリントの壁紙は、クラシックで上品な雰囲気をかもし出している。

「ここ。おはなのまんなかにボタンがあるよ」

 紗由の示す場所を賢児が押すと、すぐ横の壁が静かに上にスライドし始めた。

「これは…」

 賢児は3人に外で待つように言うと、その中へと歩を進めた。


  *  *  *


「やっぱり、うちは忍者屋敷だな…」賢児がため息をつく。

「びっくりですねえ。まさか、自分たちの住まいにこんな場所があるとは思いませんでした」玲香が部屋をぐるりと見回した。

「しかも、こんなものまであったとはな…」

 賢児は封筒から、鍵の掛かった1冊のダイアリーを取り出した。

「賢児さま。中身を点検する前に、華織伯母様に報告しなくていいんですか?」


「知らないだろうから教えるという意味の報告なら不要だよ。たぶん、伯母さんと伯父さんが置いたものだろう。元々、この離れは彼らの住居だったわけだしな」

「それはそうですけど、黙って見てしまっていいんでしょうか」

「大事なものを、子どもたちに見つかるような場所に置いておくほうが悪くてよ、玲香さん」華織の口調を真似る賢児。

「ん、もう。賢児さまったら」ふき出す玲香。「でも紗由ちゃんたち、よく見つけましたね」

「最初に見つけたのは、ここじゃなくて、親父の書斎の奥の部屋のほうらしいよ。机の下にボタンがあるって言ってた。子供って机の下とか好きだしな」


「こちらのリビングからつながる通路階段、その奥にこの部屋、また通路があってそこを出ると、お義父様のお部屋。オブジェだと思っていた中庭のあれが、通路の一部だとは思いませんでした。よく出来てるというべきか…」

「紗由たちは、入り口の通路部分までしかたどり着いてないから、この真ん中にある部屋は気づいてない。まあ、気づいたとしても、こんな高い場所にある棚じゃあ、このダイアリーまでは探せなかっただろうけど」

「甘いですよ、賢児さま。中国雑技団みたいに縦に重なったら、十分届きます」

「…否定できないな」


「ところで、このダイアリーの鍵はどこに…」

「玲香なら、どこに隠す?」

「そうですね…木を隠すなら森の中。キーを隠すならキーホルダー、でしょうか」

「キーホルダー? 伯母さんが他の鍵と一緒に持ってるってこと?」

「たぶん、お義父さまもお持ちですよね。あのお部屋は元からお義父さまの書斎ですし」

「うん…でも、昨日親父の車使うのに、鍵借りに行ったとき、目の前ではずして渡されたんだけどさ、鍵は6つだったから、おそらく、母屋の玄関、書斎、金庫、議員会館の部屋、事務所、車ってことだろうな。余分なものは持ってなかったと思う」

「うーん。それらの鍵では…。少なくとも、金庫や議員会館、車の鍵には細工しようがないですよね」


「あ。あのさ、鍵を細工するんじゃなくて、共通の鍵で開くように、ダイアリーの鍵を作ったっていうのはどう?」

「ああ、それなら、ありですね。でも、お義父さまのキーホルダー、調べようが…」

「昨日借りた鍵、まだ返してないんだよ。親父は帰宅するとキーホルダーを机の脇に掛ける。紗由がさっき親父を呼び出してたから、今はたぶんリビングだよな。

 鍵を返すと言えば、おまえがキーホルダーにつけて置けと言う…かも?」少々自信のなさそうな賢児。

「わかりました。お義父さまがしばらく戻らないように、私が引き止めておきますから」

 二人の作戦は速やかに決行されることとなった。


  *  *  *


「うまく行ったな」ニヤリと笑う賢児。「鍵の鍵山部分じゃなくて、頭のほうで開けるって気がついた玲香のお手柄だ」


 作戦通り、賢児が保の書斎に入り、ダイアリーをすべての鍵で開けてみようとしたが、どの鍵も役には立たなかった。

 いったん自分たちの離れに戻った二人だったが、ダイアリーをあれやこれやと弄り回していた玲香が、鍵穴の大きいことに気づき、離れの鍵の反対側で開けてみようと言い出したのだ。玲香の予想通り、ダイアリーの鍵は開いた。

