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19/21

その19


 儀式が終わった後、疾人は華織と誠に招き入れられた神殿にいた。

「あなたに、機関がお父様を殺したと伝えたのは、この方でしょう?」

 華織が一枚の写真を見せると、疾人はうなづいた。

「機関の人間だと言っていました。カメラマンをしながら、いろいろと事件のことを調べて回った結果がそうだったと。父に世話になったので、事実を隠しておくのは耐えられないと言ってました…」


「この人は、大隅さんの元部下。彼よりももっと前総帥に傾倒していて、加奈子さんを誰よりも新総帥にしたがっていた人物よ。

 あなたをうまく使えば、現総帥を早く退かせられると思ったのでしょうね」

「疾人さん。その話を聞いたとき、どうして僕に一言聞いてくださらなかったんですか。

 華織さんが“命”だということは、ご存じなかったかもしれないけれど、僕に確認することだってできたでしょう」

 今までの思いがこみ上げて来たのか、誠が疾人を詰問すると、疾人は静かに答えた。


「父が死んだ後、抜け殻だった僕に、やっと生きる目的ができたんです…」

「お父様を殺した機関など潰してしまえと?」

 華織の問いに口をつぐむ疾人。

「それを、そんな生き方を、奏人先生が喜んだと思われますか?」厳しい口調の誠。

「悲しむでしょうね、奏人さんなら。自分のために息子が道を踏み外したら、とても耐えられないわ。…経験者は語るってところかしら」華織が寂しそうに笑う。


「疾人さん。僕だって聖人君子じゃないし、あなたを一方的に責める資格はないのかもしれない。奏子ちゃんをずっと騙していましたし、先生のふりをして、石を通じて話をしてたんですから」自分を落ち着かせようと、少しゆっくりと話す誠。

「それは、奏子から僕の思念を読み取るためですか」


「治療後の澪を迎えに来た時に、偶然、裏庭で奏子ちゃんを見かけたんです。

 空き缶からこっそりとブレスレットと羽龍を取り出して、それを大切そうに撫でていました。“おじいちゃま”と話しかけながらね。

 つい、出来心で、先生の真似をして呼びかけに答えたんです。奏子ちゃんは最初びっくりしていましたが、とてもうれしそうで…。

 後日、澪を通じて、あなたの様子がおかしいことを知り、僕はその会話システムを利用しました。

 でもね、だんだん相手に同化していくんですよ。奏人先生をコピーして演じているうちに、僕も奏子ちゃんが、本当に血を分けた相手のように愛おしく思えてきたんです」


「本当にそっくりなんですもの。最初に聞いたときはドキドキしたわ。低い声で“人でなしだね、そんなことをするのは”って言ったときの誠さん。奏子ちゃんも、その言葉を使ったと聞いた時は、何だか切なくなったわ」

「奏子ちゃんが自分に似てくるような気がして、何だか自分を相手にコピーしてるようで、少々怖くなったこともあり、最近は風馬さんたちに役割分担してもらってましたけどね」


「自分がコピーした相手の中身を誰かに見せること。それに影響される人がいるならば、自分の力を相手にコピーしていると同じね。相手がどんどん自分に同化してくる。自分の偽物を大量生産もできるかもしれないわね」

