その10
大隅のパーティーが午後4時で終わり、西園寺家らの面々は二手に分かれた。華織に呼ばれていた賢児、玲香、龍、翔太は静岡の華織の家に向かい、周子、紗由と、真里菜、奏子、夕紀菜、響子の6人は、そのまま会場のホテルに宿泊することになった。
「どうしたの、翔太くん。難しい顔してる。紗由ちゃんと離れ離れで寂しいのかな?」
車で賢児たちを迎えに来た澪が冷やかすように尋ねると、翔太はさらに考え込む様子で言った。
「何や、ようわからんことばかりや。“命”さまは、全部わかるんかなあ…」
「何がわからなかったの?」
玲香が尋ねると、翔太は言いかけた言葉を濁した。
「別に、何がってわけやないけど…」
「何よ。変な子ね」
「僕もわからないことだらけだよ。だいたい、大隅さんに呼ばれているメンバーが、ちょっと変だし」龍が言う。
「変て?」賢児が龍を覗き込む。
「あのね、本当にジュニアオーケストラ作りたいなら、僕の教室にも、もっと上手な子、いるんだよ。他の先生に習ってる子、何人かにも聞いたけど、選ばれた基準がわからない」
「じゃあ、お金持ち順とかか?」翔太が言う。
「それとも違うみたい。大隅さんの仕事に役立つ順かなあ?」賢児を見る龍。
「うーん。それこそ、そうでもないような面子だよな。翔太の弟子の充くん。彼のお父さん、浅草の居酒屋さんだろ。大隅さんが支援している企業は、広い意味での教育関連企業だから、ちょっとはずれてる」
「充はバイオリンも、そないにうまくないしなあ…」腕組みする翔太。
「手より口のほうが動いてるよね」
「“はらひれ、はりほれ~”言いながらバイオリン弾くやつ、初めて見たわ」
「翔太だって、トランペットのおもちゃ、“ぷっぷくぷー”って言いながら吹いてたじゃない」
玲香がくすりと笑うと、ぷーっと頬を膨らませる翔太。
「音が出ないパチもんだったんや。自分で音出すしかないやろ。充のは本物やで」
「音楽の才能でもない。家柄でもない。親の仕事でもない。何だろうな、選択の基準は。皆かわいいから、芸能プロダクションでも作るっていうなら、まだわかるんだけどな」
賢児が言うと玲香が笑った。
「学童パリコレとか、いいかもしれませんよ」
「それかも…」澪がつぶやく。
「え? どういうこと?」
「パリコレじゃないですけど、選ばれた子たちなんだろうなということです。… “弐の命”になるのは、美しい子ばかりですから」
「“命”って顔で選ぶの?」賢児が不思議そうに尋ねる。
「顔で選ぶというか…保険のようなものです。“弐の命”が精神的に激務なのは、ご存知ですよね。特に幼少時代にそういう体験をさせたときに、精神異常をきたす子も決して少なくはないんです。だから…もし、そうなっても、美しい子どもなら、周囲は面倒を見てくれるだろうということです。お義母さまや、叔父さま、風馬さんの美しさは、そういう配慮のもとに神から与えられたものなんです」
「あ…」澪の説明に、玲香は言葉に詰まった。
「でも、全員が“弐の命”の候補者ってわけじゃないよな」
「…まあ、それは」澪は言葉を濁した。
「じゃあ、龍は得しちょるな。“命”すんのは大人になってからやのに、綺麗な顔やもんなあ」
翔太が言うと、龍がふくれっつらをする。
「別に得じゃないよ。今日周りにいた子たちだって、僕の顔しか気にしてないし、決まりごとが多いし。窮屈だよ」
「みんな、大変なのね…」申し訳なさそうな声で言う玲香。
「…別に、すごく嫌なわけでもないけどさ」少し小さな声で龍が言う。
「玲ちゃんは大丈夫やな。ほどほどに、かわええだけやし」翔太がにぃーっと笑う。
「ほどほどじゃないだろ、翔太。玲香はものすごく可愛いじゃないか」
賢児が目を三角にしてすぐさま反論すると、澪が笑い出した。
「賢児さんたら、お義母さまみたい」
「ん?」
「お義母さまってば、風馬さんがお義父さんのことをちょっとでも批判したりすると、すぐにむきになっちゃうんですよ」
「“命”さまが?」翔太と玲香が驚いて叫ぶ。
「おばあさまは、グランパに夢中だから」
「まあ、確かに仲がよろしいですよね。どこに出かけても、伯父様へのお土産ばかり選んでいらっしゃるし」
