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001 キャッチャー・イン・カワヅ またはジャーナリズム

サブタイトル元ネタ:

『The Catcher in the Rye』J・D・サリンジャー

日本語訳は村上春樹版の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、野崎孝版『ライ麦畑でつかまえて』など。

私は『ライ麦畑でつかまえて』派。

 四月、卯月、新しいエッセイでこんにちは。桜の季節ということで、こないだ早咲きの桜を見に行ったときの話しをひとつ。しかしこれは二月の話。


 二月の終わり、私は某氏と早咲きの桜を見るために静岡は伊豆半島、河津町に出かけた。

 三十路過ぎてから青春18きっぷで東京・京都間を一人で往復した経験があったので、「伊豆半島なんて熱海のちょっと先やろ、日帰りヨユーヨユー」とさしたる計画も立てずに出かけたら、熱海から先が遠かった。東京・熱海間が新幹線で50分なのに、なんで熱海から河津町が70分とかかかんのまじで。東京メトロ以外の鉄道を使うと「遠出したなぁ」と感じる(※1)東京引きこもり婦人のわたくし、伊豆半島のサイズ感と単線電車のスピード感を完全に見誤る。世間知らずでお恥ずかし。


 とはいえ、3時間近くかけてやってきた河津桜まつりの景色は美しく、川沿いを歩きながらのんびり楽しい時間を過ごすことができた。屋台もたくさん出ており、店のおばちゃんが

「桜のピークすぎちゃったから! 半額でいいから!」

と謎の餅を売りつけて来ようとするなど、大変平和である。


 かつて小林秀雄が

「最近は桜といったら染井吉野ばかりだけどあれは低級な桜、しかし日本の桜は今や80%が染井吉野だし小学校にも必ず植えてあって、だから小学生はあんな俗悪な花が桜だと教えられてしまうわけだ」(※2)

とソメイヨシノを痛烈に批判し、そして小林秀雄の危惧したとおり桜といったらソメイヨシノである私だが、河津桜を近くでまじまじと見てみると、やはり見慣れたソメイヨシノとは全然違う。河津桜はオオシマザクラとカンヒザクラの自然交配種とのことで、カンヒザクラがルーツなだけあってピンクが濃く、花は下向きに何本もまとまって咲いている。風に揺れる様は、そのまま舞妓さんの花かんざしになってしまいそうなかわいらしさ。


 菜の花も満開で、同行者某氏と「菜の花って昔は苦くてあんまり好きじゃなかったけど、大人になった今やあの苦味がサイコー、菜の花のおひたしとかもうタマラン」などと喋りながら春の始まりを感じていると、突然一人の男性に話しかけられた。


 聞けば彼はローカル誌の記者であり、簡単なアンケートとインタビューに答えてほしいという。


「河津桜はどうでした? 満足度は?」

「良かったですよ。ピークは過ぎたとはいえ、上流はまだ咲いてましたし、キレイでした」

「はいはい、なるほど」

 記者は手元のメモに、質問の答えをメモする。

「今日はどういった交通手段で?」

「東京駅から新幹線で熱海まで、そこからは伊豆急です」

「新幹線ですかー。なんで河津に来ようと思ったんですか? 何かで特集見たんですか?」

「そうですね、ネットで河津桜まつりが紹介されてたのを見て」

「なるほど。あとはやっぱり、近いからってのもありますよね?」

「? いや、近くはないですね」

 旅行と思えば近場だが、3時間かけて来たのだから、近くはない。

「いやでも、思ったよりは近かったでしょう?」

「? いやむしろ、熱海から先の電車接続考えてなかったので、思ったより時間かかりましたね。近くはないです」

 繰り返すが、東京熱海間が50分なのに、熱海から河津まで70分+待ち時間30分以上かかってるのだ。3〜7分で電車が来る東京メトロの世界観の住民にとっては、次の電車30分後とかそれだけで「遠くに来たナァ」なのだ。


「でもこの時期に桜が見られる場所としては、近いですよね」

「いやでも都心でも、いくらか早咲きの桜咲いてますし」

「でもこんな風に川沿いにずらっとって感じではないでしょう?」

「まぁ、点々と……って感じではありますね」

「この時期に、これだけの量の桜が見られる場所にしては、近かったですよね?」

 なんなんだ、なんでこの人そんなに「近い」と言わせたがるんだ。私と某氏は顔を見合わせ、しかしもうめんどくさくなり、

「……まぁ、九州沖縄と比べれば、近いですね……」

 そう力なく私は答えた。

「なるほど、なるほど!」

 記者は、満足げにメモに力強く書き込む。【近 い】と……。


 う、う、う、嘘やろ!


 そりゃ旅行と考えれば移動に3時間とか普通だし、遠くはないけどさ。でもこの一連のやりとりを「近い」でまとめられるのは、なんかちょっと腑に落ちない。


 多分この記者は、「東京から近い場所で2月に桜が見れちゃう!」という点をアピールしたいのがまず念頭にあって、「東京からも近い」という結論を裏付けるためにアンケート取ってるんだろうな……。別に我々が実名顔出しで記事に載るわけじゃないからいいんだけど、客観性とは……アンケートとは……ジャーナリズムとは……。(なおその後も「職業は会社員ですか?」と聞かれ、私も某氏も会社員じゃないくせに「はい」と答えてしまった……)


 まあ東京河津間を近いと感じる人も多いだろうし、旅行先が伊豆と聞けば近場への旅行、という印象を抱く人も多かろう。私たちも始めから3時間かかるつもりで行ったのなら、とりわけ遠いとも思わなかったかもしれない。

 しかし「思ったより遠かったなぁ」という一個人の感想を、わざわざ誘導し前後の文脈を切って「近い」に変えるのは、ジャーナリズムとしてどうなの……。でも実際、ローカルだろうと全国区だろうとこういうことって結構行われてるのかもね。


 それはともかく、単純に河津桜まつりは良かったですよ! 今シーズンはもう終わっちゃったけど、興味がある方は来シーズンぜひ! でもやっぱ言うほど近くはないよ!



※1

私の居住区は23区のくせにJRの駅が無い。


※2

かなり恣意的な引用・要約なので、前後の文脈が気になる人は出典にあたろう。

私が参照したのは 国民文化研究会・新潮社編(2014)『小林秀雄 学生との対話』新潮社.

私は発売直後にハードカバーで購入したけど、最近文庫本化してた。

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