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12/21

その12


 躍太郎に大広間へと通された客たちは、一様に溜め息を漏らした。

 裕福な家の人間ばかりなので広い家は見慣れているが、それでも120畳の大広間には圧倒される。まるで清流旅館並みの広さだ。しかも壁の片側は一面鏡になっており、よけいに広さを感じさせる。


「そちらのソファーでお待ち下さい」

 窓側に四角形に並べられた、6人掛けの長ソファー4つを手で示し、一礼すると躍太郎は部屋を出て行った。


「うちより広いかしら…」目でざっと縦横の寸法を計算しながら、鈴音がつぶやく。

「ご自宅も旅館に使えそうだな」飛呂之も驚いている様子だ。

「部屋の四隅にある岩みたいなもの、何かしらね」弦子が不思議そうに見渡す。

「ねえ、天井に彫られてるのって、龍と鳳凰と虎と…」と響子。

「亀だ!」翼も叫ぶ。

 招かれた一同は、賢児と玲香の結婚式や清流への宿泊で面識があったので、皆、思い思いに今いる場所に対する感想を語り合っていた。


「皆さん、いらっしゃいませ。今日はお忙しいところ、拙宅までお運びいただき、ありがとうございます」

 そう言う華織を筆頭に、躍太郎、風馬、澪が白い袴装で現れると、一同は緊張した面持ちで彼らを見つめた。慌てて立ち上がり、彼らに会釈する。

「どうぞ、そのままで。座席も今のままで結構ですから」

 躍太郎がそう言い、現れた4人は空いているソファーに並んで腰掛けた。

「…あら。絢子さんがいらっしゃらないのね」

「すみません、小母様」疾人が頭を下げる。「今日、講演会が終わってから合流するはずだったんですが、今、新幹線が止まっているみたいでして。先に始めてもらえませんか」

「まあ、それは大変ね。お仕事の後でお疲れでしょうに…」


 疾人の母、絢子は、疾人同様、医者として働いている。院長として四辻総合医院を取り仕切り、息子と一緒に心療クリニックの経営にも携わっていた。

「すみません、皆さんも」再び頭を下げる疾人。

「じゃあ、“石”は…」

「あ、それは私が四辻家全員分を預かっていますので」響子が言う。

「わかりました。それならけっこうですわ。では、皆さん。石をご用意下さい」

 華織がそう言うと、保の部屋にあったタイチンルチルの龍の置物を、風馬がワゴンに乗せ運んできた。客人の中央にあるテーブルの横にそれをセッティングする風馬。


「この、岩に巻きついた龍の肌に添って、凹凸がいくつもあります。皆様の石を思い思いにはめてみて下さい。…まあ、はまるべき場所にしかはまりませんけれど」

 だが、華織の言葉に一同は互いの様子を伺い見るばかりで、誰も積極的には動こうとしない。


「じゃあ、紗由からやってみてちょうだい」

「はーい!」

 紗由は、ポケットからラブラドライトを取り出すと、龍の置物に近づき、頭の上にそれを置いた。だが、石は安定せずに龍の頭から転がり落ち、龍の前足の辺りの窪みにすっぽりとはまった。

