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その11


「かなこちゃん、なにしてるのお?」

 ホテルの部屋のベランダで椅子に座って空を見上げていた奏子に、真里菜が声を掛けた。

「あ、まりりん。…あのね、おじいちゃまと、おはなししてるの」

「かなこちゃんのおじいちゃまは、おほしさまになったんだよね。おほしさまって、おはなしできるの?」

「うん。できるよ。かなこね、まいにち、ようちえんからかえると、うらのおにわに、おはなししにいくの。よるもね、ねるまえに、ベッドのなかでおはなしするの」

「ふーん。そうなんだあ。じゃあ、おじいちゃまは、そうやって、あのこと、かなこちゃんにおしえてくれたんだ。それで、きょうは、なにをおはなししたの?」

「パーティーのこと、おはなししたの。さゆちゃん、ないちゃって、かわいそうだったし…」きゅっと唇を噛む奏子。

「…せんむさんは、くびにするから、まっててね」真里菜も唇を噛む。


「あ…でも、おかしは、おいしかったね」奏子が笑う。「まりりん、ひこうきのチョコ、バッグにいれてたよね。おみやげ?」

「…うん」さらにキュッと唇を噛む真里菜。

「おにいちゃまに?」

 目を輝かせて聞く奏子に、真里菜は小声で答える。

「わかんないけど…このまえ、つばさくんに、ゆびわもらったから」

「ありがとう、まりりん」


 奏子が真里菜の手を取り、嬉しそうに振り回すのを、カーテンの隙間から見ていた紗由は思った。

“かなこちゃんは、おじいちゃまがいっぱいいるんだ…”

「さーゆ。何してるの?」周子が後ろから紗由の顔を覗き込む。

「かあさま。おじいちゃまって、みんな、いっぱいいるの?」

「おじいちゃま?…うーん、そうねえ、いっぱいって言うか、紗由にも二人いるわよね。とうさまのとうさまが“じいじ”でしょ。かあさまのとうさまが“じじちゃま”でしょう?」

「ふたり…」

「どうしたの。そんなこと聞いて。…そうねえ、じじちゃまには、しばらく会ってないわね。帰りに寄ってみましょうか」


 周子がスマホを持ってきて自分の父親に電話をしている様子を横目に、紗由は考え込んでいた。

“きょうのおじいちゃまは…”

