その14
躍太郎から一通りの事情説明が終わった後は、西園寺家、四辻家、高橋家を別々に呼び出し、個別に指示がされることになった。
保、涼一、周子、紗由、龍の5人が別室に通され、残りの人間は思い思いに談笑していた。
そんな中、翔太は澪と一緒に2体の龍を観察しながら、光がどうだと話している。その様子が気になったのか、響子が二人に近づき話しかけた。
「翔太くんの“石”もあるのかしら?」
「ありまっせ。ほら、お腹の下んとこ、ぽこんと出てますやろ。これがそうですねん」
「あら、本当。色が同じだし、下のほうだから気づかなかったわ」
「“石”をはめてへんのは、涼一はんと龍くんだけですわ」
「涼一さんは保先生に渡してたものね。龍くんも“石”がないの?」
「なんや、調子が悪うて休ませとる言うてました」
「“石”にも調子がいい悪いがあるんだね」疾人が話に入ってきた。
「ええ、あります。他の石との相性で、石自身がこういう儀式を拒絶する場合もあるんです」澪が答えた。
「龍くん、困っとるやろなあ。“石”使われへんと、ちゃんと力出えへんさかい」
「いろいろとあるんだねえ…」
「いつでも使えるわけやないし、力いうても、大変ですわ」
「それはそうよ、翔太くん。好き勝手に皆が力を使ったら、たーいへん」澪が笑う。
「龍くんがこまってるなら、かなこのいし、あげます。いっぱいあるから」奏子が澪を見上げる。
「大丈夫よ、奏子ちゃん。ありがとう」
澪が奏子の頭を撫でる傍らで、翔太の視線はせわしなく部屋の中を行き来していた。
「響子はん、コサージュ、まだ着けとってくれたんですな。響子はんと同じで昨日のまんま、きれいや」
翔太が笑うと、響子が相好を崩した。
「これでも花に関してはプロですから、ちょっと細工してみたの。この手のものを長持ちさせるにはコツがあるのよ」
「どないするんですか?」
「金槌でね、切り口を叩いてつぶすのよ」
「へえ…」
「ママ。おはなは、いたくないの?」心配そうに尋ねる奏子。
「うーん。ちょっと痛いけど、すこーし我慢すれば、我慢した分、きれいでいられるのよ。この、翔太くんがくれたお花もきれいでしょ?」
「うん。きれい」
奏子が響子の胸のコサージュを撫でたとき、保たちが再び部屋に入ってきた。
「次は疾人くんたちだそうだよ」
保が疾人たちに声を掛けると、疾人と響子は軽く会釈をして、翼と奏子を促し、隣の部屋へと向かった。
* * *
4人が通された部屋には、華織と風馬が座っていた。
「奏子ちゃん。具合はどう? 体に変なところはないかい?」
風馬が聞くと、奏子は元気に答えた。
「いつもより、あしがはやくなりました」にこにこ顔の奏子。
「さっき、龍くんのことを引きずって部屋の中走ってた」翼が補足する。
「奏子ちゃんは龍と仲良しだねえ」
風馬が微笑むと、奏子はきっぱりとした口調で言った。
「はい。かなこは、りゅうくんのおよめさんになるんです」
「あら、そうなの。うれしいわ。龍にこんなに可愛いお嫁さんが来てくれるなんて」華織が一瞬、普通の祖母の顔になる。
落ち着きなく、目を伏せたまま着席する疾人を、風馬がからかうように諭す。
「ちょっと疾人くん。そんなに動揺しないでよ。まだ20年も先でしょ」
「あ…いや」
「すみません。この人ったら、奏子のことになるとダメなんです」響子が疾人をチラリと見ながら言う。
「まあ、そんなものだと思うわ。女の子のお父様は。涼ちゃんだって、紗由のことになると目の色変えるもの」
「華織おば様や、まりりんのおばあちゃまが、保先生のことになると目の色変えるのと同じだね」
淡々と述べる翼に、風馬が思わず吹き出した。