「はいった」うれしそうに笑う紗由。

「よくできました。じゃあ、次は奏子ちゃんね」


「はい!」

 紗由の真似をするのかと一同は思ったが、意に反して奏子は、手に握っていたブルーアンバーを背中の真ん中に一発ではめ込んだ。

「はいりました」

「奏子ちゃんは、その子と仲良しなのね。よくできました。…じゃあ、次は翼くんね。お父様やお母様と一緒でもいいわよ」


「じゃあ、3人でやります」

 翼は素早く置物に近づき、疾人と響子を手招きすると、腕組みをして置物を眺めた。しばらくすると、翼は自分の水晶を龍の羽の付け根に置いた。

 そして、何を思ったのか、響子が持っている、絢子、疾人、響子のぶんの石を手にすると、次々と龍の背中や足元にはめこんでしまった。

「翼、自分のぶんだけでいいのよ」焦る響子。

「いいのよ、響子さん。翼くん、ありがとう」

 翼は華織にぺこんと一礼すると、すたすたとソファーに戻った。


「次は…飛呂之さんたちにお願いしようかしら」

「はい」

 飛呂之、鈴音、弦子は、いささか緊張気味に置物に近づいた。三者三様に置物をチェックし、自分の石と置物を見比べている。

 そして、飛呂之から石を置くのかと思いきや、最初に弦子がアラゴナイトを龍のお腹の辺りに置き、続いて鈴音が翡翠を尻尾の近くの背中に置いた。


「“命”さま。私は、この天珠と翡翠、どちらを使えばよろしいでしょうか」華織に尋ねる飛呂之。

「では、翡翠を」

 そう言われた飛呂之は、置物全体をゆっくりと眺め回した。しばらくすると鈴音の翡翠のすぐ上に自分の翡翠を置き、華織に一礼するとソファーに戻った。


「えーと、保ちゃんは、この龍の持ち主だからスキップね。周子さん、お願い」

「あ…はい」

 周子は、ハンカチに包んでいたスペサルタイトガーネットを取り出すと、そーっと置物に近づいた。緊張の面持ちで何度も何度も周りを回って、つぶさに置物の表面を眺めている。


「かあさま、さゆ、おてつだいするよ!」

 紗由が走ってくると、周子は一瞬戸惑いの表情を見せた。

「いいわよ、周子さん。紗由と一緒におやりなさい」

「は、はい」

 紗由は嬉しそうに周子と手をつなぐと、歌を歌い出した。それで緊張の糸がほぐれたのか、しばらくすると、紗由が自分の石を置いた付近に、スペサルタイトガーネットを置いた。


「お疲れ様。じゃあ、涼ちゃんの番ね。石はこれを使ってちょうだい」

 華織は手元の箱の中からアレキサンドライトを取り出し、涼一に渡した。

 涼一は受け取った石を窓のほうに向け、光を向こうに、その輝きを確認する。

「きれいな青緑だね」

 タイチンルチルの龍と、アレキサンドライトを見比べ、涼一は少し怪訝そうな顔をする。

「龍の上に置かないという選択肢もありなの?」

「ええ。置くべき場所がないと涼ちゃんが感じたなら」微笑む華織。

「じゃあ、これは父さんが預かって」涼一は保に自分の石を渡した。


「では、最後に誠さん」

「はい」

 誠は、ゆったりとソファーを立ち上がると、龍の置物と同じタイチンルチルを、その口の部分にはめ込んだ。

「ご機嫌ですね、この子は」

「久しぶりに遊べてうれしいのよ。…では、ここで一旦休憩にしましょう。お茶をご用意させますから、ごゆっくりなさってください」

 華織が言うと、風馬と澪がおもむろに立ち上がり、お茶の準備をしに行った。


  *  *  *


 大広間から見ると鏡にしか見えないそれは、いわゆるマジックミラーになっていて、その向こう側では、龍、翔太、賢児、玲香たちがソファーに座って、大広間に集まった皆の様子を、最初からつぶさに観察していた。

「大人は皆、落ち着きがないね」龍が全体を見回しながら言う。

「そりゃあ、この広さやし、造りやし、圧倒されるがな。しかも、“命”さまから、わけわからんお呼び出しやで。おかんに盗み食いバレた時より緊張するやろ」

「確かにな。…あ、始まったみたいだぞ」賢児がガラスに食い入るように近づく。

 大広間の音声は、天井のスピーカーから流れてくる。華織が皆に挨拶をし、風馬が龍の置物を運んできた。

「あのタイチンルチルの龍、お義父さまのお部屋で見るより、大きく見えますね…」玲香もガラスに顔を近づけた。


「あはは。紗由らしいなあ、あの入れ方」

「おばあさまが言ってた。僕みたいに考え過ぎないほうがいいときもあるって。紗由を見習ったほうがいいって」少し口を尖らせながら言う龍。

「二人が協力し合うから、バランスよくなるのね」玲香が微笑む。

「奏子ちゃんのパパさんとママさん、ぴかぴかに落ち着きがないなあ。奏子ちゃんと翼くんは安定しとるのに…」

「二人とも見た目的には冷静な感じがするのにね。疾人さんは職業柄、ポーカーフェイスなのかしら。響子さんは、喜怒哀楽をはっきり表に出す人っていう印象だったんだけど、実はそうでもないのかしらね…」


