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Solitude.

「楽しそうには見えないよ。無理して笑顔を作っても、余計にむなしくなるだけだと思うけど」


 ビクッ。

 誰もいないと思っていたのに、突然知らない声が聞こえた。

 まだ七時二十五分。早朝補習を受けている人くらいしか登校していないはず。私も補習があるからこの時間に学校にいて、ロッカーに入れたままの教科書を取るために、教室を訪れていた。

 つまり、たまたま忘れ物を取りにきていた私は、偶然教室にいた男子に話しかけられた、というのが現在の状況だ。

 私は動揺を隠せなかった。あやうく悲鳴まで上げてしまうところだった。

 突然かけられた声に驚いたことも少しはあるけど、その男子の言葉が私の触れられたくない部分を容赦なくつっついてきたことが、何より恐ろしかったからだ。

 この教室にいるからには私と同じクラスのはずで、でも名前は覚えてない。見覚えがあるような無いようなそんな気はしても、どんな人かはわかんない。

 でも、確実に言えることが一つ。

 気持ち悪い。

 高校くらいの狭いコミュニティ内なら、一度でも話したことのある人の顔を覚えるのは簡単。というか、覚えないとやっていけないし、当たり前の能力だと思う。この男子は知らない、すなわち初対面。初めて言葉を交わす相手に、上から目線で何でもわかっているふうに気取ってるのが腹だたしいし、しかもそれが外れてないのだから気持ち悪い。

 もしかすると、単純に構ってほしいだけなのかもしれない。長くも短くもないボサボサな髪に眼鏡をかけた、見るからに地味で友達も多くなさそうな感じ。早く学校に着いたはいいが、独りぼっちの教室が寂しくて、居合わせた私に話しかけたのだろう。寂しさを悟られないようにするのと、初対面の異性に声をかけた恥ずかしさとで、つい偉そうな態度になってしまったんだ。そうに違いない。私にはわかる。

 とりあえず、こういう男子は無視するに限る。下手に構って誤解されるのも嫌だし、それに補習まで時間がない。

 彼を視界に入れないようにしながら、教科書を取り教室を出た。

 扉を閉めるときに何か聞こえた気がしたけど、たぶん勘違いだと思う。



 昼休みが終わると、たくさんの人たちが笑ったり騒いだりしながら教室を出ていく。期待と興奮、そしてちょっぴり不安まじりの空気をつくっているのは五時間目の『総合的な学習の時間』、略して『総学』が始まるから。さらに六時間目はLHRで、みんな授業を終えたかのような顔になっていることも、少しは関係あるかもしれない。

 去年までも『総学』はあったけど、自習は授業の延長みたいでつまんないし、偉い人の講演会は身近な話でないことがほとんどで現実感がわかない。

 でも、三年生になった今年は違う。生徒それぞれのやりたいことに合わせて、テーマ別に分かれて学ぶ。私の通う高校は普通科で、大学みたいに自由な時間割を作れるわけでもないから、クラス関係なく授業を受けられるというだけで新鮮。

 私たちはまだ高校生だから将来のことなんてわかんない、そう考える人が多いだろうし、私もそう思ってる。だからといって、やりたいことが全くないというわけでもない。一見矛盾しているような将来への不安と希望が私たちを成長させてくれる――そんな優等生らしい考えは少しも持ち合わせてないけど、とにもかくにも楽しみで楽しみで仕方がないのだ。


春奈はるなはどれにしたの?」


 移動の準備をしていたら、クラスメートの佐江さえが声をかけてきた。佐江とはバスケ部仲間でもあり、一緒にいる時間がそれなりに長い。親友と言えるほどべったりな仲じゃないけど、いないと寂しくなることに変わりはない。


「私? 私はね、一人暮らしのやつ」


「あー、家庭科の? 女子力とか高くなりそうじゃん」


 面白くもなんともないのに、佐江は口を大きく開けて笑った。私も笑う。


「上げたいよねー、女子力。じゃあ、佐江は?」


「私は物理。入試で使うやつはとれ、だってさ。ほぼ強制」


「うわっ、サイアク」


「苦手じゃないのが救いだけどさ。次、理科室だから。先行くね」


 じゃあねと手を振った佐江に、笑顔で手を振り返す。

 ああ、まただ。また、私は笑ってる。



『楽しそうには見えないよ。無理して笑顔を作っても、余計にむなしくなるだけだと思うけど』


 楽しいかなんて考えたこともなかった。そもそも、考えられなかった。人と話していると、ときどき自分が誰なのかを見失ってしまうせいだ。

 私は高校三年生の女子バスケットボール部員で、友達もそれなりにいる清水しみず春奈はるなという人間。でも、人と話しているときの私は、そんな情報さえ頭にない。会話を他人事としか捉えられなくて、最後にはいつも寂しさと後悔が取り残されている。

