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商人は熟考する。後編

 校正していたら商会名が二種類あることに気がつきました。

 大元の商会と直属の商会の二種類設定にしたっけ? とか考えましたが、単純に間違えだったという……何かに使えるかと思い、いつか使うかもメモに書き込んでおきました。

 ちなみにいつか使うメモ、時々使うときもあるのですよ。

 



「まずは、喉を潤してください。商談はそれからにしましょう」


 沈黙を破って告げられた言葉に、アランバルリは反射的に頭を上げてしまった。


「え! は? よ、よろしいのですか?」


 まずは無礼を咎められ、後に謝罪と賠償の流れを想定していたので、驚きを禁じ得ない


「ええ。貴方の商人として判断が正しいことを、これから証明いたしましょう。どうぞ、飲み物とお菓子を堪能くださいな。飲み物の方はナオール花茶、お菓子の方はレッドベリーのムースになります」


「は、い。ではいただきます」


 取り敢えず相手の意に従うことが得策だろうと判断を下して、まずいとわかりきっているナオール花茶を、目を閉じたままで口に含んだ。


「こ、これがナオール花茶? えぐみが全くない! ということは、つまりだ。自分の処理が甘かったわけか……それともこのニードルビーの蜜が苦みを払拭して、軽やかな甘みを与えているのだろうか……? 花自体に下処理を加えている可能性もあるな。よくあるすりつぶして漉す方法か、果ては一度乾燥した後に煮出したものか……」


 衝撃は口にした瞬間にやってきた。

 冷静さを取り戻しながら思考すれば、そもそもカップからは香しい匂いが漂っていることにも気付く。

 このナオール花茶は、自分が今まで飲んできたものとは別物だ。

 自分の想像を遥かに超える、フォルス同様に。


「よろしかったら、鑑定をしてみては?」


「え? そ、それもよろしいのですか?」


 鑑定を許されて愕然とする。

 ただそろそろ目の前の少女にしか見えない女性が、規格外の存在だと認識し始めているので、戸惑いはかなり薄れてきていた。

 フォルスは、きっと。

 どこまでも自分を取引先の商売相手として、認識しているのだろう。

 その、曇りの一切窺えない眼差しに、何もかも見透かされる恐怖と、対等に扱ってもらえる望外の喜びを感じながら鑑定をした。


「はぁ? ランクSS? キズナオール草の市場価値が高騰しますね! あとは、この、効能……すばらしい! お茶としてよりも薬茶として売り出した方が……いや、教会に利権丸投げで平民が常飲できるように管理してもらうのが最適……は! このレシピはお売りいただけますでしょうか?」


「条件次第でお譲りいたしましょう」


 お偉い方々よりも、貧民と呼ばれる者たちにこそ与えられるべきレシピだ! そう思った瞬間。

 咄嗟に出てしまった無礼千万な言葉だったが、フォルスから気分を害した様子は見受けられない。

 条件付きとはいえ、譲ってもいいとまで言われて、アランバルリは自分の勢いを止められなかった。


「その、条件とは如何なものでございましょうか!」


「その前に! どうぞ、レッドベリーのムースもお召し上がりください」


「は! そうでした。それではこちらもいただきます。しかし……面白い形でございますね?」


 突き進もうとする愚かな自分を止めてくれたのだろうか。

 どちらにしろ、目の前の不思議なものを食べないという選択肢はない。

 きっとこれもナオール花茶のように美味しく、将来性を秘めた食べ物なのだと察せられたからだ。


「ふふふ。スライムの亜種とか、そういったものではありませんよ? 自分の故郷では一般的な菓子の一つでしたから」


 失礼を承知でレッドベリーのムースなるものをスプーンの先で突く。

 ふるるんと震える様も、スライムに似ていた。

 さすがにスライムを食べたことはない。

 味を比べることはできないが、そもそも比べるものではないのだと思いつつ、スプーンの上でふるりと震えたムースを口にする。


「レッドベリー、モー乳、白砂糖が入っているのはわかりましたが、他がどうしてもわかりません。この食感は初めてなので、不思議な食感を作るために、特殊な材料が使われていると推察したのですが……お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 美味だ。

 だがそれ以上に、素材を判別できないことに愕然とする。

 アランバルリの知識のどこにも存在しない素材が何なのか、気になって仕方なかったので、恐る恐る聞いてみた。


「どうぞ、鑑定をなさってくださいませ?」


 自分から請うて簡単に許される鑑定は滅多にない。

 さらに、その鑑定結果を見て後悔したのは、今回が初めてだった。


「……こ、これは……鑑定させていただいて、よろしかったのでしょうか?」


 レッドベリーのムース スライスレッドベリーのせ

 ランクSSS

 ゼラチンはアイリーン・フォルスの説明により、リリーによって作られた。

 オリジナルレシピにつき高ランク。

 ゼラチン、モー乳、白砂糖、ペースト状のレッドベリーを混ぜ合わせ、アイリーン・フォルスが時間促進で冷やした。

 綺麗にスライスされたレッドベリーが乗っている。

 眼精疲労回復効果有

 ストレス緩和効果有

 美白効果有

 *生食不可のレッドベリーだが、採取後にスライムたちが手を加えたので、美味しく食べられるようになっている。


 思わず表示された結果を二度見しながら、問うてしまった。


「よろしかった、とは?」


「……では、失礼を承知で申し上げます。まずはこの品物がフォルス様が考えたオリジナルレシピであること。次に、フォルス様が説明した素材をリリー殿……スライムが作れてしまえたこと。最後にフォルス様は料理魔法をレベル十まで極めていらっしゃること」