「へえ…奏子ちゃんは、石とおんなじぴかぴかや」

「本当だ。波長がぴったり一致してる。こういうの、おばあさまでもめったにないよ」

 そう言うと、ガラスに両手をついて、しばらくじっとしている龍。


「石との波長って、合わせようと思って合わせられるものなのか?」

「普通は“力”がないと無理だよ。でも、奏子ちゃんの“力”は…」難しい顔になる龍。

「以前の紗由ちゃんと同じやな。色が周りに合わせて、どんどん変わっちょる」

「奏子ちゃんは石だけじゃなくて、人にも波長を合わせられるのかしら」

「普段から、他人に気を遣った優しい話し方をするもんな。性格の問題なのかもしれないな」賢児が頷く。


「あ、来た来た。翼だ」嬉しそうに乗り出す龍。

「何だよ。何か起こるのか?」不思議そうに賢児が尋ねる。

「翼はすごいんだ。ちょっと見てて…」

 龍がそう言ってまもなく、翼は自分の石だけでなく、他の3個の石も矢継ぎ早にはめ込んでいった。

「本当。すごいわ、翼くん…」


「翼はね、見たものを一瞬で記憶するんだ。龍の形を全部覚えて、トランプの神経衰弱みたいに石を置いていってるんだよ」

「へえ。確かにそれはすごいな。そういう瞬間記憶能力って、“命”の力と関係があるのか?」

「それとは種類が違うと思う。天才って呼ばれることはあると思うけど」

「なるほどね…疾人くんは、翼に特に注意もしなかったけど、ある程度、翼の行動を予測してたんだろうか」


「疾人おじさんは内心焦ってるかも。翼に、こうさせたいっていうのが、いつもあるんだ。奏子ちゃんは従うけど、翼は従わない」

「あら。大人しそうなのに、意外と頑固さんなのかしら」

「相性があるんだ。言うことを聞かせるにも」

「それは、注文を出す側の力次第やろ。おかんは有無言わせへんで」

「鈴音さんと比べるのもなあ…まあ、疾人くん頑張れってところか」賢児が笑う。


「疾人おじさんはやっかいだから、あんまり頑張らなくていいよ」

「やっかい?」賢児と玲香が同時に聞き返した。

「奏子ちゃんも、そのうち言うことを聞かなくなるよ。紗由やまりりんの影響で、だいぶ自分の考えを主張するようになってきてるから」

「反抗期か? それなら、やっかいなのは奏子ちゃんのほうじゃないのか?」

「大人がいつでも正しいとは限らないよ」

 龍は二人のほうを振り返らずに答えた。


「せやな。何かで頭がいっぱいやと、正しいことがちゃんと入ってきいへんわ。奏子ちゃんパパは、“命”さまに頼んで、ちいと頭掃除してもらったほうがええ」

「疾人くんは、頭が何で一杯になってるんだ?」

「そこまでは、わからへんけど、いつ会うても、ぴかぴかの色が暗いわ。すす払ったほうがええ思う」

「お仕事柄、他人の暗い部分の影響をもろに被るでしょうから、ある程度は仕方ないのかもね…」


「弦子さんから置いたね」賢児が言う。

「おばちゃんも、おかんも、石の色が合いそうな場所に置いたな」

「神様はきれいなものが好きだから、いいんじゃない」くすりと笑う龍。

「父さんは翡翠を使うのね」

「えーと、あの翡翠は…ああ、バングルいうやつとおそろいのやな」

「バングルって、もしかして俺が最初に清流に行ったときに、飛呂之さんが見せてくれたやつかな」

「うん。そうや」

「三彩って言ってたよね。3色混ざってるの」龍も思い出したように言う。

「じっちゃんが言うとった。バングルの真ん中部分で作ったのが、あの石なんや」

「バングルは、飛呂之さんの手には少し小さかったよな。女物かな」


 その時、龍のスマホが鳴った。

「…うん、わかった。今、取りに行くよ」

 龍は、荷物が届いたようだからと言うと、その場を後にした。

「何かしら、荷物って。龍くん、席はずして大丈夫なのかしら」

「必要なもんが届いたいうことやろ。すぐ戻るて」

「周子さんが珍しく迷ってるから、ちょうどいいかもな」

「紗由ちゃん、再登場だわ。…お歌まで歌って、可愛いわね」