 そのダイアリーには、ここ2年ほどの日付と共に、出来事が記されていた。だが、紙の黄ばみ具合と、ペンのインクの色具合からして、書かれたのはかなり昔のようだった。

「伯母さんの字だ…」


「“8月8日。私は奏人くんに辛い話をしに行った”…賢児さま、これって奏人先生の墜落事故のことです」最初のページを読む玲香。

「次の年の3月13日、どうなってる?」

 賢児に言われ、玲香がページをめくる。

「“今日は私の可愛い甥が、お嫁さんになる人と初めて会う日だ”私の面接のことが書かれてます」

「まるで預言書だな」

「でも…伯母様は凶事を受け取るだけという話では。ここに書かれているのは、少なくとも最初の10ページほどを読む限りでも、吉凶取り混ぜた内容です」

 玲香に言われ、自分でページを繰る賢児。


「“命”に就いている間は凶事しか受け取らなかったはずだから、“命”を退いた後、書かれたんだろうか」

「でも、お辞めになった後に、ここまで受け取る力が残っているんでしょうか」

「そうだな…ちょっと時間がかかるかもしれないが、一つ一つ検証したほうがよさそうだ。玲香は体に障るといけないから、休んでてくれ」

「いいえ、賢児さま。私も一緒に…この子達も一緒に確認します」

 玲香は自分のお腹をなでると微笑んだ。


  *  *  *


「玲香、大丈夫か。一度にいろんなことが入ってきて疲れただろう。今日はもう休もう」

「いいえ、大丈夫です。うちのこと、やっと知ることができて、長年の胸の仕えが取れた気がします」

「玲香…」

「考えてみれば、花菱草のもうひとつの花言葉が“和解”。翔太を心配してカードを送ったとき、父や私たちにカードが送られてきた時に気づくべきでした」

 玲香は静かに微笑むと、ダイアリーをじっと見つめた。

 ダイアリーの最後のほうには、ここでダイアリーを読む賢児と玲香のことが描かれていた。

 そして、二人が知った新事実は、玲香の母に関する一連の事柄だった。


 玲香が生後半年のある日、自分とはもう関わりを持たないようにという置手紙をして飛呂之の元を突然去った玲香の母、弥生は、元々は“命”の血筋であった。

 だが、彼女の父親が亡くなってからは、姉妹で機関の執行部の一人、当時は本名を伏せて森本と名乗っていた大隅の、養女として育てられていた。

 機関の当時の総帥は弥生を娶ろうとしたものの、弥生は清流旅館の息子、飛呂之と恋に落ち、二人は駆け落ちまでして、その思いを果たした。

 結局、総帥は彼女を諦め、大隅からも許しを得た二人は、清流旅館で結婚生活を開始する。長女の鈴音も生まれ、幸せな生活を送っていた二人だったが、次女玲香が生まれてまもなく、事態は一変した。


 と言っても、その変化について、飛呂之は知らされることなく過ごすはめになる。

 当時、“弐の命”をしていた弥生の母親が、“弥生の3人目の子どもの父親が機関を滅ぼす”と予言をしたのだ。

 通常、このような凶事は、予言をした“弐の命”が、それを回避すべく天と交流し、事なきをえるのだが、弥生の母は、天が交流を拒んでいると言い出し、大隅は考えたあげく、“弥生の3人目の子どもの父親”になるであろう飛呂之を、弥生と引き離すことにしたのだ。

 玲香を産んだばかりの弥生は、もちろん、それを受け入れるはずもなかったが、自分の母と、当時、総帥の愛人となり、半年後には出産予定だった妹を盾に取られ、清流に災いが及ぶことになってもいいのかと言われては、どうしようもなく、涙を飲んで清流を離れる決意をした。


 義父の大隅がそのような恐喝まがいのことを言ってきたこともショックではあったが、弥生は彼の機関に対する忠誠心を間近で見ていて、その姿勢にぶれがないことを、誰よりも承知していた。