「紗由。じじちゃまよ。ご挨拶しましょ」

 周子に言われて、紗由はスマホを手にした。

「じじちゃま? さゆだよ。きょうはねえ…」

 楽しそうに祖父と会話を交わす紗由を眺めながら、周子は何故紗由が唐突にそんな質問をしたのかと、何かしら引っ掛かるものを感じていた。


  *  *  *


 紗由たち一行と同じホテルの一室では、大隅とマダム花津がブランデーを酌み交わしていた。

「楽しかったかな? 今日の集いは」

「そういう質問はやめてください」

「…まあ、そう怒るな。私は楽しかったよ。皆、元気で幸せそうで。それにその顔、そっくりだ。姉と妹は似るんだな、やっぱり」

「私は彼女のようにはなりません」

「まあ、いい。そのコサージュは翔太くんにもらったのかい?」

「…ええ」不機嫌そうにしていたマダム花津の表情が和らいだ。

「可愛い子だ。いい育ち方をしたんだろうな。能力も、すくすくと伸びているようだ」

「紗由ちゃんのフィアンセだそうですわ」

「そうか。それはお似合いだな」笑顔になる大隅。「二人の子どもだったら“最強の女神”を上回るかもしれんな」

 大隅の言葉に花津は答える様子がない。


「さすがに、二人の子どもには私は会えそうにないが…賢児くんと玲香さんの子どもには会えそうだ」

「…彼女らに手出しをしたら承知しないわ」

「おまえは何か勘違いしているようだ。私は決着が付けばそれでいい。彼らに敵対するつもりなどない」

「内部にメスを入れられずにいるのに、決着も何もないでしょう」

「ものには順序というものがある。だから、そのために女神たちの力が必要なんだ。おまえだって親友の死を無駄にはしたくないだろう?」

 大隅の言葉に花津は大声で笑い出した。

「…彼なら言うでしょうね。“人でなし”って」

「決着が付けば、おまえも自由になれる」

「今さら自由になっても、25年前に戻れるわけじゃないわ」

「ああ、そうだ。だが、25年前に戻っても、おまえはきっと同じ選択をした」

「そうね…」

 花津は下を向いたまま、翔太のくれたコサージュを愛おしそうに撫でた。


  *  *  *


 玲香の妊娠発覚後、一同は生まれてくる子どもたちのことを話しつつ、保や涼一、周子に電話をするなどしながら、穏やかなひと時を過ごしていた。

「翔太ってば、どうしてこの前言わなかったの?」

「ごめんなさい、玲香さん。私が以前言ったのよ。人の生死に関わることが、ぴかぴかの様子から見て取れても、本人には言ってはいけないって。翔太くんは、それを守っていたんだわ」華織が謝る。

「…すんまへん。でも、ばれてしまいました」うつむく翔太。

「玲香さんも気づいていたようだから大丈夫よ、翔太くん。玲香さんは、これから仕事あまり無理しないように」

「あ…はい」ばつが悪そうに笑う玲香。

「大丈夫。俺が気をつけるから」

「そうね。これからは賢ちゃんが、玲香さんと子どもたちを守るのよ」

 華織がじっと見つめると、賢児は真剣な顔でうなずいた。


「そうだな。そのためにも、今、我々が抱えている問題は処理しておく必要がある」

 躍太郎が部屋に入ってきた。

「お帰りなさい、躍太郎さん」たちまち満面の笑みになる華織。「…それで、いかがでしたの?」

「ああ。珍しく彼と意見が一致したよ。いい加減、決着をつけたいそうだ。それが本当なら、全面的に協力してくれるはずだ」

「彼って誰?」賢児が尋ねる。

「大隅さんよ」

「大隅さん? 何で彼が出てくるの?」

「大隅老人は、いわゆる“関係者”なんですか?」賢児と玲香が同時に尋ねる。


「翔太くんはどう思った? あの人のこと」

 華織が聞くと、翔太は首をかしげながら言った。

「言われたことは変やな思いましたけど、あとは特に…」

「そうでしょうね。突拍子もない話をされたら、翔太くんは胸のぴかぴかより、そっちに気が行っちゃって、ぴかぴかが薄まっちゃうわね」

「いいかい、翔太くん。頭と目は分けて使うんだ。相手が何をしゃべっていようとも、胸から注意を離さない。いいね」

 躍太郎が言うと、翔太は頷きながら「はい」と返事をした。


「…それで二人の疑問への答えだが、彼は以前、前総帥の秘書をしていた。次のトップに変わって彼が一線から退くと、機関に対抗する新勢力が現れ、さらに澪さんの一件が起きた」

「やっぱり関係ある人だったんだ、大隅さん」龍が心なしか口を尖らせた。

 玲香が聞く。

「では、勢力分布としては、今の機関、機関への反勢力、大隅老人たちの前の機関支持者、そして我々なんですね。それで大隅老人は、今現在どういうお考えなんですか?」

「機関を正常化したいという意味では、われわれと同じだ。だが、彼は元上司の孫を機関の新たな総帥に据えようとしているのでね、そこが意見の食い違うところだ」


「じゃあ、今の機関と反勢力を一掃するところまで協力体制を敷くけど、その後はどうなるかわからないってこと?」

「一応、機関の役職者は、“命”と“宿”、“機関”の人間たちによる選挙で選ぶから、陰で凌ぎ合いをすることになるだろうな」

「選挙なら、大臣先生がおるやないですか!」

「そうね。保ちゃんがいれば女性票はバッチリだわ」華織がうふふと笑うと、空気が一瞬なごむ。


「あの…こちらサイドには誰がいて、誰を推しているんですか? それと、そのお孫さんは使えない人材なんですか?」玲香が矢継ぎ早に質問する。

「“命”の大半がこちらサイドだよ。自分たちの立場を危うくするトップに振り回されるのは、もう我慢ならないが、反勢力や、元トップ派が権力を握ったところで、中身がどう変わるのかわからない、といったところだろう。

 奏人くんが亡くなった一件も、直接機関が手を下さなかったにしても、機関が彼を疎んじていたのは事実だ。あれ以降、“命”たちの間でも危機感が高まってきている。“命”を認定し任命するのは機関だからね」