「この前なんて、カエル模様のネクタイ買ってたよ。“躍太郎さんは何でも似合うのよ”って」龍が言う。
「何でもって言っても、限度があるよなあ」
賢児の言葉に一同が苦笑する。
「あとさ、“保ちゃん”のことを悪く言われると、もう大変だよな」
今度は賢児の言葉に一同が大笑いする。
「父さん大好き疾人くんに匹敵するよね」さらに指摘を続ける賢児。
「そんなに、おとうさまに夢中だったんですか、疾人さんは」玲香が聞く。
「そりゃあもう。ファザコンの域を超えてたよ。一部の噂によると、奏人先生が響子さんを気に入ってたから、結婚したんじゃないかと言われてるらしい。近くで見ている限りは、そんなことはないと思うけど、それぐらい言われちゃうってことだよ」
「まあ…重症ですね。先生がお亡くなりになってから、大丈夫だったんでしょうか」
「精神科医ですから、その辺はそれなりに対処されたんでしょうけど…」
「ファザコン対ブラコンか。伯母さんに対抗できるのは疾人くんぐらいかな」笑う賢児。
「賢ちゃん、笑い事じゃないよ。今日のおじさんのことだって、久我のおば様より、おばあさまにバレたら大変だよ。まりりんが首にするって言ったらしいけど、本当にそうなっちゃうかも。グランパね、まりりんちの会社の株っていうのを、最近いっぱい買ったんだって」龍が賢児に言う。
「…それ、かなりシャレにならないぞ」
「でも、そのほうが都合がいいみたいなこと言ってましたよ、夕紀菜さん。社長派と常務派の争いがあるらしくて、さっきの専務さんは常務派みたいですから」
「お義母さまのお怒りは、予定調和なんですわ、きっと」
「ふーん。さすがは“命”さまやな。怒っても笑っても、みんなのためになるんや」
「まあね。何考えてるのか、ちゃんと教えてくれなくて困ることだらけだけど」龍が少し不満げにつぶやく。
「じゃあ、帰ったら教えていただきましょう。お義母さまも、きっと龍くんに伝えたいことがたくさんあると思うわ」
「僕も伝えたいことがあります」
翔太が言うと、澪は「早目に帰りましょう」と言って、アクセルを踏み込んだ。
* * *
一方、賢児たちと別れた名古屋残留組はビッグスイートルームを予約し、6人が一部屋に会して、まるで修学旅行の女子高生のようなノリで大はしゃぎだった。
紗由、真里菜、奏子の3人はサンルームのところにある足湯に入りたがっていたようだが、靴下を脱いで足湯に入ろうとした紗由に、真里菜がそれでは駄目だと言い出した。
「おようふくぬいで、バスタオルまいてね。あたまもちゃんとまかないとね。かなこちゃんもだよ」
真里菜は手本を見せるかのように、さっさと服を脱ぎ、夕紀菜の旅行カバンから花柄のタオルを出すと、器用に体に巻きつけた。そして、お揃いの柄のタオルを持ち、鏡の前に行くと、これまた器用に頭に巻きつけた。
真里菜のヘルプで何とか準備の出来た紗由と奏子は、真里菜の後に続いて足湯の前のスペースに並んだ。
「何だかシンクロの人たちがプールへ入る前みたいだわね…」響子がぼそっとつぶやく。
「息もぴったりだしね。ほら、片足ずつ」
思わず吹き出す母親たち。
「ふう。いいおゆだねえ」
紗由が足を小刻みにばたつかせながら言うと、真里菜がその横で、玲香お手製の太鼓型もとい筒型バッグからビニール袋を取り出した。
「おばあちゃまに、もらったの」真里菜はそう言って、袋の中身を足湯に撒いた。
「うわあ。バラのはなびらだねえ」奏子がそーっと指で浮いた花びらをつつく。
「おふろのおばあちゃまに、おひめさまみたいだねって、せんせいもきっとそうおもうねっていったら、いーっぱいかってきたの」
「あ、真里菜ったら、やだもう。あんなもの持ってきて…」焦る夕紀菜。
「あら。私も持ってきたのよ、似たようなもの…ええと、どこ行っちゃったかしら」
自分のバッグを探していた響子だったが、奥のほうがよく探せなかったのか、バッグを少し傾けて半分ほど中身を出したところ、透明な小さな袋が出てきた。
「記念切手?…響子さん、集めてるの?」