「まあな」

 翔太は、まるで自分が褒められたかのように得意げになる。

「やっぱり周子さんは、紗由ちゃんがいると“力”が出るってことなのかしら」

「“力”を出すのが、あまり好きやないんやろ。周子はんのぴかぴかは、そんな感じやからな、いっつも」


「あら? 龍くん、あっちに…」

 玲香が指差した先には、箱を手にした龍の姿があった。華織の後ろのテーブルに箱を置くと、龍は静かにその場を離れた。

「皆、緊張してるんだな。誠くんと奏子ちゃんしか、龍のこと気づいてなかったみたいだ」

「届いたという石、涼一さんのものだったんですね…」

「ああ。兄貴も俺も、石なんて持ってないからな。伯母さんが“お取り寄せ”してくれたんだろう」

「あ。お義父さまに渡しちゃいましたね」


「正解だよ。あのままじゃ、じいじが疲れちゃう」

「龍くん!…おかえりなさい」

「ただいま」龍が微笑む。

「親父が疲れるって、どういうこと?」

「土台の石がじいじのだからだよ。いきなり、いろんな石を嵌められて、胃もたれしてるってところかなあ」

「目玉焼きに、皆でソースや、しょうゆや、ケチャップや、いっぺんにかけてるようなもんや。玲ちゃんやったら、どないする?」

「お皿ひっくり返しちゃうわね」玲香がうふふと笑う。

「せやから、そないなことならんように、皿にフタしたんや、涼一はんが」


「へえ。兄貴、そんなことわかるんだ」感心する賢児。

「わかるっていうより、とうさまは論理的に考えて、そうしたんだよ。結果的に翔太の言うような感じになっただけさ。見て…あの龍には、もう石をはめるようなスペースは口のところ以外にない。口にはめる石はきっと重要な石で、メンバーから考えると、それをはめるのは自分じゃないだろうって」

「兄貴は場を読んでパフォーマンスすることにかけては天才的だからなあ」

「ほれ。誠はんが、大トリや」

「誠さんて、石を持っているときの振る舞いがこなれた感じよね」

「兄貴の女性あしらいを彷彿とさせるよな。…ところでさ、伯父さんと伯母さん、風馬と澪さんも石を持ってるんだろ? それはいいのか?」

「それと龍くんや翔太のも」


「翔太のは、もう入ってるよ」

「どこに?」賢児と玲香が驚く。

「石持ち上げないと、わからへんやろな。下側のお腹んとこや」

「翔太の石は、じいじの龍と同じ石から作ったものなんだ。色合いが同じだから、皆気づかないんだよ」

「へえ…そうなの。でも、翔太の石ってタイチンルチルなの? もしかして、奈美ちゃんが誠さんから買ったっていう石?」

「そうや。“命”さまに言われて、一週間450円で借りてきたん」

 誰も笑わないので、翔太が少し気まずい顔になる。


「おばあさまたちと僕の石は、また別になるんだ。西園寺本家の石は、こういうとき他の石とは一緒にしない。僕は、血筋的には本家になるから、石はおばあさまのほうに入れる」

「その石はどこにあるんだ?」

「おばあさまの後ろに置いてある。布が掛かってて今は見えないけど。おばあさまの石は水晶の龍だよ。透明できれいなんだ。じいじの龍とは双子なの。じいじのは女の子で、おばあさまのは男の子」

「みんなには見せないの?」玲香がお腹を押さえながら尋ねる。


「その子たち、見たがってるみたいだね」龍が玲香のお腹を見つめて笑う。「もう少ししたら、きっと見えるよ。もし今がダメでも、後で特別に見せてあげるよ」

「嬉しいわ。ありがとう。きっとキレイでしょうね」

「俺も見たいな…」

 子どものような顔で龍を見る賢児に、玲香と龍と翔太の3人は思わず吹き出した。


「大丈夫だよ。おばあさまは、もしかしたら賢ちゃんに一番見せたいんだ」

 龍は微笑むと、右手で賢児の手をぎゅっと握り、左手で玲香のお腹にそっと触れた。


  *  *  *


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