「あと…いいや。とにかくそんな感じ」翼が、言いかけた言葉を引っ込める。
「うん…そういうことだよ、翼くん。人っていうのはね、大好きな人のことになると、普通じゃいられなくなることがあるんだ」
「ふうん…。僕は普通でいたいなあ。普通じゃなくなったら、大好きな人が悲しむよ。おじいちゃまが、そう言ってた」
「そう…。奏人さんが、そんなことを。いい、おじいちゃまね。…私がこれから皆さんにお話しするのは、大好きな人たちに悲しい思いをさせないために、皆で協力しましょうねということなの。翼くんも奏子ちゃんも、よーく聞いておいてね」
華織はそう言うと、疾人たちに話を始めた。
「“命”の力は、出現のパターンがさまざまです。人によっては、能力値以上のものを他人に感じさせる場合もあれば、その逆もあります。翼くんと奏子ちゃんは…特に奏子ちゃんのほうは、まだ正確な能力を見極める年齢に至っていません。変化の多い時期だと思いますので、ご両親は気をつけて見てあげてください」
響子が真剣な表情で頷いた。
「小父さんが他界されてから、四辻家に新たに近づいてきた者はいますか?」
風馬が尋ねると、疾人は首を横に振った。
「父の死後、病院の役員改変がありましたから、それで新たに経営協力に加わった個人は何人かいますが、我が家そのものとの関わりというわけでもないので…」
「奏子も幼稚園に通うようになりましたので、PTA関係の方との交流は新たに増えました」
「お母様には何か変化は?」
「義母は気丈です。以前よりも仕事に打ち込むようになったというか…忙しくしていますわ」
「人のためになることをすれば、おじいちゃまが褒めてくれるから、おばあちゃまは頑張ってお仕事してるんだよ」
「そうなの」切ない顔になる華織。
「石の管理はどなたが?」
「響子がやっています。嫁いできてから、すぐに」
「かなこも、おてつだいをしています」
「まあ、偉いのねえ。石とお話するのは楽しい?」
「はい!」
「どんなお話をするのかな?」
「…ひみつです」奏子の声が小さくなる。「やくそくだから」
「奏子。華織おば様には、ちゃんとお話しなさい」
疾人が促すが、奏子は黙ったままだった。
「いいのよ、疾人さん。子どもでも約束を守るのは大切なことだわ。大人が無理に考えを押し付けても、いい結果にはなりません」
「それで、今後の具体的なことなんですが、疾人くんには次の総帥を狙う勢力との交渉をお願いしたいと思います」
「それは大隅さんのことですか?」響子が尋ねる。
「いいえ。大隅さんのほうは清流にお願いします。四辻家の担当は、反勢力のほう」
「その人たちの正体は明らかになっているんですか?」再び尋ねる響子。
「まもなく明らかになるようです。一条家のほうに詔が降りて来ましたから。その段階で、また詳細をご連絡しますわ」
「家ごとに担当が決まっているんですね」
「西園寺家は、現在の機関と引き続き交渉を行います。それから、他の“命”たちとの連絡やとりまとめを担当します」
「僕は何をするんですか?」翼が尋ねた。
「翼くんは、お家の人たちが会ったり、お話したりした人の顔を、全部覚えていてちょうだい」
「もう、してるよ」
「おにいちゃまは、まりりんのおしゃれも、ぜんぶおぼえてます」まるで自分の手柄のように言う奏子。
「まあ、すごいのね」
「ちゃんと覚えてるとね、どこが変わったか、すぐわかるんだよ。それを大好きな人に教えてあげるのを、“気にかけてる”って言うんだって」
「じゃあ、翼くんは大好きな人たちに、そうやって教えてあげてるんだね」