「集めてるってほどじゃないんだけど、よく買ってるの。私、今回のように1泊2日で仕事に出ることが時々あるものだから、いつも出先から家にハガキを出すのよ。帰宅すると届いているぐらいのタイミングね。翼と奏子が、“昨日のママからハガキが来たよ”って」
「いいわねえ。そういうの。私は会社のスタジオばかりで、こうやって遠出すること、あまりないの」夕紀菜が言う。
「でも、お宅は一家でお仕事しているって感じでしょう。連帯感があってうらやましいわ。敏腕編集者と、雑誌モデルのヘアメイク、そして真里菜ちゃんは子供雑誌のモデルからアドバイザーまで」楽しそうに笑う響子。
「これで、おふろにはいるとね、つぎのひ、バラのにおいがするんだよ」
「わあ。すごいねえ」奏子が何度も匂いをかぐ。
「じいじは、バラのはな、だいすきだよ。おにわにあるよ。じいじがそだてたバラ」
「さゆちゃん、おねがい! そのおはな、こっそりもってきて。おばあちゃまに、あげたいよ、まりりんは」必死な表情で紗由に頼む真里菜。
「いいよ。こんどきたら、あげる」
「おば様、本当に保先生のこと好きなのねえ」響子がくすりと笑う。
「でも、実は夕紀菜さんも負けてないわよね。けっこう先生のこと好きでしょう」周子も笑った。
「最初にね、美容師さんになるといいよって言ったのは先生なの」
夕紀菜は父親の会社の雑誌専属でヘアメイクをしている。真里菜がおしゃれにうるさいのも、ファッション誌編集長の父とヘアメイクの母の影響だとも言える。
「あら、知らなかった」響子が驚く。
「中学入る前くらいかしら。後援会に来ていた子どもたちの髪の毛をよくいじってて、それを見ていた先生が、そう言ったものだから、母さん大乗り気になっちゃって」苦笑する夕紀菜。「私も髪の仕事したいって、小さい頃から思ってたから、うれしかったわ」
「自分の人生を変えた一言の主って、いろんな形でその人の人生に影響するものよね」響子が静かに微笑んだ。
「わかるわ、そういうの」周子も同意する。
「でも、私より先生の言葉に影響を受けたのは瑞樹かもしれないわ。先生が母に意見してくれたから、私たち結婚できたようなものだし」うつむき加減に微笑む夕紀菜。
「保先生、グッジョブよねえ。…そうやって考えてみると、先生の影響を受けている人、すごく多いわよね」
3人が感傷に浸っていると、浴室のほうから紗由の声が響いてきた。
「かわいいおふろだねえ。いいきもちだねえ」
「そうだね、さゆちゃん」
「あったかいねえ、さゆちゃん」
「ちょ、ちょっと、紗由! 何してるの!」
周子が慌てて風呂場に駆け込むと、脱衣場にはバスタオルが散らばり、いつの間に入れたのか、浴槽にはお湯が入っていて、3人は顔を並べて満足げに湯に浸かっていた。
「紗由! お風呂は勝手に入っちゃ駄目って言ったでしょう!」
「あ。からだ、さきにあらうんだった」
紗由があわてて浴槽を出ると、真里菜と奏子も続いて出る。
「紗由。そうじゃなくて…」
「まりりん、シャンプーするの」
「かなこは、おかおあらいます」
三者三様に、てきぱきと洗い出す様子に、響子が苦笑しながら周子に声を掛けた。
「ここは、見張っているしかなさそうね」
「そのようね…」
母親3人組は、浴室のドアを閉めると、ガラス張りになっている面に移動して、外から娘たちを見つめていた。しばらくすると、3人とも全身泡だらけで大騒ぎだ。
「それにしても、今日のパーティー、変な集まりだったわね。子どもチームと大人チーム、別々の会を無理やり一緒にしたみたいな」
夕紀菜が言うと、周子が頷いた。
「そうよね。主賓の大隅さんも、ほとんどいらっしゃらなかったし」
「オーケストラで呼ばれたのは、青蘭学園関係の子だけだったみたいね」響子が言う。
「あら、そうなの」
「ええ。一緒に来ていたお友達は、違う学園の子もいたようだけど。見かけない子のお母様に聞いたら、フリージア幼稚園だって言ってたわ」
「ああ、青蘭の系列の。神戸だったわよね」
「大人たちには青蘭の関係者って、いたかしら?」考え込む周子。
「有名な京都のシンクタンクの方、いらしたわよね。あそこは、園長のお兄様が会長をなさってるわ」
「へえ、そうなの。詳しいのね、夕紀菜さん」響子が感心する。
