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13/21

その13


 ティーブレイクの間、集まった面々は、まるで“命”や“宿”のことなど念頭にないかのように、楽しげに世間話に興じていた。

 だが、仲良しの紗由と奏子は近づく様子もなければ、声も掛け合わない。周子はそれを怪訝に思ったが、誠に声を掛けられ思考は中断した。

「周子さん、僕、紗由ちゃんの探偵団に誘われたんですよ」

「あら。じゃあ、月に一度は魔法のシートに乗っていただかないと」すました顔で周子が答える。


「でも、入団に際してはテストがあるんだそうです。紗由ちゃんからは歌のテストで、奏子ちゃんからはダンスのテスト、真里菜ちゃんからはオシャレのテストが」

「まあ。難関だわ」楽しそうに笑う周子。

「何としても合格したいので、紗由ちゃんの好きな歌を教えてもらえませんか」

 いたずらな表情で誠が尋ねると、周子が答えた。

「紗由は、歌の種類に限らず、楽しく歌ってる人が好きですわ」

「確かに紗由ちゃんの歌は、いつも周りの人を楽しくしますよね。僕には真似できないなあ…」


「紗由と手をつなげばいいんです。奏子ちゃんも、真里菜ちゃんも、いつもそうしてますわ。…それから、私も」

 周子は、いつもの自分を振り返るように、少し上を見ながら答えた。

「なるほど…それでは、お嬢様の手をお借りするかもしれません。まずはお母様のお許しを」

「ええ。探偵団と楽しんでください」

 周子が微笑むと、誠は軽く一礼をした。


「兄さん。ちょっと手伝って!」

 澪の声に応え、誠は少し離れた場所に置いてあったワゴンのほうへと近づいて行った。


「涼一」

 疾人が涼一に声を掛ける。

「ああ、疾人。調子はどう?」

「うーん。今、面倒なクライアントを抱えててな。胃が痛い毎日だよ」

「“なまもの”相手は大変だな」

「相変わらずだな、お前は。…で、何でさっきは小父さんに石を渡したんだ」

「俺はその種の力を何も持ち合わせていない。石のあるべき場所なんて、わかるわけないだろ。困ったときの親頼みだよ。やっぱり頼りになる。まあ、奏人先生ほどじゃないけどな」

 涼一がそう言うと、父親のことを褒められたせいなのか、途端に疾人の表情が緩む。


「奏子ちゃんも翼くんもすごいな。あれは“命”の力なのか?」

「いや。翼は図形に関する認識力と記憶力が高いだけだ。パズルも得意だしな。奏子は、石と話ができると自分では言っているが、子どもにありがちな空想ごっこだろう。他に特筆すべき力があるわけじゃない。二人とも…僕を含めて親父とは明らかに違う」

「そうか。伯母さんが言うには、奏人先生はかなりのものだったらしいからな。それと比べるのは気の毒だ。それに、響子さんが“宿”の娘なんだろう? ハイブリッドだと能力値の高い子どもが生まれる確率が高いそうじゃないか」

「うちですごいのは父さんだけだ。でも、賢ちゃんに子どもが生まれたら、すごいことになりそうだな。清流は元々、“宿”の中ではかなり地位が高かったと聞いたよ」


「へえ…そうなんだ。俺は、そういう情報に疎くてね。お前、よく知ってるなあ」

「翔太くんて、かなり力が強いんだろう?」

「俺に聞くなよ。四辻家の面々のほうが、そういうことはわかるんだろ?」

「いや、俺はそんなに翔太くんと接しているわけじゃないからな。ただ、頭がよくて気が利く優しい子だなって、会うたびに感心はしてるよ。清流に行った時には、響子はイチコロだった」疾人が笑う。

「そうだな。本当にいい子だよ。お宅の奏子ちゃんなみに優しい。俺も救われたことがあったよ。…ただ、それが“力”から来るものなのか、生来的なものなのか、俺にはわからん」

