傲慢になった奴隷たち。
狐夫視点。
ペネロペ特製キノコ料理のお蔭で、嫌な部分がマシマシになっています。
かなりいらっとする思考となっておりますので、ご注意ください。
見せつけ小屋なんていう人を小馬鹿にしくさった場所へ押し込められて、上手くもないキノコ料理を食べている。
食べたくないのだが、何故か必要以上に食べてしまうのが恨めしい。
息子などはすっかり小食になって、もともと痩せ型だったのが、今では骨と皮のようになっているというのに。
妻も同様だ。
ただでさえなかった胸が更に減ったのだ!
萎えて仕方ない。
それに比べてエステファニアの美しさはすばらしい!
屑から解放されて、本来の輝かんばかりの美しさをすっかり取り戻している。
あのふくよかな胸を独占していた虎獣人に、今更ながらの嫉妬をしてしまうほどだ。
その虎獣人も、毎夜エステファニアの名を呼びながら自慰に耽っている。
うるさいが、ざまぁみろ! という気持ちの方が強かった。
それよりも盛る暇があるのなら、子供の躾をしろよ! と切実に思う。
食欲のない妻や息子の料理を奪い貪り喰らう虎息子は、以前よりも格段に落ち着きがなく暴力的だ。
弱い者にばかり暴力を振るうので、我が一家は満身創痍になっている。
以前はその蹂躙を一手に引き受けていた犬一家など、毛並みが艶やかに変貌を遂げていて小憎らしい。
全く興味がわかなかったダナの胸がなかなかに大きく形良く、その上尻までもが豊かで揉みしだきたくなる絶妙な形なのにも気付かされた。
ドラやアルマだって今までは目もくれなかったが、現在の愛らしさがこのまま持続するのなら、自分好みに躾けてやってもいいとすら思うようになっている。
どうして容姿に優れ、頭の良い自分がここまで冷遇されているのか、不思議で仕方ない。
だいたいアレだ。
村長がおかしい。
家畜の食べ物にしか興味がない雀人なんて呼びつける村長の嗜好は、奴隷以下だろう。
だから自分が酷い扱いをされているのだ。
そろそろ制裁を与えるべきなのかもしれない。
自分が村長よりも上の立場の存在なのだと。
そう。
知らしめるべきなのだ。
「なぁ、アルベルトさん」
「……飯の最中に話かけんな!」
くそまずいぜ! と言いながら、アルベルトもキノコ料理を完食している。
どころか息子の分まで奪っているというのが、信じられない。
親たる者。
自分が腹を空かせても子や妻を優先するのが当たり前だというのに。
本当に、この男は常識を知らない。
アルベルトは、光り輝く高潔さという意味を持つ名前だ。
貴族位にある者がこぞってつけたがる。
この男ほど、名に似合わぬ愚者は他にいやしないだろう。
「この村の頂点に立てる、いい案があるんだが、それでも話をするなと?」
「……仕方ないな。話してみるがいい」
えらそうに鼻を鳴らしたアルベルトは、器の中に残っていた微量のキノコ汁を舌先ではしたなくもこそげ取って、ふんぞり返った。
「やはり、村長を犯すのが一番手っ取り早いと思うんですよ」
「まさか、そんな当たり前のことを今更言い出そうというのか?」
馬鹿らしい、と鼻で笑われる。
「ではアルベルトさんは、具体的な手順を既にお考えでいらっしゃると?」
「馬鹿を言うな! そんな瑣末な懸案はお主が考えるべきであろう」
馬鹿は貴様だ。
反射的に言いそうになって、ぐっと堪える。
過去に一度言ってしまったときは、思い切り腹部を殴られて嘔吐した挙げ句、三日間も酷い痛みに苦しんでしまったのだ。
同じ轍を踏むのは愚か者以外の何者でもない。
「あのキノコ娘を脅すのですよ」
「はぁ?」
「脅して、料理を作らせるのです」
「どんな料理だ?」
「口にして即座に昏倒し、起きても麻痺でしばらく体が動かない料理を、です」
「どうやって、作らせるのだ?」
「魚を得るのに効率的な方法を模索しているので、力を貸してほしい! と頼むのです。で、仕上がった餌を、村長に我々が感謝の意を込めて作った料理です、とお出しする」
「悪くない案だが、成功するのか?」
「やってみなければ、わかりませんな」
今まで自分がそう言って成功しなかった過去はない。
こんなときのために、ずっと使ってきた表現だ。
浅はかなアルベルトは、疑わずに思うはず。
そう言うならば失敗しないだろう、と。
「貴様がそう言うのならば失敗はせぬだろうが……保険が欲しいな」
よし!