「だから、特定の個人に振り回されないようにするために、私たちは評議員制を希望しているの」

「複数代表制ってこと?」賢児が聞く。

「ええ、そうよ。ええと、それから孫のことだけど、トップとしての適性があるかどうかはわからないわ」

「“命”さまでも、わからへんのですか?」

「大隅さんも、20年以上会ってないはず。今、双方で探しているところなの。おそらく見つからないように結界が張られているのね。わかっているのは、今年25歳という年齢だけ」

「玲香と同い年か」

「明日の集まりは、その人物を探し出す手始めでもあるのよ」


「えーと、10人位呼んであるんだっけ?」

 賢児が聞くと、華織が言った。

「翔太くんは、ぴかぴか観察。龍はそれぞれが石とどんなふうに共鳴しあっているかのチェック。賢ちゃんは、普通の人の目で皆の様子を観察。玲香さんは、お腹の子たちがどう反応するかを感じて欲しいの」

「お腹の子って、そんなに大きいのか? もう外とやりとりできるわけ?」驚いて華織を見つめる賢児。

「あなたたちの子どもは、龍に匹敵する、あるいはそれ以上の“力”を持って生まれてくるわ。それだけは、わかっておいて。でもね、それが危険にさらされるとか、そういうことじゃないの。今、この状況を根治しておけば、能力を持つことがイコール危険にはならない」


「この子たちが、そんな…」玲香がおなかをなでる。

「俺は何をすればいいの。普通の人間でしかない俺が、この子たちのために何かできるんだろうか」賢児が不安げにうつむく。

「大丈夫だよ。賢児はいつも、気がついたら何かをしていてくれてるんだ」微笑む風馬。

「風馬さんがこう言うんですから、大丈夫ですよ、賢児さん。それに、普通の人間の視点は、私たちにはある意味欠けているものですし、大事なんです」微笑む澪。


「賢児さま。私や子どもたちが付いてますから!」

「それだと、俺が守ってもらうことになっちゃうよ」困った顔になる賢児。

「賢児さま、守る守られるというのは結果論です。自分の身を危険に晒したら相手を守ることは出来ません。守りたい人間がいれば、人というのは自分の安全にも気を配るようになります。賢児さまが健康で暮らしていてくだされば、それでいいんです」

 玲香が微笑むと、賢児だけでなく、皆がこくりとうなづいた。


「さあ、食事をしながら、明日の段取りを打ち合わせておきましょう」

 華織はダイニングに皆を招き入れると、冷蔵庫からサラダを運んできた。

「あ! これ、知っとります。短冊切りいうやつですな。八宝菜のニンジンやタケノコ、こうやって切るんです。うちの仲居さんに教わりました」

 翔太が自慢げに言うと、華織はムッとした顔で答えた。

「これは千切りよ、翔太くん」

「え…!?」

「母さん、子どもに嘘教えちゃ駄目だよ。それに昔、“けんたん”からもそういう指摘受けたよね」

 風馬がくくくと笑うと、躍太郎が溜め息半分に言った。

「翔太くん。キャベツはこれぐらいのほうが、歯ごたえがあっていいんだよ」

「僕の歯が丈夫なのは、おばあさまのおかげなんだ」龍も皮肉交じりに淡々と答える。「アクセサリー作りの時の器用さが生かされていないのは何だけどね」

 華織の世間的な職業は、ジュエリーデザインや彫金の仕事なのだ。


「さ、さすがですなあ。ご家族の健康のために、ええ感じに切っとるんですな」

「無理しなくていいのよ、翔太くん」華織がかたい声で言う。

「いいえ!“命”さまは完璧過ぎるんですから、少しぐらい突っ込みどころがないと、あきまへん。その、ゆるーいところが、グランパさんのお気持ちをくすぐるんですわ。紗由ちゃんもそうです。スーパーレディに見えて、けっこう、あまえたさんやし、泣き虫なところが可愛いんです」

 いつの間にか、紗由の話になって勝手に相好を崩す翔太に、華織もこれ以上文句を言う気もなくなったのか、「紗由は手が掛かるわよ」とだけ言うと、スープを取りにキッチンへと戻って行った。