「おじいちゃまに言われたんだ。翼が覚えたことを教えてあげて、それでみんなを守れるんだよって。だから僕、頑張ってるんだ」誇らしげな顔で、翼が風馬を見上げる。
「すごいなあ、翼くんは」
「おにいちゃまは、すごいんです。かなこのことも、いっつもやさしくしてくれます」
「本当に仲がいいわよねえ、翼くんと奏子ちゃんは」
「僕は一人っ子なので、羨ましいですよ、二人の仲の良さは」疾人が微笑む。
「兄弟っていいものよ。自分にないものを相手が補ってくれるの」
嬉しそうに言う華織に風馬が釘を刺す。
「いろいろですよね。僕のように対等な関係から、母のように従属的な関係まで。場合によっては人生を左右しかねません。…まあ、それは親子関係なんかでも言えることでしょうけどね」
「おやこかんけい…」
不思議そうな顔で言う奏子に、翼が答えた。
「親子だから、パパと僕とか、パパと奏子のことだよ」
「かなこのこと、まもってくれます。だいじょうぶです」
にっこりと笑う奏子の頬を、愛おしそうに撫でる疾人。その傍らで響子が強張った表情になっている。
「でも、パパは時々うそつきだから…」
ぼそっと呟く翼に、響子が慌てて言葉を重ねる。
「だから、今週動物園に行けなかったのは、来週に行けるようにするからって言ったでしょう? パパもお仕事で忙しいのよ」
黙ってうつむく翼に疾人が声を掛けた。
「今夜、次のお出かけの予定をゆっくり話そうな。約束が守れなくて悪かった。ごめんよ」
「翼くん。わかってほしいと強く願い、それが正しいことであれば、相手の耳に必ず届くものなのよ」
華織がそう言うと、翼は強いまなざしで華織を見上げた。
「す、すみません。翼ったら…」慌てる響子。「反抗期に入ってきたみたいで、時々こんな調子なんです。私の躾が至らなくて、失礼いたしました」
「では、今日のところは四辻家全体としては、これでけっこうです。この後、清流との話が終わりましたら、それぞれの主にだけ集まっていただきます」風馬が疾人のほうを見た。
「おじいちゃまが、くるんですか?」奏子がうれしそうに笑う。
「奏子…」言葉に詰まる響子。
「あのね、奏子ちゃん。おじいちゃまは、天国で今お仕事がお忙しいの。だから、今日はパパがおじいちゃまの代わりよ」
華織が言うと、奏子は少し寂しそうに頷いた。
「それから、石はしばらくお預かりしますので」
風馬は響子に、清流の人間を呼ぶようにと指示すると、4人に退室を促した。
* * *
部屋から出た後、翼と奏子は、龍や紗由と一緒に、澪が持ってきたパズルで遊んでいた。
「やっぱり、こういうのは翼にかなわないよ」
少し不満げな龍の傍らで、紗由が真剣な顔でパズル片を眺めている。
「だって、これが僕の力だもん。おじいちゃまが言ってた。奏子ほどに“石”と話せない時には、覚えたり、並べ替えたりしなさいって」
「だいじょうぶだよ。おにいちゃまに、ぜんぶおはなしするから」
「うん。ありがとう、奏子。僕も奏子に覚えたこと全部教えるよ」
仲のいい翼と奏子の姿に、龍はまるで自分が少し大人になって、子どもの二人を眺めているような気分になった。
「あ、そうだ。龍くん、かしてあげる」
奏子はそう言うと、玲香お手製の花菱草のアップリケがついたバッグから、小さな巾着袋を取り出した。中からブレスレットとタイタンルチルを取り出す奏子。
「あ。あのときのブレスレットとおんなじ子だ!」紗由が覗き込む。
「あの時って?」
「かあさまが、しんかんせんになったとき」
「そうか…じゃあ、これは…」
「龍くん、石がびょうきでこまってるんでしょ? これ、かしてあげる。こっちは、おじいちゃまとおはなしする石だから、貸してあげられないけど、こっちはだいじょうぶ」奏子はルチルを差し出した。
