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18/21

その18


 伊勢という場所に行くこと自体が初めてだった奏子は、車の中にいる時から、窓の外の景色に夢中になっていた。

 車を降りると翼の手を握り、神社の入り口まで一目散に駆けて行く。幼稚園の制服のプリーツスカートが、ひらひらと風に舞い、帽子のリボンがゆらゆらと揺れる。


「おにいちゃま! おおきな木が、いーっぱい…」

「ちょっと登ってみる」

 翼はそう言うと、器用に木のこぶに足を掛けて登り出し、2メートル位のところにある枝分かれしている部分に腰掛けた。

「翼、危ないだろ。降りなさい!」

 疾人が慌てて駆け寄ってくるが、翼は気持ち良さそうに空を見上げている。

 そうこうしているうちに、疾人の目には幼稚園の制服の後姿、セーラーカラーが入ってきた。翼の隣に、疾人に背を向けて腰掛けている。

「こら、奏子まで!」


「パパ。かなこ、ここだよ」疾人の手を握り、見上げる奏子。

「え!?」

 びっくりした疾人が横にいる奏子と木の上を交互に見比べる。

「まりりんだもーん」

 くるりと振り返り、微笑む真里菜。

「真里菜ちゃん…どうしてここに。あ、ほら、危ないよ。おじさんに捕まって降りよう」

「ひとりでおりるから、だいじょうぶです」

 真里菜は素早く木を降りると、疾人の後方から歩いてきた瑞樹の元へ走って行った。


「パパー。のぼってきたよー!」

「よそのお庭でやったら駄目だって言っただろう。疾人おじさんが驚いてるじゃないか」

「瑞樹くん!」

「実は真里菜も呼ばれてて」疾人に頭を下げる瑞樹。「紗由ちゃんもらしいです。ドライブインで涼一くんとばったり会って。もうすぐ来るんじゃないかな」

「やっぱり、3にんはいっしょだねえ」

 奏子がうれしそうに笑うと、真里菜は腰に手をやり、威張ったように言った。

「3にんは、しんゆうだもん!」


「そうなんだ。紗由ちゃんもか。…瑞樹くんは、いわゆる“命”の血筋なの? それとも久我家のほうが?」

「久我家のほうはよくわからないんだが、僕の実家は、本家のほうに“力”を持った人がいたようだよ。今はお役目は返上してるけど」

「じゃあ、どうして精査の呼び出しが来たの?」

「紗由ちゃんと仲良くしてもらってるから、真里菜に何か影響があったんじゃないかな」

「そうか…」

「疾人くん家のように、由緒ある血筋とは違うよ。真里菜のことも念のためということだと思う」

「紗由ちゃんより、龍くんのほうが“力”があるって聞いたけど」

「龍くんか。ドライブインで会った時は、いなかったようだけど…」


「そう。…ところで真里菜ちゃん、運動神経いいなあ」

 疾人が笑うと、瑞樹は少し不思議そうに首をかしげた。

「奏子ちゃんも登れるじゃない」

 瑞樹が指差す先を見ると、今度は子どもたち3人が仲良く並んで木の上に座っていた。


「か、奏子!…危ないよ、危ない」慌てて木の下に駆け寄る疾人。

「大丈夫だよ、パパ。みんな、龍くん家で練習してるから」

 翼はするすると木を降りると、奏子と真里菜が降りるのに手を貸し、二人のスカートの埃を払った。

 真里菜の手には、降りる途中、傍らの枝に引っかかっていたスカーフがある。木の一番下の小枝に、それをフワリと掛ける真里菜。


「龍くん家…?」目をぱちくりさせながら聞く疾人。

「ほら。保先生が子どものスポーツ教育推進のためのオリエンテーリング協会の理事になったでしょ。庭に施設を作って、専門のインストラクターが付いて、皆で駆けずり回ってるんだよ」

「へえ…」感心する疾人。

「パパに言ってもしょうがないよ、おじ様。パパは僕たちより、死んだおじいちゃまのことばかりで、僕や奏子がいつも何してるかなんて知らないんだ」

「うーん。おじさんだって、大地や真里菜のこと、全部はわからないからなあ。翼くんと奏子ちゃんで、パパに教えてあげなよ。うちはね、二人で毎日ずーっとしゃべってるよ。ははは」