乗ってきた!
やはりこいつは愚か者の極みだ。
「では全て我ら家族が画策した案件で、アルベルトさんと息子さんは無関係であると申し上げましょう」
そう告げたところで、村長を含めて誰も信じないだろう。
むしろアルベルトが考えた愚策を無理矢理実行させられたとして、同情を買える可能性すらあった。
「ならば我が脅すより、貴様の息子が懇願するがよかろう」
珍しく良案を出してきた。
そちらの方がキノコ娘は乗ってきそうだ。
今の息子なら、良心的な人々の同情を十分に買えるだろう。
トレントたちがしっかりと話を聞いているのに気がつきもせず、また実行したところで、村長がそんなうさんくさい料理を食べるなんてあり得ないのだが、愚か者たちは既に、計画の成功を確信している。
「では息子に説明をしてまいりましょう」
「ああ。なすべきことをするがいい」
貴様こそ、今更でも息子を躾けろよ! と心の中で毒づきながらも、薄く浮かべた微笑でごまかして息子の元へ行く。
息子は見せつけ小屋の片隅で、力なく四肢を投げ出して座っていた。
「コンラド……気分はどうだ」
「最悪だよ、父さん……あの、キノコ料理、やばい……」
「ああ。思考がまとまりにくくなるな。奴らの暴君に拍車がかかっているのは、そのせいだろう。虎どもは親子揃って馬鹿だから気がついていないようだがな」
「父さんは、大丈夫なの? 凄い量、食べてるけど」
「無論だ。何時もは慎重なぐらいだからなぁ。無謀など俺には無縁だ。常に先見を得ている」
「そう……」
何時もならばきらきらと尊敬に満ち溢れた目で見てくるコンラドの瞳には、不気味なほどの平静が宿っている。
賢い相談相手を意味する名前をつけたのだが、今のコンラドに相談はすべきでない。
最も何時だって自分の意見を聞かせてやっているだけで、相談など、して、いないのだが。
「それで、僕に、何をさせるつもり?」
「重要な役目だ。できるな」
「難しいかな……母さんじゃ、無理なの?」
「あそこまでヒステリックでは、難しい」
もともと物静かとは遠い性質だったが、今はふとした拍子に金切り声を上げる始末。
しかもその頻度は高いときたら、離縁を考えるくらいだ。
「……わかった」
投げやりな口調で言われる。
良くない兆候だ。
失敗の臭いがする。
しかし他にできる者がいないので、コンラドに賭けるしかなかった。
先ほどアルベルトにした説明を繰り返す。
しかしアルベルトの反応より悪かった。
「無理、だよ」
「お前ならできるだろう?」
「料理の入手は可能だよ。でもそれ以降が無理。御主人様が、僕の作った料理なんか食べるはずがない」
「じゃあ、リアナが作ったといえばいいだろう!」
「もっと駄目だよ、父さん。母さんは僕以上に信用がない。この中では、僕がぎりぎりでどうにかなるかもしれない……これでもかなり甘く見積もっているんだ。そうしないと、絶望しか、ないからさ……」
長く話して疲れたのか、深い溜め息が零れ落ちた。
「それでも、やるしか、ないだろう。それとも何か? 他に方法があるとでも?」
「御主人様の御命令に粛々と従い続けるのが、最善」
「そんなに、待ってられない! ……虎親子がな」
そう、あの二人に比べたら自分は待てるのだ。
だが、あの二人を放置したら最悪をしでかすに決まってる!
