雀人の様子見。前編
シマエナガに出会う前までは、冬の雀が一番好きな鳥でした。
雀人を書きながら浮かんだのは、日本昔話の舌切り雀ですが、雀人の顔は雀ではありません。
話を持ってきたのが、バスコ・アランバルリでなければ自分が動こうとは思わなかった。
新しく開拓されたばかりの村で、米作りをしたいと。
それも村長に、一番扱いが難しいジャポニカ種を作りたいと、指定までされたというのだ。
普通は詐欺を疑う。
それぐらい米に対するこの世界の地位は低い。
異世界転生を成し遂げた元日本人の自分としては、許したくない今日この頃ではあるが、残念ながら自分にチート能力はなかったので、地道に米の地位向上を狙っていくしかなかった。
異世界転生を自覚したのは五歳児。
ラノベテンプレでの頭痛で昏倒。
記憶の整理に三日間の高熱という流れを経て、雀人サクライ カネヤスとなった。
前世は米農家で老衰による死亡だったので、知識は万全だ。
爺ちゃん子だった孫のお蔭でラノベ的知識もあったので、この世界にも馴染みやすかった。
この世界はどうにかして米の普及をさせたいらしく、雀人は日本人で米農家の転生者が多い。
サクライ家は、三代にわたって自分と同じ米農家で老衰による死亡という筋金入りの家系なので、イシスジャニア国でも発言権は強かった。
とはいえイシスジャニア国は大変小規模な国家。
この世界では、大国の村長レベルぐらいの交渉能力しかないのが悔しい。
しかもこの世界。
米は家畜の飼料としての認識しかない。
ある日突然雀人という種族が生まれて、米の美味しさを熱く語るようになったにもかかわらず、米を食べるなんてどんなに貧しい種族なんだろうと、同情され、下に見られている。
まぁ、それでも米の改良や、その良さを知らしめるための活動を怠らない勤勉さは、雀人という種族が生まれてから今の今まで変わっていないはずだ。
爺ちゃんの作った最高の米は、俺が日本人なら誰もが知ってるブランド米にするからな! と熱心に語り、気合いの入った営業活動をしてくれた孫のお蔭で、他の雀人に比べて商人要素の強かったカネヤスは、米作り職人というよりは、米の価値を高める活動をする商人という色が強い人間に育っていった。
そんな、四苦八苦して米の良さを知らしめる活動をしている最中に出会ったのが、バスコだ。
彼は実に不憫で誠実な人間だった。
初めて会ったときにこっそり鑑定して、サバイバル料理レベル10を見てしまった瞬間に、こいつなら米の良さをわかってくれるかもしれない! と思い至って売り込んだ。
実際バスコには米に対する忌避感はなく、カネヤスが披露した米料理を何とも美味しそうに食してくれた。
さらには、こんなに安価で美味しい主食は他にないだろう! とまで褒め、苦労している教会や孤児院限定ではあるが、メニューの一つとして数えられるまで尽力したのだから、信を置くのは当たり前の結果だ。
「おいおいおいおい! なんだよ、これは! 本当に、これが開拓されたばかりの新規村だっつーのかよ!」
現時点では一番信用している商人でもあり、友人と思ってもいるバスコの案内ではるばるやってきた、ホルツリッヒ村。
そこは信じられないほどに豊かな村だった。
延々と広がる畑はどれも見ただけで十分にわかる、品質の良い作物がたわわに実っていた。
しかも、本来この地域では作れるはずもない作物までもが、元気に育っているのだ。
恐らくは畑の作物を踏まぬよう、ゆったりと歩いているトレントたちのおかげだろう。
トレントがいる森が豊かなのは知れているが、トレントが率先して畑の整備をする話はあまり知られていない。
ホルツリッヒ村には、なんとエルダートレントがいるので、その指示だと想像はできたが、それにしても壮観だった。
「そうだ。ここは少し前まで盗賊村として悪名高い村だったんだ。それがいつの間にか、村長であるアイリーン・フォルス殿とスライムたちの手によって開拓されて……こうなったらしい」
「え、エルダートレント様じゃなくって、スライム? スライムかよ! 村長は人間なんだろう?」
「人間……だとは思う。とても良い方だよ。スライムたちは、五匹いるが、どれも特殊個体だな」
「スライムの特殊個体って、想像つかねーぜ」
「見ればわかる……いやでも、わかる」
しみじみと呟くバスコの目が遠い。
どうやら村長もスライムも、良い奴には違いないが、バスコが遠い目をするほどに規格外なようだ。
「この畑を見るに、エルダートレント様とも仲がいいんだろう? まさか、従えてるとかじゃ、ねえよな?」
「初対面時に対等の友好関係にあるとおっしゃっていたから、双方納得した関係だろう」
エルダートレントを強制的に従える術がないとはいわない。