 瑞樹が言うと、翼は少し寂しそうに笑った。


「パパ、ごめんなさい。あのね、パパはおてんばさんが、すきじゃないかなっておもって、それで…」

「そんなことないよ。奏子が楽しければ、パパも楽しいよ。翼のことだって、そうだよ。おじいちゃまより、翼や奏子のほうが大事だよ」


「あれ? 何か込み入った話なの?」

「涼一くん」瑞樹が振り返る。

「あ。さゆちゃんだ!」

 奏子と真里菜が、紗由のところへ駆けて行く。


「いや、そんなことは…」

「おじ様、行こう。あっちだよ。僕ね、前に来たことあるから知ってるんだ」涼一の手を取り、本殿の方向に引っ張ろうとする翼。

「そうか。翼くんは前にも来てるんだね。おじさんは初めてだから、教えてもらえて嬉しいなあ」


「あんまり気にしないで、疾人くん。うちも時々あんなだよ。反抗期ってやつかなあ。まあ、うちの場合は真里菜のほうだけどね」瑞樹が気遣うように言う。

「真里菜ちゃんが君と揉めてるところなんて、見たことないけどなあ」

「お義父さんに対して、けっこう生意気な口をきくんだ」苦笑する瑞樹。

「それ、もしかして、この前の動物園の…。僕は仕事でいけなかったけど」

「そうそう、それ。お義父さんも、愛人との腕組んでデートに動物園使うなって話だよな。疾人くん家や涼一くん家と一緒にいる時に出くわすって、ある意味、最悪のパターンだよ」


「でも、真里菜ちゃんに言われた一言は堪えたんだろうね」

 どういう顔をしていいかわからず、疾人が若干下を向く。

「そりゃあね、皆の前で“おじいちゃま、趣味悪いのね”なんて、本気でがっかりした顔で言われたら、僕なら首つりたくなるよ」

「子どもの言うことって、侮れないんだな」

「そうだね。お互い気をつけないといけないね」


 瑞樹は、涼一と翼を見つめると、振り返り、仲良し3人組に向かって微笑んだ。

「紗由ちゃん、こんにちは」

「こんにちは! みずきおじさま」

 ニコニコしながら、真里菜や奏子とつないだ手を、ぶるんぶるんと振る紗由。

「こんにちは、紗由ちゃん」

 疾人も声をかけるが、紗由は一瞬ビクッとし、足を止めた。

「こんにちは…」

 紗由はきゅっと唇を噛むと、「かけっこだよ!」と言って、その場を駆け出していく。


「まって、さゆちゃーん!」真里菜と奏子も慌てて追いかけた。

 その傍らでは、さっき真里菜が小枝に掛けたスカーフを取り上げ、首に巻く一人の女性がいた。

 真里菜は走る足をふと止め、その女性のほうを振り向き、ふんわりと風に乗ってくる匂いをかいだ。

「どうしたの? まりりん」

「ううん。なんでもないよー!」

 真里菜は奏子の手を取り、紗由に追いつこうと再び走り出した。


「元気だなあ、本当に」

 苦笑する瑞樹の横で、疾人は困惑した様子で紗由を見つめた。

「疾人くん、どうかした?」

「い、いや。元気で羨ましいよ、あの子たちが」

「忙しいんだろうけど、ちゃんと神経休めないとだめだよ」

 瑞樹は、疾人の背中にそっと手を触れた。


  *  *  *


 本殿の奥にある杜には、表からだとその所在がわからないような形で樹木に包まれた建物が建っていた。

「あれえ…ここ、前のところと違う…」首をかしげる翼。

 誰に教わったのか、紗由は表にある鳥居のところでお辞儀をし、近くの手水鉢で手を洗う。それを真似する真里菜と奏子。

 翼は、一瞬、鳥居をくぐるのをためらったが、涼一がやさしく背中を押すと、その下をくぐった。


 部屋に通された7人は、前列に子どもたち、3メートルほど後ろの列に大人たちが並ぶような形で座った。

「みんな、よく来てくれたね」

 正面に座ったのは、頭巾を付けて目だけしか見えないように顔を隠した上に、声をボイスチャンジャーで変えている男性二人だった。そのうち、向かって右側にいた男が紗由たちに声を掛けた。