「うん…例の日下部さんから聞いたの。何でも、青蘭に優れた子どもたちを集めて、シンクタンクの研究施設で英才教育の研究対象にするっていう計画があるって噂が流れてたんですって。国家戦略のひとつだとか。だから、川本先生へ国からだいぶお金が流れたという話もあるらしいわ」
川本というのは、青蘭学園の園長だ。
「面白そうな気もするけど、ちょっと怖いわねえ」眉間にしわを寄せる響子。
「まあ、ゴシップ誌の面白ニュースの域を出ないけどね。…でも、龍くんなんて狙われそうじゃない。顔も頭もよくて、総理大臣候補の後継者だし。国家の最終兵器に改造されちゃったりして」夕紀菜がからかうように周子を覗き込んだ。
「やだ、やめてよ」
周子は笑いはしたものの、これから先、龍や紗由の未来に対して、うまく考えがまとまらずにいる自分を感じていた。
* * *
いつもは部屋で待っている華織が、珍しく玄関先まで皆を迎えた。
「いらっしゃい、みんな」
「おじゃまいたします」玲香が頭を下げる。
「こんにちは! おじゃまします」
翔太がさっさと上がりこむと、龍がそれを追い越すように奥に進む。
「賢ちゃんは、こっち。ちょっと荷物運ぶの手伝ってちょうだい」
「じゃあ、私も」
「だめだめ。玲香さんは監督だけね」そう言いながら、玲香の耳元で囁く華織。「最近、お医者様には行ったのかしら?」
「いえ…今週ちょっと忙しかったので。でも、週明けには行こうと思ってました」
「そう。それなら、いいわ」満面の笑みで答える華織。
「ええと、ここにあるダンボール4箱、台車で離れの大広間に移動してもらえるかしら。台座は置いてあるから、セッティングしてちょうだいね。いい? 力仕事は賢ちゃん一人でね。うちでは、女性は力仕事はしないの」
「は、はい…すみません、賢児さま」
「あはは。任せといてよ」
華織に言われてダンボールを台車に乗せようとした賢児がつぶやく。
「あれ。けっこう重たいな」
「何なんでしょう、中身」
いぶかしがりながらも、2人は言われた通りに大広間にそれを運び込み、セッティングのため箱を開いた。玲香が包みをはがすと、そこから出てきたのはピンクがかった高さが40センチほどもある岩のようなものだった。
「何だ、これ」
「岩塩です。ピンクソルトですね。ヒマラヤ産か、モンゴル産かしら。こんなに大きなものが4つだなんて、初めて見ました」玲香が驚きながら、あちらこちらを触る。
「岩塩て、食用?」
「ここから食用に加工するんですけど、それをせずに置物にしたりもします。例のアメジストドームありましたよね。プレジデントストーンと言われた、あれ。あんな感じでお守り代わりにされます」
「へえ。塩をねえ…」
「置物と考えると少し異様な感じもしますけど、お清めの塩が山積みになっていると考えていただければ」
「…ああ、なるほどね。でも、何でこの部屋に大々的なお清めが必要なのかな?」
「四隅に置くということは、塩で結界を結ぶということもありますし、今度の集まりと関係があるのかもしれないですね。塩は、石の浄化にも使いますから」
「こんなので清めなくちゃいけないほど強力な石が来るってことか」
賢児が笑うと、玲香は静かに答えた。
「“命”さまがいらっしゃるのに、これだけの装備が必要だということです。笑っている場合ではないかもしれません」
「わかった。俺は玲香を守ることに専念する」
賢児が真面目な顔でつぶやくと、玲香がくすりと笑う。
「ふふ。ありがとうございます。…でも、この岩塩、かなり強力です。ちょっと胃がもたれてたんですけど、これに触れてたら、すっきりしてきました」
「パーティーで食べ過ぎたか? ローストビーフがけっこううまかったよな」
「そんなには食べてなかったんですけど…」
「酒も飲んでなかったろ。疲れがたまってるのかな。今週は会議続きだったしな。無理するなよ」
そう言って玲香の医に手を当てた賢児は、すっと手を玲香のお腹のほうにすべらせた。
“あれ。何だろう。勝手に手が動いたような…”
「どうかしましたか?」
「うん…いや、何でもない」
そう言いながらも賢児は、理由はわからないままに、幸せな気分に浸っていた。
* * *