 それならば、大隅が、自分の母や妹、清流の家族たちに危害を与えないよう、彼女自身が大隅の傍で見張ろうと考えた弥生は、再び大隅の元で暮らし始めた。

 だが大隅も彼女の考えなどお見通しだったのか、母や妹たちと接触することを禁じ、弥生は大切な人たちをただ遠くから見守るだけの生活を余儀なくされた。


 月日は流れ、妹が産んだ娘の澪が、義理の姉に火傷を負わされるという悲劇が起き、その自体にショックを受けた総帥は退任、大隅も職を辞し、澪は一条家に引き取られた。

 やっと解放された弥生ではあったが、清流の周囲に足を運んでみると、当時、鈴音の結婚話が進んでいたところで、自分のような母親が出てきては、迷惑をかけるかもしれない。

 また、飛呂之や鈴音や玲香に何と言えばいいのかと思うと、結局、清流には戻れずにいた。

 だが、鈴音のために何かを贈りたいと考えた弥生は、自分がデザインした着物を、飛呂之の妹、弦子のところへ送り届けた。

 贈り主を察した弦子は、自分が作ったと周囲には言い、鈴音に着物を贈った。玲香の二次会用のドレスも、同様の経緯で弥生が作ったものだった。


 そして、次の総帥の後見役であった奏人が不穏な死を遂げた後、清流に何か災いが及ばないようにと、自分の取れる手立てを考えた。

 清流はお役御免の宿とはいえ、かなり地位の高い宿だったし、まだ宿の証である品々をすべて返してはいない。今後、機関内の統率が乱れたときに、内紛の火の粉が降りかかることは十分に予想できる。

 そう思い、飛呂之たちが留守にしている間に、それらを盗みに入ったのだが、目的のものは探し出せずに終わってしまった。

 清流に、おめでとうのメッセージ、翔太の危険に関すること、加奈子の正体についてのヒントを記した花菱草の絵葉書を送ったのも弥生だった。


「花菱草の絵葉書は、許しを乞う気持ちの現れだったんですね、きっと。

 もちろん、今になって事情を説明されても、当時、本当のことを知らされずにいた父の傷が癒えるとは思えませんし、私の母親代わりになって育ててくれた弦子叔母さんや鈴ちゃんの苦労を思うと、私もすっきりとすべてを受け入れられるわけではないんですけど…」

「じゃあ、お母さんを赦せない?」

「でも、この子たちが、おばあちゃんに会うと喜ぶんです。きっと、清流の人間すべてを守るために、自分を犠牲にしたこと、この子たちはわかってて、感謝しているんだと思います。

 私も母の立場だったら、この子たちや賢児さまを守るためなら、同じ選択をしたと思います。このこと…父さんや鈴ちゃんに、話してもいいでしょうか」

「もちろんだよ」

 賢児は玲香をそっと抱きしめた。


  *  *  *


「じゃあ、紗由ちゃんが言っていた、4人の花嫁の4人目っていうのは、お母さん!?」

「そういうことのようだな」驚く玲香に向かって賢児が頷く。

「正直、お母さんに関しては、昔とイメージが違い過ぎて、何かよくわからないんだけど、でもね、父さんの嬉しそうな顔見たら、子どもの頃に抱いていた“お母さんは自分を捨てた”という思いが、どこかへ行っちゃったわ」鈴音が言う。

「そうよね。お母さんのバングル、お父さんがずっと持ってたってことは、なんだかんだ言って、そういうことなのよね」

「お母さんも同じように父さんのバングルを持ってくるし、何かこう、玲ちゃんや私の入る隙がないっていうか…」

「きっとな、じっちゃんと弥生ちゃんは、これから25年を取り戻すっちゅうことなんや」わかったような口を利く翔太。


「翔太ってば、弥生ちゃんて呼んでるの?」

「そりゃ、そうや。片方が奈美ちゃんで、もう片方、ばっちゃんにしたら悪いやろ」

「まあ確かにお母さん、“ばっちゃん”ていう感じじゃあないわよね」鈴音が頷いた。

「それに、まりりんちゃんのオシャレの先生なんやで。そないな呼び方したら、まりりんちゃんから蹴り入るわ」

 弟子の充が真里菜からキックされている場面を思い出し、首を小刻みに振る翔太。


「それにしても父さん、機関の総帥に嫁ぐはずの女を横取りするなんて…よく生きていられたわよね」

「将来生まれてくる翔太の能力が必要だったから、父さんを始末するわけにはいかなかったってことらしいけど」

「俺のおかげ?」ニヤリと笑う翔太。

「だからって、回るお寿司には行きませんからね」鈴音が釘を刺す。

「ええもん。弥生ちゃんと行くもん」

「お母さん、翔太を甘やかしそうよねえ。奈美ちゃんといい勝負」

 玲香が鈴音を見ると、鈴音がキリッとした口調で言った。

「翔太のほうは奈美ちゃんだけで十分。弥生ちゃんは、その子たちが担当して」

「はあい」

 玲香が気のない返事をすると、鈴音は笑いながら玲香のお腹を撫でた。


  *  *  *


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