「僕は、そんな…」両手を体の前で振る誠。

「誠さんの話をしているわけじゃないわ。あえて言うなら、疾人さんの話よ」

「おば様。僕は父の遺書にもあったように、その種の力は持ち合わせていませんよ」


「そうね、あの遺書、よくできてたわ」

「偽造したとでもおっしゃるんですか。父のような達筆は真似できませんよ、僕には」

「偽造じゃないわ。細工よ」微笑む華織。

「ですから僕は、そんなことは…」

「誰もあなたがなさったなんて言ってなくてよ」

「え?」

「したのは、あなたのお父様」

「父が何をしたって言うんですか!」珍しく語気を強める疾人。


「ほら…あなたの弱点はそこね、疾人さん。お父様を溺愛し過ぎている」

「子が親を慕うのは当たり前でしょう」

「ええ、その通りだわ。でも、度を過ぎて、あなたは状況を見誤ったんだわ」

「状況?」

「総帥の面倒を見ていた奏人さんがお亡くなりになってから、機関はどうしようもなかった。でもね、“命”を殺めようとするほどにはバカじゃないのよ。

 あなたは機関に対抗してお父様のかたきを取るために、奏子ちゃんを紗由に近づけて、間接的に私に近づけることで、力をコピーさせようと思ったのでしょう」

「そんなこと…」


「確かに以前の奏子ちゃんには、コピー力があった。でも、石の影響で減少していたのよ。

 言ったでしょう。幼い子どもの頃には不安定なんだって。

 でもね、幼くても、奏子ちゃんは紗由の不利益になるようなことはしなかったの。たとえパパの言うことであってもね。なぜなら、ブレスレットを通じて話をしたおじいちゃまは、そんなことをしてはいけないと言ったから。…そうでしょう、誠さん?」

「ええ、そうです。可愛い孫に親友を裏切るような真似はさせられません」


「おまけに、紗由は奏子ちゃんより、コピー能力も思念を読む力も高かった。

 奏子ちゃんが、あなたの頭から読んだ話を、紗由はきれいに写し取って、私に見せてくれたわ」

「でも、ハラハラものでしたよね。疾人さん自体、まったく力がないわけではない。石をきちんと使えば、奏人先生ほどではなくても“命”にはなれた可能性が高い」

「じゃあ、なぜ父は石の使い方を僕に教えなかったんですか。石の管理だって響子にさせていた」

「ご自分が亡くなったときに、あなたが暴走しそうだと判断したからよ。

 だから、穏やかで心優しい奏子ちゃんに力を与え、それを翼くんに守らせ、その様子を見たあなたに、考えを改めてほしいと奏人さんは考えたの」


「“弐の命”である伯母さまが、父の生命の危険を予言したということですか?」

「ええ、そうよ。あくまで、“命”としてではなく、友人としてね。占いの結果が悪かったと言って。

 奏人さんは私が“命”だとご存知だったから、いろいろと考えたようね。私の言うとおりにしていれば、命だけは助かっていたこともわかっていたはず。

 でも、孫たちが“命”になる前に、あなたのことを何とかしておかないと、たとえ自分が命だけ助かったところで、何も対処できなくなる。彼は、自分が亡くなった後のために、ほうぼうに手を尽くしたのね」

「じゃあ、父さんは僕のせいで死んだというんですか」

「いいえ。あえて言うなら、あなたたちの幸せのため。大切な息子が道を踏み外さぬように、命をかけて願ったのよ。

 そして、奏子ちゃんが、あのブレスレットの継承者でいる限り、奏人さんの創った“掟”は守られるわ」


 しばらくうつむいたままの疾人に、畳み掛けるように誠が口を開く。

「そしてバザールのとき、あなたは遺言書のとおり、石を一度手放した。それにバザールを利用してね。

 でも、澪は売られていた品々をチェックし、ブレスレットを抜き取って、奏子ちゃんに戻した。残りを涼一さんが買ったということです。澪の足したものも含めてね」

「澪ちゃんは、どうして僕が石を手放すことをわかったんですか。僕が親父の遺言を見せたのは、伯母様にだけ、うちを訪れたあの時だけだ」

「澪ちゃんが、カウンセリングを受けながら、あなたの記憶をたどったからよ」

「え…?」驚いて華織を見つめる疾人。


「必要に応じて、澪はあなたの記憶を封じもしました。だから、あなたはうまく行かない方法を何度も繰り返していた。なかなか先に話が進まないのは当然ですよ」誠が言う。

「なぜ…? 澪ちゃん、いや、“焔”は僕の味方だったはずだ」

「“焔”は、誰よりも澪ちゃんの味方よ。

 そりゃあ、澪ちゃんだって、機関という存在のため、その権力に集う人たちのため、辛い思いをしてきたわ。だからこそ、“焔”という存在が生まれてきた。

 でもね、“焔”自身を利用するようなこと、“焔”は許さなかった」


「もちろん澪の中には、彼女に傷を負わせた姉や、実の父に対する負の気持ちはあったでしょう。でもそれが、相手をずたずたにするような復讐であったなら、“焔”など生み出さずに、僕の力を使ったはずです。

 それをしなかったのは、自分の気持ちを代弁する“焔”の存在によって、自分を少しずつ客観的な位置に置いて、そこから抜け出したいと心の底で思ったからだと僕は思います」


「そもそもね、あなた女心をわかってないわ、疾人さん。

 澪ちゃんは風馬のことが好きで好きでたまらないのよ。そんな澪ちゃんの分身である“焔”が、西園寺家に害を及ぼすような、ほんの少しでも風馬に危害を及ぼす可能性がある作戦なんて、加担するはずないでしょう?