「…ありがとう、奏子ちゃん」
龍は、石をぎゅっと握ると、ふんわりと目を閉じ、しばらくそのままでいた。
「龍くん、どうしたの?」翼が龍を覗き込む。
「この石、使わせてもらうね、奏子ちゃん。僕も石をはめてくるよ」
龍はそう言ってシャツのポケットに石を入れ、龍の置物に近づいた。
* * *
華織が飛呂之たちに説明をしていた途中、華織が「あ…」と小さく声を上げた。その声を予測していたかのように振り返る風馬。
「ちょっと見てくるよ、母さん」風馬は足早に部屋を出て行った。
「どうかなさったんですか」飛呂之が尋ねる。
「あっちの部屋、ぴかぴかが、いっぱいになっちょる…」びっくりしながらドアのほうを見つめる翔太。
「大丈夫よ、翔太くん。待っていたことが起きただけだから」
「待っていたこととは…?」
「心配なさらないで、飛呂之さん。集まるべき石が集まって、結界が解けたのよ。正体不明の後継者候補も、近いうちにわかると思うわ」
「私たちに何ができるんでしょうか」
「清流の方たちのお役目は大きくてよ。ただ、申し訳ないけれども、その場にならないと状況をお教えできないことも多いの。…正確に言えば、直前にならないと“降りて”こないことも多いので」
「“命”さま。僕、行ってきます!」
「ちょっと、翔太!」
「いいのよ、鈴音さん。翔太くんは、ちゃんと自分が必要な時と場所をわきまえています」
華織は微笑むと、まるでドアの向こうの様子が見えているかのように、じっとその先を見つめた。
部屋を飛び出した翔太は、一目散に保のもとに走って行った。
「これは、一体…。龍が石を嵌めた途端、体が揺さぶられた」
「先生! 手の中の石、ちゃんと握ったってください!」
そう言われた保は、涼一から渡された石を握りなおした。
「あ…ああ、わかったよ」
保の胸元を見ていた翔太は、しばらくすると周囲を見回し、次は紗由のところへ走った。
紗由は、龍がはめた石に興味を持ったのか、二つの龍の置物の前で、じっとそれらを見つめる風馬と澪をよそに、そーっと石に近づき手を伸ばそうとしていた。
「あかん」
紗由の手を握り、石から遠ざける翔太。
「あの子とあそぶの」
「あの子は今、お仕事中や。邪魔したら、あかん」
翔太が厳しい顔で言うと、いつにないきつい口調に驚いたのか、紗由の目にたちまち涙があふれた。
「あそぶの…」
「大人の女は、欲しいものを我慢できるもんや。そうやろ?」
翔太の言葉に、紗由は涙を拭いて、こくんとうなづいた。
「それでこそ、俺の紗由ちゃんや」紗由の頬に口付ける翔太。「俺が大人になったら、もっと可愛ええ石、買うたるからな」
「うん」すぐにニコニコ顔になる紗由。
翔太は、涼一のほうをすぐに見たが、涼一も二体の龍に見入っていて、紗由のほうに注意が向いてはいないようだった。
「助かったわ…あれ、でも、あそこだけ、ぴかぴかが…?」
小声でつぶやく翔太の肩をポンと叩いたのは誠だった。
「ありがとう、翔太くん。助かるよ」
「誠はん!」
「四辻家の人たちに注意しておいてくれるかい」翔太の耳元で囁く誠。
「あの…疾人はんのが、さっきと全然違うのです」翔太も小声で囁き返す。
「そうか…」
誠は軽く翔太の頭を撫でると、疾人の姿を探した。
「あなた、どうしたの。あなた!」
疾人が頭を抱えながら、ふらふらとソファーに倒れこんだところに誠が現れた。
「安心してください。湯当たりのようなものですよ。ちょっと向こうで調整します。風馬さん、手伝って下さい! 澪もだ」
誠と風馬は、疾人を別室に運び込み、澪もそれに続いた。
* * *




