003 夢見る頃も過ぎたの または占いへの諦め
サブタイトル元ネタ:
TBSドラマ「夢見る頃を過ぎても」(1994年)
見たことないんだけど、なんか語呂が良くて好きなタイトル。
最近、占いに全然興味がなくなってしまった。裏切られてばかりだからだ。
10年以上前、雑誌の『あなたの20XX年を占う!』特集に「20XX年は12年に一度の愛情運最高の年! 異性、家族、友人……あらゆる愛に恵まれ幸せを感じる1年になるでしょう」とあった。
「こうしちゃおれん、今すぐ自分磨きに精を出し、来るべき20XX年の愛情運最高潮に備えねば」
私は鼻息荒めに興奮し、そのまま愛情運最高潮の年を迎え、意気揚々と一年を過ごした。
が、別になにもなかった。
そしてぼーっと生きてるうちに気付けばそれから12年くらい経っていて、再び「今年は12年に一度の!」「こうしちゃおれん!」がやってきた。
が、やっぱり特に何事もなく過ぎていった。つまり別にモテない。
振り返ってみれば、今までの人生で日常が派手に色めくようなモテ方をしたことがない。モテの定義も色々あると思うが、私の中でのモテは「不特定多数の異性に同時に言い寄られること。毎週、毎日違う男の子とご飯行ったりしてるうちに気付けば1か月経っていた、彼氏がいるのにAくんからもBくんからも告白されちゃった、など」である。しかしそういう経験はない。
「女は若いというだけでモテるのに」
「『女の若さ』に異性が寄ってきただけなのに、それを自分本来の魅力・実力と勘違いしている」
そういう論調は時に世間から、そして女性当事者からも出てくるが、若さの有無とか以前の問題でモテない。つまり、ずっとモテない。
どうやら私のモテなさは、星回りでどうにかなるものでもなかったらしい。否、根本的に「どう頑張ってもモテない」という星回りなのだろうか……。
そんな私もうら若き20代の頃、「雑誌のざっくりした占いではなく、もっと細かく対面で見てもらえばまた違うのかもしれない」と、占い師と、占い系ライターの知人に別々のタイミングで占ってもらったことがある。
そして両者から
「これは……相当生きるのしんどいね……?」
「うーん……これはちょっと、いや、かなり変わった人ですね……」
みたいなこと言われた挙句、
「変人のあなたがこの世で生き抜くには」
みたいな生存にまつわるアドバイスばっかりされて帰ってきた。両者ともに、だ。
なんかこう、「今年の夏は積極的に海に行くと吉☆」とか「鳥モチーフがあなたのラッキーアイテム!」的なキャッチーなことを言ってほしかったのに、
「こだわりが強いから感性が合う人が少ない。理解されようと喋れば喋るほど周囲は引く。でも万人受けしようとこだわりを捨てるとストレスで死ぬ」
「独特すぎて孤独。心の底から孤独を受け入れることが逆にあなたを生かす」
とか言われて、
「人並みの恋愛する前に、乗り越えることが多すぎる……」
とげんなりしたものよ。
なお後日、「ライターの知人は占いのプロではないからともかく、占い師は依頼者全員に脅しで恐ろしいことばっか言ってる可能性もあるな!」と思い立ち、その占い師を紹介してくれた友人メガネに「あんたは何て言われた!」と詰め寄ってみたんだけど、
「そんな恐ろしいこと一言も言われなかったぞ、でも当たってんじゃんウケるー」
とか言われて、尚更ぎぎぎぎぎ…!
とにかく私は、キャッチーでポップな運気上昇には一生無縁なのかもしれん…。
まぁ、よく考えれば平素から他者の愛情を渇望する性格でもないので、異性から特別モテなくてもいいし、好きなことばっかりやって今まで生きてきたんだから、後悔も悔いもそんなに無いつもりなんだけど。(無意識下ではわからん)
でもやっぱり「今年なんか、私すごいモテるらしい! ラッキーアイテムはリボンモチーフ! ここはリボンましましでひとつ!」と、漠然とした未来への期待に心踊らせる楽しみが減ったのは、ちょっと寂しくもある。
そんなわけで、12年に一度の愛情運最高潮でもモテなかった私ですけども。
それでも「孤独を受け入れることが逆にあなたを生かす」は当たってた気もするし、人間関係は結局類友で適材適所なのだ、と思うと、キャパシティ以上にモテても大変なだけなのかもねえ。
そんな感じで、自分が一番傷つかない結論を模索する夜なのであった。
自らの名誉と歴代彼氏のために言っておくが、「ずっとモテない」=「ずっと彼氏がいない」というわけではないですから! 一応!