 楽しいかなんて、わかんない。

 寂しくないのなら、楽しくてもつまんなくても、どっちでもいい。



 私の選んだ講座は、被服教室で授業をする。家庭科の授業で何度か使ったことがあったから、迷わず教室まで行けた。

 扉の前で、大きく息を吐きだす。友達は何人いるだろう。知らない人だらけかもしれない。それらの不安を一息で追い払う。

 あっという間に笑顔を作り上げ、扉に手をかける。


「おっはよーう! 一年間、よろ――」


 第一印象を完璧にしようと頑張ったのに、よろしくねの言葉を言い切るどころか、あやうく叫び声がもれてしまいそうだった。

 扉を開けた私の視界に映るのは、見覚えしかない男子の横顔。早朝の教室で声をかけてきた地味め男子は、私の存在に気づかないわけがないから無視しているのだろうけど、手にした小説からまったく目を逸らさない。


「あっ! 春奈、久しぶり! 春奈もこの講座を選んでいたんだよね」


 私が彼の存在にうろたえていると、その左隣に座っていたももが、手を振りながら私を呼んだ。我に返った私は、笑顔で桃のもとに行く。


「久しぶりー! 元気だった? 三年になってからは、会うの初めてだよね」


「終業式の少し前以来だから、三週間? ぶりくらいかも」


「桃、髪がた変えたんだ。似合ってるよ。めちゃくちゃかわいい」


「ほんと? 嬉しいな」


「春奈も、そろそろ髪切ろうかな。前髪とか少し邪魔だし」


「湿気が高くなってくると大変だから、梅雨入りの前くらいがちょうどいいかも」


「うん、考えとく」


 桃――間雲桃は中学からの親友。高校で同じクラスになったことはないけど、付き合いが長いぶん学校の中で一番仲がいい。私が寂しがり屋だと知っていて、相談相手にもなってくれる。部活は確か、吹奏楽部だったと思う。


「最近どう? 新しいクラスには慣れた?」


「うん。友達も増えたし、それほど困ったこともないかな」


 強いて言うなら、桃の隣にいる男子がどうして話しかけてきたのかを知りたい。かまってちゃんなら適当にあしらえばどうにかなるかもだけど、もし私に気があったり恨みがあったりでもしたら、面倒だし怖いし困る。桃に心配かけたくないから、そんなことを口にする気はちっともないけど。

 でも、このときの桃は、私が悩んでいることに気づいていたと思う。相談相手になってもらうときはいつも、桃がきっかけを作ってくれる。それも、私一人じゃ答えを見つけられないほどにまで悩み続けて、どうにもならないとあきらめそうになる頃に限って。

 だから、桃はこんなことを言ったんだろう。

 私の手を包み込むように握り、


「寂しくなったら、いつでも話を聞いてあげるから。遠慮しないで私を頼ってね。絶対に春奈を見捨てたりはしないよ」


 柔らかな微笑みを浮かべた。

 五年前から変わらないその微笑みに、私は何度も救われている。

 必死に涙を我慢しながらも、何とかありがとうを口にしたところで、始業のチャイムが鳴り響いた。



 普段、学校では白衣を着た姿しか見せない家庭科の先生が、まずは自己紹介をしましょうと言い、三年生最初の『総学』が始まった。


「清水から順番に、名前と、この講座を選んだ理由を簡単に言ってください」


 チャイムが鳴っても被服教室に来る生徒はいなかった。結局、この講座を選んだのは三人だけだったらしい。

 人数の少ない授業は楽しそうだけど、テンションがそれほど上がらない。だって、不気味な男子とクラスが同じで、さらに選択授業までも一緒だなんて耐えられない。

 もし桃がいなかったら、『総学』のある日は学校をサボっていたかもしれない。

 それどころではなかった。何を言うか考えないと。

興味を持ったきっかけは……。一人暮らしの知識を得たいと思った理由は……。

 ダメ。言葉が続かない。理由はちゃんとあるけど、恥ずかしくて言えない。桃にだけだと正直に話せるけど、大人とか彼にだったらぜったい嫌。馬鹿にされるはずだろうし、この場をしのげるなら、嘘をつくほうがよっぽど楽だ。