だから仕方なく、コンラドに任せるのだ。
「わかったよ、料理は、手に入れてくる」
コンラドは壁に手をあてて、見るからに重そうな体を起こすと、覚束ない足取りで見せつけ小屋を出て行った。
「随分と遅かったなぁ!」
時間にして三時間。
思いつく限り工夫はしているのに、未だ一匹しか釣れていない魚に辟易としている頃になって、コンラドが帰ってきた。
「今まで何をしていたの! まさかと思うけど、一人で食事をもらっていたんじゃないでしょうねぇ? それを寄越しなさい!」
意味を成さない雄叫びを忌避していたので、リアナへの説明はしていない。
ボウルに入っている中身を零さないように、慎重な足取りで歩いてきたコンラドに飛びかかろうとするリアナを止めたのは、虎息子だった。
「がうっ!」
ただの虎と同じような威嚇と同時に飛びかかる。
「きゃあああ!」
上がった悲鳴は雄叫び同様にうるさかった。
「……口にしたら即座に寝入ってしまい、目が覚めたときには、麻痺状態になってるって。麻痺継続時間は五分……だってさ」
「よくやった!」
「うむ。でかした」
虎息子の首を引っ掴んで放り投げたのは賞賛してやってもいいが、リアナまで一緒に投げるのはいただけない。
「ばっ!」
しかもアルベルトは、止める間もなく中身の半分をも、川の中へ注いでしまったのだ。
「おおおお!」
緑色っぽいどろどろした液体が川に広がったと思ったら、ざっと数えて十匹以上の魚が浮かび上がってきた。
「やるな、キノコ!」
娘をつけろ、せめて。
アルベルトは嬉々として魚を捕まえている。
食べようとして、どうにか踏み止まった。
しかし全部自分の手柄にするのは間違いないだろう。
一人浮かれるアルベルトに侮蔑の眼差しを向けてから、コンラドに声をかける。
「おい、コンラド。顔色が悪いぞ」
「……三時間のうち、ほとんどが失神していたからね」
「何でだ?」
「体調が悪いからだよ……ペネロペさん経由で、これ以降の作業はしなくていい許可をいただいたから、僕は先に戻ってるよ」
エターナルフラワーと同じように白い顔をしたコンラドが、ふらふらと見せつけ小屋へ戻っていく。
「おい!」
ずるいぞ! と肩を掴もうとすれば、トレントに止められた。
なんと、本当に休養の許可が下りているようだった。
「夕食を食べる心積もりがあるのなら、たいしたこともないだろうに」
牢屋ではなく見せつけ小屋へ戻るというのは、そういう意味だ。
「ちょっと! コンラドはどうしたのよ!」
名前が意味する若々しさをすっかり失ったリアナの声は、実の息子を心から疎んでいた。
「体調不良で休養の許可を得たそうだ」
「なんですって! そんなこと、できるなら、なんで私の分まで言わないのよ!」
その気力がないほどの体調不良なのだろうとは、正気でも言わないのがリアナだ。
リアナは、自分以外は全て自分の意思を通すための駒だと思っている。
コンラドもその血を継いでいた。
当然自分も似た者同士という奴だ。
けれど。
「なぁ、そんなことより、久しぶりの朗報を聞かせてやるよ」
今ほど似た者同士が悍ましいのは初めてだった。
「朗報?」
「ああ、実はな。あの村長に……」
リアナに説明をしているうちに、高揚感が湧き上がってくる。
何時も通り、今回の企みも成功するだろう。
リアナに感じた忌避感も徐々に薄れていく。
薄れていった、その、代わりに。
窶れたコンラドの後ろ姿が、幾度となく頭の片隅を掠めていった。
この話でしか出てこない名前がいくつかあります。
主人公的には狐夫のような感じで話が通じているので、特に気にしてはいません。
興味を持てる相手以外は基本、名前呼びもしない人間不信です。
が、必要であれば自分の信条を抑えて名前呼びをすることもあります。
次回は、絶望した解放奴隷の末路。(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。