賢児と玲香が岩塩をセッティングしている間、華織は龍と翔太に今日のパーティーの感想を聞いていた。
「変なパーティーだったよ。関係ない大人と子どもが一緒にいて、バラバラな感じ。どっちとも関係のある賢ちゃんや玲香ちゃんや、かあさまは、いろんな人から声掛けられて忙しそうだったよ」
「せやなあ。でも、ほれ、賢ちゃんともっと話したいママさんたちが、ちいと邪魔してたな」
「賢ちゃんは、丁寧に応対し過ぎなんだよ。とうさまなら、とっとと次行くよ」
「涼一はんと比べたら気の毒や。おかんも言うてた。涼一はんは女性あしらいいうのがうまいから、さぞかしモテるやろなあって」
「あら。鈴音さん、そんなことを?」
「はい。でも、玲ちゃんには絶対に賢ちゃんのほうが、ええそうです」
翔太の返事に華織は笑い出した。
「そうね。その通りだわ」
「せやから、賢ちゃんのこと気にしちょるおなごは、ぎょーさんおったけど、でも、ずーっとだったのは、まりりんちゃんのオシャレの先生だけですな」
「マダム花津でしょ。間宮先生が大ファンなんだよね、あの人の」
「バイオリンの間宮先生か? まりりんちゃんが言うには、グラビアアイドルの人みたいなスタイルじゃないと着こなせない服ばかりやて…ちいと、生地が伸びそうやな」
少々ふっくらとした間宮の体型を思い出しながら、翔太は腕組みをした。
「洋服は無理かもしれないけど、着物のデザインもしてるらしいよ。前に着物だけ集めた雑誌を見せてもらったんだ。太鼓とか、鈴とか、人形…えーと、唐子人形って言ったかな、そういう、ちょっと変わった柄ばかりだったけど、間宮先生、そういうの好きそうでしょ」
「そうねえ。間宮さん、独特なセンスをお持ちだから」唇の端を少し上げて頷く華織。
「なあ、今、唐子人形て言うた?」
「うん。確かそんな名前だったと思うんだけどな…」少々記憶が曖昧なのか、語尾がか細くなる龍。
「それがどうかして?」
「あの、おかんが結婚する前に、着物のモデルしたことがあって、その時に、誘拐事件の木下はんと一緒だったんです。おかんは鈴の柄の着物で、木下はんは唐子人形の着物でした。うちに雑誌があります」
「マダム花津のデザインなのかな」龍が華織を見る。
「さあ…。でも、その雑誌、今度いらっしゃる時に、持ってきていただこうかしら」
「わかりました。おかんに言うときます」
「翔太くん、パーティーで他に気になったことはあったかしら?」
「マダム花津は、玲ちゃんことも、えらい気にしちょったです」
「そう…」
「あ、でも、日下部いうおじさんも、玲ちゃんこと、特におっぱいの辺をちらちら見てました」眉間にしわを寄せる翔太。
「あら…」華織が眉間にしわを寄せる。
「あと、大隅さんて、子どもいてはるんですか? 賢ちゃんは独身やて言うてましたけど…」
「子どもがいるって誰かが言ってたの?」
「大隅さんが僕に、うちの子とも仲良うしてや、言いました」翔太が華織を見上げる。
「そう。うちの子ねえ…」
「そんなこと言ってたんだ。でも、あのおじいさんの子どもだったら、とうさまより大きいよねえ。だって、じいじよりもずっと年上でしょう?」
「じいじのお父さんでも、おかしくはない御歳ね。でもまあ、男の人はいくつになっても父親になれるから、子どもの年齢は一概には言えないわね」
「ふーん。その子、パーティーには来てなかったのかな」
「わからんわ。それだけ言って、すぐ行ってしまったさかい」
「変なの。友達になってほしいんなら、ちゃんと紹介しなくちゃ駄目だよね、おばあさま」
「言う通りだわ、龍。紹介してあげなかったら、その子は自分で翔太くんのこと探して、仲良くしてもらわないといけないもの」
「それから“命”さま。紗由ちゃんのぴかぴか、ちょっと変なんです。どういうことなんやろ」
翔太は心配そうな顔で、リュックからスケッチブックを取り出すと、華織に見せた。
「あら、そう…。確かにいつもと色が違うのね。紗由にはこのこと話した?」
「いいえ。まずは“命”さまにお話せんとあかん思うて」
「そう。ありがとう」華織は翔太のスケッチブックをしばらく見つめていた。