「こんにちは!」

 元気に挨拶する3人娘。翼も一拍遅れた形で挨拶をする。

「ちょっと、へんなこえだねえ…」呟く真里菜。

「みんな、いい子だね。じゃあ、そちらからお名前を言ってもらおうかな。翼くんはいいよ。前に来てもらっているからね」

「はい」


 手で促され、端にいた真里菜から挨拶を始める。

「くがまりなです。よろしくおねがいします」

「よつじかなこです。よろしくおねがいします」

 真里菜と奏子が挨拶を終えると、紗由は席を立ち上がり、二人の男性の前に行き、太鼓型のバッグから名刺を取り出した。

「さいおんじたもつたんていじむしょ、しょちょうの、さいおんじさゆです。よろしくおねがいします」

 にっこり微笑みながら二人に名刺を渡した紗由は、きりっとした顔で涼一のほうを振り返り、こくりと頷いた。

「さ、紗由。何やってるんだ。…すみません、失礼しました」

 涼一が慌てて紗由に近寄ろうとすると、右側の男が立ち上がり、涼一のほうに歩み寄って手で制止した。

「大丈夫です。どうそ、そのままで」

「あれ…このおじさんの、つめ…」紗由が首をかしげた。


 そして、紗由に続くのがならわしなのか、気がつくと真里菜が紗由のいた場所に立ち、同じように名刺を二人に渡す。

「さいおんじたもつたんていじむしょ、セクシースパイの、くがまりなです。コードネームは“まりりん”です」

 真里菜の後ろに並んでいた奏子も名刺を渡した。

「たんていじむしょの、うけつけの、よつじかなこです。なにか、しらべることがあったら、いつでもどうぞ」

「あれ? こっちのおじさんの、におい…」真里菜が首をかしげた。


「いつの間に名刺まで作ったわけ?」瑞樹が涼一に尋ねる。

「さあ…」溜め息混じりに答える涼一。


「調べることねえ…そうだなあ、翼くんがどういう力を持っているか、今ここで調べてくれるかい?」

 左側の男が奏子に言うと、紗由が男に言った。

「わかりました。しらべます。でも、そのまえに、おじさまたちのおなまえを、おしえてください」

「あ。そうだよね。“いらいしゃ”は、おなまえいわないとダメなきまりだよね」真里菜が同意する。


「紗由…」頭を抱える涼一。


「名前か…。ごめんね、それは言えない決まりなんだ」左側の男が残念そうに言う。

「うーん。じゃあ、おかおみせてください」

「お顔もね、ダメなんだよ。ははは」右側の男が困ったように答える。

「さゆちゃん、どうするの」

 奏子が尋ねると、紗由はしばらく考えた後、言った。

「あとで、おばあさまにしらべてもらうよ」

「龍くんにしらべてもらったら?」奏子が少し恥ずかしそうに聞く。

「にいさまは、おかしあげないと、いうこときかないからなあ…」

「じいじせんせいに、おかしかってもらえば?」真里菜が提案する。


「わかった。そうする。…では、ちょうさにかかります」

 男たちに宣言すると、紗由は真里菜と奏子に指示を出した。

「まずは、ききこみね。まりりんは、つばさくんにきいて。かなこちゃんは、はやとおじさまね」

「さゆちゃんは?」

「しょうたくんにきいてみる」

 そう言うと、紗由は目をつぶった。その様子を興味深げに見つめる男たち。


「紗由ちゃんはどうやって翔太くんと話すんだい?」真剣な顔で涼一に尋ねる疾人。

「さあ…言葉に出さずに会話というところだろうね」


 しばらくすると、紗由がゆっくり目を開けた。

「ふう。しょうたくん、みんなのぴかぴかがみえないっていってる。…おじさまたち、なにかしたんですか?」少し怒ったような顔で言う紗由。

「ああ。ぴかぴかが見えないようにしたんだよ。ここでのお話は、皆に内緒なんだ。聞かれないように、見えないようにしてるんだ」

 右側の男が言うと、翼が彼をじっと見つめて言った。

「皆に内緒だから、お家に帰ったら、ここでのお話を思い出せなくなるんですね」

「どうして、そう思うんだい?」

「前に来たとき、パパがそうだったから」


「それって…」

 翼の言葉に絶句する父親たち。


「西園寺さん、四辻さん、久我さん、申し訳ないですが、そういうことなんです。“命”でない人間に、能力精査の詳細を留めておくことはできません。悪用される可能性もありますので」