「以前、父さんが言ってたんだ。“宿”から久しぶりに“龍の子”が出るだろうって。躍太郎小父さん以来のっていう意味らしい。それって、翔太くんなんじゃないのか」


「…躍太郎伯父さん、そんなにすごい力の持ち主なのか?」首をかしげる涼一。

「お前、本当に何も知らないんだなあ」再び笑う疾人。

「ちょっと前まで、うちではそんな話したこともなかったしな。四辻の家では子どもの頃から、そういうの教わってるのかい」

「僕が聞いたのは、響子との結婚が決まった時だよ。僕には力がなかったけど、響子が宿の娘だから、黙っているわけにもいかなくなったんだろう」

「へえ。で、子どもたちはもう知ってるの」

「“焔”の一件で、二人にも話をしたんだが、もう知ってたよ。きっと父さんが話したんだろうな」

「じゃあ、英才教育だな、お前のことだから」

 くすりと涼一が笑った時、龍の置物のほうから、ゴーッという音が部屋に響き渡った。


 皆がいっせいに龍の置物のほうを見つめるが、誰も声を発しようとはしない。

 華織がゆっくりと立ち上がり、龍の置物に近づこうとすると、一足先に紗由が駆け寄った。

「どうしたの?」

 紗由が龍の置物の鼻先をなでると、音はグオーンという長くうねるような響きに変化した。

「ふん、ふん」

 龍の口元に耳を近づけ、話を聞いているような様子の紗由。

「紗由…何かわかるの?」心配そうな顔で周子が尋ねた。

「わかんないけど、なにかいってる」にこにこ顔の紗由。

「そ、そうね…」


「この子を呼んでいるんですよ」

 そう言いながら、誠は別のワゴンに乗った何かを運んできた。かけられていた布を取り去ると、そこにはレインボークリスタルの龍の置物が現れた。その名の通り、中心部から虹のような光が輝き、首と尾の部分に翡翠のバングルがかけられている。口にはひときわ透明度の高い水晶がはめこまれていた。

「きれい…」女性陣から思わず声が漏れる。

 だが次の瞬間、一同はその水晶からも音が発せられ始めたことに気がついた。タイタンルチルの龍と呼応しあうように響くその音は、部屋の中で共鳴している。


「かあさま…さゆ、おねむ」

 紗由はふらふらとソファーに戻ると、保の膝に乗り眠ってしまった。

「紗由…」

 周子も紗由の頭を撫でながら、こくりこくりと頭をふらつかせている。

 気がつくと、華織、躍太郎、風馬、澪、誠、そして涼一以外の全員が、次々とソファーで眠り込んでしまった。

「み、みんな…」さすがの涼一も驚いて周囲を見回す。

「あら。涼ちゃんは不眠症?」


「おばあさま。とうさまをいじめないでよ」

 龍が、賢児、玲香、翔太を連れて部屋に入ってきた。

「伯母さん、飲み物にクスリでも入れたの?」怪訝そうに聞く賢児。

「賢ちゃん、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」

「でも…これ、一体どういうことなんだい?」涼一が尋ねる。

「自分の石を通じて、みんなが自分をお掃除中ってところかしら。涼ちゃんは、保ちゃんにあげちゃうから」少し不満げに涼一を見つめる華織。


「あの、どうして伯母様たちは起きてるんですか? そちらの龍は伯母様たちの石がはめこまれているんですよね」

「我々は夕べのうちに浄化済みだよ。翔太くんもね」躍太郎が微笑む。

「お先にひとっ風呂ってとこや」にぃーっと笑う翔太。

「本当に皆、寝ているのかしら…?」

「玲香?」

 ぼんやりと呟く玲香の顔を賢児が覗き込む。

「あ…すみません。私ったら…」

 自分が何を言ったのか、よくわからないといった様子で戸惑う玲香に、華織がやさしく声を掛けた。

「いいのよ、玲香さん。それはきっと、彼らの意見だわ。貴重な意見ね」


「この浄化の目的は何?」

 涼一が聞くと躍太郎が答えた。

「現在の機関の人間、反勢力、大隅氏一派、そして他の“命”や“宿”の人間たち。そういった関係者との意思疎通をはかりやすくするためだよ。いろんな人間の動きと考えに気づきやすい状態を作っていると言ったほうがいいかな」

「今回やっかいなのは、関係者の全貌がわかりづらいこと。お互いバリアを張りまくっているわけだからね。今は、交渉したくても、できる相手がほとんど“命”たちだけに限られているわけだけど、その枠や確率を広げるための作業だよ」風馬が補足する。