「ごめんよ、翔太くん。料理ネタは我が家ではタブーなんだ」

 すまなそうに言う躍太郎に、タブーの意味がわからぬ翔太が首をかしげる。

「お料理の話は、しちゃいけないってことよ」玲香が説明する。

「あの、でも、トンカツんときのキャベツはどないなっとるんですか?」

「大丈夫。普段は私かコックが料理してるんだ」

「今日は母さんなりのお祝いのつもりなんだよ。玲香さんのお腹の子どもへのね」

「ああん。俺、悪いことしてしもた…」

 賢児は泣きそうになる翔太の頭をなでると、キッチンへと向かった。

「大丈夫だよ。…俺、運ぶの手伝ってくるよ」


  *  *  *


 キッチンでは華織が真剣な表情でスープのクルトンを、それぞれの皿に入れていた。

「へえ、パプリカが綺麗な彩だなあ。美味そうなスープだね」

「これはね、自信作なの。躍太郎さんがジャガイモと枝豆で作った冷製スープなのよ」

 最後だけ手伝って自信作と言い切る華織を、まるで型抜きだけして自分でクッキーを作ったと言い張る紗由のようだなと賢児は思ったが、それは口に出さずにおいた。


「あのさ、伯母さん。ここに来るまでずっと気になってたわけなんだけど、結局あのハガキは誰が出したものなの?」

「ああ。まだ返してなかったわね」

「前に澪さんから、伯母さんや玲香のところへ届いたものと同じ花菱草が描かれてたよね。でも、この前のは、どうやら澪さんじゃないようだ。消印はイマジカの近くだけど、その日は澪さん、静岡だったようだし」

「ええ、そうね」

「玲香と翔太を知っている、四辻家関係者ってことだろ?」

「それだけでは四辻家の人間とは限らないわ」

「そうか…。でもさ、花菱草のハガキを使うのには、何かの意味があるわけだろ。それに今回のは翔太のサッカーの試合への注意。そんなのって、翔太を可愛がっている人間しかいないと思うんだけどな」

「あら。それって、かなり容疑者が増えちゃうわね」華織が笑う。


「玲香と俺の結婚というのは、その筋から見れば、“命”と“宿”の血筋の婚姻関係だから、接触してくる理由がわからないでもないんだよ。でも、翔太のサッカーの試合って、何か、すごく限定的だよね」

「あら、そうかしら。翔太くんはお役目を復活した清流の大切な跡取りなのよ。能力もこれからどんどん伸びていくわ。彼が大怪我でもしたら大変」

「うーん。それはそうなんだけどさ…関係者から見たときに、そこまで危険だったら、試合に出ないように阻止するべく力が働くんじゃないのかな。チームの他の子にはそういう連絡はなかったようだし、送り主にとって、翔太は特別な存在なのかなって思ってさ」


「賢ちゃんは、具体的に見当がついているの?」

「わからないから聞いてるんだよ、伯母さん。翔太のファンなら、ちゃんと名乗るはずだしね」

「じゃあ、名乗れないファンということね。…やだ、スープが冷めちゃうわ。早く運んでちょうだい」

 華織はそう言うと、スプーンの乗ったワゴンを目で示した。

「冷製スープは冷めないよ」

「んもう。ぬるくなっちゃうってこと。行間ぐらい読んでちょうだい」

「はいはい」

 ふくれっつらをしながら、賢児が皿をワゴンに乗せて運んでいく。


“名乗れないファン…”

 華織の言葉に、ある考えが思い浮かんだ賢児だったが、それを玲香に確認していいものなのかどうか、思いあぐねながら、リビングのドアを開いた。


  *  *  *


「では皆さん。明日は打ち合わせどおりにお願いね」

「はい! お任せください」必死にうなづきながら華織を見上げる翔太。

「ふふ。ありがとう、翔太くん。頼りにしてるわ」

「紗由ばっかり見てたら駄目なんだからね」

 龍が言うと、翔太がにやりと笑った。

「奏子ちゃんばかり見てたら、あかんで」

「龍くんと翔太くん、すごく仲良しね」澪がうれしそうに笑う。「将来は兄弟ですものね」

「翔太は弟になるんだよね、僕の」龍が勝ち誇ったように言う。

「龍…おまえの言い方、なーんか兄貴を思い出すな」賢児が眉間にしわを寄せる。

「じゃあ、龍は翔太くんが好きで好きでたまらないってことだね」

 風馬が微笑むと、躍太郎と華織が笑いをこらえて肩を震わせた。


  *  *  *


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