 でも彼女は、あなたの記憶を中途半端にしか封じられず、振り出しに戻るのを何度も経験し、手詰まりになってしまったから、思念を通じて“命”たちに、危険な企みがあることを訴えて来た」


「そうか…それがおば様に届き、“焔”は僕がしようとしていたことを、逆にやってのけた。いや、今も続いてたんだな。

 そして最後は、奏子が紗由ちゃんに思念を読まれて、結果的に僕の計画を阻止したということなんですね…」

「それだけじゃないわ。あなたを一番愛している人間が、あなたの計画を阻止するために、最初に“焔”に情報提供していたのよ」

「まさか響子が…?」

「そうよ。それがわかるうちは、まだ大丈夫そうね」


「響子さんは、先生が亡くなられた後、あなたがうつ状態から一転して生き生きとし始めたことに、疑問を抱いていた。しかも、翼くんと奏子ちゃんには“力”の兆候もかなり見えて来ている。いろんな意味で彼女は不安になってたんだわ」

「大隅さんの別荘のお披露目に、響子さんが花のセッティングをしに行ったのが、運命のいたずらだったんでしょうね。そこで会ったマダム花津がしていたバングルが目に留まった」

「風馬と澪ちゃんがおそろいでしていたバングルと、元が同じ石だったから、響子さんは知り合いがしている物に似ていると声を掛けたんだそうよ。誰かとペアなのかとも聞いた。

 最初、マダム花津はそれには答えず、響子さんの手がけた花を話題にしたの。その時の花は、四角いプラスチックに少しずつ入っている花々で、壁全体に模様のようになっていたものだったそうだわ」


「同じ、創作に関わる人間として、マダム花津は、この構想をどこから得たのか聞きました。

 それは、知り合いの少年からもらった、パウチされた押し花だと響子さんは答え、その少年の話、つまり翔太くんの話をしているうちに、マダム花津の様子が変わって、ぽろぽろと涙を流し始めたんだそうです」

「なぜ、そんな…?」

「彼女は清流の関係者なの。ある意味、あなた以上に機関に対して複雑な感情を抱いて四半世紀人生を送ってきた人間。もし彼女が機関を壊したいと本気で願ったなら、私は加担したかもしれない…」険しい顔になる華織。

「華織さん。疾人さんの前でそのようなことは…」誠がたしなめる。


「ああ、そうね、ごめんなさい。…それでパーティーの後、個人的に交流を持った二人は、互いの共通点に気づいたの。“命”と“宿”の関係者であることにね。そこから、響子さんとマダム花津、そして大隅さんとの交流が始まった」

「大隅さんというのは、名古屋のパーティーの?」疾人が尋ねる。

「ええ、そう。あなたは直接お会いしたことがなかったかしら。マダム花津の養父。賢ちゃんの会社の出資者でもあるわ」

「響子さんとマダム花津は、最初はおそらく、お互いの身の上相談をする友人といったところだったのでしょう。

 でも、マダム花津が機関で起きた悲しい事件…これは澪のことです。それと機関が奏人先生の死と関係があるのではという悪い噂や、機関内の反乱分子の話をしたとき、響子さんはあなたと澪のことかもしれないと思ったんです」


「だから響子さんは、必死であなたを見ていたのね。あなたが何かをもくろんでいて、それには奏子ちゃんが巻き込まれようとしていることに、あなたが奏子ちゃんの力を利用しようとしていることに気づいた」

「でも、奏子ちゃんの力がまだ確定的なものでないことは、宿の娘である響子さんにはわかっていた。おそらく“石”がなければ、その力を他人が使いこなすことはできないだろうと考えた」