「で、龍は何か気になったことあったのかしら」スケッチブックを閉じると尋ねる華織。
「えっと…やっぱり紗由が変だった気がする。確認したかったんだけど、“閉じて”たから無理だった。まりりんのママたちもいたから、やたらなこと、口では言えないし…」
「変というのは?」
「翔太も言ってたけど、紗由はいつもなら、あんなところでは泣かないよ。特に、奏子ちゃんやまりりんが一緒の時は、ちょっとお姉さんぶってて、泣きたくても我慢してるんだ」
「ああ。それはきっと私のせいだわ…」
「どういうこと?」
「“命”さまが紗由ちゃんに泣け言うたんですか?」
「今度の集まりに集中してもらいたいから、今は龍をこれ以上、雑誌に載せたくないって言ったのよ。注目を集めると面倒だし。で、紗由が、まりりんの雑誌も駄目かって聞くから、駄目だって言ったの。無理やり龍を表に出そうとする人は、悪い人だからねって。だから、紗由はきっと、雑誌の人を“見張って”たのね」華織は少々反省気味に言った。
「大好きなにいさまに悪いことするやつが、じいじ先生の悪口まで言ったから、頭に来て泣いちゃったんやな」
「まあ、そういうことね」
「だいたい速かったもんなあ。おじさんたちの話、あそこにいたら普通は聞こえへん思うのに、あっという間に走って来よってん」
「…そうだったんだ」
「奏子ちゃんが珍しくぷんすかだったんも、龍…くんに悪いことする奴や思うたからやな」
「あら。あの奏子ちゃんが怒ったの?」
「はい。おじさんに“人でなし!”言うてましたわ」
「“人でなし”って言ったの?」驚く華織。
「はい。僕も、そんときは意味がようわからんかったですけど、ものすごく怒ってたのはわかりました。意味は後で玲ちゃんに聞きました。マドモアゼルな奏子ちゃんには、似合わん言葉ですわ」難しい顔で頷く翔太。
「そう…」華織は軽く唇を噛んだ。
その時、澪が風馬を連れて部屋に入ってきた。
「お義母さま。風馬さんも、ちょうど戻ったところです」
「やあ、翔太くん、龍、いらっしゃい」
「あれ? 風馬はん、おひげ剃っちゃったんですか?」
「うん。ちょっとね」にっこり微笑む風馬。
「やっぱり、男前でんなあ…」
翔太が風馬の周りをくるくる回って、顔を覗き込む。
「でも、顔だけじゃないのよ、風馬さんは」
澪が言うと、龍がくすっと笑った。
「澪ちゃん、おばあさまのこと言えないよね」
「私のことって?」
「え…と、何でもありません。えへへ」愛想笑いをする澪。
「伯母さん、終わったよ」
賢児がそう言いながら、玲香と一緒に部屋に入ってきた。
「ありがとう、賢ちゃん。お疲れ様」
「やあ、2人ともいらっしゃい」
「あら? 風馬さん、お髭剃っちゃったんですか?」
「うん。ちょっとね」にっこり微笑む風馬。
「やっぱり、綺麗なお顔立ちですねえ…」
玲香が風馬の顔を左右から覗き込むと、華織と澪と龍が大声で笑い出した。
「玲ちゃん、真似すんなや」
「え?」
翔太が口を尖らせるが、わけがわからぬ玲香。
「やっぱり、血がつながってたり、一緒に暮らしたりしてると、似てくるんだね。おばあさまと澪ちゃんもそうだし」くくっと龍が笑う。
「龍くんだって、涼一さんと似てますよね、ものすごく」澪が少し拗ねたように言う。
「僕はとうさまみたく、紗由を甘やかしたりしないよ」
「兄貴の場合、甘やかしてるっていうより、行動予測ができなくて振り回されてるだけなんじゃないのか」
「きっと賢ちゃんも、2人が産まれたら、そないになるんやろなあ」
翔太がにぃーっと笑うと、賢児と玲香は翔太をまじまじと見つめた。
「2人って?」
「あ…な、何でもない…」
翔太がしまったという顔をすると、華織が翔太の頭をなでて微笑み、賢児たちのほうに向き直った。
「あーっ!!」賢児が突然叫んだ。「もしかして、そういうことなのか? おい、翔太。何かわかるんだな。ちょっと、こっち来い」
翔太をむんずと掴んで抱きかかえると、有無を言わさずに部屋の隅のベンチまで、連れて行く賢児。
「ああん。きゃー、誰か、誰かあ…」
慌てて追いかける玲香を含めた3人の姿を眺めながら、残りの4人の顔には笑みがこぼれていた。
* * *