「四辻の小父さまのことも、機関の仕業だと流した人間がいて、その影響で警戒する人間が増えたせいで、バリアの数が増えちゃってさ。大変なんだよ」深刻な顔で言う龍。

「そうなんです」澪が続ける。「その影響で、一部の“命”と“弐の位”の者たちが一方的にリタイアしてしまったり、混乱は大きくなる一方です。このままだと、ますます“命”のシステムが大変なことに…」

「四辻の小父さんの件は、機関の仕業じゃないんだね?」

 賢児が聞くと、華織がきっぱりと答えた。

「政治がらみの勢力争いに、機関の存在が利用されたのよ。その一件に関して、私が予兆の断片を受け取ったときに、躍太郎さんと伊勢に行ったんだけど、機関は軽く見てたのね。私が当時、リタイアした“命”だからと意見を聞かなかった」

「そういう意味では、機関にも責任はあるんだがね」


「小父さんは自分の命にかかわること、わからなかったの?」華織に尋ねる賢児。

「彼は“壱の命”だから、基本的には凶事は受け取らないわ。それに多分、禁忌日が重なって、はっきりとは受け取れていなかったのね」

「もちろん華織は直接彼に告げたよ。外遊を延期するように意見した。“命”という彼の立場を知らないままだったが。…だが結局、彼は従わなかった」

「そうだったんだ…」唇をかむ賢児。

 傍で涼一も溜め息をつく。


「そういう流れを、四辻家の方々はご存知なんですか?」

「いや、ご家族には伝えていない」玲香に答える躍太郎。

「家族に伝わる方法はないの?」涼一が聞く。

「必要なときに、ふさわしい方法で伝わるわ」華織は真剣な顔で涼一を見つめた。


「…ところでさ、兄貴と俺と玲香は浄化を受けなくていいの? 俺たち、それでなくても、その手の力がなくて鈍いわけだから、龍たちより必要なんじゃないの」

「本家以外の人間を全員一度にやると、共鳴しあって、薬が効きすぎたみたいになっちゃうのよ。だから、あなたたち3人…お腹の子たちも併せて5人は今夜ね」

「はい」玲香が笑顔でうなづく。


「おばあさま。紗由がもう少しで目を覚ますよ」

「あら。思ったより早いわね」

「命さま。奏子ちゃんから紗由ちゃんに、びよーんて、来てます」翔太が華織に言う。

「わかったわ。ありがとう、翔太くん。澪さん、紗由の様子に気をつけておいて」

「わかりました」

「奏子ちゃんは感受性が強いわね。向こうの部屋で風馬が少し調整してちょうだい。玲香さんもお疲れのようだから、その後で見てあげてね」


「わかった。じゃあ、賢児と玲香さんは、こちらの部屋へ。涼一はそこにいて」

 風馬はそう言うと、奏子をそっと抱きかかえた。そして、マジックミラーの部屋とは反対側の壁にあったドアから、隣の部屋へと賢児と玲香を誘導し、翔太もその後に従って部屋を出た。