「だからまず、あなたの石を偽物にすり替えて、本物をマダム花津に預けたのよ」

「偽物?」驚く疾人。

「夫婦って考えが似てくるのかしら。あなたも石をすり替えたのよね。機関を解体したいのに、私が石で儀式を敢行して、後継者が現れちゃったら、元も子もないもの」


「偽物の石が混ざっていましたので、結界はすぐには解けませんでした」やれやれという顔の誠。

「でも、それならなぜ、彼女のことがわかったんですか」

「すぐにはと言ったでしょう。大隅さんにしたら、あなたの石は何かの時に使えると踏んでいたらしいのだけど、考えを改めていただいたのよ。

 それで、マダム花津が本物の石を持ってきてくれました」

 淡々と言う華織に、誠は内心、敵でなくてよかったと胸をなでおろした。


「彼女が持って来た石は、龍が持っていたの。

 でも、龍の石は調子が悪くて使えないと言ったら、優しい奏子ちゃんは、自分の石を使ってと、奏人さんが奏子ちゃんに託した石のひとつを龍にわたしました。その石はさっき、誠さんから翼くんに渡ったものです。“命”の証としてね」

「龍くんは、奏子ちゃんにもらった石をはめ込む振りをして、実はあなたの石をはめこみ、結界は解かれました」

「龍の石は、先にはめこんであったの。嘘ついて悪いことしちゃったわ、奏子ちゃんには…」反省気味に言う華織。


「でも、響子の指輪が…」

「ああ、そうそう。あなたは念のため、響子さんの指輪もすりかえておいたのよね」

「ええ…」渋々認める疾人。

「でもね、あなたの思念の流れを読んだ翼くんが、あなたが“いけないこと”をしないようにと、先に指輪をすりかえちゃったの。宝石は響子さんの宝石箱に沢山あったでしょうから。

 でも指輪は守らなくちゃいけない。それで大好きな真里菜ちゃんにあげました」

「それを大切に持っていたので、真里菜ちゃんも力の影響を受けて、あの3人娘は頭の中で会話ができるようになったんですよ」


「でも、石に関する能力は、龍がものすごく高いのよ。私のほうでかなり力に制限を加えているにもかかわらず、大好きな奏子ちゃんのことを見ているうちに、関連して真里菜ちゃんの状態にもいろいろ気づいて、真里菜ちゃんが何か重要な石を持っているんじゃないかと思ったのね。愛の力って偉大だわ…」

「華織さん」誠が小さく咳払いする。

「…ごめんなさい。それで、響子さんの指輪なんだけど、澪ちゃんが真里菜ちゃんにお願いして貸してもらったのよ。風馬との初めてのデート一周年記念日のおしゃれに、どうしてもそのステキな指輪をしてみたいからって」

「真里菜ちゃんは、おしゃれに努力する子が大好きですからね。1日だけ貸してくれました。そしてその指輪も、事前にあの置物の龍にはめ込んでおきました」

「そうですか…」疾人は笑い出した。「僕は皆さんの掌で踊らされていたというわけですね。参ったなあ」


「そうでもないわ、疾人さん。私も騙されそうになったわ、遺言に関しては」

「遺言?」

「今さら、とぼけなくてもよろしくてよ。あなた、遠山加奈子さんの名前、わかってたんでしょう?」

「……」

「遺言に、石が戻って来たら、その人にすべてを委ねろとあった以上、遺言を私に見せないわけにはいかない。でも、ポストカードを見せろとまで書かれていたわけではないから、積極的に見せる必要はないという論理ね」


「わざとではありません。後で気づきましたが、あの時は本当に…」弁解する疾人。

「気づいてからも伝えなかったんですから、同じことです」ムッとしたような顔で言う華織。

「すみません…」

「まあ、そうよね。名前がヒントになって、結界を解かなくても、前総裁の孫が見つかってしまったら、その人間が機関再編に手を貸してしまうかもしれないものね」

「でも、どうしてそれを…。翼が僕の過去の思念をたどったんですか?」


「いいえ、違います。マダム花津のところにも、同じポストカードが生前渡されていたの。

 奏人さんはね、響子さんより前から彼女と知り合いだったから。元総帥のせいで苦労したという意味では、二人は同志だったのでしょうね。

 それを知ったこともあって、響子さんはマダム花津には信頼を置いていたわ」

「マダム花津はマダム花津で、いろいろと事情がありました。

 機関をどうしたらいいのか、いろんな状況の中で揺れる思いを抱えながら、長い間過ごして来られたんです。

 その様子を見ていた奏人先生が、彼女にアルファベット3文字ずつが二つ並んでいる、例の2枚のポストカードを渡されて、おっしゃったんだそうです。“君の心が揺れなくなったら、この封筒を開けなさい”と」

