商人は熟考する。前編
久しぶりの他者視点。
主人公が好意的に評価されるのが大変好物なのです。
ざまぁ系の自業自得で転がり落ちる様子も、好物ですけどね。
バスコ・アランバルリは、初めて自分の呪われた称号に感謝した。
商人と呼ばれる者であれば、決して訪れることはない、バイヨンヌ村。
通称・盗賊村。
被害者は少なくなかったが、騎士が出動するまでもなく自滅するだろうと判断されて、久しく放置されていた村だ。
その盗賊村から逃げてきた女性の、狂ったような喚き声の中に散らばっていた商売の種を嗅ぎ取ったアランバルリは、己が所属するメンディサバル商会の会頭から村訪問の許可をもぎ取った。
一人で行く上で万が一の場合の保証は一切ないのを承知するならば……と、誓約書を書かされるのもいつものことだから気にはしなかった。
崩壊しかけている村に何が必要かと考えて、日持ちのする食料、どんな汚水でも飲み水に代えられる使い切りの浄化石、防水加工の施された毛布、汚臭消しと呼ばれるクリーン草の匂いを染み込ませたタオルなどを、詰め込めるだけ詰め込んだ。
荷物は重かったし、生き残っているのが盗賊だけなのだとしたら無駄な物でしかないが、女性を助けたという少女一人でも救えるならば、それでいい。
しかし地図を頼りにバイヨンヌ村があったとおぼしき場所に、近づくにつれて驚いた。
そこには豊かな実りのある畑が、目の届く範囲全てに広がっていたからだ。
腰を落として作物の状況を確認しようと手を伸ばしたところで、手首が木の根によって拘束された。
「我が守りし村の作物に手を付けようという愚か者の名を、名乗るがよい」
ぎしぎしと締め付けられる手首の痛みを堪えながら顔を上げれば、そこには少女の姿があった。
これが件の少女だろうか。
やはり人間ではなかったのか。
人化できる魔物は稀少で、恐ろしく強く、残虐な者が多い。
「我が名は、バスコ・アランバルリと申します。バイヨンヌ村からの避難者があり、未だ人が残されているという情報を入手しまして、支援物資をと思い、馳せ参じました。どうぞ、御確認ください」
アランバルリはゆっくりと背負っていた荷物を下ろして、少女の前に押し出した。
少女がアランバルリを拘束していない方の手……それは一瞬で木の根になった……で、中身を確認している間に、豊かな作物が存在するはずがないと疑って、思わず手を伸ばしてしまったのであって、盗難をしようとしたのではないと弁解した。
「……一人で、来たのか?」
「支援する者として、物足りなきことには伏してお詫び申し上げます。ただ、バイヨンヌ村は盗賊村として悪名を馳せておりましたので、多少腕に覚えがあり、交渉ができる商人の自分が伺った次第でございます」
「ふん。君は随分と物好きなようだ。乱暴をしてすまなかったね」
手首の拘束はとけて、しかも痛みが一瞬でなくなった。
少女は治癒のスキルを持ち合わせているのだろうか。
「僕の名前はビクトリア。今は亡きバイヨンヌ村が健全であった頃に守護していた者。そして今は名を変えて新たな村として歩み始めようとしているホルツリッヒ村を守護する、エルダートレントさ」
全身の毛がざわりと逆立つのを感じる。
エルダートレントは知性ある魔物としても名高い。
だが滅多なことで人前に出ることはなく、気難しさでも有名な魔物なのだ。
「お名前をお聞かせいただき、恐悦至極にございます。ホルツリッヒ村に足を踏み入れますこと、お許し願えますでしょうか」
「うん。いいよ。村長が商人に会いたがっていたからね。想像以上に性質の良い商人みたいで何よりだ……ふふふ。さすがは、あの子だね」
体の芯から凍りそうな殺気は錯覚だったと思えるほどの友好的な言葉に、唖然とする。
エルダートレントの、名前付き。
決して敵に回しては駄目な相手の、鷹揚な態度に決して甘えてはならないと、生唾を飲み込んだ。
ビクトリアの先導で村の中心部へと進む。
廃村という印象は全く抱けない。
新しくできた村。
それも酷く整備された、綺麗で豊かな村だ。
果てしなく広がる畑に、透き通った水が流れる川に、溜め池。
井戸もあった。
これだけ水源に恵まれた村はほとんどない。
エルダートレントの恩恵だろう。
ただ気になることが一点。
人の気配が皆無なのだ。
現時点では、スライム、トレント、ラミアしか見ない。
しかも、アランバルリに対して警戒する色が一切窺えないのだ。
人間を知らない魔物ではなく、ただビクトリアが先導する者だから、警戒されていないのだろう。
「あ! 部外者を通せる家って、まだなかったっけ!」
「じゃあ、さくっと建てたらいいと思いますわ」
「それもそうだね。皆! 小屋を一つ建ててもらえるかな?」
「内装は私が考えますわよ」
「うん、お任せするよ、ローズ」
スライムがしゃべっている。
初めて見た。
真紅の鮮やかな色も初めてだ。
しかも、このスライムも名前付きだ。
「……これは……トレントが、これほどに建築上手だったとは!」
「ふふふ。そこに目を付けるとは、やっぱり商人だねぇ。トレントたちが、万が一この村から出て仕事を求めるようであれば、職種の一つに考えておくよ」
やってきた三体のトレントとローズと呼ばれたスライムが、何やら額? を寄せ合って相談していたと思ったら、あっという間に小屋ができあがっていた。
早業を誇る超一流建築集団でも、こんなに早く完成させるなんて不可能だ。