「でも、それならどうして翼はそのことを覚えているんですか?」

「おい、疾人。今、その答えを聞いたばかりだろう」涼一が言う。

「え…?」

「翼くんは、奏人おじ様の継承者なんだよ」


「あーっ。とうさまが、ちょうさしちゃったあ…」口を膨らませて涼一を睨む紗由。

「ああ、ごめんごめん。今のは西園寺涼一研究所のほうで研究したんだよ」涼一がもっともらしい言い訳をする。

「さゆちゃん、わたしたちも、べつにしらべよう」奏子が提案する。

「そうだよ、さゆちゃん。きょうのいらいは、翼くんがどんなちからがあるかだよ。みことっていうのは、どんなちからがあるの?」真里菜が翼に尋ねる。

「人によって違うんだよ」答える翼。


「じゃあ、翼くんのをおしえて」

「今のまりりんを見てると、昔のまりりんもわかるんだ。その人が、前に何をしたかがわかる」

「おぼえてるからでしょ? 翼くん、きおくりょくがいいものね」真里菜が頷く。

「違うよ。昔のまりりんが、今のまりりんのところに浮かんでくるんだよ。頭の中に見える。だから、僕に隠し事なんてできないんだよ」

 そう言うと、真里菜ではなく疾人を見つめる翼。


「じゃあ、まりりんのこと、ぜんぶわかってくれるんだね!」嬉しそうに言う真里菜。

「うん。僕はまりりんのこと、いつもちゃんと見てるよ」力強く頷く翼。

「らぶらぶだあ! 賢ちゃんと玲香ちゃんみたいだ」紗由も何度も頷く。

「そうでも、ないけど…」

 いつものようにツンデレ風味で真里菜が答えると、右側の男性が立ち上がり、子どもたちの傍を通って、父親たちのほうへ歩を進めた。


 その様子を見つめていた紗由が、制服のポケットからブレスレットを取り出し腕にはめると叫んだ。

「やっぱり、そうだ! あのおじさまがだれかわかったよ! こっちのおじさまも」

「紗由…?」唐突な物言いに戸惑う涼一。

「紗由ちゃん。言わないで」翼が止めに入った。

「でも、かなとおじさまのこと、しってるひとだよ。はやとおじさまに、おしえてあげなくていいの?」

「いいよ。パパは、おじいちゃまのことを知れば知るほど、みんなを不幸にするんだ。自分も幸せじゃなくなるんだ」

「どういう意味だ、翼」困惑したように問いただす疾人。


「僕だって、おじいちゃまは大好きだ。でも、死んじゃったおじいちゃまのことばかり考えてたら、だめなんだよ。

 おじいちゃまは、お星様になる前に言ってた。おじいちゃまがいなくなったら、おまえが四辻家を守れって。

 どうしてパパじゃないのって聞いたら、パパは弱いから、今のままじゃ駄目だって。おまえのほうが強いから、お前に頼むって。

 だから、“命”も僕がやることにしたんだ。奏子はしっかりしてるけど、優し過ぎるから、こういうことをさせちゃダメだ。絶対にダメなんだ…」唇を噛み、うつむく翼。


「翼くん。君は合格だ。弐の位として、僕の下についてもらうよ」右側の男が頭巾を取った。

「あ。やっぱり、まことおにいさんだ!」紗由が叫ぶ。

「これは“命”の証のひとつ、四辻家の羽龍だよ」

 誠は翼に手招きして呼び寄せ、翼の手に握らせた。

「ありがとうございます!」嬉しそうに翼が笑う。


「どういう…ことなんですか?」困惑する疾人。

「機関は、昨日の時点ですべて刷新されたということですよ」

 戸惑う一同に、左側の男が近づき、ソファーに座ると頭巾をはずした。

「説明は僕のほうから」

「風馬!」驚く涼一。

「ふふん。やっぱり、おうまさんだった」得意げに言う紗由。


「以前言っていた“命”候補、奏子ちゃんと、もうひとりというのは、翼くんだったんだな…」

 驚く涼一をよそに、紗由はすたすたと風馬のところへ行くと、ちょこんと膝の上に座って、声高らかに宣言した。

「それでは、いまから、さいおんじたもつたんていじむしょの、ひみつかいぎをはじめます!」


  *  *  *


 疾人は、風馬の説明に、顔をしかめたままだった。

「一昨日、総帥は一身上の都合で退任され、新しい総帥として、前総帥の孫にあたる女性が就任しました。彼女から皆さんにお話があるということですので、お聞き下さい」

 誠が上座にある扉を開くと、そこには白い袴姿の加奈子が、華織を従え現れた。

「あれ。あなたは確か…」涼一が驚いて加奈子を見つめる。

「あ! れいかちゃんのおともだちの、かなこおねえさんだ!」紗由が叫ぶ。

「こんにちは、紗由ちゃん」

 加奈子が妖艶に微笑むと、真里菜がハッとしたように言った。

「けっこんしきの、うけつけの、セクシーなおねえさんだ…」

「おんなじなまえの、おねえさんだ…」恥ずかしそうに笑う奏子。

「ここのおいでの方々とは、少なくとも賢児さんと玲香さんの結婚式の時に、お目にかかっていますね」


「あなたが機関の新総帥なんですか?」加奈子に問う涼一。

「はい。そして、この場で退任し、今後の機関についてのあり方を発表させていただきます」

「退任…するんですか?」わけがわからないという顔の涼一。

「はい。責任を取って退任いたします。元をただせば、今の機関の混乱の種は、私の祖父、前総帥にありました。

 政治的統率力はあったものの、女性関係にだらしなかった祖父の残した子どもたちや妻たちには、権力をめぐり、様々な不幸が訪れました。

 祖父が退任した後は、有力な“命”が次の総帥の後見人となり、尽力してきましたが、その後見人がお亡くなりになり、統率力を欠いた機関は様々な混乱を招き、現在に至っています。