「でもね、心が決まって封筒を開けたけど、彼女には意味がわからなかったの。それで、清流と賢ちゃんのところにカードを送って、解いてもらおうと思ったのよ」


「送り先は、なぜその2箇所なんですか? それに継承者の存在については、おば様が結界を解いて見つけると言っているんですから、それを待てばいいのでは…?」疑問を呈する疾人。

「おばかさんねえ…。あなたが邪魔するかもしれないと思ったからに決まってるでしょう。石が一同に介することで、あなたの力が悪い方向に動く可能性だって考えたはずだわ」

「すみません…」ばつの悪そうな疾人。

「ふふ。いいのよ、疾人ちゃん。あなたのいいところは、時間はかかっても、ちゃんと反省ができるところだもの」

 華織の子どもをあやすような言い方を聞き、きっと彼が幼い頃にも、こんなふうに話をしていたのだろうなと思い、誠はふっと微笑んだ。


「でもまあ、そういう心配はご無用だったんだけどね。いざとなったら、凶事を停止させる力を持つ人間4人で、あなたに対する結界を作ればいいんですから」

「4人…?」

「いわゆる“弐の命”と、その候補というか、力を持った者たちですよ。華織さんと風馬くん、“命”になる翼くんと、それから…今の時点では瑞樹さんです」

「瑞樹くん…ですか」驚く疾人。

「ええ。彼にも“弐の命”の素質があるわ。いろいろ話を聞くと、久我家が危険から守られていたのは彼の力に拠るところが大きいみたいね。

 子どもたちが遊んでいる時に危ない場面も何度か救ってると思うわ。保ちゃんち、危ない遊具がいっぱいだし」

「華織さん。あれはオリエンテーリングの器具ですよ。そんなに危ないものでは」

「あら。だって、私もやってみようとしたら、足をくじきそうになったもの」むすっとした顔で言う華織。

「そうだったんですか…」


「マダム花津は焦っていたから、心配し過ぎちゃったのね。

 まあね、私だって焦った時期はあるのよ。紗由が、奏子ちゃんの思念やら、龍の思念やら、いろんな人の考え方を読んで、頭の中でつなげちゃったんでしょうね。あなたのこと怖がってしまって。

 でも、奏子ちゃんのパパだからって思ったのかしら、ずいぶん混乱していたようなの。最近やっと、少し納得したようだけど」

「ああ、それでですか。さっきも、久しぶりに会って声を掛けたら、下向かれちゃいましたよ。ごめんなさいって言っておいてください」

「ご自分でお言いなさい」

「す、すみません…」うつむく疾人。

「それから、翔太くんにお礼も言っておいてね。彼が紗由の変化を細かく気に留めていて、それを私に知らせてくれたから、他に広がらないうちに対処ができたわ」

「はい…」


「そうそう、話を戻すわね。奏人さんが遺言に細工をなさったことは気づいていなかったのかしら?」

「いいえ、思い当たることはありません」

「じゃあ、お返しした遺言の最初の文字だけをつなげて読んでみて。“翼は相手の考えを読める。カナコは全ての鍵だ”になるわ」

「カナコというのは、さっきの加奈子さん…」

「奏子ちゃんも含めてだと僕は思います。あの優しさが、このメンバーの中でバランスよく働いたから、あなたはひどいことにならずに済んだ」

「そうね。紗由も言ってたわ。奏子ちゃんといると、“ぷんすか”が小さくなるんですって。だからね、それをちゃんと、わかってほしいの、疾人ちゃんには」

 華織が疾人の手を握ると、疾人の頬に一筋の涙が流れた。


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