「指摘した点は、そこまで問題あることでしょうか?」


「正直、どれ一つを取ってもフォルス様の御身を王族が膝を折って迎えに来るレベルでございます。手前の身に余ってしまいます。その点は、信頼いただいて大変光栄ではございますが、お役に立てずに申し訳ありません」


 ナオール花茶のレシピも諦めよう。

 そうと、すっぱりと思える鑑定結果なのだ。

 アランバルリの手に負えるレシピでなく、人でもない。

 こんなふうに、きれいさっぱり思い切れる性分だったからこそ、ここまで生きながらえることができたのだ。

 

「自分の身は自分で守れますので、その点は安心してください。もし、私のことで何か咎められるようであれば、逆らえぬように自分が知らない魔法をかけられたとでも、言ってくださって結構です」


「は、はい?」


 しかし、フォルスは簡単に諦めさせてはくれなかった。

 どころか。


「大変失礼でございますが、私は貴方を人物鑑定させていただきました。そして称号にある、押しつけられ体質に同病哀れみましたの。私も以前は同じ体質でしたから……」


 全く違う視点から、アランバルリを動かそうとする。

 しかもアランバルリが幾度となくあがいた結果、絶望してしまった一番の問題に触れてきたのだ。


「しょ、称号は消せるものでしょうか!」


 聞いたことがなかった。

 そもそも消そうなどと思う者が少なかったのかもしれない。

 基本、称号は恩恵と喜ばれる。

 生まれながらに授かった称号の中では、アランバルリのように不幸な称号は酷く珍しいのだ。

 後天的に得られた称号でも、不幸な称号は犯罪者しか持たないとも言われているくらいだった。

 

「詳しいことは申し上げられませんが、条件を満たせば消えることもあるようですね。自分の場合はかなり特殊でしたので、参考にはならぬと思います」


 やはりそうか。

 上げて落とされる。

 フォルスが特別だから……叶った願いなのだろう。


「ですが、自分と取り引きをすれば、稀少な物を取り扱う商人として力を得ることができるでしょう。力を得られれば拒絶できることも多いでしょうね。貴方が初心を忘れずに、私と良識的な取り引きを続けていれば、少なくとも今の状況は改善されるのではないでしょうか?」


 落とされてから上げられた経験も、もしかしたら初めてかもしれない。

 今までどれほど努力しても得られなかった力を、フォルスは与えてくれるという。

 真っ当な取り引きを続けていれば、消せずともいつか、改善されるだろうと、静かに笑うのだ。


「……手前では力不足だと思いますが……それでも、手前でよろしければ全力を尽くす所存でございます!」


 いつかが、それほど遠くないのだと。

 それはアランバルリの努力次第なのだと、フォルスの微笑が深くなる。


「私からの条件はただ一つ。何か問題が起きたときは必ず私に報告してください」


 しかもフォルスが与えた条件はたった一つ。

 問題を報告しろという。

 報告してもいいという。

 恐らく、フォルスが問題を解決する力を貸してくれる、もしくはフォルス自身が解決する。

 そういうことなのだと思う。


「……本当に、それだけでよろしゅうございますか?」


 信じられない。

 信じたい。

 信じるしかない。

 

 アランバルリの確認に、フォルスは爽やかに笑う。

 心から、アランバルリとの取り引きを望んでくれている、そんな笑顔だった。


「恥ずかしくとも、悔しくとも、申し訳なくとも。逃げず、偽らず、迅速に報告をするというのは、大変難しいことと思いますよ?」


「了承、いたしました。アイリーン・フォルス様から賜った信を、裏切らぬよう邁進いたしましょう」


 全身の隅々まで行き渡る喜びとやる気に、きっと頬は紅潮していただろう。

 恥ずかしいぐらいに舞い上がってもいた。

 年甲斐もなく、商人らしくもなく、純粋な喜びを表すアランバルリに渡されたのは、美味しそうなブラウンワインの入ったグラス。

 少女の持つピンクワインとともに、これもまた巨額を動かす取り引きになる予感があった。


「これから行う、全ての取り引き成就を願って、乾杯!」


「か、乾杯!」


 ブラウンワインは想定したとおりに美味だった。

 想像以上に美味だった。

 長年の鬱屈が晴れた気分の良さもまた、ワインの美味しさに拍車をかけているのだろう。


「これは! こんなに美味しいブラウンワインは飲んだことがありません! 王宮御用達に相応しい逸品です」


「アランバルリさんは、王宮にも伝手がおありなの?」


「手前が直接ではございませんが、商品を横やり入れられることなく納品できる伝手はございます」


 フォルスが望むなら、王族との直接取り引きも可能だ。

 それだけの商品力が、彼女が提示するものにはある。

 だが、何となく。

 フォルスは、高貴な方々との取り引きを望まない気もした。

 この質問はきっと、アランバルリが現状どの程度の力を持っているかの、確認なのだろう。


 フォルスは穏やかにピンクワインのおかわりを求めている。

 スライムやエルダートレントから、アランバルリに対する殺気は完全に消え失せた。

 警戒心はあってしかるべきだが、そこに今まで他者から向けられていたような見下す色は欠片も見いだせなかった。


 これから行われるだろう数々のすばらしい取り引きの予感に、アランバルリは初恋に気付いた少年のように頬を赤らめて、グラス底に残っていたブラウンワインを綺麗に飲み干した。




 年末に向けて二週分予約投稿しておこうと思って作業してるのですが、あと少しで終わる! というところで、猛烈な頭痛に苛まれています。

 諦めて胃薬と鎮痛剤を飲みました……。

 明日もう一度校正しておきたいですね。


 次回は『サバイバル料理を披露する。前編(仮)』の予定です。


 お読みいただきありがとうございました。

 引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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