 私は、その混乱を収拾し、機関と“命”、そして“宿”の新しい体制を構築したいと考えています」


「退任することが責任を取ることなんですか?」涼一が尋ねる。

「私が総帥の地位にいれば、私の祖父の一派がやがて権力を握ることになるでしょう。それでは、前の総帥に退任していただいた意味がありません。

 私は、ここにおいでの“命”たちや、“宿”の人間たちによる合議制で、新しく組織を編成しなおしてもらいたいと思います」

「その後見人というのは、もしかして父のことでしょうか」疾人が口を開いた。

「そうです」

「だったら、機関自体がある限り同じなのではないですか? 父は要するに機関内の争いが原因で命を落としたんじゃないんですか」疾人が強い口調で言う。


「疾人くん。それは違うとわかっているはずだよね」風馬が穏やかに言う。

「あなたはあの時、僕たちの話を聞いていたはずです。あの時点で、あなたの石は本物ではなかったんですから、眠りに落ちようがない」誠が言う。

「それは…」うつむく疾人。

「その後、奏子ちゃんにも、他の人間の頭の中を覗くように指示したはずだ」


「パパはそんなことしてません!」奏子が立ち上がった。

「奏子…」奏子の言葉に戸惑う疾人。

 翼が奏子の手を握り、優しく声を掛ける。

「あれはね、本当のパパじゃなかったんだ。ほら、澪ちゃんだって、偽物だったときがあっただろ。あれとおんなじだよ。もう少ししたら、きっと本物のパパが戻ってくるから」

「翼…」

「疾人さん。その話は、後でゆっくりさせてもらいますわ」華織が言う。「今は、これからの機関のことについて、“命”の血筋の一員として話を聞いてください」

「わかりました」うなだれる疾人。


「では、新体制の話をさせていただきます。

 機関の人間の選出には、合議のための評議員に当たってもらいます。現在の“命”、“弐の位”として“命”の下に就いている人々、“宿”の亭主、“龍の子”たちです。

 彼らには機関の人間を評価や罷免する権限を与えます。

 ただし、逆に機関には“命”や“宿”の人間を罷免する権限を与え、定期的に互いの精査を行います」

「でも、“命”と“宿”がグループ単位になっていて縦割りである以上、機関は優位に立つのでは?」涼一が尋ねる。

「地域の神社との関係もありますので、グループ制は続けますが、“命”同士が顔を知らせずに交流することを正式に認め、グループ外接触不可の制限を解きます」


「では、“命”の中からリーダー的な存在が出てくる場合もあるでしょうね」

「ええ。それはもちろん。力の強いものが上に立つのは、どの世界でも同じことです。ですが、直接的な接触を許可するわけではありません。

 そして、質のいい“命”を発掘し、育てるために、教育指導に当たる“命”を置きます。それは西園寺家と一条家、四辻家の役目です」

「翼もその役に就くんですか?」驚く疾人。


「あの…確か僕の聞いている範囲では、過去を読むタイプの能力者は、“命”にはならないと。翼くんはそもそも条件からはずれるのでは?」

 涼一が疑問を呈すると誠がそれに答えた。

「基本的にはそうです。でも、翼くんのように能力値が高ければ、本来の能力タイプを封じて、新しい能力を育てることができます。

 そのために、ベテランの“命”が、具体的に言えば華織さんに指導に当たっていただきます」


「何でわざわざそんなことを?」涼一が問う。

「本来の候補者を“命”にしたくないと言われれば、やむを得ないことです。血筋を絶やすわけにはいきませんし」

「本来の候補者とは誰ですか。“命”にしたくない理由は何ですか」次々と質問を重ねる涼一。

「候補者は奏子ちゃんです。“命”にしたくない理由は…あなたのお父様を“命”にしたくなかった華織さんと同じ思いですよ。…説明は以上です。

 これから真殿で、総帥退任の儀式を行いますので、皆さんはこちらでお待ちください。翼くんは、儀式に一緒に参加して。…それが終わったら、疾人さん、お話をしましょう」

 誠はそう言うと立ち上がり、加奈子の手を引いて部屋を出ていった。


  *  *  *


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