だがそれは諸刃の剣。
術者に負荷がかかりすぎるので、よほどの理由がなければ使われないはずだ。
こんな都会の喧噪から離れた場所でこそ、双方望ましい共存がひっそりと叶ってしまうのかもしれないと、思わせるほどにホルツリッヒ村は豊かだった。
正直、羨ましい。
トレントの一体でもイシスジャニア国に招待したいところだ。
「村長は寛容で優しい方だが、スライムたちは村長に無礼を働こうとする奴に容赦ない。その点は重々承知の上で、交渉してほしい」
「なんだよ。助けてくれねーのかよ」
「お前の交渉に、俺の力が必要だとは思わないがな」
アランバルリの返答に苦笑を浮かべる。
今までは絶対カネヤスの味方をしてくれると疑わなかったが、今回は状況次第で、村長を援護しそうな気配がして、何となく面白くなかったのだ。
「ちぇ。精々頑張ってやるよ。こんだけ豊かな村との取り引きは、絶対俺たちの力になるからな。下手打つような真似はしねぇって」
「いつも通りのお前なら、成し遂げるだろうな」
バスコの言葉にこっそりと誇らしさを感じながらカネヤスは、交渉の場へと向かった。
『げ、弾かれた!』
全く以て主導権が取れないどころか、良い意味で驚かされるのがどうにも癇に障って、村長に鑑定をかけたら弾かれてしまった。
カネヤスの鑑定はレベル10。
生まれてからこの方、見えなかったことは一度もなかった。
が。
村長は何一つ鑑定できなかったのだ。
教えられた、名前ですらも。
『うわ……しかも容赦なく鑑定されてる……スライムに鑑定されてる……』
美味しそうな桃色をしたスライムがカネヤスを凝視している。
あの、御主人様を鑑定するなんて、恥を知れなのです! という、見下しきった眼差しは間違いない。
『魅了展開しているのがばれたら、この取り引きは終わるかもしんね。へたしたら生きて帰れないかも……』
魅了のスキルは、取得がそこまで難しいスキルではない。
ただ、レベル10まではなかなか育てられないスキルとしても有名だった。
一応レベル10到達者には制御するアイテムの装備が義務づけられているが、逃げ道はいくらでもある。
大半は装着してもスキル展開に、全く問題ない程度のアイテムしかつけていないのだ。 カネヤスもそうだった。
ちなみにカネヤスの魅了スキルは、ここぞというときに声と目に乗せて展開しているので、他者のものより強いのだ。
『今回は他者に友好的な気持ちを抱かせる程度の、無意識展開だから許してもらえねーかなぁ……』
向こうから指摘される前に、こちらから話しておけば、多少なりとも誠意を感じ取ってくれるだろうか。
何しろ最初とは違い、今はこの村に移住を決めようか迷うほどに、惹かれている。
「こちらでいただく米料理は俺も初めてなんだよ。凄く楽しみだ」
カネヤスの隣に立っているアランバルリがひそっと囁いてきた。
実にらしくない。
何時もなら、どんな料理になるのか、その過程から目を離さないのが常なのだ。
次から次へと繰り出される想定外の行動に、一歩離れた場所から観察しているカネヤスよりもよほど、バスコはこの状況に慣れているだろうに。
「……見てなくて、いいのかよ?」
「カネヤスこそ、いいのか? 何時もだったら、料理人が嫌がるほど熱心というか執拗に見学するだろうが」
「執拗とかひでぇな。お前だって似たようなもんだろ?」
「や。お前と一緒にしてほしくはないな」
大きく首を振られた。
実に釈然としない。
「これから作るのは、蒸しパン、卵かけ御飯、クックルーのスパイシー煮込みです」
「ぱん?」
「卵かけ、御飯?」
「ええ、そしてスパイシーな煮込みです。順番に作っていきますね」
アランバルリとカネヤスが唖然とする目の前で、村長は微笑を深めて包丁を握り直している。
総シルコットンのエプロンに勿体ない! と内心思うも、よくよく観察すれば、ポークのキュロットは驚くほど綺麗になめされていて艶が全然流通している物と違うし、シルコットンの七分袖シャツは初めて見るデザインで、愛らしい花の刺繍までほどこされていた。
普段に着るには高級すぎるそれらを、今まで認識できていなかったのにも驚きだ。
圧倒されている場合でもないと思い直せたカネヤスは、思い切って村長に一歩だけ近付いて、調理工程を見守ることにした。
昨日中編を書き終えたのですが、読み返したら、日本人転生してたら、その反応はなくね? という描写が多くて途方に暮れました。
後編を書く前にもう一度読み返しておきたいと思います。
次回は、雀人の様子見。中編(仮)の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
次回も引き続き宜しくお願いいたします。