 私は自然に思えそうな言葉を見つくろい、立ち上がった。


「清水春奈です。一人暮らしをしてみたいなと思っていたので、この授業を選びました。よろしくお願いします」


 当たり障りのない無難なあいさつ。これで大丈夫。……たぶん。

 お辞儀をしながら、横目で彼の様子をうかがってみる。

が、私の視線はあっというまに床に移った。

 目と目が合うというどころではなく、彼は私を凝視していた。にらんでいた、のほうが正しいかもしれない。

 ぱらぱらとなる拍手が私を責めているように聞こえて、その重圧に耐えられず、さっさと腰を下ろしてしまった。

 次は桃の自己紹介だ、と思っていたのに、まだ私の順番は終わっていなかった。


「清水が一人暮らしをするとして、一番興味のあることは何?」


 興味のあることはありません、と正直に言えたらどれだけ楽だろう。そもそも一人暮らしに興味がなく、したくもないのに。

 けれど、どうしてこの講座を選んだのかと聞かれても、本当の理由は答えられない。一人暮らしの良いところがまずわからない。家族と暮らしていても自由な時間はあって、たまの衝突も、それぞれ違う考えを持って生きているせいなんだから仕方がない。家族だけでなく、赤の他人と同居している人もいる。『一人暮らし=自立』と言われても、一人暮らしをしている人全員が自立しているなんて、一概には言えないと思う。


「自分の好きなように、時間を使うことです」


 結局、自分で否定した答えしか使えない。


「そうですね。 でも、家事をする時間なども考えないといけないので、全てが自由な時間というわけではありませんよ。次、間雲。お願いします」


 そんなことわかってる。

 まあ、いいか。自己紹介を切り抜けることができた。桃の自己紹介を聞こう。



 桃とはクラスが違うため、隣には彼が座るものだと思い込んでいた。しかし、先生が座席を名前順になるよう決めたことと、たぶん、彼の名前が桃より後ろだったこと、その二つの偶然で、桃は私と彼の間に座っている。

 桃に悪いなと思いつつ、内心はほっとしていた。席を入れ替わるとき、桃が彼に微笑んで、よろしくねと告げたのには納得いかないけど。

 そりゃあ彼が文系クラスだとしたら、桃と同じクラスになる機会がないわけじゃない。でも、わがままかもしれないけど、桃の微笑みが私以外の誰かに向けられるのは嫌。少なくとも、私といるときは私にだけ優しさを向けてほしい。一緒にいても、取り残されているように感じてしまうから。


「七組の、間雲桃です。先のことはまだ分かりませんが、経験として、一度は一人暮らしをしてみたいと考えています。一年間よろしくお願いします」


 気のせいか、私より拍手が大きい気がする。

 先生は質問をしなかった。「最後に横山」と言う合図で彼が立ち上がる。


横山よこやま尋人ひろとです。家庭科が好きなんで、この講座を選びました。よろしくお願いします」


 やっぱり変人だ。男子のくせに女子力が高いです、みたいなアピールをして目立とうとしてる。これで、朝の彼は構ってほしかったのだとわかる。無視してよかった。

 自己紹介が終わると、自分たちが一人暮らしに向いているのかどうかを計るチェックシートが配られた。全部で二十五個の問題があって、丸の数が多ければ一人暮らしをしても困らないそうだ。一番丸が多かったのは彼で二十一個。桃は十七個だった。私は十二個で、半分にも満たないのに意外と多く感じた。

 残りの時間は座学で、至って普通の授業だった。生徒が三人しかいないから、チャイムが鳴るまでに四回も当てられた。そのうちうまく答えられたのは一回だけ。

 彼や桃がスラスラ答えているところを眺めながら、一年もの間こんな状況が続いてしまいそうな不安や後悔から、この学校に私の居場所はあるのかを、ただひたすらに探し続けた。

 こんにちは、白木 一です。

「Helene's Solitude.」本編前半、

「Solitude.」をお送りいたしました。


 実はこの小説、1/5くらいは現実です。

キャラクターの性格や、家庭科の授業内容は、ほぼそのまま(一部誇張あり)の事実であります。

 というのも、約半年ほど前に書いた小説で間雲さん(仮名)を登場させたところ、清水さん(仮名)から、「私と横山くん(仮名)の恋愛小説みたいなのを書いてほしい」と言われました。

いくらフィクションでも、知り合いの女子と自分とのそういった内容の話を作るのは恥ずかしいので、青春小説という形でおさめることにしました。

 清水さん(仮名)は読んでくださるでしょうか?

 ご本人は、元気にあふれた明るい女性であることを記しておきます。念のため。


 普段より少し長い後書きになりましたが、後半は来月上旬頃には投稿したいなあ、とは思っていることをお伝えいたします。

 

 ここまで読んでいただき、誠に ありがとうございます。

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