「できましたわよ、トリア」
「じゃあ、ここで村長が来るのを待っているよ。もう、声はかけているんだろう?」
「リリーが行っておりますわ。然程時間をおかずに来ると思いますの」
「了解」
ビクトリアがドアを開けてくれたので、スライムとトレントたちに頭を下げて中へ入る。
トレントは枝を振り、スライムはぴょんぴょんと飛び跳ねて、アランバルリに答えてくれた。
魔物の存在意義を根本から考え直した方がよさそうな、気安さ加減だった。
「な、内装まで!」
小屋の中には新築特有の香しい木の香りが満ちている。
大きなテーブルにゆったりとくつろげる椅子。
部屋の片隅にはミニテーブルが設置されており、その上には花を生けた花瓶が置かれていた。
しかもその花が凄まじい。
さりげなく生けられているが、エルフが奉る世界樹の足元にしか咲かない花。
純白が夢のように美しいエターナルフラワーが、十本も生けられていた。
ちなみにこの花、延命効果があると証明されており、花びら一枚でも王城が建つと言われる値段で取り引きされている。
アランバルリも生花を見るのは初めてだった。
「その程度で驚いていたら、この先心臓が持たないよ? あ! 来たみたいだね」
ビクトリアが嬉しそうに立ち上がり、ドアを開ける。
そこには、ビクトリアと系統は違う美少女が、凜とした汚し難い雰囲気を纏って立っていた。
実は他国の女王です、と名乗られても納得してしまう、圧倒されるカリスマだ。
「ああ、待っていたよ。体調は大丈夫?」
どうやら体調がよくなかったらしい。
常であれば、交渉しやすいと断じるのだが、彼女の場合は違うと、商人の勘が告げてくる。
「こちらがホルツリッヒ村の村長だ。エルダートレントである僕と対等の友好関係を結んでいる人物だよ? 努々節度を持って接していただきたいね」
エルダートレントと友好関係を築ける人間が、どれほどいるというのか。
少なくともアランバルリは、今日までは物語でしか見たことがなかった。
「初めまして、ホルツリッヒ村村長、アイリーン・フォルスと申します。本日はどういった御用件で、当村においででしょうか?」
やわらかな笑顔に頭の一部が痺れる。
作り物の営業用笑顔でしかないのだと理解できているにも拘わらず、何でも言うことを聞いてしまいそうな、原始崇拝に限りなく近い感覚に、相手の体調を窺うのも忘れてしまった。
「あ、と。こちらの村から逃げてきたという女性からお話を伺いまして……」
「どんなお話だか、伺っても?」
「え、あ、はい。その……御気分を悪くされないでいただきたいのですが、なるべく情報を正しく伝えるために、女性が使った言葉をそのまま再現いたしますので……どうか、ご理解くださいませ」
フォルスは全く雰囲気を変えない。
ただ周囲の空気が一気に冷えた。
トリアまでもが不愉快な顔をしている。
どうやら、逃亡女性は彼女たちに随分な非礼を働いたらしい。
嘘偽りは勿論、誇張がないように気をつけつつ言葉を選んだ。
「女性は二人いたのですが、そのうちの一人が『肩にスライム乗せて、トレントとラミアに囲まれて笑っている気持ち悪い女がいる村から、必死の思いで逃げてきた』と言っていたのです」
フォルスは酷い言葉を紡いでも眉根一つ動かさずに、笑顔を保っている。
首を振ったフォルスのお蔭で周囲は静かだが、不穏な気配は完全に払拭しきれていない。
「更にもう一人の女性が『どうやら私たちが酷い怪我をしたのを、助けてくれたようなのですが……不審者にしか見えなかったので逃げてきたのです』とも言っておりまして……お耳汚し、大変失礼いたしました」
周囲は不穏な気配を漂わせていても、フォルス本人はやはり全く動じていないように見受けられる。
アランバルリは質問に最後まで答えきるために、軽く下げた頭を元の位置に戻して話を続ける。
「自分が知る限り、こちらは『盗賊村』と呼ばれて商人の寄りつかぬ村でございました。そんな村から逃げおおせたということは、盗賊たちが自発的にいなくなった、もしくは殲滅された結果なのかと愚考いたしまして……まずは、自分の目で見てから、その、商売の種が転がっていないか見極めようと、足を運んだ次第でございます」
「こちらには、お一人でこられたのですか?」
「はい、そうです。腕に自信がございますのと、他の者には同行を断られましたので、一人で伺いました」
沈黙が場を支配する。
フォルスは何やら思案しているようだ。
不意に頭の中を何かが走り抜けて、アランバルリは自分の失態を理解する。
「は! 大変失礼いたしました。自分はバスコ・アランバルリ。メンディサバル商会に所属しております。階級は主任でございます。自己紹介が遅くなって大変失礼いたしました」
思わず礼節を忘れて大きく音をさせて椅子から腰を上げてしまう。
続けて腰を折ってできうる限りの謝意を込めて、深々とお辞儀をした。
そういえばシュトレンを作ったのですが、がちがちに硬いシュトレンとなってしまいました。
やはりレシピ改ざんは駄目ですね……せめて回数作ってから調整しないと。
来年は大人しくレシピ通りに作ってみます。
でもその前に、市販のシュトレンの食べ比べとかしたいです!
次回は『商人は熟考する。後編(仮)』の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。