  *  *  *


 賢児たちが部屋を出ると、今度は躍太郎が別の扉から女性を招きいれた。

「少ししか時間がありませんが…」

「いえ。ありがとうございます」

 躍太郎に深々と頭を下げたのはマダム花津だった。

「いらっしゃいませ」

 華織が微笑むと、花津は緊張した面持ちで頭を下げた。

「皆さん、お休み中ですけど…」華織がソファーのほうを見る。

「はい…」

 花津は寝ている一同のほうへ静かに歩いていった。

 立ち止まり、口を手で押さえて肩を震わせる花津を、華織はやさしく促した。

「ありがとうございます…」

 花津は、目の前の3人の手に順番に触れ、次に一人の頬を包み込むように触れると、ぽろぽろと涙を流した。


「あなたがお持ちくださった石。あれで見つかるはずだわ。そうしたら、大隅さんのところにお伺いします」

「…どうか、あなたのお力で、すべて終わらせてください」

「ええ。あなたのような方を、これ以上作ったりはしませんわ」華織は花津の目をじっと見つめる。

「すみませんが、そろそろ皆が目を覚まします。今日のところはこれで…」

 躍太郎が促すと、花津は何度も何度も後ろを振り返りながら、入ってきたドアから姿を消した。


「伯母さん、ちょっと」涼一が華織を廊下に呼び出した。「…彼女は誰?」

「あなたは会うのが初めてだったかしら。デザイナーのマダム花津という名前で知られていると思うけど」

「ああ、名前は知ってる。いつもはサングラス掛けているよね。何でその彼女が? 大隅さんと知り合いなの?」

「彼は彼女の養父よ。機関にいたころの話」

「ということは、彼女も機関の関係者なのか」

「いいえ。“命”の血筋。前総帥が妻にしようとしていた女性なの」


「機関と“命”の血筋は本来交わらせてはいけないんだろ? 確か澪さんのお母さんも“命”の血筋で、それで問題になってたんだよね」

「澪ちゃんのお母様は、彼女の妹。マダム花津が他の男性と結婚してしまったから、澪ちゃんのお母様は身代わりのようなものね。まあ、その前に、澪ちゃんに傷を負わせた姉の母親と再婚してるんだけど。ええと…再婚ていうのはね、最初の奥様はまた別にいたから」

「…前総帥って、何人女がいたの?」涼一が呆れ顔になる。


「最盛期のあなたほどじゃないわよ」ちらりと涼一を見る華織。「若い頃に結婚した最初の奥様との間にも子供がいたわ。孫もいる。それが、大隅さんが次の総帥に推している人間。でも、現在は行方不明。

 それから、次にマダム花津を娶ろうとして失敗。大隅さんの勧めで別の女性と結婚して、子どもが生まれた。それが澪ちゃんのお姉さん。

 で、澪ちゃんのお母さんを愛人にしたけど、彼女は他界した。色ボケ爺さんは、澪ちゃんの事件があってから、総帥の座をしりぞいた。でも、その座を受け継いだのは頭の足りないお兄さんで、現在に至るというわけよ」

「なるほどね。伯母さんにしては、とても簡潔な説明だ。感動したよ」

「どうもありがとう」少々ムッとした顔で答える華織。


「で、彼女…マダム花津は3人とどういう関係なんだい」

「彼女がここにいたことは、まだ他の人間には言わないでおいてね」

 華織は涼一の問いには答えずに、部屋に戻って行った。


  *  *  *


「…あら? 私、どうしたのかしら…」鈴音が目を覚まし、辺りを見渡す。

 他の人間も目覚めていたようだが、皆一様にボーっとしている様子だ。

「おかん。よう寝とったなあ」

「翔太!」

「寝顔は一番べっぴんやったで」耳元で囁くと、にぃーっと笑う翔太。

「何言ってるのよ。…何か頭がボーっとするわ。妙な夢まで見るし」

「どないな夢、みたん?」

「懐かしい人にあったの」鈴音は、翔太を引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。

 隣でその様子を見ていた飛呂之は、複雑な表情でうつむく。


 その時、澪がワゴンでお茶を運んできた。

「皆さん、まだ頭がスッキリしないでしょうから、ハーブティーでも召し上がってください」

「あ、あの…奏子がいないんですが」うろたえ気味に澪に問いかける響子。

「今すぐ来ますわ」

 澪がそう言うと、ドアが開き、龍に手をつながれた奏子が立っていた。

「奏子…」

「ママ!」

 奏子が龍の手を離さずに、響子めがけて走り出したため、バランスを崩した龍は引きずられるような形で部屋を移動して行った。


「おばさま。心配かけてごめんなさい。目が覚めたときに、奏子ちゃんが疲れちゃわないように、風馬叔父さんがヒーリングしてたんです」

「そうだったの」龍に向かって微笑む響子。

「龍くんを引きずって走るんだから、元気だよ」翼がぼそっとつぶやいた。

「ひきずってないよ。てが、つながってたの」

 そう言いながらニコニコ笑う奏子は、まだ龍の手を離す様子がない。

「…おじさま、大丈夫ですか? お顔の色、あまりよくないみたいです」

 龍が覗き込むと、疾人はハッとしたように顔を上げた。

「大丈夫だよ。ありがとう」


「皆さんの体がもう少し落ち着かれたら、私のほうから今後のことについて説明いたします」

 龍と翔太も揃ったところで躍太郎が呼びかけると、一同は食い入るように躍太郎を見つめ、これから始まる話に向け、姿勢を正した。


  *  *  *


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